登場人物との出会い
私は居心地悪く、モゾモゾと身じろぎをしている。
別に今座っているソファの座り心地が悪いわけではない。
むしろ元の世界の1DKアパートに置いてきたマイソファのほうが固く、カバーも擦り切れたりしているくらいだ。
それに比べれば、このソファのフンワリ具合といったら!お尻を包み込むようなこの座り心地は、文句なしの最高ランクである。
なのになぜ私が居心地悪くしているかというと、その原因は――――壁際にズラリと整列した騎士たちだ。
白銀の鎧に身を包んだ彼らに囲まれた私は、せいぜい狼の群れに囲まれた野兎というところか。
おそらく彼らは第2騎士団員なのだろうが、その一人一人が力・技術ともに優れるエリートと呼ばれるに相応しい人たちばかりかと思うと、胃が痛くなってくる。
自分より遥かに強い生き物というものは、居るだけで恐怖を感じるものなのだ。
こんな中で「剣舞を見せろ」とはどんな拷問かと思う。
「あのぉ……ノインさん?」
「何ですか?」
「やっぱり私じゃ役者不足というかお目汚しになると思うし、帰らせてもらう、というわけには……」
あまりのプレッシャーに、隣に座るノインをそっと窺って進言してみれば、ノインは困ったような笑顔をしながらも一言。
「諦めてください」
………。
ため息が出てきそうだ…。
私たちが今いるのは、騎士団本部1F鍛錬室の一角にある応接スペースである。
鍛錬室になぜ応接スペースなんてあるんだろう、と不思議に思って聞くと「時々ですが鍛錬の見学にいらっしゃるお方が…」と教えてもらった。その口調から、変わり者のお偉いさんでもいるんだろうなと私は察した。
最初にこの部屋に入った時に「この応接スペースにだけ結界が張ってあるんですよ」と言っていたのも、おそらくその変わり者のお偉いさんが万が一にも怪我をしないためにしているのだろう。
他人事ながら、難儀なことだ。
私たちは今、この応接スペースで第2騎士団長がやってくるのを待っていた。
昼間ギルドでノインに同行を求められてからというもの、いろいろあったが、結局私はノインとともに騎士団本部へ出向くことになった。
ギルドではグレゴリオと名乗ったオッサンを始め、周りの冒険者たちにも妙に心配をされたが、第2騎士団長からの「剣舞を見せてほしい」という依頼の為だと判明すると皆納得して送り出してくれたのだ。
出かける間際「くれぐれも気をつけてな!」「頑張れよ!」などと激励を浴びせられ、ノインには「人気があるんですね」と言われたが、正直なところ、私が人気者だったなんて初耳だ。
どうもペティエール一座で剣舞…というかオリジナル振付の殺陣なんだけど…を披露したのがきっかけで私の名が知れ渡ったらしい。
おまけにペティエールが口上で「麗しの剣士」なんて言っていたものだから、それがそのまま二つ名になってしまったのだ。
ペティエール一座の公演中は歓声を浴びることもあったが、舞台は舞台。舞台を降りてしまえば、しがない冒険者でしかない自分になど興味を持つことは無いだろうと思っていたが、意外にも私の剣舞はかなり評判が良かったようだ。そもそもこの世界では「剣舞」という概念も珍しいらしいし、彼らの歓心を集めたのはそのせいもあるのだろう。
騎士団本部へ着いて、私はすぐに鍛錬室へと通された。
中に入って私が一番驚いたのは、その人数の多さだ。
聞くところによると、この人たちは全員ノインの同僚…つまり第2騎士団員らしいけれども、ザッと数えても100人くらいはいる。
第2騎士団は何人いるんですか、と尋ねてみれば「全部で122名です」と言うのだからさらに驚いた。休暇を取っているという人たちを抜かすと、第2騎士団のほぼ全員である。
それが皆一様に壁に立ち並んでいるのだから、私がその迫力に怯えてしまっても無理もない話というものだ。
応接スペースへと通されて。座り心地の良さそうなソファに座るように促されて。
そして今に至るわけだが……。
待ち続けて10分程。
遠くから何人か分の足音が聞こえてきた。
いよいよかと、私は緊張して立ち上がる。
ノインも私に合わせて立ち上がると、さりげなく一歩後ろへ下がった。
(ちょっ、下がらないで!緊張してるんだから!)
