楽師
「スペーシアは、この帝都から南に五日ほど行った場所にある神殿にいる。その神殿は皇家の聖地とも呼ばれており、代々皇族の誰かが長としてその神殿を治めている。つまり、今代の神殿の長こそがスペーシアというわけだな」
「皇家の聖地……ですか?」
先祖代々、パイライト帝国の皇家が守ってきた場所であり、その地下にはクリソコラ時代の遺跡が存在し、極めて貴重な宝物が眠っているという。
これまでに何人ものパイライト皇家の縁の者がその遺跡に挑もうとしたが、遺跡に入るための扉がどうしても開けることができず、全ての者が断念してきたらしい。
「我が皇家に残された口伝によると、特別な「鍵」を持つ者だけがその扉を開くことができるそうだ。その「鍵」とやらがどんなものなのか、そこまではさっぱり分からんがな」
「うーん……鍵っていうくらいなんスから、やっぱり鍵の形をしているんじゃないッスかね?」
「だったら、それらしい物がこの皇家に伝わっていても良さそうなもんだな……で、それらしいものはありそうか……あ、いや、ありそうですか?」
目の前にいるのがこの国の皇帝であることを思い出し、ヴェルファイアが口調を改める。
だが、当のグランディスはそんなことはまるで気にした様子もなく、逆に楽しそうに口角を釣り上げた。
「ヴェルファイアっつったか? 今は公式な場じゃねえって言っただろ? だから楽な口調で構わないぜ? なんなら、俺のことは『そこのガタイのいいおっさん』とでも呼ぶか?」
「い、いや、その……さすがにそれはナシでお願いします……」
大柄な身体を小さくしつつ、皇帝の提案を却下するヴェルファイア。
そんなヴェルファイアを見て、他の面子が朗らかに笑う。
グランディスも同じように笑っていたが、ふとその表情を真面目なものに変えると、ソリオへと視線を向けた。
「どうだ? スペーシアに会ってみたいか?」
「そうですね。俺はこれまでに、人間族の女の子に会ったことがありません。そして、今後はいつどこで会えるか見当もつきません。できれば、そのスペーシアって女の子に会ってみたいです」
「そうか。だが、スペーシアは聖地の神殿の長だ。その身分は、彼女の命が尽きるまで……もしもおまえがスペーシアを嫁にと望んだとしても、ことは簡単には動かねえぞ。それでもいいのか?」
「いや、単に会ってみたいってだけで……いくらなんでも会ったこともない人を、即嫁にするって決めることはできませんよ」
「おう、それももっともだな!」
グランディスは豪快に笑った後、壁際に控えていたカングーを呼び寄せて何やら命じた。
カングーは一礼を残して退室すると、すぐに荷物を抱えて戻ってくる。
彼が持ってきた荷物。それは羊皮紙とペンとインクといった筆記具だった。
カングーからそれらの筆記具を受け取ったグランディスは、さらさらと羊皮紙の上にペンを踊らせる。
そうして書き上がった書状を、ソリオへと差し出した。
「こいつを持っていけば、皇族以外でも聖地たる神殿に入れるだろう」
それを受け取ったソリオと、その他の『真っ直ぐコガネ』のメンバーたちは、揃ってきょとんとした顔つきでグランディスを見返した。
「あ、あの……俺たちが皇家の聖地に入ってしまってもいいんですか……?」
「なぁに、構わないって。ご先祖様は俺のご先祖様だから、言ってしまえば親戚みたいなもんだ。なら、神殿に入っても問題ねえさ。それにな、何となくだが俺は思うんだ」
グランディスは『真っ直ぐコガネ』の面々の顔を改めて見回す。
「ご先祖様なら、神殿の地下にある遺跡に入ることができるんじゃねえか。そして、その遺跡に眠るっていうお宝も手に入れられるんじゃねえか……ってな」
「あ、ありがとうございます、陛下!」
パイライト帝国の皇家の聖地にいるというスペーシアという少女。その少女に会ってみることは、ソリオの冒険の目的にも一致する。
しかし、それ以上に神殿の地下にあるという遺跡に彼らは心踊らせていた。
やはり、ソリオたちは冒険者なのだ。未盗掘の遺跡があると聞けば、どうしたってわくわくしてしまう。
「だが、一つだけ条件があるぞ?」
グランディスは、まるで子供のような笑みを浮かべる。
