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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
運命を動かす出会い
16/20

宿探し

「本当に駄目かい?君の演技はとても素晴らしいし評判も良かった。ぜひ我が一座の一員として、一緒に来てほしいが……」

「ペティエールさんもなかなか粘りますね。でも駄目です、私は冒険者ですから」


キッパリと何度目…いや、何十度目の断りを入れれば、ペティエールもその返事は予想していたのか、思ったよりもあっさりと引き下がった。とても残念そうではあったが。


「今回の依頼のおかげでお金もいっぱい貰えましたし、貴重な体験もできて良かったと思います。これでも結構感謝してるんですよ?」


本心からそう言うと、寂しそうな顔をして「それは良かった」と小さな笑顔を返された。


実際、ペティエールの依頼のおかげで、私の懐はだいぶ温まっていた。

なんだかんだで連日剣舞を披露したおかげで、元々の1日銅貨80枚の報酬に加え、追加で出演料も貰っていたのだ。おまけにお昼ごはんもご馳走になっていたのでその間の出費もなく、せいぜい使ったお金と言えば必要に迫られて買ったマントや下着くらいである。


結局一座のお手伝いをしたのはたった4日間だったが、それでも最終的に手元には銀貨7枚と銅貨95枚が残り、なかなかの収入となっていた。


「それよりもルーイさんの病気、大丈夫なんですか?」


一座がここワルズガルド王国城下町から突然に離れることとなったのは、元々一座の補佐をしていたルーイの病状が思ったよりも悪かったためだ。

当初は数日間の療養で治るかと思われた病気だったが、どうやら特殊な薬が必要らしく、大陸東側の高山地帯にある「アーデス国」に行かねばならなくなったそうなのだ。

高山には珍しい植物が多く生えていると聞く。

その珍しい植物の中には、薬と成るものがあるのだろう。


「具合自体はそこまで酷くないみたいなんだがね。でもきちんと処置せねば治らない病気のようだし、キッチリ治してもらわないと。彼は我が一座の雑用兼、経理兼、お母さん役だからね」


彼がいないと困るんだ!とペティエールは額に手を当てると大げさに嘆いてみせる。

ペティエールはそうやって茶化してみせたけれども、団員をとても大切に思っているペティエールの気持ちが伝わってきて、私は知らず知らずのうちに微笑んでいた。

大切に思っていなければ、病気の団員のためにわざわざ国を移動しようなんて思わないだろう。


「じゃあ早く病気を治してもらわなければなりませんね」

「はは、全くだね」


ルーイという人物にはまだ会っていないが、現在すでに馬車の中で休んでいる人を起こして挨拶するのも躊躇われたので、お見舞いの言葉だけ言付けしてもらい、そのまま見送らせてもらうことにした。

ここ数日で仲良くなった団員の皆とも別れを惜しむように挨拶をする。


「じゃあね、カオル」

「冒険者、頑張ってね」

「ありがとうございます。ポルムくんもヒュリアさんも体に気を付けて」

「あーん私、カオルくんにもっと鞭の使い方を教えてあげたかったわ」

「……カオルは剣士だから必要ないだろう」

「だってこの顔よ?ちょっとニヒルな表情でも作って鞭を振るったらたまらなくイイじゃないの」

「あはは……トクさんもリーザさんもお元気で」


皆と挨拶を交わしているとマイトが「そう言えば」と何かに気付いた顔をした。


「どうしたんですか?」

「お前さ、あんま金ないって言ってたよな。今泊まってる宿って幾らだ?」

「ん?えーと、一泊銅貨70枚、です」

「それ、大通りの宿だろ。けっこう高いんだよ大通りは。裏通り行けばもっと安いところあるぜ、その半額くらいイケるんじゃね?」

「え!本当に?!」


実はノインに支払ってもらった分の宿泊期間は、ちょうど昨夜で終わってしまっていた。

今夜はなけなしのお金を払って延泊を申し込まなければならないと思っていたので、マイトからのこの情報はお金に余裕のない私にはとても有難いものだった。


「裏通りは危ないところもあるが、お前くらいの剣の腕前だったら大丈夫だろ。トク、確かこの町の安い宿知ってなかったか?」

「あぁ。大通りから3番街を西に入って、2本目の路地を左に曲がったところにある『シュレーム亭』というところだ。見た目は……あまり良くないが、飯はそこそこ旨い」

「……だそうだぜ。参考になったか?」

「もちろん!うわぁ、すごく助かります」


私は思わず歓声を上げると、感謝のこもった眼差しで二人を見つめた。

宿代が半分になれば、その分泊まる日数も増やすことができる。

この依頼が終わってしまった今、またお金を得る手段を見つけるまでは無収入の日々が続くかと思うと、なるべく出費を抑えておきたかったのだ。

私の嬉しそうな笑みを見て、マイトとトクは一瞬言葉を詰まらせると―――心なしか紅い顔をして二人揃って溜息をついた。


「お前な……、ハァ。男だって分かってても思わずトキめいた自分が憎いぜ」

「情けないが気持ちは分かる……」

「???」


よく分からなかったが、とりあえずいい情報を貰えたので彼らにもう一度お礼を言うと「ま、良かったな」と言いながらも再び溜息をつかれてしまった。……やっぱりよく分からない。


