騎士団の要請
翌日ギルドに赴くと、そこでは意外な人物が私を待っていた。
「カオル。ペティエール一座の依頼は終わったようですね」
その声に顔を上げると、そこにいたのは―――――ギルドにいるはずのない、騎士服を身に纏ったノインだ。
ノインは驚いている私にニコニコと愛想良く近づいてくると、親しげに挨拶をしてくる。
その平和な様子に、私は目を見開いて疑問を口にした。
「ノインさん?!あれ、なんでここに……ていうかここ、ギルドですよ?」
ギルドは冒険者の集まる場所だ。
対立している……とまでは言わないけれど、冒険者は騎士に対してやっかみ混じりの感情を持つこともままあったし、騎士は騎士で仕える者のない冒険者を見下しやすい傾向があった。
だから、ギルドに騎士がやってくるなんてことは、まず無いことなのだ。
「ここに居ればカオルが来るかなと思いまして。ちょっと待たせてもらいました」
「私を?」
思わず首を傾げると、「まずは舞台の終了、お疲れさまでした」と言われて、私は思い出したように赤面した。
そう。ノインは私が一座で剣舞を披露しているのを見ていたのだ。
蚊の鳴くような声で「ありがとうございます」と呟くと、「素晴らしい剣舞でしたよ」と言葉を重ねられて、私は耳まで真っ赤になった。
騎士といえば、それこそ剣技のプロ!
私の演技が稚拙なものに見えなかったかとても心配になって「ほとんど自己流で下手だったでしょう?」と問えば
「あれは演技でしたが…見たところ実戦でも充分通用しそうな動きでしたよ」
と返された。
(うーん、訳すと「実戦経験を積めば戦えないこともない」ってとこかな?)
私はいずれこの町を出て、サヤとミホを探す旅に出ることになる。
町の外には恐ろしい魔物も多くいるだろう。私はそんな魔物と戦っていかなくてはならないのだ。
だから騎士団の人間に少しでも「戦える」というお墨付きが貰えたことは、私にとって大きな励みとなった。
(妄想魔法がねぇ、もっと使える魔法だったら良かったのに)
最初に「妄想したことが現実になる」妄想魔法が使えることに気がついたときは、なんて便利なんだろうと思ったものだが。
しかしこの魔法には未だ不透明な部分も多く、あまり実戦では役に立たないだろうという結論に至っていた。
使えることが分かった妄想魔法は、今のところたった3つ。
・異世界往路(異世界への一方通行)
・性別チェンジ
・ノーモア言葉の壁(あらゆる言語・文字が理解可能)
…………。
……攻撃魔法がひとつもないところが何とも切ない…。
しかし、何度試してもほんの僅かの攻撃魔法すら出なかったので、この点についてはもう諦めていた。
頼りになるのは、己の腕だけ。せめて剣道や居合道を習っていて心から良かったと思う。
「それで、ノインさん。私に何かご用が…?」
「あぁ……そうですね。実は、今回私がここに来たのもそのことと関係があるのですよ」
私は再び首をかしげる。
なんだろう。同じ剣を扱うものとして興味があるから剣舞をもう一度見せて欲しいとかそういうことだろうか。
そう予想していると、ノインは急に居住まいを正し、騎士の礼をとり始めた。
………。
なんだか、嫌な予感がする…。
厄介事が降ってきそうな、物凄く嫌な空気だ。
しかし、こういうときの予感ほど当たるものなのか。
ノインはいつもの優しげな表情を消してキュッと顔を引き締めると、よく通る声で朗々と述べた。
「カオル殿。騎士団本部までご同行願いたい」
私の顔が引き攣るのと周囲からどよめきが起こるのは、ほぼ同時だった。
そのどよめきの大きさに驚いて周囲に目を向けると、気がつけば――――――私たちは、たくさんの冒険者たちに取り囲まれていた。
なんで取り囲まれているんだろう、と一瞬考え、しかしすぐに疑問は解消する。
(あ、そか…ノインさんが騎士服着てるから目立ってたのね。そんでもって私は「同行」とか言われてるし。そりゃビックリするわ)
しかし騎士団本部へ同行、とはどういうことだろうか。
何か法律に背くような事をしてしまったのだろうかと不安になる。
私は顔を引き攣らせたまま刑事ドラマのように「任意ですか」と一瞬口を聞きかけて、結局止めた。こういう厄介事は、大抵スルーできないのがセオリーというものである。
それにノインには一宿一飯の恩義どころか5泊と1銀貨分の恩義がある。
今の私にできる事と言ったら、首を縦に振ることくらいしかないだろう。
しかし私が了承の意を告げようとしたその時。
周りを取り囲んでいた冒険者の中から突然、「ちょっと待てぇーーい!」と一人のオッサンが躍り出てきて、ノインのみならず私を飛び上るほどに驚かせた。
目を向けて見れば、大斧を背中にくくり付けた、いかにも山賊でもやっていそうな風体のオッサンだ。
私は血の気の多そうなその顔を見て、もしかしたら「この騎士野郎!ギルドに来て偉そうな面してんじゃねぇぞ、この俺が日の目を見れん顔に変えてやろうか!」とでも言いだすのではないかと危惧し、慌ててノインを見上げた。
ここはギルドだ。
先ほども述べたとおり、冒険者と騎士というものは決して仲良しこよしなものではない。
ノインもいちおう騎士だし、ちょっとやそっとじゃ負けないだろうけれども、もしもトラブルになったら微力ながら加勢するべきだろうか。
そんなことを考えながら成り行きを見守っていると、オッサンはなぜか私の頭を子供にするようにワシャワシャと撫で回し、ノインに対峙した。
そして、まるっきり悪役のような顔でノインをジロリと睨みつけ―――
「おい、そこの騎士。麗しの剣士に何の用だ」
―――と顎を上げて言い放った。
(う、うるわしのけんし?!)
