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【連載版】脇役令嬢日記~私のことよりメインストーリーを進めてください!~  作者: コーヒー牛乳


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3


 アルフレッド殿下は、まだチラチラとこちらにアイコンタクトをとろうとしているようだが、クイズに付き合っている暇はない。


 なんと男爵令嬢はマデリン様をエスコートする、エドワード殿下に向かって突然走り始めたからだ。


 彼女の突然の行動に、周囲に緊張感が走る。

 男爵令嬢を取り囲んでいた令息たちは、あっと手を伸ばすのみで動けない。

 

 彼女の目に浮かぶ涙が、横に流れている。その跡を桃色の髪が波打つように、なぞっていく。


 殿下は咄嗟にマデリン様の前に手を広げた。

 それは向かってくる彼女の涙ごと受け止めるようにも見えて。


 走り始めた彼女が殿下の元へ着く前に、どこからともなく現れた大きな人影が殿下とマデリン様の前に立ちはだかった。

 

「──でんかぁ! ひどいんです、マデリン様が私のドレスを八つ裂きにッ・・・・・・って、あなた、どなた?」


 ドムン! という効果音が聞こえそうなほどの勢いでぶつかった男爵令嬢を受け止めたのは、近衛騎士だった。

 さすが騎士。微塵も体幹が揺れなかった。受け止めたのがエドワード殿下だったら、マデリン様ごと倒れていたかもしれない。


 近衛騎士は、抱きついたまま固まる令嬢をサッと胸から剥がし、流れるように両手を拘束しつつ武器を所持していないか確認までしている。


「──失礼、ご令嬢。殿下に飛びかかる行為はお控えください。私にあなたのようなか弱いご令嬢を縛ることはさせないでほしい」


 近衛騎士は王族の身辺警護をする騎士だ。

 それもただの騎士ではなく、家柄・見目・礼節といった基準をクリアしたエリート階級の役職である。


 近衛騎士は甘いマスクと優しい声色で、そっとお転婆な学生を諫めた。

 男爵令嬢はポッと頬を染めたが、その言葉は通称"近衛騎士言葉"なので注意が必要だ。


 普段から王侯貴族と接する彼等は、雅で甘く味付け変換した言葉を使う。

 つまり、今回の場合・・・・・・


「直訳すると『次は捕縛するから気をつけるように』でしょうか」

「ナタリアは優しいね。あれは『次は斬る』って警告してるんだよ」


 アルフレッド殿下。ニコニコしながら言っても、怖いですからね?