「…あ!そうだ。実は、マイトさんたちにお願いがあるんです」


私は彼らが出発するときに頼もうと思っていたことを思い出し、持っていた袋に手を突っ込むと、中からメモ帳を取り出した。

このメモ帳は私が元々持っていたもので、この世界に来た時バッグに入れてあったものだ。

私はメモ帳にスラスラと日本語を綴ると、何が何だか分からないような顔をしているマイトにそれを手渡した。


「なんだこれ?手紙…っぽいけど、見慣れない文字だな」

「私の故郷の言葉で書かれています。………旅の途中で、もし黒髪黒眼の女性を見かけたらこれを渡してほしいんです。あの、見かけたらでいいので…」

「黒髪黒眼の女、か。ふーん……事情は分からないが大切なことみたいだな。分かった、引き受けた」

「ありがとうございます」


ホッとして私は胸を撫で下ろした。

手紙は、サヤやミホへの手紙だ。

この国の文字ではない日本語で書いたから、サヤとミホ以外の人間には読むことも叶わないだろう。日本語はこれ以上ないくらい安全な暗号というわけだ。




出発間際、ペティエールに手でチョイチョイと呼ばれて近づくと「これをあげよう」と剣を差し出された。

舞台で使った、あの細剣だ。


「ペティエールさん!いいんですか?!だってコレって」


ペティエールさんの元奥さんの物ですよね、と言いかけて、私は慌てて言葉を止めた。

さすがに失礼だろうと思えたからだ。

しかしペティエールは苦笑すると「いいんだよ」と私の手に鞘つきの剣を握らせる。


「持っていたって、扱える人間はいないからね。君に使ってもらったほうが剣だって喜ぶさ」

「ありがとうございます……その、大事に使いますね」


そう言うと、ペティエールは嬉しそうに笑った。

そして馬車に乗り込むと、御者台に座るトクに発進の合図をする。


「じゃあな!カオル!」

「また会おうねーー!」


次々にかかる声に、私も精一杯「ありがとう」と「またね」を返す。

そうしてゆっくりと動き出した馬車を見送っていると、マイトに


「あっ言い忘れた。おーーいカオル!来い来い!」


と呼ばれて、私は慌てて走って追いかける。


「…はぁ…はぁ…っ何ですか…っ?」

「一個助言しとこうかと。お前、たまにオカマっぽい話し方するから気を付けたほうがいいぞ」

「?!」

「あははっ、じゃーなぁ!」


思わず止まってしまった足に、馬車は徐々に離れていく。

笑ってマイトが手を振るのを見ながら、私はもう聞えないだろう声で「ばーーか。本当は私、女だもん」と最後に毒づいた。


どんどん遠くなるペティエール一座の馬車を、見えなくなるまで見送る。

その間私はずっと彼らと過ごした日々を思い返していた。


初めて受けた依頼。

短い間だったけど、彼らにはいろんなことを教えてもらったし、いろんな経験をさせてもらった。


トクのジャグリングは素晴らしかった。彼が投げたものは、ひとつひとつが華を咲かすようにクルクルと円を描いたり、あるいはブーメランみたいに躍動感あふれる動きを見せていた。


マイトの演技も、ちょっとドキッとするほど危険なものもあって驚いた。細縄の上に乗るのなんて朝飯前で、その上にナイフを乗せ、さらにその上に倒立しているのを見たときは思わず息をのんだものだ。


リーザの調教した動物はなんとガローダと呼ばれる鳥型の魔物で、観客のみならず私も悲鳴を上げるかと思った。口から火を吐くガローダは、しかしよく調教されていて、リーザの操る鞭に合わせてコミカルな演技をしたり踊って見せたり。とても可愛らしくて最後はみんな笑ってしまっていた。


ポルムとヒュリアの楽団は演技を惹きたてるだけじゃなく、舞台が終わった後もお客さんのリクエストに応えて何曲か演奏をしていた。即興もできるらしく、二人の息の合った演奏はたった二人とは思えないほどに重厚感があった。


そしてペティエールには振り回されることが多かったけれど……………………………あれ?おかしいな、振り回された記憶しか浮かばない……。とりあえず振り回されはしたが、なんだかんだで彼には細剣を貰ったりお給料を貰ったりした。うん。とてもお世話になったのだと思う。