「もしも本当に遺跡に入ることができて、そして首尾よくお宝も手に入れることができたら……それがどんな宝物なのか、絶対に俺にも見せてくれ。それが俺が付け加える条件だ」
ソリオが仲間たちを見回せば、『真っ直ぐコガネ』の面々は皆微笑みながら頷いている。
だから、ソリオは仲間たちに一回だけ頷いて見せると、にかりと笑いながらグランディスに向かって右手の親指を突き出して見せた。
帝都で改めて旅の準備を整えた『真っ直ぐコガネ』は、帝都の南にあるという皇家の聖地を目指して旅をする。
帝都を旅立って既に四日。ソリオたちは、聖地に一番近い「エレスチャル」という宿場町に到着した。
どうやら主要な街道が交わる宿場町らしく、宿場町としてはかなり大きく賑わった印象の町である。
そんな中、一行は適当な宿を見繕い、荷物を置いて身軽になると町の見物に揃って出かけた。
まず、彼らが向かったのは町の中心にあるという市場である。
街道の交差点らしく様々な品物が集まっており、この町が賑やかな理由の一つであった。
武器や防具、各種の薬品類、食料品、衣類、装飾品、日用品、そして一見しただけでは何に使うのか分からない不可思議なものまで。
ソリオたちが見知らぬものもあれば、よく知っているものもある。
そして、集まっているのは品物だけではない。
売られている品物目当てに、多種多様な種族のヒトたちが、この市場には集まっていた。
更に市場のあちこちでは、吟遊詩人や大道芸人などがこぞって自分の技を披露し、今日の糧となる銀貨を集めている。
そんな中。一際人だかりのある一角がソリオたちの目に留まる。
「楽器の音が聞こえるから、吟遊詩人かしら?」
「いや、歌声が聞こえてこないところをみると、吟遊詩人じゃなくて楽師じゃねえのか?」
ポルテとヴェルファイアの会話を聞きながら、ソリオも興味を引かれて人垣の向こうを見てみた。
するとそこに、一人の男性がいた。
長身ですらりとした男性で、見た目は人間族に見える。
身に着けている物は、旅人などがよく着る旅装束。武器や防具の類が見当たらないところから、冒険者ではなく旅の楽師なのだろう。
だが、問題はそこではなかった。
集まっている観客たちの中には、楽師が奏でる音楽よりも、その姿に見惚れている物が少なからず存在した。
それほどまでに、その楽師は美しかったのだ。
長く流れる黒髪は、まるで夜の闇を全て集めたかのよう。
反対にその肌はどこまでも白く、対極を成す肌と髪のコントラストはまるで代行者が直接手を加えた芸術品のようで。
やや伏せられた目蓋から除くのは、これまた神秘的な光を宿す銀の瞳。
ヒトを超越した存在。思わずそう信じてしまいそうになるほど、その楽師の美貌は飛び抜けていた。
白くて繊細な腕が、器用に楽器を操る。操っている楽器は、どこにでもあるありふれたリュートだ。
だが、そこから生み出される音色は決してありふれたものではない。
低く強く。楽師の細い指先がリュートの弦に触れる度、弦は周囲の空気を震動させて音を響かせる。
複数の音が重なり合い、深い味わいの音色へと変わるのは、間違いなく楽師の高い技術のなせる技。
流麗なリズム。力強い躍動感。悲哀を感じさせるもの悲しい調べ。
様々な音色が楽師の指先から生み出され、集まった人々の心を震わせていく。
誰もが知っている曲もあれば、どこかの遠い異国のものらしい聞き慣れない曲もある。
楽師が実際に奏でた曲は十曲にも満たないが、まるで百にまで届く曲を聞いたような、不思議な余韻を感じさせた。
楽師の指が最後の音を奏で、音の震動が空気の中に溶け込んでしばらく。ようやく我に返ったように、楽師の曲にみみを傾けていた聴衆たちから割れるような拍手が巻き起こり、彼の足元に何枚もの銀貨が投げ込まれる。
もちろん、ソリオたちも例外ではない。拍手をしながら、『真っ直ぐコガネ』を代表してソリオが数枚の銀貨を持って楽師へと近づいた。
「凄いね。こんな巧みな演奏を聞いたのは、俺も初めてだよ」
「ありがとうございます」
完璧に配置された顔の各パーツの内、薄い桜色に色づく唇から零れる低く響く男性の声。
その美声を聞いた『真っ直ぐコガネ』の面々は、彼が単なる楽師ではなく吟遊詩人の方が儲かるのでは、というやや場違いな感想を抱いた。
