ぼくのお姫様
9/28マデリンの場合を8話目に追加しました
某月某日。
天気は快晴。
学園のホールには、いくつか見慣れない制服の集団が塊になってそわそわとまとまっていた。
生徒たちは興味深げにホールの優美な天井や、柱の装飾を眺めている。
とうとう始まってしまった。
親善会が。
来年度にこちらの学園へ交換留学生としてやってくる予定の生徒たちと、友好国へ留学する候補の生徒たち。その交流会を親善会という。
留学候補生はよそに出しても恥ずかしくない品行方正・成績優秀者で構成されていて、この親善会に出席を許可されること自体が誉れなのだ。
国の名前を冠した学園を背負って留学する誉れを賭け、選ばれた生徒たちは野心にたぎっている。
そこに急遽加わった私は、例えるなら故郷が燃やされた村人Cぐらいの目をしている。虚無。
念のため言っておくが、私は留学候補者ではない。
学園も国も背負って向かったわけではないが、留学──というか遊学、から帰国したばかりなので、自国での基盤作りに専念した方がよいのだ。
それなのに、私がここにいるのはもちろん先日の一件があったからである。
『──おい、アルフレッド。一人か? パートナーはどうした』
視線の先ではエドワード殿下とマデリン様、そしてアルフレッド殿下がいる。
もちろん三人とも留学候補者ではない。
エドワード殿下とマデリン様は生徒会役員であるから出席しているのだし、アルフレッド殿下は私と同じ理由でこの場にいる。
エドワード殿下に親善会に二人で出席するように言い渡された一件。
あれはつまり、マデリン様以外の女性をパートナーに選び立場をはっきりさせる目的だろう。
他国の代表者が内々に集まるこの機会に、だ。
そそそそんなの、「私でーす☆」なんて出ていけるわけがないじゃない!
でででも行かなかったらアルフレッド殿下がマデリン様に操を立てるつもりでうんぬんと変な噂が加速してしまうし!
***
ロイヤル御一行様が退店したカフェにて。
あばばばとパニックに陥っていたら、アルフレッド殿下は少しだけ寂しそうな顔をして「大丈夫だよ、当日は誰か別の令嬢を伴えばいいのだし」と言った。
それにどう答えたかって? もちろん私の答えはコレに決まっている。
「ダメ、です」
アルフレッド殿下は目を丸くして、ぶるりと震えた後、感極まったように震える手で私の手にそっと触れた。
「それは、なぜ? 他の女性を伴うのは、ダメ? なぜか知りたい。教えてナタリア」
何かを乞うような瞳は潤んでいて、確かな熱を帯びていた。
私は頭の中でぐるぐる回っていたとりとめのない言葉を選び取って、紡いでいく。
「だって、私……アルフレッド殿下のことが」
「っ、あぁ」
アルフレッド殿下は急かさず、私の拙い言葉を待ってくれていた。
だから安心して、震える唇を動かすことができた。
「殿下の……魔性の力が恐ろしくて」
ズダァン! と、どこかで激しい物音がした。誰か転んだのか? 大丈夫か?
逸れた気を戻せと言わんばかりに、顎をスイと掬われた。
目の前の魔性の力マシマシのアルフレッド殿下に。
ひ、ひぇええ。その粘度の高いオーラを仕舞ってください!
