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「さて、この荷物をいったいどうするかや」
「そこに荷物持ちがいるじゃない」
「俺は荷物持ちに転職した覚えはない」
3人は、助け出した女性を前に考え込んでいた。
事の起こりは、ヴァンが通路の先に猫を見たという事件から始まった。
「見間違いではないのかや? 我の目には何も見えなかったのじゃがな」
「私の綺麗な瞳にも映らなかったわね。ああ、そういうこと。あなたの目が腐っているからきっと見えたのね」
「目の錯覚には見えなかったんだがな。ちょっと気になるから追いかけてみるか」
そう言って先を行こうとするヴァンの袖をユフィが引っ張って止める。
「あれだけ盛大に次々と罠へとかかっておいて、まだ懲りぬのかや。ぬしさまはほんと勇敢な男じゃて。惚れ惚れしそうなぐらいにの」
「それは褒めてるのか、けなしているのか」
「好い加減、私も疲れてきたわ。あなた、早く死んでくれない? そうすれば回復しなくても良くなるから」
まるで催促するかのようにシェイニーが弓を番える。
「その解決策はどうかと思う」
矢先がヴァンの方へと向いていたが、決して放たれる事はないと知っているヴァンは気にしない。
死んでくれと言う願望よりもむしろ殺させてくれといった要求に近い言葉だった事も気にしない。
気にしたら負けだと思う。
いや、考えないようにした。
「俺の勘が告げている。猫を追えと」
「それはぬしさまが猫好きじゃからじゃろうに」
「分かっているなら止めてくれるな」
引き留めることが叶わないと知り、ユフィは掴んでいた袖を名残惜しそうに離す。
と言っても、道の先はT字路になっていて結局どちらかに進まないといけなかったので、実はどうでも良い事だった。
むしろ勘でも何でも良いので、選択に迷わなかっただけマシと思うべきか。
ちなみに、本日の地図係をじゃんけんで勝ち取ったヴァンがとっくに道を見失っていたので、現在3人は迷走中。
「次は右だな」
「猫かや?」
「ニャンニャンだな」
「あなたが言ってもまるで可愛く聞こえないわね」
「ほっとけ」
これといって敵と遭遇する事もなく、すいすいと3人は進んでいく。
どういう訳か、ヴァンにだけ猫の姿が見えていた。
しかも、猫の姿が見えるのは通路の先に分岐路を発見したその瞬間のみ。
猫の姿をハッキリと見る事が適わないうちに猫は走り去ってしまう。
「よくそれで猫だと断定出来るわね」
「猫だと思えば楽しいだろ?」
「逃げられているという事実に気が付いてる?」
「きっとあの先に猫の桃源郷が……」
「現実逃避はあなたの十八番だったわね。ごめんなさい、聞いた私が天才すぎたわ」
「遠回しに俺を馬鹿だと言ってるように聞こえるんだが」
「馬鹿だと思えば楽しくなるわよ」
「それは慎んで辞退させてもらう」
そんな暢気な会話を続けながら、角を曲がること十数回。
これだけ歩いても一度も敵と遭遇しなかった事に、ようやくヴァンもおかしいと気付き始めた頃。
その光景は突然に3人の瞳へと映し出された。
「た、たすけ……」
それは、小部屋の半分を占拠するほどの巨大なスライムが、今まさに女性の身体を体内に取り込もうとしているという光景だった。
床に俯せとなり、こちらへと手を伸ばしている黒髪の女性。
その身体のほとんどはすでにスライムの中へと埋没しており、後は首から上と伸ばした左手だけという状況だった。
「援護は任せた!」
「あ、これっ! 無策で突っ込んでいくでない!」
ユフィの制止の言葉も聞かず、棍棒を右肩に担いだヴァンが疾走する。
「……ただのスライムよね?」
「なんじゃがのぉ。この前見たばかりのような気がするのじゃが。はて、我の思い過ごしかのぉ」
両手に持ち替えた棍棒を、右から左へとヴァンが全力で振るう。
身の丈2倍以上の巨大スライムへと撃ち込んだ棍棒は、ぐちゅっという音とともにスライムの身体の中へと入り込み、ヴァンの腕へと急激な負荷をかけていく。
まるで粘質のゼリーの海を泳がせているかの如く。
埋没し随分と速度の落ちた棍棒がスライムの身体を突き抜けた時、ミシッと言う嫌な音が棍棒の根本から鳴り響く。
遅れて、強制分離させられたスライム達が空中で大小様々な大きさに別れ、壁や床にビチビチと降り注いだ。
「砂上の楼閣を崩すが如くかよ。消費税分も分離させられてないのか」
以前見た光景――近いサイズの巨大スライムを、ユフィが鉄扇の一撃で半壊させた時のこと――に習って行ったというのに。
法術で強化されていない事が、これほどまでに結果を左右する事にヴァンは歯噛みする。
「スライム相手に焦っても仕方がないわよ」
焦りの色を浮かべるヴァンの横に、シェイニーが滑り込むようにやってきてしゃがみ込む。
その一瞬後、スライムから突き出た触手がシェイニーの頭上を通り過ぎる。
まるでそれを予見していたかの様な優雅な回避に思わずヴァンが見惚れ隙を生む。