「楽師さんは人間族?」
「いえ、正確にはちょっと違いますが……そういう君は人間族ですね?」
「うん、俺は人間族だよ。あ、変なこと聞いてごめんね? ほら、俺と同じ人間族って少ないから思わず……」
「いえ、お気になさらず」
と、楽師はふわりと柔らかく微笑む。
途端、まだ散りきっていなかった聴衆の中の、妖鬼族や犬鬼族の若い娘たちが黄色い歓声を上げる。
なぜか、その中にはポルテの声まで含まれていたが。
折角知り合えたのだからと、ソリオたちはその楽師と食事を共にすることにした。
手近な食堂に入り、思い思いの料理を注文し終えると、まずはソリオが自分と仲間たちを紹介していく。
「俺はソリオ。そっちの端から順番に、ポルテ、ヴェルファイア、オーリス、コルト。俺たちは『真っ直ぐコガネ』って名前の冒険者チームなんだ」
「ああ、君たちが『真っ直ぐコガネ』ですか。隣国で売り出し中の若い冒険者たちだと、風の噂に聞いたことがあります。私は旅の楽師で……そうですね、本名は少しややこしいので、ザフィーラとでも呼んでください」
ザフィーラと名乗った楽師は、ゆっくりと頭を下げた。
「それで、隣国の冒険者であるあなたたちが、どうしてこの国に? やはり、何かの依頼ですか?」
頭を戻したザフィーラは、『真っ直ぐコガネ』の面々を見回しながら尋ねる。
その時、ソリオの所で視線が一瞬だけ視線が停止したが、そのことには誰も気づかなかった。
「うーん……依頼というわけじゃないんだけど、俺たちの目的地はちょっと言えないんだ。別に口止めされているとかじゃないけど、少し特殊な所だからさ」
「なるほど。冒険者は義理堅くなくてはいけませんからね。では、私からは何も聞きません。今はこうして知り合えたことを祝いましょうか」
折りよく注文した料理も届き、ザフィーラを加えた一行は思い思いに飲み物の入った木製のジョッキを手に取る。
「えー、では、僭越ながらあっしが音頭を取らせていただくッス。それじゃあ、あっしたちとザフィーラさんの出会いを祝して……乾杯っ!!」
ここん、と心地よい音を響かせて、六つのジョッキが打ち合わされる。
供された料理も満足のいくもので、『真っ直ぐコガネ』とザフィーラは舌鼓を打ちながらこれまでの互いの経験などを語り合う。
『真っ直ぐコガネ』の冒険譚。ザフィーラが楽師として旅をしたあちこちの町や村。
楽しい時は瞬く間に過ぎ、時間はかなり遅くなってしまった。
そろそろ宿に引き上げなくてはならない。ザフィーラとて、どこかに宿を取っているだろう。
六人は細やかながらも楽しかった宴を切り上げ、食事と酒、そして会話を楽しんだ店を後にする。
「じゃあ……また会えるといいね」
「そうですね。そうなるように、代行者様たちに祈っておきましょう」
ソリオはザフィーラと最後に握手を交わすと、仲間たちと共に宿へと向かう。
すっかり夜の帳が下りた中、ザフィーラは遠ざかる五人の背中をじっと眺める。
いや、彼が見つめているのは、五人の内の一人だけ。
「…………あれが……あの方が、陛下のおっしゃっていたソリオ様ですか。どうやら、陛下から聞いていた通りの方のようですね」
小さく呟いたその言葉は、誰に聞かれることなく夜の闇の中へと溶けていった。
『無敵の盾』更新。
さて、今回登場した楽師ですが、実は彼、とある所から言葉巧みに強奪してきた人物でして(笑)。
彼は橘 塔子様の作品、『名残りの月への綺想曲』シリーズに登場する楽師様と似て非なる存在です。
橘さん! お言葉に甘えて、楽師様出しちゃいましたぜ!
本家の楽師様同様、少し謎を持たせてみました。実はこっちの楽師様も結構重要な役どころだったりしますので、今後も期待してもらえると嬉しいです。
お返しというわけではありませんが、ウチのキャラの中で欲しいヤツがいたら差し上げますじょ?
でも、橘さんトコの世界観にコルトとかが入ったら絶対に全部ぶち壊しになっちゃうな(笑)!
よく考えてみれば、橘さんのところの世界観に合いそうな奴って、『無敵の盾』に限らず一人もいないなぁ……。
では、これからもよろしくお願いします。




