前線──フロントライン──
マラカイト王国、コーラルの街。
アゲート侯爵が治めるこの街にも、異界の魔獣の侵攻は押し寄せていた。
空から、陸から、湖から。魔獣は街へと押し寄せる。
数がそれほどでもないのが救いだが、それでもアゲート侯爵率いる軍とコーラルの冒険者たちは、協力して街の防備に当たっていた。
「南の防壁に魔獣が近づいております! その数、三体!」
「湖側の魔獣はどうなったっ!?」
「そちらは現在、水棲種族の兵と冒険者たちが協力して撃退中! 我が方が押しております!」
「よし、ならばそちらから一部の兵を南に振り分けろ! あと、上空の警戒も怠るなよ! 魔獣の中には空を飛ぶ奴もいるからな!」
「御意!」
アゲート侯爵の指示に従って、伝令が街の中央広場に設置された天幕から、各方面へと走り去っていく。
侯爵は走り去る伝令の背中を見送りながら、ふと空を仰いだ。
最近ではすっかり見慣れてしまった青銀の飛空船。その飛空船が街の上空から移動して、もうどれぐらいの日数が経っただろうか。
「……坊主どもは、確かパイライトに向かったんだったな」
おそらく、パイライトもコーラルと同じように魔獣の脅威に晒されているだろう。となれば、親友の養子である彼とその仲間たちもまた、その中心で戦っているに違いない。
「まあ、あの坊主なら大丈夫だろう。周りにいる連中も大した奴等ばっかりだしな」
親友の養子を中心とした冒険者のチームを思い出し、侯爵はにやりとその口角を釣り上げた。
ただ、残念なのは蜥蜴族である彼の表情は、口角を釣り上げただけでは笑っているようには見えないことか。
「こっちもあの坊主どもに負けていられないからな!」
侯爵は自らに気合いを入れ直すと、告げられる報告に的確な指示を与えていく。
どうやら、コーラルの街はまだまだ大丈夫のようだった。
同マラカイト王国、ヘマタイト村。
牛人族の男性が、その巨躯に見合った巨大な戦斧を振りかざし、迫る魔獣を豪快に叩き斬る。
その牛人族の隣では、人馬族の男性が旗の付いた槍を振り回して、同じように数体の魔獣を翻弄していた。
「おい、無理するな? 貴様はもういい年した老いぼれじゃからな!」
「ほざけ! 老いぼれはお互い様じゃろうが!」
牛人族と人馬族の男性が、互いに笑い合う。それぞれが示したように、二人は端から見てもかなり高齢なのが分かる。
だが、その戦いの技の衰えはまるで見受けられない。さすがに体力や膂力は若い者に劣るだろうが、長年積み重ねた戦いの経験と技の研鑚は、衰えた体力を補ってあまりあった。
見れば、二人の周囲には他にも魔獣と戦っている者たちがいる。そして、そんな者たちは、全てが老齢と呼べるような者たちばかりだ。
だが、魔獣に押されている者は一人もいない。
ここは「冒険者の墓場」と呼ばれる村。引退した冒険者が拓き、そして、引退した冒険者たちが自然と集まる村なのだ。
「そういや聞いたか? スイフトのところの息子、ガキができたらしいぞ?」
「何? ソリオに子供だと?」
「おう。まだ嫁の腹の中らしいがな。この前、ソリオたちが空飛ぶ船で村に立ち寄ったじゃろ? その時、スイフトに伝えたそうじゃ。そりゃあもうスイフトの奴、嬉しそうにしておったわい」
「そうか。そいつは目出度い! こりゃあ何としてもこの魔獣どもをやっつけて、ソリオの子供を一目拝まないとな!」
「そうともよ。こんなところでくたばるわけにはいかんぞい!」
その話は周囲で戦う老兵たちにも伝わっていく。
そして、それを聞いた老兵たちは、皆揃ってやる気を漲らせていった。
どうやら、老兵たちが魔獣に遅れを取ることはなさそうだった。
同マラカイト王国、クリノクロア伯爵領アパタイトの街。
領主であるクリノクロア伯爵の居城に、王国からの急使が早馬で駆け込んで来た。
急使が運んで来た国王からの手紙に目を通したギャラン・クリノクロア伯爵は、すぐに娘であるプラウディアを自身の執務室に呼ぶ。
現在、アパタイトの街にも魔獣は迫っている。
だが、かつての屍人の大量襲撃に比べれば、不意を打たれなかっただけ伯爵指揮下の兵たちは、余裕を持って魔獣と応戦している。
しかも、今回は倒れた同僚が屍人として甦ることもない。あの戦いを経験している兵たちには、どこか余裕さえ感じられるほどだった。