容赦なくヴァンの頬をスライムの触手がビンタした。
構わず、シェイニーは目の前で倒れている同じ髪の色をした女性へと手を当てる。
「玉の肌に傷を付けるつもりはないみたいね。回復は後回しでもよさそう」
助けを求める声が最後の力だったのか、完全に意識を失った女性の腕を取り脈を確認した後、シェイニーは後ろを振り返りユフィへと目配せする。
すると、ユフィは首を横に振って否の解答を返してきた。
「不穏な気配がしおる。どうも多重の罠が仕掛けてあるようじゃの」
「どういう事だ?」
「目の前の敵だけに集中していたら、後ろからバッサリとやられるという事よ。数は分かる?」
「かなりの数と言うしかないの。しかも恐らく先の通路からもゾロゾロやってきておる可能性が高い」
「そう」
「いったい何をはな……」
ただ一人、事態をのみ込めていないヴァンが再度問いかけようとした所で、その遠吠えは聞こえてきた。
ヴァン達が通ってきた通路。
そこには、ハウンドヴォルフを呼び出すための罠が仕掛けられていた。
誰かが通ればハウンドヴォルフが1匹呼び出される召喚の罠。
3人通れば3匹呼び出される。
但し、召喚する場所は罠が設置されている場所ではなく、少し離れた場所。
それはハウンドヴォルフの機動性と嗅覚を利用して奇襲させるための仕掛けだった。
しかもハウンドヴォルフは数がいれば連携して襲い掛かるという特性を持っている。
強さはただの狼とあまり変わらないが、迷宮内であっても遠吠えの反響によってタイミングをはかるハウンドヴォルフは、D級という最下級のレッテルを貼られていても決して油断出来る相手ではなかった。
「ぬしさまを導いておった猫がそのおなごを助けようと最短の道を選んだようじゃが、そのツケがどうやらここでくるようじゃな」
敵の姿がない場合は罠を疑え。
ユフィとシェイニーはほとんど最初からその事を気にしながら猫の道案内に従って進むヴァンの後ろを警戒しながら歩いていた。
だが、解除できる罠と解除できない罠がある。
今回は後者というだけの話。
「ぬしさまよ。スライムは任せる。サポートはちぃと難しそうじゃから、無理だけはせんでくれの」
「増援がやってくるのか?」
「まず間違いないじゃろうの。しかも先程の遠吠えを聞いてぬしさまも気付いたじゃろうが、どうやら相手は犬ころときておる。ぬしさまでは荷が重かろうて」
「そうか。頼んだ」
ヴァンはまだハウンドヴォルフと戦った事がなかった。
その理由は、ユフィとシェイニーがサッサと片付けてくれるから……ではない。
レベル上げのために敵のいる通路を好んで進んでいった結果、敵のいない通路に設置されていた罠をほとんど発動させなかったからだった。
迷宮の中にハウンドヴォルフの様な動物型モンスターが好んで住んでいる事は少ない。
それが得物をあまり得られそうにない迷宮ならば尚更だろう。
ハウンドヴォルフはこの迷宮では設置された罠によって召喚される類の魔者だった。
ちなみに、巨大スライムがいる小部屋まで敵がいない通路が続いたのは、今この状況を作り出すための仕掛けでもあった。
何事も、楽をすればそれだけツケがやってくる。
猫の誘導すら罠だったという可能性が高いとユフィとシェイニーは考えていた。
「助けるつもりが、窮地に誘い込まれたって感じだな。綺麗なものにはトゲがあるというが、この場合は何と言うんだろうな」
結果的に綺麗な女性に出会ったが、その女性はトゲも待っていた。
そしてそのトゲは、どうやら一番ヴァンに刺さっている事を自覚する。
「ユフィとシェイニーの方は問題無いだろうが。さて、俺がこいつを抑えないといけないのか」
隙あらばゼリー状の身体から触手を生やして取り込もうとしてくるスライムに、ヴァンはどう攻撃するべきか迷う。
棍棒をまた叩き付けても良いのだが、先程聞いたミシッという音が嫌な予感をバリバリに感じさせていたため躊躇われた。
そうして迷っていたら、女性の身体が徐々にスライムの中へと引きずり込まれていく。
今は気絶しているだけで命に別状はないが、完全に取り込まれてしまったらアウト。
スライムの体内で呼吸出来るとは思えない。
それでなくとも、スライムの酸でほんの少しずつ女性はダメージを受け続けている。
……主に今は服にだったが。
そのまま回避に専念するという選択肢はなかった。
「ならば選択肢は一つ。無理矢理に勝つしかないか」
そう言うと、ヴァンは一度スライムから距離を取った。
そして、壁際に落ちていたレイピアを拾い上げ、壊れかけた棍棒を置く。
そのレイピアは、スライムに捕食されている女性の持ち物だった。
刃渡りは両腕を横に伸ばした長さよりも少し短い、1200ミリ程度。
反りはなく、刃幅は約25ミリ。
刀身から切っ先まで真っ直ぐ伸び、先端で急に細くなっている両刃の小剣。
レイピアにしては珍しく装飾がほとんどなく、しかし特徴的とも言える手の甲を覆う歪曲した金属板は取り付いている。
その金属板により柄の部分に重心があるため持ちやすく、しかし見た目よりも若干重かった。