そんな彼らと別れて、私は今………「寂しい」と感じていた。





彼らを見送ってしばらく物思いに耽っていたが、こうしていても仕方ないとばかりに踏ん切りをつけると、私はギルドへ向かった。

陽はまだ高い。

今日の午前中の公演を終え、一座の皆とお昼を食べてから彼らを見送ったから、今はたぶん2時ごろだろう。

この世界にも時計はあるが、時計は高級品なので一般庶民はみんな持っていない。太陽の動きと、朝・昼・晩の空砲の音で大体の時間を把握するのだ。

私もここ数日で、だいたいの時間が分かるようになっていた。


ギルドに着くと、すぐに掲示板へと向かう。

またEランクの依頼でも――――と思ったが、やはりこの世界の人間なら簡単そうな依頼ばかりだが、異世界から来た私にとっては難しいものばかりだ。

少し悩んで、それからDランクの依頼を探すことにした。

Dランクは小さな魔物の素材回収がほとんどだ。

私はその中から、ラービツと呼ばれるウサギに似た魔物の皮の回収依頼を受けることにした。

報酬の欄を見ると、何匹捕れたかで報酬が変わるらしい。自分で捌いて皮だけ持ってくるならラービツ一匹につき、銀貨1枚。そのまま持ってくるならその半分の銅貨50枚。

この依頼には「自分で捌かずに死骸を持参するだけでも構わない」という一文が追記されていたので、私は一も二もなくこの依頼に飛びついたのだ。

それは捌くのが嫌だというのもあるが、そもそも捌き方を知らないという根本的理由もあった。



この依頼はギルドが委託を受けており依頼人に会う必要は特にないらしい。

私は「明日また来ます」とだけ言うとそのまま宿探しへ向かった。

トクに教えてもらったように、一旦大通りへと出る。

今いる場所は6番街だ。城に近い場所から1番街・2番街…と続くので町の北側へと向かって歩いていくと、やがて3番街のプレートを見つけた。


「えーと、ここから西通路に…あ、ここか。で、1本……2本目の路地を左ね」


路地に入った途端、周りの景色が薄暗いものへと変わる。

大通りの賑やかさが嘘のように静かだ。

元の世界で言うところの、不良のたまり場……のような感じだろうか。


「本当に、ここでいいのかな…」


道行く人も、ガラの悪そうなのやら、ちょっと露出の多すぎるお姉さんやら。

思わず足が竦みそうになりながらも私は「お金のため!」と自分を叱咤しながら進んだ。




『シュレーム亭』は確かにそこにあった。

今まで泊まっていた大通りの宿とはだいぶ違い、見た目にも古く、清潔でもなさそうだ。

外に面している窓は水垢がこびりつき、元は透明なガラスであっただろうその窓は今や曇りガラスとなっている。

それでも、トクの紹介の宿だ。

無口だが誠実なところのある彼は、問題のある宿を紹介するような人ではない。…はずだ。

私は勇気を振り絞って入り口前の階段を昇り、エントランスの扉に手をかけた。


―ギ・ギ・ギ・ギィ……―


なんとも嫌な音を立てる重い扉を、体重をかけてゆっくりと開ける。

中に入って室内を見回すと、そこは意外にも外見からは想像できないくらいに綺麗なものだった。外が汚すぎたっていうのもあるかもしれないけど。


「すいませーん」


声をかけると、奥から女将さんらしき中年の女性が出てきた。いかにも下町の肝っ玉母さん!といった風貌の比較的ガッシリとした女性だ。


「はいよ!あぁ泊まりかい?」


愛想のいい女将さんに「はい」と頷いて、しかしすぐに、私は恐る恐る料金を尋ねた。

ペティエールの依頼のおかげで私の懐はそこそこ暖かくなっているが、それでも今後順調にお金が手に入るとも限らない。なるべく安価に済ませておきたいところだ。


女将さんの提示した料金は一泊夕食・朝食付きで銅貨35枚、食事なしなら銅貨20枚。今まで泊まっていた宿から比べればほぼ半分となる金額だ。

これなら安心して泊まることができる、と私はホッと息を吐いた。

宿は前金制のため、とりあえず食事付きで10日分の料金を支払ってから、部屋へと案内された。


「人手不足でね。エントランスや食堂は清潔にするようにしてるけどさ、部屋はあんまり期待しないどくれよ」


女将さんに言われた通り、部屋は……………………うん。安さに勝るものはないと思う。

部屋に置かれているのは、シーツが少し解れているベッドと、小さな机と椅子がひとつずつ。

壁際にこんもりと盛られているのは、長年蓄積された埃だろうか。…………天井の隅からヤモリらしき爬虫類が出ていったのは、見なかったことにした。



ともかく、今日からここが私の居城となる。

サヤとミホを早く探し出すためにも、私はここで腰を据えて旅費を稼ぎ、早く別の国へも移動しなくてはならないのだ。


(あぁそうだ、この国を出る時にはノインにも御礼を言っておきたいかな)


あれだけお世話になったのだ。御礼も無しに去っては、礼儀知らずというものだろう。


私は今後のことを考えながら、ベッドに体を横たえた。

これからが、本当の意味での異世界生活となる。

ノインからの援助もなく、仲良くなった一座のみんなとも別れた今。自分だけの力で生きていかなくてはならないのだ。


私は「ほんの少しだけ」と自分に言い訳をして、ゆっくりと目を閉じた。

せめて夢の中でくらい、サヤとミホに会えるといいな、と願いながら。

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