パイライト帝国
「ほほう? こいつがおまえの言っていた、俺のご先祖様ってわけか?」
「そうだ。こちらのお方こそ、貴様のような傍系ではない、クリソコラ皇家直系の嫡男であらせられる、ソリオ様だ」
ずいっと身体を前のめりにさせ、その男はじろじろとソリオを見つめた。
年の頃は四十代前半と言ったところだろうか。長身でがっしりとした体格の逞しい身体は、衣服の上からでも相当に鍛え込まれているのがよく分かる。
無遠慮な視線を向けられながら、ソリオは何とか笑顔を保つことができた。
そのソリオの背後に控えている面々──もちろん『真っ直ぐコガネ』の仲間たち──も、緊張に引き攣る表情を隠すことができていない。
そんな中、オーリスだけが不遜なまでにいつもの調子である。
だが、オーリス以外が緊張するのも、無理はないというものだろう。
なぜなら、今、彼らの目の前にいるのは、パイライト帝国を統べる皇帝の地位にあるグランディス・インテグラ・パイライトその人なのだから。
ソリオの故郷であるヘマタイト村を出立した『真っ直ぐコガネ』は、本来の目的地であるパイライト帝国へと向かう。
ヘマタイト村では、当初の予定よりも長い逗留となった。
ソリオは破損した戦旗の修理を待つ間、村人の老人たちから冒険の話をするように何度も頼まれた。
かつては、自身も冒険者として暮らしていた村の老人たち。彼らが「共通の孫」とも言うべきソリオの活躍譚を聞きたがるのは当然と言えるだろう。
それはもちろんソリオだけではない。
ソリオの冒険者仲間である他のメンバーも、老人たちにあれこれと尋ねられては、照れながらも自分たちの冒険の話を聞かせてやっていた。
約一名、無駄に脚色された壮大な冒険譚を語っていた骨娘もいたりしたが、彼女のことは村の老人たちもあっと言う間に理解したらしく、話半分に聞いていたようだった。
また、老人たちからすれば、『真っ直ぐコガネ』の面々は冒険者とはいえひよっこもいいところ。武器の扱いや魔法を使う際のちょっとしたコツ、その他冒険に役立つ話や心得を老人たちから教えられ、『真っ直ぐコガネ』にとっても収穫のあるものとなっていた。
そうこうする内に、ソリオの戦旗の修理も完了し、改めて旅の準備を済ませた『真っ直ぐコガネ』は、本来の目的地であるパイライト帝国へと向けて旅立った。
旅立ちの際、村の老人たち総出で見送られるなど、ヘマタイト村のことはソリオだけじゃなく他のメンバーにも忘れ得ない場所となったようだった。
ヘマタイト村を立って約一週間。
『真っ直ぐコガネ』は国境を越え、パイライト帝国へと足を踏み入れていた。
「それで、パイライト帝国のどこへ行くつもりなの?」
一行を先導するように先頭を歩くオーリスに、ソリオが何気なく尋ねた。
「は、これから行く所は、この国の帝都です」
「え? いきなり帝都へ行っちゃうの?」
考えてみれば、自分の住む国であるマラカイト王国の王都にさえ行ったことのないソリオである。
それが隣国へ来た途端、その中心である帝都へ向かうことになろうとは。
もちろん、その他の面々もマラカイト王国の王都へ行った者はおらず、ソリオと似たような心境だった。
「帝都には、私がこの時代に転移した際に、世話になった者がおります。その者は、言ってみればソリオ様の子孫に当たる者なのです」
「俺の子孫……?」
「はい。魔道皇……ソリオ様のお父上であるプレジデント様を最後の皇帝としたかつてのクリソコラ帝国の末裔……もっとも、血筋としては傍系もいいところのようですが、一応はソリオ様の子孫と言えるでしょう」
「え? そ、それってまさか……」
クリソコラ文明期の末裔を自称する者。ソリオはそれに心当たりがあった。
「私がこの時代に流れ着いたのは、今から一年ほど前の、このパイライト帝国の片隅でした」
魔道皇プレジデント・ラピュタ・クリソコラの時を超える大魔術。その施術が終わり、乱舞する光が収まった時、オーリスは草原真ん中で一人立ち尽くしていた。
しばらくは呆然と周囲を見回していたオーリスだったが、すぐに自分が一人だと悟ると、新たに主人となった少年の姿を探し求めた。