武器を取り換えた瞬間。
ヴァンの視界に表示されているステータスが、戦士から剣士に切り替わる。
「これをするなら戦士の方が良かったんだが」
ヴァンが眉をひそめながら言う。
試し斬りに3度レイピアを振るい、重さを確認。
思っていた以上に軽く感じたため、振るうだけならばまず問題なさそうだった。
刃筋を通す事は、この際無視する。
元より、相手は液状のスライムのため断ち斬る必要はない。
撃ち断つだけで十分。
「ユフィ、シェイニー。後の事は頼んだ」
前と後ろの通路を塞ぐように立ち、今まさに襲い掛かってきているハウンドヴォルフ達を相手にしている二人が、視線だけで了承の意を返す。
ヴァンがいったい何をしようとしているのか、二人は大方予想していた。
ヴァンが大きく吸う。
「バーサークモード、発動!」
その言葉を発した瞬間。
ヴァンの瞳が急激に狂気を帯び、獣のような濃厚な威圧感を放ち始めた。
ヴァンがその身に受けている呪いの中には、理性を吹き飛ばし本能を剥き出しにするというものがあった。
普通ならば本能に逆らえず理性を保つ事など出来なくなる呪いなのだが、呪いを別の呪いで打ち消すという邪道――理性を増幅させる呪いと、本能を抑制する2つの呪い――によってヴァンは通常の精神状態に近い理性を維持していた。
ただ、いくら呪いを打ち消すといっても万全とは言えず。
理性を保ち続けるのは少々難しく、ほどよく本能を解放して導いてやる事でバランスを保つしかなかった。
昨日、ヴァンが素手の状態でゾンビやスライム達に特攻し敗北したのも、出来ない技を無理にでもやりたいと思う気持ちに枷をつけなかったためだった。
三角飛び蹴りをしようとしてスライムの中に飛び込んでしまったり。
八卦双撞掌という発勁の技を繰り出そうとして、ただゾンビのお腹に両手を当てただけで終わったり。
普通ならまず出来ないと分かっている事、それを人は冷静に分析し理性によって不実行の判断を下すが、やってみたいと思う気持ちは必ず存在する。
その理性的な考えを取っ払い本能の赴くままにやってしまう事で、その結果、ヴァンは何度も窮地に陥っていた。
猫を追っていたのもそう。
猫を好きだという本能に従い、その思いを抑圧せずに心のままに行動しただけのこと。
ユフィもシェイニーもヴァンがそういう呪いにかかっているのを知っていたため、ヴァンが普段から暴走気味の行動をしてしまう事を出来る限り黙認している。
そうしなければ、いつ暴走してしまうか分かったものではないため。
欲求を溜め込めば溜め込むほど暴走した時の影響が強く、その反動も大きくなる。
普段からこまめにガス抜きさせていた。
それとは異なり、強制的に理性を吹き飛ばし、ある程度方向性を持たせた思いを暴走させるのがバーサークモードだった。
そしてこの場合、その思いの方向とはスライムを倒すという戦闘欲。
女性を助けたいという強い思い。
頭の中に思い描いた自らの動きを、その想像を現実にしたいという思い、しようという思い。
「……我が一撃は、漆黒無想の刃なり――」
まるで自己催眠をかけるように、頭に思い浮かんだ言葉を心の赴くままにヴァンが呟く。
その顔に不適な笑みを浮かべ、得物を構える。
右手に持ったレイピアが地面と水平になり、その切っ先近くに左手が添えられる。
「其は天麗にして天踊。真なる永久に虚ろい逝くがいい」
スライムの未来を思い描き、そう呟いた刹那。
引き絞られた弦が解放されるように、ヴァンの身体が急加速した。
まるで矢の如く、レイピアの切っ先が真っ直ぐにスライムの身体へと突き刺さる。
一歩手前で急停止したヴァンが半身を捻り、レイピアに続いて右腕までがスライムの体内へと潜り込む。
そこまでして、ようやくゼリー液内の奥にあった大きな核の一つが貫かれ、そのまま分離。
スライムが身体をブルブルと震わせ、拒絶の意思を示す。
構わず、ヴァンは右腕を右に振るった。
無意識のうちに制限されていた筋肉の限界をバーサーク状態によって外しているため、動きにくいスライムゼリーの中をまるで空気の中にあるような速度で腕が動く。
その強引な腕の動きに周囲一体が引き摺られ、ヴァンの身体よりも大きな塊がスライムの本体より分離。
身体の一部をごっそりと失った巨大スライムは、まるで絶叫をあげているかの如くより大きくブルブル震え上がった。
その体内で、一瞬キラリと何かが輝く。
「斬、華月」
また咄嗟に思い付いた言葉を口にしながら、ヴァンが中空にある分離したスライムを斬り刻む。
動作の最初にレイピアの切っ先を真下に向けてタメを作った事は、単に無駄な時間を取っただけに過ぎなかったが。
しかも、その後に繰り出された斬撃の雨は、技と言うにはお粗末な出鱈目剣技。
レイピアの刃で斬るというよりもレイピアという金属の棒で撃ち断つといったように、スライムの身体をかなり強引に斬っていく。
出鱈目の軌道だったため細切れになっていくスライム達は即席で作った核をほとんど斬られずにすみ、消滅する事だけは免れる。
