第32話:ガールズトークと他日常
町を出発してから何日か経ったある日。
晴天で。草原で。食事の為の狩りも必要なく、のんびりとした一日になっていた。
――ペシペシ
そんな昼食後の食休みをしていると、誰かにケツと腰の間あたりを叩かれた。
強くはない。肩たたきの延長のような強さだ。これがものすごく延長されると、卑猥なことになるらしい。よく知らないけど。
つまりそういうことかもしれない。お誘いだ。こんなのんびりとした真昼間から。
誰だろうと振り返って見ると、決闘トカゲが尻尾を使って器用に叩いていた。
お前かトカゲ。なんのようだ? がっかりさせやがって。
…………。
……んっ? んんん? これはまさかのアレか? 下克上が来た?
すっかり忘れていたけどこいつ、そういえば決闘が趣味の生き物だったな。
――ペシペシ
トカゲがつぶらな瞳を俺を見つめる。尻尾で叩くのをまだやめない。
わかったわかった。相手してやる。
◇
とはいっても特にやる気も出ず、闘牛のように数回、軽くいなした後、ふと気になって魔法でやっつけてみた。
地面を爆破。ボーンって。巻き込まれるトカゲ。
もちろん空気でガードしたから怪我はしていないはず。宙を舞うトカゲ。
吹き飛んでく最中、足をピーンと伸ばしてるのがなんか滑稽でちょっと面白かった。
「………………」
どうやら魔法でやっつけても負けを認めるらしく、すごすごと引き下がっていくトカゲ。
その後ろ姿に謎の哀愁を感じて、なんだかこっちも悲しい気分になった。
「普段頑張ってるんだから、もっとちゃんと相手してやればよかったかな?」
なんて独りごとを言ったのに、誰からのリアクションもない。
珍しくトカゲと俺のバトルが終わっても、なんの盛り上がりも感想もない薄情な3人娘の方を振り返ると、薄情にもガールズトークに明け暮れていた。薄情にも。
「じゃあアンコさん、前はトーヤ様とお風呂に入っていたんですか?」
「うん、ご主人とお風呂入るの楽しいから」
「あの時はトーヤのうろたえっぷりは面白かったわ。わーわー叫んで私のこと呼ぶのよ」
「それは見てみたいですね」
「ご主人もやっぱり男だった。股になんか生えてた」
「そ、そうなんですか。そ、それで……それは上向いてました? 下向いてました?」
「リリ、あなた……」
「ちがうんです、ちがうんです」
「何が違うのよ……」
「うーん……上? 下? よく覚えてないや」
「どうして覚えてないんですかっっ!」
「どうして怒る?」
「リリ、あなた……」
「ちがうんです、ちがうんです」
「何も違わないわよ……」
こいつら、なんて会話をしてるんだ。
あまりの内容に思わず聞き入ってしまったではないか。
素直に注意するのも負けた気がするし、ここは会話に飛び入り参加することにしよう。
「そんなに気になるなら一緒に風呂入るか?」
「きゃーーーーっ!!」
後ろから忍び寄って声を掛けると、薄情な悲鳴をあげられた。
リリセラの甲高い声で耳が痛い。
もうちょっと距離を取るべきだった。
「お前らな、俺が居ること忘れるなよ。話すにしても内容を選ぶとかさ」
例えば、聞いててふわふわする恋の話題とかさ。修学旅行の夜みたいな。誰が好きなの? みたいな。
俺の名前が出なかったら死ぬけど。
「ご主人ご主人、またこんどお風呂入ろう。アレやって、魔法じゃないのに水ピューって出る奴」
「水てっぽうの事か?」
「わかんないけど、それ」
「アンコ、騙されちゃダメよ。トーヤはきっと魔法を使ってるわ」
普通の水てっぽうだよ。魔法なんて使ってないから。
俺の登場で話が打ち切られ、ピンからキリも良くなったようなので、そろそろ先を急ごうってなった。
あんまりのんびりしてると、リリセラの姉が死ぬかもしれない。おっと急に重たい。
「話が終わったならそろそろ出発しようか。ノイエ、今日はどうする?」
「するわ。リリ、御者お願いね」
「はいですー」
今日も日課をこなすようだ。
ノイエはアンコの事件以降、ヒールの魔法を俺に教わっていた。が、難航していた。