「そ、ソリオ様ああああああああっ!? いずこに……いずこにおいでですかああああああああっ!?」
声の限りに何度も叫んでみたが、それに応える幼い主人の姿はない。
どうやら何かの拍子にソリオと逸れたようだ、とオーリスはすぐに思い至った。時を超える魔術はプレジデントにとっても初の試みである。もしかすると、当初はソリオ一人だけを未来に送る予定だったのかもしれない。
そこにオーリスという飛び入りが加わったことで、予期せぬ結果になったとしても不思議ではないことだった。
この時点で、ソリオが七年も前に隣国のマラカイト王国に現れたことなど、当然ながらオーリスは知る由もない。
ソリオと逸れてしまったことは、オーリスを大いに慌てさせた。
かつての主君とその夫から託された、彼らの大切な息子。そして、現時点のオーリスの主君でもある幼き少年。
もしも、ソリオに何らかの危険が及んでいるとしたら。
そう考えるだけで、オーリスは足元の大地が音を立てて崩れるような感覚に陥った。
とは言え、ここで慌てていてもソリオの行方が分かる訳ではない。そう考えられる程には、彼にも冷静さが残っていた。
まずは、この時代の誰かと接触する必要がある。
そしてこの時代の情報を集めつつ、ソリオを探し出さなければならない。
確かにソリオのことは心配だが、彼には父親から譲り受けた防御用の紋章術がある。紋章術があれば、そうそう危険に陥ることもあるまい。
だが、それでもソリオはまだ幼い。一刻も早く見つけ出して保護しなければならないだろう。
焦る心を何とか抑えつつ、オーリスは歩き出した。
やがて街道を見つけ、それを辿ってとある町に到着した。そこから、オーリスのソリオを探す旅は始まったのだ。
「それから半年程後のことです。パイライト帝国で冒険者として活動しながら、ソリオ様の情報を集めていた私は、とある依頼の途中で数騎の騎馬の一行と擦れ違いました」
それは一人の身分のありそうは男性と、その供か護衛と思しき者たちの一行で、オーリスは騎馬である彼らに道を譲るために街道の片隅へと身を寄せた。
そして、騎馬の一行と擦れ違う。その時、先頭の身分のありそうな男性が擦れ違いざまに腰の剣を抜刀すると、いきなり振り下ろしてきた。
咄嗟に手にしていた斧槍でその剣を受け止めたオーリス。そんな彼に騎馬の男はにやりと笑うと厚かましくもこう言い放った。
「思った通りいい腕だな。気に入った! 俺の手下になれ!」
「それが……もしかして……?」
「はい。その人物こそがこのパイライト帝国の現皇帝、グランディス・インテグラ・パイライトでした」
突然剣を振り下ろした男は、自らの身分を明かした。
何でも、グランディス皇帝は時々こうして皇城の外に出て、腕の立ちそうな者を見つけては試し、それに合格した者は身分や出身を問わずに近衛に取り立てるのだと言う。
「それはまた……随分と剛毅な皇帝様ッスね……」
「いや、剛毅とかそういう問題じゃねえだろ? 下手をすると罪もない者に怪我を負わせかねないんだぜ? いくら皇帝だからって、何やっても許されるわけじゃねえだろうに」
「その辺り、グランディス皇帝の眼力は確かなようだ。これまでに目に留まった者の力量を、彼の者が読み間違えたことはないらしい」
それどころか、この皇帝の強引なヘッドハンティングは帝国内ではかなり有名らしく、腕に覚えのある者はどこかで皇帝と出くわさないかと常に期待しているらしい。
出自も関係なく、突然近衛に取り立ててもらえるとなれば、それはそれで出世の最短コースと言えるだろう。
「それで、オーリスさんはその誘いを受けなかったの?」
「ああ。私はソリオ様を探さなくてはならなかったのでね。皇帝の近衛などしている暇はなかったのだ」
パイライト帝国に入って更に十日ほど。『真っ直ぐコガネ』は途中で旅の商人の護衛などを引き受けて路銀を稼ぎつつ、遂に帝都に到着した。
帝都の入り口で簡単な審査を済ませて街の中へと、足を踏み入れる一行。
さすがは一国の中心となる都市であり、帝都は人と物が溢れて活気に満ちている。