とはいえ、そのいくつかは立ち回るヴァンの足に踏み潰されて敢えなく消滅していった訳だが。
「引かぬか。引かぬなら斬る」
スライムゼリー塗れになったヴァンへ巨大スライムが一斉に触手攻撃を繰り出す。
だが所詮はスライム。
ヒュンっという風を切る音とともにレイピアの一振りで蹴散らされる。
運良く断ち斬られなかった触手は、踏ん張る力や頑丈さも軒並み上がっていたヴァンの身体にぶつかるだけで、ヴァンの体勢を崩す事は叶わなかった。
だけでなく、ヴァンの身体を絡め取っても引っ張る事も出来ず。
仕方なく、スライムは自ら動いてヴァンの身体へと津波のように襲い掛かる。
そのスライムの身体の一部が銀光を放つのをヴァンは見逃さない。
ヴァンがレイピアを右上段に構える。
「我が一閃は、修羅三千世界の業――斬っ!!」
そして、大きく左前に踏み込むと同時にレイピアを振り降ろした。
回避すると同時に斬る。
身の丈3倍以上もある津波とはいえ横幅がまるでなかったため、その津波攻撃の弱点をヴァンは見切っていた。
ちなみに、言葉通りの事はまったく起きていない。
これまで同様、ほとんど意味のない言葉である。
いわば自らを高揚させるための自己催眠言語。
バーサークモードはヴァンの意思の強さに影響を受けるために。
「そこ!」
振り降ろした力を回転に変えてもう一撃叩き込む。
但し、今度は明確な目標へと向けて斬る。
奥行きもほとんどなかったため、レイピアの刃は苦無くして大きな核の一つをその身体ごと上下に二分した。
が、すぐに重力に引かれて二つは合体。
核を斬った際に幾分か体積は減ったが、全体からしてみればそれはほとんど零に等しい。
ただ、ヴァンが狙ったのはスライムの体内に複数ある核ではなく、銀光を放つ何かの方だった。
「避けるなっ!!」
ヴァンがスライムの身体の中に見つけたもの。
それは、ゼリー状の海の中で自由自在に動き回る銀色の核だった。
まるで人目を忍ぶように他の核の後ろに隠れているそれは、ヴァンが斬りつけると物凄い速度で逃げていく。
しかも逃げる際には道中にある他の核を跳ね飛ばしていく。
場所が悪ければ巨大スライムの中からぶつかった核が強制分離されてしまうほどの事故っぷり。
酷い時にはユフィぐらいの背丈もあるスライムを作り出していた。
「くそっ! 素早さ最大はデフォか、このやろう。1ミリも掠りもしねぇ。せめて固定命中率に設定しとけよ」
いつの間にかバーサークモードになった目的がすっかり変わってしまっていたヴァンが――スライムを倒すためというのは間違っていないのだが――銀色に光る核だけを狙ってがむしゃらに攻撃を叩き込む。
しかし当たらない。
銀色の核は、時に神業の如く紙一重で避けたり、時に分離したスライムの中へと移動したり、時に気絶している女性の下に潜り込んで身を潜めたり。
そのたびにヴァンの持つレイピアが邪魔な障害物を斬り裂き、スライムを分離させる。
巨大スライムはすっかりバラバラになってはいたものの、核そのものはほとんど攻撃を受けていなかったため――若干、ヴァンに踏み潰されて消滅してはいたが――総体積はほとんど減らず。
いつしか部屋中が凹凸するスライムプールのような状態となっていた。
「ええい、邪魔な奴等だ。手打ちにしてくれる」
銀核が潜り込んだ際に抱き起こした女性を腰に抱えた状態でヴァンが咆える。
その足下はすっかりスライムの中に沈んでいた。
いくら筋力限界を取っ払うバーサーク状態でも、動きにくいことこの上ない。
幸いにして、当初の目的である女性が窒息してしまう前に助け出せていたので、最悪の状況という訳ではなかった。
しかし、状況的に悪い事には変わりない。
スライムを物理攻撃だけで倒すというのは本当に難しい事だった。
単体で小さいスライムは踏み潰すだけで事足りるが、数が集まるとその数に比例して必要とされる労力が増えていく。
1匹では1の労力で倒せても、10匹集まればその労力は10ではまるで収まらなくなる。
何故なら、スライムは再生する魔者でもあるからだ。
スライムは長い時間放っておくと瘴気を吸い続けて自然に巨大化し、最終的に2つに分裂する。
栄養がある時にはそのスパンも若干早くなる。
つまり、今現在ヴァンがスライムの身体の中に足を突っ込んでいるという事は、スライム達は通常よりも早い速度で再生/成長し続けているという事でもあった。
とはいえ、目に見えて増える程の速度ではないが。
それでも弱酸性の体液によってヴァンを溶かして捕食しているという行為は永続して行われているため、ヴァンのHPは自然回復を上回る速度で緩やかに減少し続けている。
この状態で15分も経てば危険域に達する事は間違いなかった。
そういう意味では、腰に抱えている女性をこのタイミングで助け出せた事は僥倖だったと言えよう。
シェイニーの見立ては、あくまでスライムしかいなかった時の容態。