「うーん。やっぱり難しいわね」
「ご主人ご主人、ノイエって実は魔法苦手?」
「そういうわけじゃないと思うんだけど、火と治癒は苦手っぽいな」
火は身体強化以外は完全に諦めてて、今は治癒一筋だな。
冥の魔法はノータッチ。他の属性は大体できてる。
「ちょっと、2人して集中力乱すようなこと言わないでよ」
「はーい」
怒られてしまった。
失敗しちゃった、みたいな表情を浮かべるアンコと俺。とっても仲良し。
「うーん、やっぱりダメね」
「口で言っても分かりにくいから、図に書きながら説明するけど……」
前にも話した人体の説明をする。
細胞がどうとか。仕組みがどうとか。
やっぱり物理や保健的なことがわかってると、魔法の効果も出やすいというか利きやすい。
それに、ヒールをノイエにかけたりして感触を掴んでもらうことも忘れない。
「うん、そうなんだけど……うーん……。あー、ダメダメ。今日はおしまいにしましょう」
「なんなら王都でヒールの魔導書探そうか? 俺もヒールは魔導書で覚えたし」
ヒールは割と特殊な魔法だったのもあって、早々にジジイが買ってきてくれた。
魔法が使えるようになり始めて、すぐ買ってきてくれた。
きっと高い買い物だったろうけど、ジジイはあれでも城勤めのお偉いさんだったようなので、金の心配はいらない。
「いいえ、もう少し頑張ってみる。けど、今日はやめとく」
諦めてしまった。
それでも毎日練習してるのはアンコのアレが響いてるんだろう。
「ノイエ終わった? じゃあ遊ぼう」
「ちょっと休ませて」
ノイエはそのままふて寝した。ちょっとだらしない。
ノイエに断られたので俺の方にくるかと思いきや、アンコが何かに気づき鼻をひくひくさせた。
「ご主人ご主人、アブラの匂いがする」
何? 油だと? あの油の多い、例の油か!?
「でかした! アンコ、偉いぞ。よく気づいてくれた!」
俺が前回喜んでいたから匂いを覚えていてくれたのか、最高だ。
アンコの頭をがっしがっしと激しく撫でる。
最高だ。これでドレッシングが作れる。
すっぱい果物と混ぜてもいい。辛い木の実を漬け込んでもいいぞ。
肉を薄く切って、しゃぶしゃぶにドレッシングってのもいいな。
とうとう日々の食卓に彩りが来たんだよ。
「大げさねえ」
そう言っていられるのも今のうちだ。
菜食なノイエが、サラダ+ドレッシングの味を知ってしまったら、もう戻れないって事を思い知らせてやる。
それにしてもドレッシングが油と、お酢と、塩をちょっと混ぜるだけで出来るような簡単なものだったとは……。
お酢が果汁と菌で出来るのは夢から拾った知識でわかった。
酵母菌とか酢酸菌とかよくわからんけど、多分、似たような作用を起こす菌くらい、この世界にもいくらでもいるだろ。
王都についたら探してみよう。もちろん菌の方じゃなくてお酢の方を。
あれ? じゃあこれから作るものはドレッシングじゃなくてなんなんだろう? まあいいか。味付けできる液体ならなんでも。
俺が一人暮らしとかしてて、料理に詳しい高校生だったなら、もっと早くからこういうことも出来たのにな。悔やんでも仕方ないか。
料理漫画も読んではいたけど、あれ、おいしい料理を裏技でもっと美味しくする。みたいなのばっかだったから。
色々考えてる間にも馬車は進んでいた。
「リリセラー! ちょっと待てぇー!」
「は、はい? なんでしょう? すみません聞いてませんでした」
御者に集中していたらしく聞いてなかったようだ。まだ慣れてないからな、しょうがない。
ここで怒るのは筋違いなので、優しく優しく言う。
「おら、トカゲ止めろオラ!」
「ひっ、は、はい。止めます」
トカゲを止めてもらったあと、俺とアンコは颯爽と現地へ向かい油の多い植物を根こそぎ取った。
嘘。根こそぎはやりすぎだと思ったので何本かは残しておいた。
今回取った分は大事に大事に使うとして、どう使おうかな。やっぱ料理に使いたいな。
これでまた今日からしばらく食事の幅が広がると思うと、テンション上がるね。