「他のことは放っておこう。で、なんだって? 俺が恐ろしい?」
「え、ええ。きっと誘われた令嬢は勘違いしてしまうでしょうし、可哀想じゃないですか」
みんな覚えているだろうか。
アルフレッド殿下が狂わせてしまった、キンヴァリー様のことを。
あの音楽祭の舞台袖の数分で乙女を狂わせてしまう、アルフレッド殿下の力。婚約者がいたり、これからお相手を探す適齢期の女子生徒を狂わせるなんて、人道に反する。
「っ、そうだね、勘違いさせたら可哀想だよね。そうすると、ナタリアに頑張ってもらうことになるけど……」
「大丈夫です。私は勘違いや理想値の天井突破は起こしません。生涯独身でしょうし」
だから安心してくださいね、と告げたのに。
ピクリと反応したアルフレッド殿下は、きらきらしい笑顔で「負けないよ」とおっしゃった。
何を勝とうとしてるんですか。
****
そんなこんなで、会場までやってきたのだが。
私のあまりの緊張具合に壁際で休んでいるように、とソファーに座らせられ。同席防止のクッションを周囲に積まれ。目隠しの扇を持たせてもらい。
壁の装飾に擬態して時が過ぎるのを待ってるってワケ。
『──なんだ、振られたか?』
エドワード殿下は、ふんっと満足そうな顔で笑った。
『──お相手は交流中なのではなくて?』
マデリン様が私の方をちらっと見て取りなすようなことをおっしゃってくれたが、もちろん私はクッションと交流中である。ひざにのっているクッションの房の本数は450でしたよ。
『──……っ、連れ歩けないような者なのだろう』
すっ、すみません……!
入り口まで隣に立って壁になってくれていたアルフレッド殿下が現在一人なのは、私が目立つ場にいると過呼吸と幻覚がでると怖気づいたせいだし、それを尊重してくれたのだ。「涙目になっているナタリアを他のやつに見せるわけにいかない」とかなんとか、私が気に病まないように取り計らってくれたのだし! 数え甲斐のあるクッションもあるし!
そんな優しい人が馬鹿にされるなんて。
私はいつも隠れて、逃げて、誰かに守られるばかり。
それでいいのだろうか。
いいや、よくない。
よくないのだ!
勢いよく立ち上がったものだから、クッションがいくつかポテンポテンと落ちて私が座っていた場所を埋めてしまった。
もう後戻りはできない。
アルフレッド殿下を助けにいくのだ!
震える足を叱咤し、前に一歩一歩と出す。
こ、これぐらいなら声が届きそう!
「あ、アルフレ……【リア? リアじゃないか!】
布の海から抜け出したのに、ぼふんと布の塊に突っ込んでしまった。
自国ではあまり見ないサラサラとした布地が飛び込んできたのだ。
何に突っ込んだのか確認する前に足が宙に浮く。
【久しぶりじゃないか!】
【え、あ、クリフ!】
私がこの学園に入学するまで留学していた国──シルトリア王国での友人、クリフォードだった。
クリフォードは橙色の暖かい目を細めて、記憶の通りニカッと太陽のように笑って私を子どものようにクルクルと振り回した。
酔う、酔うから!
やめてぇ!
ふわりと降ろしてくれたが、めまいがしてクリフォードの腕から手が離せない。
【ク、クリフ、どうしてここに】
【あぁ、リア! 会いたかったよ、ぼくのお姫様!】
【それやめてって言ってるのに……】
【嬉しいなぁ! こちらで進学すると思ったのに、帰国してしまうなんてひどいじゃないか!】
終始会話は噛み合っていないが、クリフォードは気にした様子もなく喜んでいる。
彼は根っこから太陽のような人だ。声も存在も大きい。だから私の声がたぶん聞こえていない。あまりの光量に、私の存在が白飛びしているに違いない。
さらに強くなりそうな目眩に頭を抱えていると、クリフォードに掴まっていた手が誰かに掬われた。
「ナタリア、大丈夫?」
ぐわんぐわんと回る私の頭がポスリと納まった。
私が助けようとしたのに。また彼から助けられてしまった。
悔しさと、嬉しさで指に力が入る。
それを受け止めるように同じだけ力が返ってくる。
弱すぎず、強すぎず。
思い起こせば、彼はそういう人かもしれない。
「ア、アルフレッド殿下……、ごめんなさ……」
視線を上げると、アルフレッド殿下と視線が合う。
深淵の、目だ。
な、なぜそんなに病んでいるんだ……?
一分前の健気なアルフレッド殿下はどこへ? 乗っ取られた?
助けるのが遅れて闇に染まってしまったアルフレッド殿下の運命やいかに──☆




