潜入開始
「魔力操作について大きく分類すると”放出”、”還元”、”譲渡”の三つの項目に分けられるという事はわかってもらえただろう。では次に魔法のレベルについての講義だ。魔法にはレベルがあり1~5に分けられるという事はみんな知っているだろう。では具体的にはどういった分類になっているか、火属性魔法を放出した場合で考えるとレベル1は? そこの君」
「えっと……手のひら大の火を操る魔法かな……? 」
講義を聞きに来た若手の魔導士メンバーの回答に合わせて火属性の魔法を使う剣聖。
「そうだな、手のひらに収まる程度の火を扱う事が出来ればレベルは1だ、次はレベル2」
「はいッ! 広範囲で火を操る魔法です」
再度回答に合わせて手元の火を自身の背丈と同じ程に大きくする剣聖。
「正解だ、次はレベル3」
「広範囲かつ高温の火を操る魔法でしょうか」
その答えに合わせてさらに大きく、そして参加メンバーの肌をじりじりと焼くほどの熱を創りだしすぐに消す。
「御覧の通りだ、皆もレベル3までは見た事もあるだろうし使える者もいるだろう。私でも大体の属性でレベル3を扱う事は出来る。だがレベル4以上は私でも扱えるのは光属性のみだけだ。」
そう言って収束した光の束を空に撃ち放つ剣聖、太いレーザーとなった光は雲に穴をあけ空を裂く。
「レベル3でも火は自由自在に扱える訳だが、さてその上のレベル4とレベル5はどういった定義付けになるだろうか。レベル4についてを知る前に君たちに一つ問いたい。そもそも火とはなんだ? なぜ燃える? なぜ熱い?」
再度指を鳴らしながら人差し指に小さな火を灯す。
「やろうと思えば魔法を使わずとも火を起こすことは可能だ、火打ち石を使う、摩擦を利用する光の収束、後は――薬品を使うとかだろうか。つまり火とは過程を経た結果なのだ」
「レベル3までの魔法は魔力を使って結果を引き起こす。だが過程を知る事が出来れば――魔力を使って過程を介して結果を操作する事が出来れば、レベル3までとは一線を画した魔法となるだろう。熱くない火を起こすことも、光を発せず熱のみを伝える事もできる。とまぁ私が知っているのはこの程度、もっと詳しく知る為の近道は賢者の塔で書物を漁る事だ。私の知ってる限り、全ての属性をレベル4以上で扱えるのは大賢者だけだろう」
「ざっと話させてもらったが、次からは実践だ。魔力操作とそれぞれの属性でのレベル3までの扱い方を簡単ではあるがお教えしよう」
魔導士ギルドの屋外演習場、そこでは魔導士ギルドのギルマスであるシェナス、そして幹部数名と若手メンバーが集まり剣聖の講義を聞いていた。クシルはというと疑われぬように剣聖の弟子として講義に参加しており一番後ろの席で離脱の機会を伺っていた。丁度、剣聖が魔力操作とレベル3までの扱い方を細かく教えるという事で演習場でグループを作るように指示を出した隙にクシルは潜入を開始した。
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戦闘ギルドでの依頼と生産ギルドでの納品の毎日を過ごしていたクシル。気が付けば剣聖が魔導士ギルドと約束を取り付けた講義の日つまり、潜入決行の日となった。
「今回はギルド監査の事前と思ってくれ。物証を見つける事が出来ればそれに越したことは無いが、今回はエリちゃんに調査してもらった情報を元に隠し部屋や妨害装置を見つけるという任務だ。あまり無理をして深入りする事のないようにな」
ギルド監査とは、ギルドが置かれている国々と各ギルドの長で組織された機関が各ギルドに対して法を順守しながら正常に運営されているかどうか確認する査察だ。
これによりギルドの有用性や所属しているメンバーに不利益が負っていないか確認しているのだが、ここ数年で監査機関のメンバーに魔導士ギルドの息がかかった人物が就任しておりグレーな部分を指摘しようにも事前に監査日程や内容が筒抜けで隠したい放題だったのだ。
