第三種接近遭遇
私には、実は妹が一人いる。
古賀咲輝。現在、一歳だ。
かつての記憶では、小学六年までしか分からないが、最後の頃は若干反抗期に入っている様子だった。
幼い頃は、にぃに、にぃに、と後ろを付いて回っていて可愛らしかったのだが、生意気な感じに育ってお兄ちゃんはちょっと悲しかった覚えがある。
今度の咲輝はどうだろうか。
人という物は環境次第で大きく変わる。
兄たる私の変化で、今回の咲輝はどう変化するのか、あるいは何も変わらないのか。
とても興味をそそられるところだ。
今後に期待しておこう。
両親は、咲輝の子育てにてんてこ舞いな日々を送っている。
二人目の子供なのに、と思うだろうが、一人目である私は産湯の中で前世の記憶を取り戻した。
その為、夜泣きも非常に少なく、また聞き分けも非常に良いという、赤ん坊とは思えない聡明さを発揮しており、育児ノイローゼとは無縁だったのだ。
故に、二人目の咲輝が本番の子育てであり、若干、育児に疲れている。
とはいえ、世の親御さんに比べれば、大分マシなのだが。
なにせ、私が咲輝の面倒を結構見ている。
そろそろ疲労が溜まって来たな、という時期を見計らって両親に《スリープ》と《ヒール》の魔法をかけてぐっすりと寝かせて、その間の咲輝の面倒は私がする、という事をこっそりと行っているのだ。
おかげで、決定的なほどに壊れるような事はない。
割と和気藹々とした家庭が築けている。
大変に良い事だ。
まぁ、前世の記憶として中々平和な家庭が築かれていたので、私がこんな事をせずとも、我が親愛なる両親ならば軽く乗り越えられたであろうが。
今日もまた、そんな日だった。
規則正しい両親の寝息が聞こえる。
《スリープ》は偉大だ。《ヒール》もかけておいたので、明日の朝はとても爽やかな物となるだろう。
感謝してくれても良いのだぞ? ふふふ。
代わりに、私が咲輝の世話をする。
たまに夜泣きするが、あやしたりミルクを与えてみたりオムツを変えてみたり、とそんな感じで大抵は済む。
なぁに、《レジスト・スリープ》の魔法をかけていれば、眠気などという言葉とは無縁よ。
対魔王軍戦では、超耐久型の幹部相手に一ヶ月ぶっ通しで戦闘した事もあるのだ。
一徹くらい容易い容易い。
今日は比較的大人しい。
一度だけ泣いたが、抱っこして五分くらいあやしていたら泣き止んで、今ではぐっすりだ。
肉団子みたいで美味しそうでとても可愛い妹。
あと十年くらいしたら小生意気なクソガキになるかもしれないのだと思うと、溜息が出そうだ。
ぷにぷにとした頬っぺたを指先で突きながら、私は妹の身体に満遍なく魔力を浸透させていく。
異世界での子育ての常識だ。
まだ存在が不確定な幼い内に、日常的に魔力を浴びていると将来強大な魔力を宿す様になる。
加えて、身体そのものが魔力に馴染む為、魔法を扱う為に必須な魔力操作技能が非常に簡便となるのだ。
これは異世界にて研究され、統計を取り、証明されている事だ。
無論、危険がない訳でもない。
水をやり過ぎれば根腐れを起こす様に、少な過ぎれば効果がないのは当然として、多過ぎれば障害を残してしまう危険な物だ。
とはいえ、私は魔力操作に関してだけは、異世界にいた誰にも負けない自信がある。
私にかかれば、安全に適量を施す事など容易い事だ。
魔法文明の発達していない地球では、意味のない事だろう。
莫大な魔力を持とうと、それを精緻に使う身体を持とうと、魔法がない以上、何の意味もない。
しかし、あるいは将来、魔法文明を広げるかもしれない。
可能性は低いと思うが、絶対に無いと言い切れない以上、妹の将来の可能性を少しばかり広げてやるのは、兄としての務めと言えるだろう、という考えからの行為だ。
そんな感じで日々妹を開発している訳だ。
~~~~~~~~~~
夜も更け、草木も眠る丑三つ時。
誰も彼もが眠りにつき、静寂が支配する時間帯。
「うん……?」
そんな時に、私は違和を感じ取った。
魔力。とか、そんな名前の超常のエネルギー。
流派や文化圏などによって、細かく変わったりもするが、結局のところは同じものである。
