ジェヴォーダンという魔物③
遅くなりました
「エリ!!!」
シェナスの放つ音に意識を向けていたクシルは、一歩遅れてやって来た視覚情報に意識を奪われる。
自ら”生ける錘”に戻っていくヴォーダン、そして接触による精神干渉で倒れ込むエリの姿。奪われた視線のまま、斬るべき箇所を探し剣に力を込める。
剣により魔法を、マナを二つに斬り分ける剣技”魔斬り”。剣技としての発動はしなかったが、高密度のマナで出来た、妖異と化した精霊の身体に傷をつける事が出来たのだ、それを持って”生ける錘”ごとヴォーダンを斬ろうと剣を振りぬくクシル。
しかし、刃は”生ける錘”に押しとどめられ、手に返って来た感触は自らが振りかぶった分の反動だけだった。
”接触を起因とした魂への干渉”。そしてそれによる”魔法の奪取”。
目にした出来事を組み立てて、あくまで今まで起こった出来事の説明をつけるならば……そうやって考えていった先にこの仮説に行きついた。
その後の剣聖を救出した際に把握した”賢者の塔への侵攻”。これは仮説を補強し狙いにも当てが付いた。
シェナス達の目的は大賢者であり”魔を極めし者”というアチーブメントを獲得しているエリが持つ魔法を奪う事。シェナスはエリとヴォーダンの接触を企てている。
(なのに止められなかった)
クシルの頭の中では接触の結果だと思われる魔導士ギルドで出会った魔導士達、そして妖異となった精霊が想起され、その姿がエリと重なるように映る。
精気の無い顔でこちらを見つめるエリが何の感情も見せず自分に向けて魔法を放つ。声をかけようと手を伸ばすがその身体からはマナが流れだし、次第に身体が崩壊していく。
そうならない為に何をするべきなのか、まばたきの一瞬で浮かんだ映像を斬るように再度剣を振るうクシル。脳をフル回転させればさせる程遠のいていく剣に伝わる感触。
剣技も魔法同様に雑念が混じればうまく扱えるはずもない、そして”魔斬り”を発動させようと足掻いた分だけエリの身体が”生ける錘”に沈んでいった。
アチーブメント取得の為に魔法に頼らないよう行動していたがそうも言っていられない状況だった。
剣を降ろし”生ける錘”に空いている手をかざしたクシルは魔法を上書きするように魔力を流し込む。
発動させた魔法はエリがヴォーダンの”火の槍”を魔力に還して防いだ障壁。術式を逆算し反転化させる反魔法。
反魔法は、魔法の工程である属性付与と魔力操作を逆再生させる魔法。とは言え反転化させる魔法も広域・巨大と理の操作とでは難度が大きく変わる。
”火の槍”が魔力を”火”という現象に変換するのに対し、”生ける錘”は魔力を”自身の望む性質”に変換させる事で結果として”液体”という現象を再現している。
レベル3までの魔法では”どういう過程を経て発生した火なのか”が抜け落ちているのだ。あえて言うならば純粋な属性という事になり、純粋であるからこそ反転化が容易となった。
それがレベル5となると純粋ではない属性を扱う事になる。純粋ではないと一言でいえば簡単だが、望んだ現象がどういう過程を経て発現しているのか理解し行使できなければいけない。その純粋ではない、複雑に絡み合った理を解きほぐし魔法に組み込んでいく行為。
それこそが歴代の大賢者が積み上げてきた叡智であり大賢者と言われる所以だった。
その複雑に絡み合った現象を反転化させるのだ、難度の差を埋めるには少しばかりの時間が必要だった。
だが、その少しばかりの時間が状況を大きく変える。
”生ける錘”はエリが得意でよく使う魔法だった。頻繁に使う魔法はあらかじめ定型化させた設定を作り発動までの工程を短縮させる。クシルはその”いつもの”内容で反転化の工程を進めていたのだが、もう少しという所で今まで解析した箇所も含め魔法の質に変化があった。それは性質だけではない、形状を球体で保っていた”生ける錘”の表面が波打ち始めた。
「もうコントロールを……!」
次第に表面の波は大きくなり、反魔法の発動を拒むように手をかざすクシルに向けて勢いよく波が塊となり飛び出した。金属の塊と言っていいほどに魔法によって密度をあげた液体、波打つ水面から発射タイミングを推測したクシルは身体をのけぞらせ後ろに下がる。
次第に、こぶし大だった塊が薄い盾の様な形を取りクシルとヴォーダンの間に形成されていく。
ヴォーダンは自身を包み、拘束していた分の”生ける錘”さえも操作し、徐々にその姿を浮上させ、ヴォーダンの身体は再び賢者の塔の空気にさらされていった。
薄く、透明な”生ける錘”で出来た盾越しにヴォーダンの姿を確認するクシル。
ソウルイータは猫程の大きさで二足歩行をする魔物。先ほどまでのヴォーダンはソウルイータらしからぬ大きさだった、そして魔力密度を上げるためなのか肥大した四肢がより異質な存在であることを証明していた。
それが今は違う。エリとの接触で得た知識からか、魔力のコントロールを優先させたためなのか……なんにせよ先ほどよりもすっきりと、精霊を通して魔導士ギルドで見た時の姿に近い形態となっていた。
外見の異質さは薄れてはいる、いるのだが目の前で相対したクシルには先ほどまでとは違う異質なモノをヴォーダンの内に感じていた。
完全に”生ける錘”を制御したのか、賢者の塔に降り立ち自身の姿を確認するヴォーダン。その近くにはエリが倒れ込んでおり、遠目からだがまだ息があるのが伺えた。
接触を目的としていたはずのヴォーダンがエリを手放している。すでにエリの魔法を手中に収めたのか? とりあえず敵対する者を排除するために手放したのか?