現在のように、ユフィとシェイニーがハウンドヴォルフの相手で手一杯であり、ヴァン一人でスライムを相手にしなければならない状況では、後回しにしていい問題ではなかった。
その現状を憂いたヴァンが、レイピアを半円に大きく凪ぐ。
同時に叫んでいる内容は支離滅裂だが、目的は自らを激励するためのもの。
若干衰え始めていたヴァンの闘士が再び活性化され、それを証明するかのように右上に持ったレイピアが忙しなく動き回る。
「必殺! スターライジングブレイカーっ!!」
叫んで、ヴァンは星形の軌跡をレイピアで作り出した。
「ぬしさま! なんかだんだん暑くなってるような気がするんじゃが、なんでじゃ?」
ヴァンが次々と妙な言葉を叫んでいる事には気にしないようにして、いち早くその異常事態に気付いてユフィが問いかける。
しかしユフィのその問いかけにヴァンは答えなかった。
意識のほとんどが斬っても斬ってもまるで減らないスライムへの怒りに向いていたので耳に入らない。
「ええい、やはりぬしさまではまだ無理じゃったか」
言うが早いか、ユフィが持ち場の通路を離れて部屋へと入る。
「ユフィ?」
「リスクは承知の上じゃ。出来る限りでよい、ぬしもサポートを頼む」
「望み薄ね」
鉄扇という近距離用の武器を持っているユフィとは違い、遠距離用の武器である弓しか持っていないシェイニーは、ハウンドヴォルフの接近を許す事は出来なかった。
いくら牽制していようとも、隙を見せれば即襲い掛かってくるハウンドヴォルフ。
打撃には使えない梓弓で対処する事は武器の破損にも繋がるため、接近された時点でシェイニーの敗北はほぼ決まってしまう。
体をさばいて躱す事は出来ても、ユフィのように徒手空拳を駆使して攻撃を加えるという技術をシェイニーは持ち合わせていない。
それでなくともハウンドヴォルフの数があまりにも多すぎるために、新しい矢を作る時間すらも惜しいと感じる劣勢ぶり。
シェイニー一人では何とか抑えているという状況だった。
その状況では身体を反転させて援護を行う余裕はまるでない。
「2日目にして今度は我等も窮地に陥れるとは。ぬしさまの悪運は底が知れぬの」
スライムの水溜まりを大きく飛び越えながらユフィが呟く。
そのユフィの着地予想地点に、スライム達がまるで決壊したダムのコマ送り映像のように集まっていく。
「しゃらくさい」
ユフィは法術で強化した鉄扇を着地前に一扇ぎして蹴散らす。
「ぬしさまにはあまり手を出さぬのに、可愛い我には容赦なしかや」
「あら、熱狂的な愛好者が出来て良かったじゃない」
「羨ましいならいつでも変わってやるぞ?」
「こっちも熱狂的な狂信者の相手で手一杯なの。またの機会でお願い」
「次の機会があれば良いんじゃがの」
同じようにスライムのプールを飛び越えて襲い掛かってきたハウンドヴォルフを撃ち払いながらユフィは答える。
ただ、スライムは法術強化した鉄扇で容易く倒せるが、ハウンドヴォルフは鉄扇で殴っただけでは倒せない。
鉄扇で殴り飛ばされたハウンドヴォルフが壁にぶつかり悲鳴をあげるも、すぐに起き上がってまた攻撃のタイミングをはかり始めていた。
そして、入口の通路が解放された事でハウンドヴォルフ達が次々と部屋の中へと入ってきて、獲物であるユフィだけでなくヴァンやその腰にぶら下がっている女性へと標的を定めていく。
今までは狭い通路だったので、よくて二匹同時攻撃だった。
だが、部屋に入った事でその数はいったいどれだけ増える事になるのか。
シェイニーすら標的に定めて前後から挟撃というシナリオも否定する事は出来なかった。
「せめてぬしさまが正気でおったなら通路に逃げ込めたんじゃがの。この犬コロどもがやってきたタイミングが流石に悪すぎた」
「万事休すね。でも、少しワクワクしているのは何故かしら?」
「その台詞は、ぬしさまが正気でない時に言っても仕方がないと思うぞ」
「そうね」
盛大に笑いながらスライムへと向けてレイピアを振るい続けるヴァン。
その死角である背後に位置しながら、シェイニーの背中も守れる場所にユフィは位置取る。
鉄扇の攻撃範囲は狭かったが、そこは足で立ち回る範囲を広げる事で対処する。
その上で、部屋の温度が徐々に上がっている原因をユフィは懸命に探っていた。
「真に怖いのはこの温度上昇の方なのじゃが……」
「部屋の中にいるケダモノの動きも鈍くなっているようね」
既に真夏日の太陽の下にいるかのような室内温度に、ユフィの全身から激しい運動量以外の理由で汗が吹き出し続ける。
流石にそんな環境下なので、部屋の中に入ってきたハウンドヴォルフ達も舌を出して必至に体温調節を行っていた。
彼等の闘士はまだまだ衰えていなかったが身体の方は正直で、シェイニーが指摘したようにハウンドヴォルフ達の攻撃回数は目に見えて落ちている。
それどころか、部屋の中に入ってこようとしてやっぱりやめるといったハウンドヴォルフまでいる始末。
「あの馬鹿はこの温度に気付いているのかしら?」