そんな活気に満ちた帝都の中を、オーリスは一行を先導して迷うことなく進んで行く。
やがて、ソリオたちは活気ある庶民が暮らす区画を通り抜け、静かな区画へと入る。どうやら貴族街らしいが、オーリスはそんなことは気にもせずに堂々とした態度で先を進む。
「だ、大丈夫ッスかね? オーリスの兄貴は平気な顔で歩いているッスけど……こんな所をあっしらが歩いていて、いきなり捕まったりしないッスよね?」
「まあ、大丈夫じゃない? オーリスさんがソリオを危険な所へと連れて行くとは思えないし」
「姉貴の言う通りだと思うぜ? いくらオーリスの旦那でも、いきなり皇帝がいる城へ向かったりはしねえだろ?」
オーリスが言っていた、クリソコラ帝国の末裔という言葉。それがこの国の皇家を指していることは、ヴェルファイアを始めとした全員が理解していた。
パイライト帝国の皇家がクリソコラの末裔を名乗っているのは有名である。そしてオーリスによれば、傍系ながらもそれは事実らしい。
そして、ソリオはかつてのクリソコラ帝国の直系とも言うべき存在である。
オーリスが言うソリオに会わせたい人物が、この国の皇帝かそれに近しい者であることは間違いないだろう。
とは言え、血筋はともかく、今は一介の冒険者に過ぎないソリオが、突然この国の皇帝やその親族と会えるとは思えない。どこかで何らかの方法で目的の人物と連絡を取り、その後にソリオと面会させる段取りに違いない。
『真っ直ぐコガネ』の面々は、そう考えていた。だが、この考えはあっさりと裏切られる。
オーリスは愚直なまでに真っ直ぐに、皇帝が住まう皇城へと向かったのだから。
皇城へと到着したオーリスは、門を守護する衛兵に何やら伝える。
それを聞いた衛兵は、弾かれるように城の中へと駆け込んで行った。
そのまま門の前で待つことしばらく。城の中から現れた一人の身なりの良い人物がソリオたちの前に現れた。
「これはお久しぶりですな、オーリス様」
おそらく、この城の主である皇帝に仕える侍従だろう。見た目は人間族の男性のようだが、もしかすると獣人族かもしれない。
慇懃に頭を下げるその人物。オーリスも顔見知りのようで笑顔で対応する。
「こちらこそ。久しいな、カングー殿」
「オーリス様がこの城に戻られたのは、我が陛下の望みを聞き入れる気になったから……では、ないようですな?」
オーリスにカングーとよばれた男性は、笑顔のままソリオへと視線を向けた。
「そちらのお方が、オーリス様のおっしゃっておられたソリオ様ですかな?」
「いかにも。こちらのソリオ様こそ、正統なるクリソコラ帝国の継承者だ」
「お、おい、オーリスの旦那っ!? ここでそんなこと言っちまってもいいのかよっ!?」
慌てた声を上げたのはヴェルファイアだったが、ソリオもポルテも彼と同じ心境だった。
パイライト帝国の代々の皇帝は、自分たちはクリソコラ文明の末裔と公言しているのだ。そこへ「正統なるクリソコラ帝国の継承者」などと名乗る者が現れれば、それはパイライトの皇家に対する挑戦と取られても不思議ではない。
だが、慌てるソリオたちを余所に、カングーと言う人物は笑顔のままソリオに対して腰を折った。
「ご心配なさらず。グランディス皇帝陛下も、ソリオ様のことはオーリス様から聞かされてご承知であらせられます。その皇帝陛下ご自身が、ご先祖様と言えるソリオ様にお会いしたいとオーリス殿に願い出たのですから」
「え、えっと……皇帝陛下ご自身が、俺に……ですか?」
自らを指差しつつ、ソリオはきょとんとした表情を浮かべる。
「はい。詳しくは陛下自らがご説明なさるでしょう。では、ようこそ、パイライトの皇城へ。グランディス皇帝陛下に成り代わり、ソリオ様とそのご一行の来訪を心より歓迎致します」
『無敵の盾』更新。
またもや少し遅くなりましたが、なんとか更新できました。
ここ数日、少々仕事の方が忙しくて。なかなか小説を書く時間が取れません。
でも、今後もなんとか更新だけは続けていきますので、引き続きよろしくお願いします。