私の悲哀を余所に、足音はドカドカと音を立てて部屋の前まで来る。
両面開きのドアが勢いよくバンッと開き――――40代くらいの大柄な男が現れた。
他の騎士と同様に白銀の鎧に真っ青なマントを身に着けているが、他の騎士と違うのはマントと同色のタスキを着けているところだろうか。タスキには細かい装飾が為されており、国旗らしきものも描かれている。おそらく、彼が第2騎士団長なのだろう。
男は室内をしばし見回し、最後に私の上で目を留めると、
「おお!お前が『麗しの剣士』とやらか!」
とズカズカと近づいてきて、私の手を強引に取り握手を交わした。
男の手は、「妄想魔法『性別チェンジ』」で男になった私の手も包み込むほどに大きい。
ギルドで会ったグレゴリオもかなり大柄で威勢も良かったが、目の前の男もそれと同じくらい大柄だ。だがグレゴリオと目の前の男の印象は、決定的に違っていた。
二人の印象を違いを決定づけたのはおそらく、その眼差しの持つ鋭さだろう。
この男の目は、あまたの戦場を乗り越えたことを感じさせる、鋭い光を放っている。思わず射竦められそうになるほどだ。
「ど、どうも…」
手をブンブンと振られ、私はその勢いでガックンガックンするが、男は気にせずに「ハハハ思ったより細っこいな!」と笑った。
…あまり細かいことを気にしないタイプらしい。
とりあえず強く握られた手が痛かったので、私は彼の手をそっと外した。
「わざわざ来てもらって悪いな!俺は第2騎士団の団長、イーリク=バイリーという。それから…………おい!」
イーリクはドアのほうへ声をかけ、私もつられてそちらを見る。
ドアの陰にもう一人いたらしい。
「そんなに大きな声を出さなくたって聞こえてますよ、バイリー第二騎士団長殿」
涼やかな声が室内に響き、ドアの陰から一人の青年が出てきた。
淡い緑色の髪を肩まで伸ばした中性的な青年だ。
否、「青年」の頭に「美」を付けたほうがいいだろうか。
ノインもカッコイイとは思うが、ノインの場合は優しげな風貌に拘わらず上背もあるせいか体は意外とガッシリとしており、「美青年」といった印象ではない。
しかしこの青年は、目の前にいるイーリクがゴツイから余計にそう見えるのかもしれないが、どちらかと言えば女性的なしなやかさがある。
きつく眇めた紅い目は男なのに妙に色っぽく、女として何かに負けたような敗北感すら感じさせた。……あ、今は私も男だけど。
(でも、どこかで会ったことがあるような気がするなぁ)
私は不思議な既視感に首を傾げた。
見覚えはない。
それにこんな美人な男性、会ったらそうそう忘れるものではない。
だが、初めて会った気がしないというか、妙に「知っている」気がするのだ。
なぜだろうと頭を働かせる私を余所に、イーリクは青年に向かって肩をすくめてみせると、手で「こちらへ来い」と合図した。
「お前が中々入って来んからだろう、いつまでそこにいるつもりだ?」
「初めて会う人間にはそれなりの警戒心を持って行動するんですよ、私は」
「は!やれやれ、本当にネストは細かいというか神経質というか……」
イーリクに苦笑いされたネストと呼ばれる男は、小さくため息をつくとゆっくりとこちらへ近寄ってきた。
近くで見ると、ますます綺麗な人だなぁと思う。
男になった私よりは少し上背があるが、それでもやはり男性としては小柄なほうだろう。
見た目年齢は17くらいに見えるが……見た目よりは年がいっているかもしれない。彼の落ちついた話し方や口調から考えると、20代前半くらいではないだろうかと思えた。
肩の長さと思われた髪は、よく見ればそれは顔周りだけで、後ろの髪の毛は長く腰近くまであり一つに括られている。
(ん?………腰まである緑の髪……ネスト……騎士団…………?)
「あ!あああああああぁぁぁぁぁ!!!」
「っ?!」
ネスト!
ネストール=アスバル!
第1騎士団副長の!