まぁ、ともかく、そんなエネルギーを感じたのだ。
気のせい、だと思いたい。
うん、ここは地球なのだ。
自然に循環するエネルギー以外に、そんな超常のエネルギーが変動するような事はない。
そう、ない筈なのだ。
少なくとも、この四年間は、実に平穏無事で何事もなかった。
はははっ、まさか魔物に感じる様な物と同じ反応を、まさかまさか地球で感じ取るとは、いやいや、冗談きついですよ。
困った。本当に困った。完膚なきまでに困った。
魔王を倒し、魔王軍を滅したが故に勘違いしているかもしれないが、私はとても弱いのだ。
何言ってんだこのカス、脳味噌沸いてんのか、というツッコミは御尤もなれど、事実なのだから仕方ないだろう。
ぶっちゃけ、そこらの一般人と大して変わらないレベルである。
ならば、何故、魔王を打倒しえたのか、というと、私の特殊性にある。
私の技法は、異世界において遥か廃れた過去の物だった。
メリットがある反面、多大なるデメリットがある。そういうものだ。
そして、私の強さの秘訣は、魔道具にある。
仮面とマント、それに首飾り。
この三つは、非常に強力なれど、非常に使いづらいデメリットのある、そんなピーキーな道具だ。
しかし、それがそれぞれと、また私の技法と上手い事噛み合った。
結果、異常に強くなった。それだけの事だ。
私は、地球に帰還というか、転生というか、まぁともかく帰ってきた。
記憶や技術はそのままだが、残念ながらそれだけで、魔道具は引き継ぎできなかった。
なんて事だ。
ともあれ、つまり素の雑魚い私とデメリットだらけの欠陥技法のみが、私の現在の武器である。
すっごい不安。
まぁ、転生特典なのか、魔王討伐報酬の一環なのか、魔力量は以前に比べて爆発的に増えているが、本気で戦えば一秒と持たない程度である。
ガッデム。
なーんて、泣き言ばっかり言っていても仕方ない。
問題は目の前にあって、早急な対処が必要だ。
接触するか、無視するか、だ。
正直、無視したい。危険とかもう御免だ。
出来れば、平穏な人生を送りたい。
それが本音であり、ならば首を突っ込まずに無視する事が正解だ。
しかし、だ。
しかし、放置した場合、どんな被害が出るのか。
素の私が感知できるほどの御近所だ。
このまま歩いて立ち去ってくれるなら良いのだが、残念な事に殺気というか悪意というか、そういうものを撒き散らしている。
殺戮でも始められると、平穏からほど遠くなる。
何より、両親や妹が巻き込まれるのは、些か腹が立つ。
事前に対処して、不安材料は排除しておくべき、やもしれない。
「どうしようかな……」
悩んでいると、ふと視線を感じた。
見れば、咲輝がいつの間にか目を覚まして、無言でじっと私を見つめている。
指を差し出せば、ぎゅっと握ってくる。
きゃっきゃっと何が楽しいのか、無邪気に笑う。
うむ、可愛い。
「うむ……うむ。これは仕方ないな。
可愛い妹の為だ。
お兄ちゃん、ちょっと頑張ってくるよ!」
指先に、不可視の光が灯る。
魔力だ。
一般人には見えないだろうが、魔力を視覚化できる者には輝いて見える事だろう。
それが細い線となり、指先大の小さな魔法陣を描く。
「おやすみ」
《スリープ》をかければ、こてりと眠りに落ちる我が家のお姫様。
手からも力が抜けて、解放される私の指。
すっくと立ちあがり、窓から外を見る。
「さて、では行こうか」
魔力を滾らせて、私は出撃した。
~~~~~~~~~~
夜の住宅街に、音が響く。
金属を引きずる様な、そんな音だ。
それに伴って、足を引きずる様な音も並列して広がる。
人のいない道を歩くのは、一つの人影。
小柄な体型をしたそれは、全身をポンチョに包んでおり、正体は知れない。
そんな人物の前に、一人の童子が空から舞い降りる。
「夜分遅くに失礼。少々、お話しませんか?」
人影が停止する。
興味が沸いた、訳ではない。
人影の足を止めたのは、警戒だ。
童子が纏う魔力を明確に認識した訳ではないが、感覚的に理解したのだ。
目の前の童子が、獲物ではなく、敵であると。
「あー、目的は何だろうか?