「頭に血がのぼっていて気付いてないように見えるの。血が沸騰するほど熱くなっておると言った方が良いかや」
「そのうち本当に沸騰するかもね」
「その前に片を付ける」
場合によっては、シェイニーをその場に残してでも逃走するという選択肢を取らざるをえない。
片を付けると断言したユフィの言葉の中に、その可能性が含まれている事をシェイニーは察した。
「うん?」
ただ、その覚悟をした所で、その周囲では予想外の出来事が起こり始めていた。
「なんじゃ? スライムどももこの暑さで死んでおるぞ?」
「それって、つまり……」
この暑さは、相手を選ばない無差別の攻撃。
スライムやハウンドヴォルフ達では倒せない者達を殺すために仕掛けられた迷宮の罠だという可能性に二人はすぐに思い至った。
「まずいぞ、これは!」
「ユフィ、こっちに!」
続けざまに3つの矢を放って通路奥で様子見しているハウンドヴォルフ達を牽制しながらシェイニーが叫ぶ。
温度の上昇は通路まではおよんでいなかった。
但し、熱の余波は容赦なくシェイニーの背中に叩き付けられていたので、ほとんど動いていないシェイニーの首筋にも玉の汗が流れ出していた。
「ぬしさま、こっちじゃ!」
「……ん? あぁ……」
怒りの矛先であったスライム達が勝手に消滅していった事でバーサークモードを維持するための燃料を失い、少し放心していたヴァンの腕を引いてユフィが駆ける。
ただ、ヴァンの足取りは非常に重かった。
バーサークモードは肉体の限界を外した上で常に全力全快の状態を作り出す。
当然の事ながら体力の消耗も恐ろしく激しい。
しかもバーサーク中は疲労を感じなくなるので、ペース配分関係なしに長く使用し続けると限界点を突破した瞬間に突然に気を失うというリスクがあった。
幸いにしてその体力の限界点を突破する前にバーサーク状態が切れてしまったのでヴァンは気を失うような事態にならなかったが、恐ろしく体力を失った事には変わりない。
バーサークモードの余波でまだヴァンの頭はほとんど回転していないが、その視界に見えているHPとMP、SPの数値はほとんど零に近い状態だった。
「ここで私が消えてもあまり好転しそうにないわね」
通路への待避をどうにか終えたユフィに向けてシェイニーが言う。
ユフィはヴァンのMPを半分消費して現実に召喚されているが、シェイニーはヴァンのSPを半分消費して召喚されている。
しかしシェイニーが召喚を解除しても失ったSPがすぐに回復するという訳でもないので、むしろシェイニーという戦力が減る分、事態は悪くなる。
「後ろの犬コロどもは部屋を通ってこっちにやってこれぬようじゃの。こっちにおる犬コロどもをさっさと倒して避暑地でゆっくり休むのが吉じゃろう。ちと暑くて億劫じゃが」
「賛成ね」
ちなみにMPは魔力、SPは聖力の事である。
どちらも精神力に直結しているものだが、力の源はその名の通り異なっている。
ただ、どちらか片方が0になっただけで気絶するというのは変わらない。
そして両方0になると、HPが0になった時と同様の状況が訪れる。
つまり、死ぬ。
なお、HPは生命力を意味しているので、体力が尽きてもHPが0になる訳ではない。
体力が減るとHPは減っていくものの、休めばHPも回復しやすくなっている。
逆に傷を受けた場合に減ったHPはなかなか回復しない。
生命力というパラメータの中に体力というパラメータが含まれていた。
「……さな……」
ハウンドヴォルフの群れの中に特攻したユフィを弓で援護していたシェイニー。
その後ろで部屋の方を見て立ち尽くしていたヴァンが、ボソッと呟く。
シェイニーはチラッと後ろに視線を向けるも、言葉は投げ付けない。
現状のヴァンを刺々しい言葉で刺しても反応してくれないために。
言葉のキャッチボールが出来ない相手に話し掛けても何も面白くない。
「……んぼう……」
「何か言ったかしら?」
しかし次にヴァンが呟いた言葉を聞いて、シェイニーは思わず問いかけていた。
「許さない……棍棒……燃やす……」
灼熱地獄へと変わりつつ部屋へと向けて、ヴァンの足が一歩踏み出される。
「え、ちょっと……待ちなさい!」
聞き間違いではなかった事に気付くも、シェイニーの制止の声は間に合わず。
否。
言葉では暴走状態のヴァンを制止させられない事に、遅まきながらシェイニーは気付く。
その時には、ヴァンは急加速を得た2歩目を踏みしめていた。
「許さない!」
リミッターを外した筋肉による超加速。
たった3歩で最高速度に達したヴァンが、止めようとしたシェイニーの腕を置き去りにして部屋の中へと雷のように疾走する。
それと時を同じくして、シェイニーの瞳はヴァンが部屋の中央付近に向けて何かを投擲しているのを認めていた。
そして――シェイニーは、その一部始終を全て瞳におさめた。
ヴァンが投擲したのはレイピア。
限界を越えて酷使されたヴァンの筋肉によって投げられたレイピアは、まるで矢の如く綺麗な軌跡を描いて真っ直ぐ部屋の中央付近へと飛んで行った。