小説の中ではたまに出てきては主人公に嫌味を言ったり、かと思うと適切な助言をしたりしていた、あのネストール=アスバル?!
私は目を見開いて、彼を見た。
目の前には、滅多に感情を揺らす様子の見せないはずの男の、心底驚いた顔。
(あぁぁぁそうよ、きっとこんな感じの美人キャラじゃないかってずっと思っていたのよ!うわぁぁぁ、小説の登場人物に会っちゃった!!しかもネストールのビックリ顔が見られるなんてラッキィィィ!!)
あの小説には挿絵がなかったので、自分の想像力に頼るしかない。
しかし目の前のネストールといったらどうだ。まさに私の想像通りの姿なのだ!
「なんだ、知り合いか?」
「…まさか。知っていたらこんな失礼な態度は取りません」
ネストールは動揺を抑え、表情を元の冷静なものに戻すと、冷ややかな目でイーリクと私を見た。
イーリクは「失礼だと自覚してやってるんだからタチ悪いぜ…」と額を抑えたが、私はその視線でハッと我に返ると、マズイとばかりに後ろに下がった。
……気がつけばネストールの目前まで身を乗り出して観察していたのだ。あぁ、無意識って恐ろしい。
「それで?あなたはどちらさまですか」
(ううう、冷たい視線が痛い……)
ネストールにしてみれば、突然見知らぬ男が奇声を上げて自分ににじり寄って凝視してきたのだから視線が冷たくなるのも無理はない。
……でもちょっと切ない。
「えー…その、カオル=マツムラと申します。いちおう、冒険者の端くれというか…」
「カオルの剣舞が町で噂になっていてな。興味をひかれたからノインに連れてきてもらった。二人は知り合いらしいしな」
ポリポリと頭を掻きながら控えめに自己紹介をすると、イーリクがそれを補うかのように説明を加えた。
その説明に、私はチラリとノインを見上げる。
「知り合いというか……ノインさんは恩人なんです」
私の視線に気づいたノインは「あれくらい、気にしなくても良いのに」と優しい笑顔を向けてくれる。
(ああ本当に良い人だよ、ノインさん!)
顔を見合わせてエヘヘと笑いあう私たちの様子を見て、ネストールは眉をピクリと上げる。
「……なぜ冒険者の剣舞が噂に?」
「旅一座の依頼を受けて手伝っていたらしいですよ。町ではそれが評判になって『麗しの剣士』と呼ばれるように」
「カシュベルトには聞いていません。マツムラに聞いたのです」
ネストールに冷たく言い放たれ、ノインは苦笑いを浮かべると無言でそっと後ろへ下がった。
ここだけ見ると、同じ副長という立場であっても第1騎士団所属のほうが立場が上なのだろうか……と思えるような雰囲気だが、実は第1だの第2だのといった名称は、ただの「呼び分け」でしかない。
つまり、ノインとネストールの立場の強さは同じわけで。
(ネストールって言ったら、デレがほとんどないツンデレだったからなぁ)
ノインはあまり気にしていないようだが、「小説で読むだけならいいけど、実際こういう性格の人が同僚だと大変なんだろうなぁ」と私は思わず同情の視線を送った。
ネストールからの睨みつけるような視線の中、「それで?」と説明を促され、しどろもどろに事情を話す。
私がこっちの世界に紛れ込んだあたりは割愛だ。あまり細かい話を突っ込まれても困るので、ペティエールの依頼を受けたあたりからのことだけをザッと話していく。
ある程度説明が終わると、ネストールは
「まぁいいでしょう」
と一つ頷いた。
それから、私の腰に下げられた細剣にチラリと視線を走らせる。
「お、納得したか?ネスト」
イーリクの問いかけに、しかしネストールは小さく首を振ると、私の細剣を指さす。
「いえ。要領の得ない説明を聞くよりも、実際にやらせたほうが早いと思ったまでですよ。―――マツムラ、今ここで、その剣舞をやってみなさい」
バイリー団長もそう考えてマツムラをここへ喚んだのでしょう?と付け加えると、ネストールは初めて、私にささやかな笑みを見せたのだった。
小説の中でも主人公によく見せていた、少し意地の悪そうなその笑みを。