今度は見逃さまいとヴォーダンの動きを注意深く眺めるクシル。
だが自身の姿を確認し終えたヴォーダンの視界にエリは入っていない。今やその視線の先、目の奥に映る姿、ヴォーダンはまっすぐクシルだけを見据えていた。
状況的には悪くなる一方。だが一先ずのエリの身体的な無事を確認した事で深い息を吐き出し頭の中を整理していくクシル。
考えなければいけないのは魂の干渉を受けた、そして魔法を奪われたエリの救出と魔法を奪い返す事。
見透かすようなヴォーダン、目をしっかりと捉え見返すクシル。その目の奥にはしっかりとした意志を感じる。
いったいなぜその視線が自分に向けられているのか、そしてそれがどんな感情なのか? クシルは知りたくなりヴォーダンに声をかける。
「僕に何を見――」
だがその続きはヴォーダンの後ろからの声で遮られた。
「ヴォーダン戻ったか! 私の言った通り大賢者の知識を奪ったのだろう!! であればさっさと私を回復しろッ」
エリとの接触、そして”生ける錘”をコントロールする様を見たシェナスが頬を釣り上げ腕に抱えていたポワンシーを放り出しヴォーダンを歓迎するように大きな動作で両腕を広げる。それはまるで自分の手柄だと言うようにヴォーダンに対して命令を下す。
そんな下卑た笑顔を横目に見てクシルは魔力を込めて口を開く。
『――其の風よ凪げ――』
それは古代精霊語の言葉。単語が少なく自然に関する言葉が多かった古代の精霊たちが扱った言葉。その言葉に魔力を乗せて紡ぐ。
「少し黙ってて」
「……!!」
古代精霊語を使った魔技……それは先ほどまでシェナスが大賢者に向けて使用していたものであり、それを自らに返されたとあって驚愕の表情に染まるシェナス。
そして”なぜ!”と声をあげようとしたシェナスの咽喉の震えはクシルの発した言葉通りに震えを静め、外に出せないでいた。
「なぜって顔だね。あなたが大賢者に使う所を聞いて見ていたんだ。魔力を扱うスキルだったら剣よりは覚えが早くてね」
それは、魔法でも魔術でもない、魔力は使うがどちらかというとスキルに近い。
言霊――魔力を込めた言葉を咽喉から発しマナの波に乗せる、数世代前の大賢者の時代に失われた技術。
クシルが気が付いたのはエリがシェナスに向けて放った土魔法を外した時。
シェナスから放たれた音が古代の精霊語と思われる言語であった事、そして失われた後に書かれた言霊の考察が記憶の片隅に残っていたからだった。
【――マナの波に乗せるには今の言語では複雑すぎる。失われる前の言霊は簡潔であるからこそ言葉の力が乗っていたのかもしれない――】
言霊という魔技に思い至った後、シェナスの言動を注意深く観察するとエリに向けていた煽る言葉にの節々に精霊語に微量な魔力を乗せて言葉を発していたのだ。
その魔力を解析し読み解くと”煽動魔法”と同じような効果のある言葉でエリに精神的な揺さぶりをかけていた事がわかった。
だがそれに気が付いた時にはもう遅い、ポワンシーを人質に取られた時点ですでにエリは冷静さを失っていた、心には怒りや不快感といった悪感情が根付いてしまっていた。
使用された魔技を解析しようと思考の海に沈んでいたクシルには最後の一押しを阻止する事ができず結果エリがヴォーダンに捕まってしまう。
大賢者にもばれる事なく履行出来た自身の奥の手である魔技。それを目の前で使われた事でパクパクと音のならない喉を振るわせるシェナス。
声が出なくても表情だけで読み取れる”そんなバカな”という表情。しかしどんな表情だろうがクシルの意識も今やヴォーダンのみに向かっている。
魔法の扱いが苦手なシェナスが半生をかけて取り組んだ言霊の研究結果を一瞬でモノにしたという驚嘆と哀しさが混じった表情に付き合う気は全くなかった。
「僕に何を見ている」
エリとの接触を成したのだ、ヴォーダンもしくはシェナスとしては目的は達成できたと言える。その上で、何故自分を見ているのか?
「未知を……見ている」
その問いに、ヴォーダンは簡潔に空気を震わせた。
「未知……? ヴォーダン……君のが未知でいっぱいだと思うけどね」
返って来た言葉に思った事がそのまま口から洩れるクシル。
魂の干渉から魔法を奪う技術、そしてシェナスの口から出ている記憶について……一番新しい疑問はヴォーダンが人語を発した事も未知だ。
人語を話す魔物はいれどソウルイータが人語を話したことはない。ヴォーダンが魔導士達の魂に干渉する事で人語に対する知識を得ていたのだろう事は考察できる。そして、一番新しい疑問は思いのほかすぐに検討が付いてしまった。
音に乗った風属性の魔力。ヴォーダンはエリとの接触で魔力操作を各段に上げた。その各段に上がった魔力操作で風を起こし音を発していたのだった。
そしてその音が再度クシルに向けて放たれる。
「ヴォーダン、ではない、我の名はジェヴォーダン、だ」
おもしろかったら評価、ブクマよろしくお願いいたします。
とってもとっても難産でした。
次回、戦闘です……!