思わぬところで緊張が緩み、ズッこける。
悪人顔のオッサンの口からそんな言葉が出てきたのも驚きだが、麗しの剣士とは……まさか、私のことだろうか。
いや。私はそんな恥ずかしい二つ名を名乗った覚えなんてない――――とは思うが、状況から私の事を示しているようにしか見えない。
一瞬噴き出してしまいそうになる形容だったが、オッサンの顔は大真面目だ。
周囲のギャラリーたちはどう思っているのだろうか、と周りを見回してみると、他の冒険者の皆さまもオッサンと同じく大真面目な顔をしている。
「安心してくれよ、麗しの剣士!俺たちが絶対にあんたを守るぜ!」
オッサンは私にニヤリと笑い…いや、本人は微笑んでいるつもりなのだろうが…、手を上げて合図を送ると私の周囲をサッと冒険者たちが取り囲んだ。
(うん……。話の流れでいくと、私を守ってくれてるんだろうけどね?どっちかというと拉致されてるように見えるんだよね)
しかし一つだけどうしても確認しておきたいことがあった私は、片手をあげてその場の注目を集めると、恐る恐る口を開いた。
「う、麗しの剣士って……もしかして私のことですか?」
その言葉に「当然だ」とでも言いたげに、オッサンは頷く。
周りの皆様も、頷く。
「なんでまた、そんな」
「あんた、この間噴水広場で剣舞やったろ?あんとき司会者がそう言ってたからな、アレが噂になってんだよ。いやー俺なんか泣いたもんよ!胸にグッと迫ってなぁ……ただ剣を振るだけとは違うもんなんだなぁと感心してたんだぜ!」
オッサンはしきりにアレが良かったコレが良かっただのと感想を言ってくるが、私の意識は「司会者」の一言に向けられていた。
(ぺ…………………ペティエールさんめぇぇぇぇぇ!!!)
こんな恥ずかしい二つ名がついたのはペティエールさんのせいだったのか!
そういえば言ってた!ペティエールさん、麗しの剣士って言ってたよ!
「事情は分からねぇが、俺たちの麗しの剣士を捕縛なんかさせねぇさ!」
羞恥にもだえる私を背後に庇い、キッとノインに向きなおるオッサン。
(「俺たちの」って言うな!)
カッコイイことを言っているが、しつこいようだが「どちらが悪役?」と聞かれたら誰もがオッサンを指さす状況である。私も、迷うことなくオッサンを指さす。
おまけに、捕縛されるのは嫌だが、それでも相手は大恩あるノイン。
私を庇ってくれているのは見知らぬオッサン(山賊風味)。
正直に言って、私は酷く困っていた。
対峙されたノインのほうはどうだろう、と様子を窺ってみると、そちらはそちらで困っていた。
しかし不思議と冒険者に囲まれているノインを見ても、ピンチという感じはしない。
彼自身も腕に覚えがあるのだろう。
殺気立つ冒険者たちに、ノインは全く緊張する様子もなく苦笑いをすると「違いますよ」とゆるく首を振った。
その返答に一部の人が「何が違うってんだ!」と色めき立っているが、そこは大斧のオッサンが片手で制し、改めてノインに向き直る。
「ほぉ……何が違うのか教えてもらおうか。内容次第じゃ、このグレゴリオが許さねぇぜ…?」
どうやらオッサンはグレゴリオというらしい。
ピッタリの名前だ、特にゴリオのところが!と思わず噴き出しそうになったが、寸でのところで何とか堪える。
私はそこまで空気の読めない人間ではないつもりだ。
しかし次のノインの言葉で、私は思いっきり変な声を上げてしまった。
「捕縛ではありません。その『麗しの剣士』にぜひ剣舞を披露していただきたいと、団長からの要請なのです」
「はぇっ?!」
――――私はどうやら、随分と大物に目を付けられたらしい。
捕縛よりはずっと良いが、それでも厄介事が降ってきそうな予感に、私はひとつ身震いをするのだった。