そしてそこに鎮座していた銀色に輝いていた塊へと襲い掛かった。
だがその攻撃に気付いた銀色の塊は、レイピアの針のような切っ先が刺さる前に回避してしまう。
目標を失ったレイピアが堅い地面に弾かれ、甲高い音を鳴らす。
しかし次の瞬間。
まるで金属製のボールを木で出来たバットで撃ったかのような音が鳴り響いた。
撃った側の木製バットがバキッと鳴って破砕する音が轟いた。
シェイニーが製作した木の棍棒が銀色の塊へとぶつかり、お互いがバラバラになっていくという光景をシェイニーはその目で見た。
壁に立てかけられていた棍棒をヴァンが手に取り、回避行動中だった銀色の塊を渾身の一撃で攻撃したのを見ていた。
まだ自然発火するほどの温度には達していなかったのに何故か燃え上がっていた棍棒の柄をヴァンが躊躇無く手にし、その棍棒の最後を武器の名に恥じぬ終わり方へと変えてくれたのをシェイニーは驚きの感情で目を離す事が出来なかった。
後にヴァンは、部屋の温度が上昇したのは迷宮の罠の仕業ではなく、銀色のスライムがスライムゼリーとの間に大きな摩擦熱を生じさせていたから、という推理をしていた。
宿の女将が「舐めてかかると燃やされる」と言っていた内容から推理したものである。
当初は火属性の法術を使ってくるからだと考えていたのだが、仲間のスライムも巻き添えで殺してしまっていたので、意図してやっていた事ではないという結論へと至ったのだ。
実際にはヴァンのその推理はほとんどあっていない。
銀色のスライムは――名前はユニオンスライム・ホットシルバーと名付けられているのだが――確かに仲間とぶつかることで摩擦熱を発生させてはいた。
だがその熱は微々たるもので、ひたすら頑張って熱を生じさせてもスライム達が少し温くなってしまう程度のもの。
真の原因は、ユニスラシルバー――名前が長いので普通は略名がこちらの使われていた。ちなみにユニオンスライムはユニスラと言われている――が刺激を与え続けると興奮して発熱するという特性を持っていたからだった。
ヴァンが攻撃するたびにユニスラシルバーは逃げ続けていた。
ヴァンの攻撃が刺激を与えていた。
加えて、合体したユニスラの体内に混じっていた事で回避行動中にユニスラ達にぶつかってしまい、それがユニスラシルバーに強いストレスを与え続ける結果となってしまう。
単体でいる時であれば精々が手で触れない温度までしか上がらないのだが、ヴァンが執拗に追い続けた事で恐怖したユニスラシルバーは回避が必要ない時でも動き続けるようになり、そのたびにユニスラ達に接触。
最終的に部屋の温度を60度以上にしてしまうほどの状況を作り出していた。
ちなみにユニスラ達の沸点は意外と低く、50度程度。
それは火属性が弱点である事も関係している。
座右の銘は、みんなで集まれば怖くない。
長生きだったもので享年85日だった。
そして話は冒頭に戻る。
「拾ったのはぬしさまじゃから、当然ぬしさまが運ぶのが筋じゃろうな」
起きる気配のない女性の頬をぷにぷにとつつきながらユフィが言う。
まだあどけなさが残る顔だが端正で形が整っており、背丈はユフィよりも高くシェイニーと同じぐらいだったので、ユフィからしてみれば少女と思うには少し微妙な年頃の女性。
ただ、ヴァンは少女だと思っていた。
その理由は、意識がある時の少女の様子を知っていたためである。
今朝、宿の女将から聞いた「元は同業者ときた。中央の宿で働いていたみたい」という言葉がヴァンの頭の中でカチッと繋がる。
ヴァンは中央の宿に泊まっていた時に、この少女の姿を何度か見ていた。
正確には、中央の宿の隣にあった食事処でウェイトレスをしていた少女の姿をである。
その際に印象的だったのは、テーブルに食事を持ってきた後、帰り道で盛大に転んだこと。
何も障害物が無かった所での、いきなりの転倒劇。
その後のはにかみ顔を見た後では、整った顔立ちも丁寧な口調もすっかり霞んでしまっていた。
「正直、俺はかなり疲れているんだが……」
「泣き言を言っても敵は待ってくれぬぞ。それに、我とシェイニーであればまだまだ戦えるからの。疲れきっているぬしさまを前に出すよりは確実じゃろう。今はまず安全に出口まで辿り着く事を第一に考えるべきじゃ」
ヴァンはすっかり忘れていたが、ヴァン達は今現在迷子という状況だった。
しかも余分なアイテムを買うお金がなかったため、保存食すら持ち合わせていない。
昼は宿の女将のはからいで軽めの食事を迷宮に持ち込む事は出来たが――勿論、ツケにされている――最初からその昼食を取った時点で引き返す予定だった。
その行きの道中で、昨日倒したと思われるダンジョンバタフライのドロップアイテムを回収する予定でもあった。
ヴァンが銀色のスライムに熱を持って夢中(暴走)になるまでは、の話だが。
「辛いなら、私が背負っても良いわよ」
その言葉は最初、二人の耳を右から左に通り抜けていった。
「はて、何やら我は幻聴を聞いたような気がするのじゃが」