そんな兵たちの陣頭指揮を取っていたプラウディア。彼女は急に父親から呼び出され、首を傾げながらも父の執務室へと入ってきた。
ちなみに、今の彼女は吸血族の作法通り全裸である。彼女の場合は様々な獣に変化して戦うため、この方が都合がいいという側面もあるのだが。
当然、執務机に悠然と腰を下ろすギャランも全裸だ。
「お父様? 王国からの急使と伺いましたが?」
執務机で黙って王国からの手紙に目を通す父親に、プラウディアは首をやや傾げながら尋ねる。
「うむ。その通りである。そして、その内容は隣国の皇帝からの要請である」
ギャランは手にしていた手紙を娘へと差し出す。それを受け取ったプラウディアは、驚きでその真紅の瞳を見開いた。
「これは……正確にはパイライトの皇帝陛下からではなく、ソリオ様からの要請ですね?」
「そうである。彼には……ソリオ君には以前にとても世話になったのであるからな。ここはその恩を返す時であろう」
ギャランはにやりと笑い、プラウディアもまた、嬉しそうに笑う。
世界中の至る所で異界の魔獣が溢れている中で。
どうやら、クリノクロア伯爵領では大がかりな反攻作戦が立案されているようだった。
パイライト帝国、帝都の郊外。
そこには、青銀に輝く巨大な船が存在した。
本来ならば水に浮かぶはずの船。その船が帝都の郊外の草原にあるはずがない。
だが、その船は確かにそこに存在した。
そして、その巨船の周囲では、たくさんのヒトたちが動き回り、忙しそうに働いている。
同時に、かんかんと金属を叩く音や何かを加工する音が、帝都郊外の草原に木霊していた。
「修理の進み具合はどうですか、ザフィーラさん」
「はい、殿下。外部装甲の修理はほぼ終りました。現在は最後のチェックと、内部の修理を進めています」
「おお、いよいよあっしらの『栄光なる我が息子号』が復活するンスね!」
「コルト。それは違うぞ」
飛空船の修理が大詰めと聞いて顔を輝かせるコルト。だが、そんな彼女にオーリスは冷静に突っ込みを入れた。
「『栄光なる我が息子号』は我々のものではない。あくまでもソリオ様の所有物だ」
「ははは。相変わらず旦那はソリオが大好きだなぁ」
「ホントねぇ」
どこまでも、そしていつまでも「ソリオ第一主義」であるオーリスを、ヴァルファイアとポルテが穏やかな表情で眺める。
そして、その彼らの隣には、微笑ましくもスペーシアと肩を並べて立つソリオの姿がある。
「じゃあ、いよいよ……だね」
「そうね。飛空船の修理が終わるまで、あれこれと準備してきたものね」
ソリオとスペーシアが、互いに見つめ合いながらくすりと笑う。
スペーシアが言った通り、『真っ直ぐコガネ』はグランディス皇帝の指揮の元、あれこれと準備してきたのだ。
だが、『栄光なる我が息子号』の修理が完了すれば、いよいよ敵の本体である大型魔獣と決戦である。
そして大型魔獣との決戦に備え、大型魔獣の位置は帝国の斥候が常に把握しているし、無数の小型魔獣と戦うための用意もしてきた。
ソリオは隣に立つ妻を見、そして仲間たちを順に見る。
「いよいよ、最後の戦いだ。俺の両親から……二千年前から続く因縁は、ここで完全に断ち切ろう!」
「はい、私はいつまでもソリオと共に」
「御意にございます、ソリオ様」
「よっしゃぁっ!! いっちょ、やってやるぜっ!!」
「ええ、がんばりましょう!」
「ひゃっっはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! いよいよクライマックスッスよっ!!」
気勢を上げる『真っ直ぐコガネ』。そして、その彼らを勇壮な音楽が包み込んだ。
ソリオたちが見れば、いつの間にかリュートを手にしたザフィーラが、勇ましい音楽を奏でている。
その音楽は、まさに決戦に赴くソリオたちの士気を高めていく。
そして、そんな彼らの意志を称えるかのように、青銀の巨大な船の船体がきらりと一際強く輝いた。
こうして、『真っ直ぐコガネ』と異界の魔獣の、二千年に渡る最後の戦いが幕を開けるのだった。
『無敵の盾』更新。
今回は決戦に向けて、これまで登場した人々の現況を。
と言っても、どこもかしこも魔獣と戦っていますが(笑)。
個人的には、某全裸吸血族の親子を久しぶりに書けたのが嬉しい。
では、これからもよろしくお願いします。




