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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
運命を動かす出会い
19/20

黒の髪と瞳を持つ少年

※イーリク視点です

※イーリク視点




目の前には、剣を手にして舞う少年。

小柄な体に見合った細剣を振るい、その軌跡が美しい円を描く。

確かにこの少年の剣舞は美しく、胸に響くものを感じたが―――――――彼をここに呼んだのは、それ自体が目的ではない。

目の前でフワリと浮かび上がった黒髪に、俺は静かに目を向けた。



黒の髪、黒の瞳。

それに近いような色があったとしても、この世界に住まう者で全くの黒色を持つ者は誰一人とて居らず、いるとしたら―――――それは異世界から召喚された勇者のみ。

王家にしか伝わらないその情報は、しかし今、厳重な緘口令を敷いた上で各騎士団長レベルのみに伝えられていた。


(もしも召喚の儀で伝承通りの勇者が現れていたならば、俺たちの目に留まることもないままに「勇者」はドラゴン封印へ赴いていたのだろうな)


召喚の失敗があったおかげで自分は伝説の勇者を見ることができたのだ。

そう考えると、運がいいのか悪いのか。


(果たして、どちらなんだろうな)


イーリクは小さく苦笑して、現在王城で言葉の勉強をしているであろう「勇者」へと向けていた意識を目の前の少年に戻した。


少年……カオルの剣の動きはイーリクから見てもなかなか使えそうだ、と感じさせるものだった。

珍しい所作は異国のものらしく、それを見慣れない人間からすれば剣の軌道を予想するのも少しばかり難しいだろう。


しかし、同時にイーリクは「力不足だな」と心の中で呟いた。

カオルの動きから考えると、彼の得意とするのはスピード重視の剣技らしい。

素早い剣撃は、地味ではあるが確実に敵にダメージを蓄積していくものだ。

しかしそれはある程度の「力」があってこそ。


カオルの場合、ある程度スピード感のある動きをしているが、これはあくまで「決まった振付のある剣舞」だからだ。

もし実戦で剣を振るうともなればもう少し遅い動きとなってしまうだろうし、そしてそれは「素早い剣撃」というアドバンテージを失うことにも繋がる。



イーリクは、カオルを「訓練次第では良い剣士になれるが、勇者と呼べるほどの力量は現段階では無い」と結論付けた。

勇者の証である黒髪黒目を持っていたので「もしや」と思ってわざわざノインに連れてこさせたのだが、少なくとも現在の彼ではどうやら勇者足り得ないようだ。


せめてもう少しカオルに筋肉があればな、と惜しく思いながら眺めていると、いつの間にかカオルの剣舞は終わっていたらしい。


「ありがとうございました」


礼儀正しくお辞儀をするカオルに、イーリクは拍手を送る。


「いや、素晴らしかった。さすが、町で評判の麗しの剣士殿だな」

「その呼び名は止めてください、私には分不相応な二つ名だと自覚してますから」


カオルは随分と謙虚な少年のようだ。

勇者足りえるほどではなかったが、成人も迎えていないような年齢でこれだけの技を披露できるのだ。もっと得意になってもいいだろうに、とイーリクは思った。


「ネスト、お前はどう思った」


隣で静かに見入っていた緑髪の青年に水を向けると「悪くないですね」という言葉が返ってきて、イーリクは思わず隣に立つ青年に視線を移した。

いつもならばもっと手厳しい発言の多いネストである。そんな彼が「悪くない」というのは珍しいことだ。


「後はその力不足を何とかするべきですね。筋肉が足りていないのでしょう、剣が少し振り遅れています」


助言も与えつつ、ネストは唐突にカオルの腕を手に取ると、なぞるように触り始める。筋肉の付き方を確かめているのだろう。

腕を取られたカオルは何やらワタワタと顔を赤くして焦っていたが、きっと一見とても冷たく見えるネストが怖いのだろうなとイーリクは思った。


イーリクからすれば、ネストは案外情が深い男だ。

冷たい男に思われがちだが、一度気に入った人間にはとことん面倒見がいい。

こうしてカオルの腕を取ってまで見てやっているところから察するに、今日会ったばかりのカオルだが、すっかりネストに気に入られてしまったようだ。


「あなたの筋肉の付き方はとても綺麗ですが……あぁでもあまりにも力が付きすぎて腕が太くなっては今度は見栄えが……」


カオルの腕に手を這わせてブツブツと一人で呟いているネストに、イーリクは呆れた顔をすると「いい加減にしておけ」と忠告をする。


「ネスト、カオルが困っているだろう」


イーリクの言葉に、自分の世界に入っていたネストが現実に戻ってきたらしい。

ネストはハッとした顔をすると、「失礼しました」と言ってカオルの腕をようやく放した。

やれやれと肩をすくめていると、どこからかふと不穏な空気を感じた気がして、イーリクは「おや?」と空気の元を探る。


様子を窺うように視線を回してみると、カオルの肩越しに、自分の右腕である副長のノインが……珍しいことに怒りを露わにした表情でネストを睨んでいた。

ノインという男は少なくとも表立って怒気を現すような男ではないだけに、これは相当にカオルの事が気に入っているのだろうとイーリクは思い、小さく笑みを零した。


(はは、すっかりカオルの保護者気分なのだな)


イーリクは微笑ましいものを見たような気分になったが、本来の目的がもうひとつあったことを思い出して表情を引き締め直すと、「カオル、少し頼みがあるのだが」と口を開いた。

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