10
料理長が作ってくれたスープを胃に流し込んだウェンディは、リュミスに連れられて応接室に来ていた。
先に来ていたらしいオズワルドと同じソファに座り、待つこと数分。
「待たせた」
ドアが開き、ディムがやってくる。
「おう」
さすがに最初の時のように飛び掛かることもなく、オズワルドは軽く応える。が、ウェンディはディムの方へ顔を向けられなかった。
「早速だが、こいつを読んでくれ」
しかしディムは意に介さず、テーブルの上に一通の手紙を滑らせる。
封は切られ、蝋には王家の紋章が刻まれていた。
「え、いいの……?」
思わず訊ねてしまう。王家からの手紙なんて、貴族ですら滅多に届かないはずの代物だ。
「ああ。というか、お前たちにも関係することだから、見てもらわないと困る」
そう言われてしまったら、読まざるを得ない。
オズワルドがさっさと中から手紙を取り出し、目を通す。
「…………は?」
読んでいくうちに目つきが鋭くなり、ついに地を這うような声がこぼれ出た。
「死んだ? 俺らが?」
「え」
渡された手紙を受け取り、ウェンディも目を通す。
そこには、不当にクィエル領を占拠し、領主一家を追放した罪や、領民を不当に労働させている罪、さらには“説得”に向かったウェンディとオズワルドを殺害した罪などが列挙されていた。
最後には、クィエルを開放するために軍を向かわせている、と結ばれている。
事実上の死刑宣告だった。
「領地の占拠はグレーゾーン、領主一家の追放もまあ受け取り方次第では間違ってはいない」
絶句するウェンディたちにディムは言った。
「だが強制労働やお前たちを殺害したなんてのは、これから事実にしていくための下準備だろう。余計な大義名分を与えちまったのは俺の落ち度だ。すまない」
深々と頭を下げたディムは、すぐに顔を上げて二人を見る。
「で、だ。この状況で頼むものではないが、奴らを追い返すために力を貸してほしい」
「…………は?」
今度はウェンディから地を這うような声が出た。それに構わずディムは続ける。
「手紙は国王の直筆、さらには王家の家紋の封印まである。国として、お前たち二人は死んだことにされた。だったらそれを利用させてもらう手はない」
「いや、ちょっと待て。そもそもなんで俺らが死んでんだよ!?」
ウェンディもオズワルドも五体満足でここにいる。勝手に殺される道理がどこにもなかった。
「国は最初からこうするつもりで、お前たちを派遣したんだ」
ディムは淡々と答えた。
「前の領主をちょっと強引な方法で追い出したからな。その時から目を付けられていたんだよ。まさか国民二人を生贄にするとは思わなかったけど」
番号札はランプレーシュ王国独自の制度だが、本来奴隷階級であるはずのディムが領主だと知られれば他国から笑い物にされる。国内からのバッシングも免れない。
国がディムの代わりに優秀な領主を用意してくれるなら考えただろう。だが国は口封じという強硬手段に出た。番号札の領主という事実を早く消したいのだろう。
「……マジかよ。くそっ」
オズワルドが舌打ちする。ディムを殺し、クィエルを滅ぼす大義名分のために派遣された。国にとって二人の生死は重要ではない。行ったことが重要なのだ。その事実を確認し、わざと帰還までの日数分待ってから、ご丁寧に宣戦布告の手紙を寄こした。
二人の死を勝手に決めているあたり、国の焦りと傲慢さが透けて見えた。
「で、どうするんだ?」
「もちろん、徹底抗戦だ」
ディムは答えた。
「なんなら勝利をぶんどるつもりだ。ついでに、二人にも参加してくれるならありがたい」
「ふざけないで!」
食い気味にウェンディが声を上げた。
「いつからそんなに偉くなったの? あんたの事情に私たちを巻き込まないでよ!」
「お、おい……?」
隣のオズワルドが困惑するのも構わず、ウェンディは目を伏せたまま畳みかける。
「だいたい何よ領主って。不当に占拠したのも、領主一家を追い出したのもその通りじゃない! いったいどうやってクーデターを起こしたのよ!?」
感情と言葉が理性を振り払って飛び出す。違う、と思っても頭がそれを否定する。
「答えなさいよ、5R11X1!」
驚くほどすんなりと、領主を騙る番号札の管理番号が出てきた。
「王都で何をしようとしてたの? 番号札の国でも作ろとしてたの?」
荒唐無稽な話だと、どこか冷静な頭が考える。同時に、ありえそうだと思った。
「人々を懐柔する策でも考えてたの? そのために平民の学校に潜入して、私たちに近付いたの?」
違う。彼は誰とも親しくなろうとしなかった。近付いたのは自分たちだ。
「番号札が消えたのもあんたの仕業よね? あちこちで職場を荒らされてみんな迷惑したのよ!?」
番号札の集団失踪が彼の仕業とは限らない。だけど、どうしても考えてしまうのだ。
クィエルを起点にして武装蜂起し、番号札と国民の立場を逆転させる最悪のシナリオを。
「先々代の領主を殺したのもあんたよね? 自分に疑惑が向かないように王都に隠れ……っ!」
強い力で体を引き寄せられた。
視界を占めるリネンのシャツ。息がかかるほどの近さ。
ウェンディの胸倉を掴む手は白く染まっている。
「彼を侮辱するな」
低い声が降ってくる。
そこでようやく、ウェンディは顔を上げられた。
「殺すぞ」
感情の抜け落ちた顔は、どんな表情よりも怒りをはっきりと伝えてきた。かつて黒曜石のようだと思った瞳は井戸の底よりも暗く、何も映し出していなかった。
血が末端まで凍り付くような恐怖。殺気を浴びたことのないウェンディは、人生初のそれに思考を停止させた。
ディムはウェンディを突き飛ばすように解放し、テーブルに放置されていた手紙を拾う。
「参加したかったら、俺に伝えてくれ。執務室にいる。もし参加の意思がなくても、かならず守る」
それだけ言って、ディムは応接室から出て行ってしまった。
やけに大きく響いたドアの音が、そのまま拒絶を示しているようだった。
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