単なる通りがかりとかなら、まぁ別に構わないのだが……」
『ねぇー、あたし、きれいー?』
童子の言葉を無視して、質問が返る。
掠れたような声で問われたそれに、童子は首を傾げる。
「姿が見えない状態でそれを言われてもね。
出来れば、顔を見せてくれないかな?」
『…………』
深く被っていたフードが外される。
出てきたのは、赤い顔。
肌の色は一切なく、剥き出しの筋肉のみの顔面だ。
『ねぇー、あたし、きれいー?』
再度の問いかけ。
童子は平然と答える。
「筋肉に付き方は中々美しいが、一般的基準で言えば醜い類に入ると思うが?」
『じゃー、おまえもおなじにしてやるー!』
それまでの緩慢とした動きが嘘の様に、俊敏な動作で引きずっていた巨大な鉈を振り上げる。
「……口裂け女の亜種かな? 都市伝説の類かよ」
童子は呆れたように呟く。
人影は高速で跳びかかり、鉈を振り下ろす。
しかし、それは童子の手前で、何かにぶつかったように弾かれる。
動きが一瞬止まる。
その間に、童子が手を掲げる。
瞬間。
衝撃が人影を襲った。
溜まらずに後退する人影。
衝撃は止まらず、二度三度と人影を襲い、強制的に距離を取らされる。
「ふむ。《バレット》だけでも十分そうだな。助かるよ。君が弱くて」
何が起きているのか分からなかったが、目を凝らせば、童子の手元から何かが発射されているのが薄く見えた。
速度は然程でもない。鉈で軽く迎撃できる。
「おっと、対応が速いな」
感心したように童子が言った。
~~~~~~~~~~
さて、どうしたものか。
基本攻撃魔法だけで押し切れれば良かったのだが、どうもそういう訳にはいかないらしい。
いや、後先考えずに本気で撃てば、一撃必殺出来るけれども。
なにせ、この《バレット》、異世界において基本にして究極と言われる魔法なのだ。
機能としては単純に、魔力を弾丸にして飛ばすだけの物だが、その威力が込める魔力によってピンキリなのだ。
極端な例だが、丸めた紙をぶつける程度の威力から、山が消し飛ぶ様な威力まで、実に幅が広い。
今の残魔力を全て込めれば、ちょっと大地が抉れるくらいの威力を叩き出せるだろうし、今までの手応えからしてそれで奴は倒せるだろうが……後始末が出来なくなる。
それは困る。
立つ鳥跡を濁さず、ではないが、世間様に迷惑のかからないようにしなくてはね、ドンパチは。
連射する魔弾を弾き飛ばしながら、都市伝説野郎は徐々に距離を詰めてくる。
「仕方なし。お客様も来ているようだし、手早く終わらせよう」
遠くから急速に接近しつつある魔力反応がある。
目の前の都市伝説に増援を呼ぶ能力があるとも思えないし、おそらくはこいつを討伐する為の戦力だろう。
いつの間に、地球はファンタジーに浸食されたのやら。
パラレルな地球、という線も考えられない事はないが、あの女神は元の世界に帰す、と言っていた。
言葉が足りない所はあるが、嘘はまるで言っていなかった奴だ。
多分、今回もそういう事で、単純に私が知らなかっただけの事なのだろう。
思わず遠い目をしたくなる。
おっと、なんて悠長に考えている場合ではない。
お客様が到着されると、私の事を知られてしまう。
いつかはバレるだろうが、今すぐにバレたくはない。
せめて、十分な戦力が整ってからにしていただきたい。
その為には時間を稼ぐ必要がある訳で、手っ取り早いのは目の前の敵を速攻で排除して即座に離脱する事だろう。
「では、少し派手に行くぞ」
《バインド》の魔法を、奴の足元に多重展開する。
手足に胴体に、無数の魔力で出来た紐が絡みつき、即座に硬化、がっちりと固定される。
動かせるのは首くらい。
出来た時間で少しばかり複雑な陣を描く。
《アストラル・フレイム》。
数秒で完成したのは、魔力の様な超常エネルギーのみを焼き尽くす幻の炎。
そういったエネルギーを宿していない物には一切の効果がないが、逆にエネルギーを宿している物には多大なる効果を及ぼす。
『ああああああああああああああああああああ……!!』
絶叫が響き渡る。
ふふふ、幾らでも叫ぶが良い。
事前に《サイレント》の結界魔法を張ってある。
お前の声は誰にも届いたりはしないぞ。
私が悪役みたいだな。
大変に不本意である。
数秒で火が消える。
燃やす物が無くなれば消えるのは宿命だ。
「おや、燃えカスが残るとは思わなかったな」
火が消えた後には、一人の女性が倒れていた。
鉈もポンチョも消えて、全裸だ。
余分な衣類はないので我慢してくれたまえ。
ちなみに、ちゃんと皮がある。
どうやら、あの都市伝説は憑依型の物だったらしい。
一応、バイタルを確認してみるが、ちゃんと心臓も動いているし、呼吸も正常だ。
多分、問題ないだろう。精神部分は知らんが。
「じゃ、痕跡を消して私は退散させて貰おう」
《サイレント》の結界だけではなく、結局、使わなかった罠も含めて、全ての魔法を解除し、ばら撒いた魔力残滓を消し去って、私はさっさと退散した。
一つだけ、置き土産を置いて。