 一応、エドワード殿下の護衛騎士見習いもその場にいたが、学生の彼は反応できていなかった。

 つまり、彼からしてみたら男爵令嬢がエドワード殿下に飛びつくのは、日常的で、予想外の出来事ではないということだろうか。


 その推測を裏付けるように、エドワード殿下は仕方ないという顔で男爵令嬢の訴えに耳を傾けていた。


「──ああ、わかったわかった。後で話を聞こう。今は準備を進めるぞ」


 耳を傾けているだけで、エドワード殿下も乙女とは対岸の方だったわ。

 斜め後方にいたマデリン様も、氷の女王様然としていたのに少し驚いた顔でエドワード様を見ていた。マデリン様も乙女側なのかもしれない。それは嬉しい。


「──で、でも、ドレスがなきゃわたし」


 しょんぼりと肩を落とし、制服の裾をチラリと揺らす男爵令嬢の仕草は非常に可哀想に見えた。それはエドワード殿下も同じらしい。

 先ほどまで面倒そうな顔を隠そうともしていなかったのに、同情心を誘われたのか、ほんの少しだけ気の毒そうに眉を寄せた。人の心はあるらしい。


「──それもそうだな。マデリン、予備のドレスはないか」


 いや、なかった。

 エドワード殿下は、あろうことかマデリン様に丸投げしたのだ。


 マデリン様の目はスゥと細められ、氷よりも鋭いものへと変化する。


「──・・・・・・なぜわたくしにお聞きになるのか、理解できません」

「──おまっ・・・・・・お前はいつもそうだな。俺の役に立とうという可愛げがない」

「──あら、わたくしの良さがわからないとは。もったいないことですね」


 ピシャリと叱られたエドワード殿下は、威嚇する子猫のように何やら言い返しているが、マデリン様は扇を優雅に滑らせている。


 物陰から一連の流れを見守っていた私は、震えていた。今度は恐怖ではく興奮で。


 マ、マデリン様のドレスを新参者に着せる・・・・・・?

 そんなことがあっていいのだろうか。いや、あってはならない。

 マデリン様のドレスは聖価値がついているというのに、我が国の第一王子は大丈夫だろうか???


「ちょっと待ったァ!」


 物陰からがばりと立ち上がる。

 急に声を出したので、本当は「チョ・・・・・・マッ、ァ」だったかもしれないが、自分の認識では腹式呼吸で声を張り上げたつもりだ。

 誰も振り向かなかったが。

 え、聞こえてない・・・・・・? はて?


 新参者にマデリン様のドレスをとられるわけにはいかない。

 私こそ、大切にする自信がある!


「どうか私のドレスを使ってください!」


 こちらも本当は「アッ、ワワ・・・私の・・・ドレスを」だったかもしれない。喉が温まってきた。

 脳内イメージでは宝物競りに参加する敏腕商人のように勢いよく割って入ろうとしたのだが、一歩進んだ瞬間、くるりと柱の陰に追いやられた。あら?


 トン、と背には柱。

 私の前にはアルフレッド殿下。黒いオーラ噴出中の。


 え、なぜ禍々しい靄が・・・・・・?


「だめだよ、ナタリアのドレスをあの女に渡すなんて」

「でも」

「でもじゃないよ。わがまま言わないで。あの女に渡すぐらいなら俺が欲しいよ」

「・・・・・・女装癖の告白ですか?」

「ん?」


 殿下は細身に見えるが、その実、騎士のように鍛えられている。

 今袖を通している上着からわかるように、私のドレスは入らないと思いますよ。

 

「──っっもういい!」


 女装癖のある殿下に、なんと言おうか言葉を選んでいるうちにマデリン様とエドワード殿下の言い合いも終結したようだ。

 エドワード殿下は、ぷいっとエスコートもせず一人で会場の中に入ってしまったようだ。


 終始カヤの外だった男爵令嬢は、悔しそうに顔を歪ませると用はないとばかりにきびすを返す。


「──待ちなさい。ドレスを用意できない生徒用の貸し出し衣装チケットです。あなたのサイズならまだあるはずよ」


 マデリン様はいつから用意していたのか、生徒会の印が押されたチケットを男爵令嬢に手渡した。


 ま、まさかマデリン様はすでに生徒会に入部しているということなの!?

 さすがマデリン様。一般の生徒が狭き門を求めて右往左往としている間に、門の内側ですでに活躍されているとは。


 マデリン様はお忙しい身。返事を待たず、そのまま去って行った。


 最後までやりとりを見ていた生徒たちの感嘆のため息がこぼれる。

 男爵令嬢がマデリン様の悪評を声高らかに騒ぎ立てていた場面から見ていた生徒は、失笑ものだろう。


 まさに敵に塩を送られたという状況の男爵令嬢は、恥じ入るように俯いた。

 

 くすくすと笑い声を残し、一人残らず会場へ吸い込まれていく。

 ひとりポツンと残された制服姿の男爵令嬢は、ひどく顔を歪ませて貸衣装のチケットをビリビリと破いた。それも執拗に、細かく。読めなくなるまで。


 そして床に落ちた紙の欠片をじりじりと踏んで、立ち去った。


 それらを、本当の最後まで見ていたのは、柱の陰に隠れていた私たちしかいないだろう。





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