「グレーな運営状況で叩けばほこりが出るというのに監査で何も出なかったから白と言い張るその胆力には恐れ入るよ……」
疲れたような顔の剣聖は額を抑え今までの魔導士ギルドとのやり取りを思い出す。
「それでは最終確認だ、クシル君が講義に参加するのは私の弟子という事でシェナスに通している。隙を見て講義を抜け魔導士ギルドに入った後はギルドメンバーに変装した上で探索、魔力の揺らぎで敏感な者は気づくかもしれない人目が無い場所で隠密魔法を使う事」
剣闘士ギルドを出て魔導士ギルドへ向かう小型魔船の中で剣聖とクシルは潜入の詳細を確認しあう。
「そしてエリちゃんからの報告だとギルドマスターの部屋が一番怪しい。可能な限り部屋の探索を頼む。 鍵は物理的な物は土魔法で何とかなるだろうが魔術的な物は君の師匠に聞いてみてくれ」
「やはり”情報収集”では失踪事件につながるような記録は見つけられなかったわ。今の所一番怪しいシェナスの記録だけを見て行くとギルマスの部屋で過ごす時間が一番長いのだけど音声記録が少ないの。まずはそこを徹底的に調べるべきだわ」
剣聖の説明に補足するようにエリの声が聞こえてくるが魔船の中にエリは居ない、その声の主はクシルの頭に載っているエリの使い魔から聞こえてくる。エリは”情報収集”を応用して使い魔の目と耳と口を借りる事で賢者の塔から潜入作戦に参加していたのだ。
「扉の結界に関しては私とクシル君で何とかするから大丈夫。剣聖こそ講義で笑われないようにね!」
私は言ってませんという怯えた顔の鳥に対して呆れた目線を送る剣聖。
「とりあえず無理は厳禁だからな!」
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隙を見てギルド内に入り魔導士のローブに袖を通し変装するクシル。
「その魔導士のローブ支給品ですか?」
「いや自分で作ったよ」
「噂はかねがねなんですが、実物を見ると……ホントになんでもできるようになったんですね。そりゃ生産ギルドでも噂が広まるってもんですよ……ですが裁縫してる師匠の姿なんて昔じゃ想像つきませんでしたけどね」
「エリこそ、まさか剣聖に割符渡してるとは思わなかったよ」
屋外演習場に入れなかったギルドメンバーが剣聖の講義の様子を眺めよう様子を伺っておりまだあちこちに人目があった為、人気のない場所を探そうと廊下を移動しはじめるクシルとエリ。
「そもそも毎回毎回罠を仕掛けながら登ってくる師匠がおかしかったんですよ! 剣聖は……その、しょうがなくと言いますか。師匠が居なくなってからよく来てたので……」
「ほーあいつがマメに顔出すとは珍しい事もあるもんだな」
「それは……私のせいでしょうかね。師匠が……大切な家族が居なくなってからちょっとふさぎ込んでまして……それで様子を見に来てくれてたんだと思います」
「……」
「ギルドとか周辺国の上層部に師匠が亡くなって代替わりしたって報告も全部彼がやってくれてたみたいで――ハハだから舐められてるんですかね!」
「ランスはよくエリの事を見てたからなぁ。アイツ、お前がどんどん魔法を覚えるので焦ってわざわざうちの図書室に通った事もあったんだぞ」
「え! それは知らなかったな! 今度はそれでお菓子をせびろうかしら」
「まぁ私も今度の人生はもっと長い時間エリの事も見てられるだろうしな」
「そうですね…… まぁ今度は私がクシル君の人生を見る番ですからね! っと、そろそろ人気も無くなってきました。無理はしないでくださいよ? 」
しばらく廊下を歩き無人の部屋を見つけると人気が無い事を確認した上でクシルは魔法を唱えた。
[クシルは”隠密魔法"を唱えた。クシルに"気配遮断"、“感知遮断”の効果。]
「わかってるよ」
自身を覆う薄い膜が光を屈折させ、音を消し、魔力に反応しないように気配と感知を遮断した。これで本格的な潜入のスタートだ。
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