いち早く言葉の意味を理解したユフィが信じられないといった風に言う。
「疲れすぎるとピンクの象さんが見えるようになると聞いた事があるんだが、目よりも先に耳と脳がやられてしまっ……」
言い終わる前にヴァンの顔の両端に矢が突き刺さった。
但し、弓を構えずに。
「あなた達、何か勘違いしていないかしら? 私は別に弓がなくても矢は飛ばせるのよ」
その言葉を証明するように、再びシェイニーが無詠唱でホーリーアローを放つ。
当然、その矛先はヴァンの方へ。
速度は弓で射るよりも遅く威力も若干落ちるが、ヴァンを殺すだけならば十分な威力を持っている事を壁に刺さった矢が物語っていた。
「そう言えばシェイニーは攻撃系の聖術が使えるんだったな」
魔力と聖力があるように、法術にも大まかに分けて二つの系統に別れている。
【魔】属性の力である魔力を消費して使うのが、魔法。
【聖】属性の力である聖力を消費して使うのが、聖術。
【魔】なる法と、【聖】なる術。
二つを合わせて一般的に法術と呼ばれる。
「今更ながらね。まさか忘れていたというのかしら?」
「まさか」
明後日の方向を向きながら言うヴァンの目の前に再び矢が突き刺さり、ヴァンが声にならない悲鳴をあげる。
「うむ。我はすっかり忘れておったな」
自信満々にそう言ったユフィにホーリーアローが放たれなかった事に対してヴァンは不満に思うが、おくびにはださず続く言葉を聞く。
ちなみにユフィのは単なる冗談だった。
「腕が落ちておるとはいえ、ぬしの弓を射る姿が随分と様になっておったからの」
「弓が使えるかどうかは死活問題よ」
「なるほどの。そういう生まれじゃったか」
聞きたい事はのみこんで、ユフィはシェイニーに先を促す。
「乙女の柔肌をこのケダモノにいつまでも触らせておくなんて出来る訳がないじゃない。というか、いつまで触っているのかしら? あまりおいたがすぎるとその腕を千切るわよ」
ヴァン達が助け出した黒髪の女性は、ヴァンの膝枕の上で寝かされていた。
溶かされて血が滲み出ていた部分は既にシェイニーの法術で回復されてはいるが、その服装はスライムに少し溶かされているため若干際どい部分がチラホラと。
先立つものがない、イコール余分な装備など持ち合わせていないため、ヴァンの目には毒にしかならなかった。
なお、この状況下でヴァンが見ようとすれば、ホーリーアローが無数飛んでくること間違い無しでもあった。
「男の俺がいるのに、力仕事をか弱い女の子に任せるのは流石に気が引ける。だから、こいつは俺がはこ……」
「私の言葉が聞こえなかったのかしら? 私はその汚い手をどけろと言ったのだけれど? 疲れて本当に脳と耳がいかれてしまったようね」
だんだんと苛立ちを隠なくなってきたシェイニーに、ユフィはその理由にそろそろ気がつき始めていた。
要は嫉妬。
運命共同体とも言えるヴァンが自分以外の女に優しくする、もしくはベタベタしているのが何となく許せないという感情の表れだとユフィは推理する。
ユフィ自身も、ヴァンが他の女に現を抜かすのはあまり気持ちの良いことではなかった。
この場合、ヴァンに対して惚れているだとかの感情は関係がない。
それに、危機に瀕していた者を助け出そうとしたことは賞賛出来ても、相手が年若い女性だということで、そこに打算が全くなかったとは言い切れなかった。
また同じ女性として、気を失っている間に男性から触られているという状況もまるでいい気がしない。
そこまで考えると、シェイニーが自ら女性を運ぶ事を志願し、少しばかり無理をしてでもヴァンから引き離そうとした事は、それほど不思議な事ではないとユフィは思い至った。
加えて、シェイニーは聖術で攻撃出来るので、その申し出は合理的でもある。
女一人を背負っていても聖術は使える。
つまり戦力はあまり下がらない。
反面、着ている服の一部をスライムに溶かされてしまい、若干目のやり場に困る女性の姿がヴァンの目に曝され続ける事になるのだが。
おんぶしている間中、二人よりも豊満な胸を持っている女性のふくよかな感触をヴァンが楽しみ続けるよりは良いと結論付ける。
「話は決まりじゃの。では、そろそろ出発するかや」
視線対策にヴァンの上着を剥ぎ取って女性に着させた後で、ユフィがそう宣言する。
暫くして。
上半身裸となったヴァンが寒そうに身体を擦っているのを眺めながら、そのヴァンに聞こえないようにユフィがシェイニーへと問いかける。
「何かあったのかや?」
一応の結論には辿り着いたものの、ユフィはまだ釈然としていなかった。
「別に。少し魔が差しただけよ」
何でもないことのようにシェイニーが言う。
その顔には鉄面皮が被っていたが、却ってユフィはそれで少し合点がいく。
「また棍棒を作らないといけないわね」
惚れ直す、その一歩手前。
自分の見ていない所で何かがあったことを確信しながら、ユフィはそのシェイニーの反応を通じてヴァンの評価をほんの少しだけあげた。




