74.異界を行く
ショウリュウの都、街中。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はとある理由から牛鬼を追いかけていた。尤も、真面目に追いかけているのは瑞葉だけ、ハクハクハクは魔法の練習にご執心、ロロに至ってはたまたま見かけた別人を追いかけ始める始末だが。
ここはとりあえず瑞葉の視点から事を追って行くとしよう。
瑞葉は牛鬼から遠く離れた建物の屋上より双眼鏡で彼を追いかける。
「……警戒、してるけど、私じゃないな」
彼女の目から見て牛鬼は明らかに周囲を警戒しているように見えた。大きく不審な動きをしているわけでは無いが、それまでと比べて急に立ち止まったり視線を前後左右様々な方へ動かす回数が明らかに多い。しかし、その視線が瑞葉の方を向いて止まる事は無かった。
「何だろう、あの辺で変な音でも聞こえるのかな?」
今の所、瑞葉には遠方の音を聞き取るような事は出来ない。牛鬼がいる辺りで何が起こっているのか、彼女は目に見える情報以上の事は分からないのだ。
「……あ。そうだ」
そして彼女は他の人に見えない物を見る事も出来る。そう、魔力だ。彼女は自身の目に魔力を集中し牛鬼の、そしてその周囲に存在する魔力を見つめる。
「ん~? 不自然な所は」
しかしその視界に不自然な何かは映らない、そう思った時。魔力が彼女が見つめていた周辺一帯を覆った。それはほんの一瞬ではあったが、何も見えなくなる程の巨大な魔力が周囲に放たれたのだ。
そして彼女はその魔力に心当たりがあった。
「今のは、ハクの?」
彼女が普段から行動を共にするハクハクハクの感知の魔法だ。それを放つ時、一帯は巨大な魔力に覆われ魔力視など使っているなら何も見えなくなってしまう。その状態を今日は外側から見つめたらしい。実際、彼女が見た魔力の外縁から中心部のおおよその位置を推測しその場所を見れば。
「あ、いた」
そこにはハクハクハクが杖を手に首を傾げている姿が映る。
「……何やってるんだろ」
魔法を得意とする瑞葉は当然ながらハクハクハクが使う感知の魔法に関して自身でも試したことがある。この魔法は自分を中心に大きく魔力を広げてそれに触れた物の大まかな形や動いているかどうかなど大雑把に情報を得る為に使う物だ。
そして瑞葉が自身で試して理解したことは二つ。一つはこの魔法はあまり自分には向いていないという事実。基本的にこれに関しては魔力量が優れている者が技術を要せず周辺の状態をある程度解するのに使う物であって、そもそもの魔力量があまり多くは無い彼女には向いていない。
そしてもう一つは細部までを把握する為に使うのは難しいという事だ。例えば空を飛ぶ鳥の種類を見極めるのは遠く離れた地面から見ただけでは難しいように、何か動くものがあったとてそれが何の生き物であるかを見極めるのは困難だ。慣れてくれば大きさや動きからおそらくといった当たりを付ける事も出来るが、それはあくまで得られた情報から推測しているに過ぎない。そしてそんな魔法で町行く人の群れから牛鬼個人を特定するのは不可能と言って良いだろう。
結論を言えば、瑞葉はハクハクハクがあまりに無謀な事をしているので困惑している、と言ったところだろうか。
そんなことを考えながら視線を牛鬼の方へ戻すと、彼が動き出すのが見えた。
「うわ、速っ!」
その動きはもし近くにいたなら逆に見失っていたと思えるほどで、遠くから俯瞰で見ているからこそ追って行けているのだ。
地面を蹴った、そう思った次の瞬間空中を蹴って自在に跳び上がり、建物を見下ろすような位置まで行ったかと思うと、そこから一気に加速してとある地点目掛けて降りて行く。
「あれ、その先って……」
そう、その先にいるのは。
流星が降って来た。ハクハクハクは反射的にそう思い、しかし動くことも出来ずそれをただ見ていた。
「む、ハクハクハクか」
そしてその言葉でようやく降って来たのが牛鬼であることに気が付いたのだ。
「あ、え? う、牛鬼、さん?」
「ふむ」
お互いに次の句を紡ぐ事無く固まって黙り込む。まるで相手の出方を窺っている敵同士のような気分だろうか。特にハクハクハクは明確に彼を追いかけていたという事実がある故に後ろめたく思わず視線を逸らす。
「……いや、済まぬな」
ただ牛鬼はまさかそんなことをされているとは思わなかったのだろう、突然にやって来た自分に対して困惑の余りにそのような態度を取っていると判断したらしい。
「実はこの辺りで魔法を用いている者がいると感じ様子を見に来たのだ。どうも感知系の魔法のようでな、心当たりはあるか?」
「え、あ、え」
混乱しながらもハクハクハクの頭は辛うじて回り始める。牛鬼が言っている魔法を使っていたのは間違いなく自分の事だ、しかしそうであるとは確信を持っていないようだしなぜ使っていたかは把握していない。
であれば。
「え、っと、たぶん、私、かも」
「そうなのか?」
ばらしてしまった方がいいだろう。そのぐらいの判断は彼女にもすぐに下せる。
「あの、杖、で、魔法が、その、制御が、凄くて……、練習? みたいな」
咄嗟でちゃんとした言葉を紡ぐ事も出来ていなかったが元々の性格を知っていれば混乱している時に問われればそのような答え方になるのはいつも通りだと思うはずだ。当然、この時の牛鬼もそう思った。故にハクハクハクの言葉を都合よく解釈し。
「成程、つまりその杖は魔法制御の助けになるのだな。それで感知魔法でどの程度の事が出来るのか練習しておったと」
ハクハクハクはその言葉に頷く。
それを見て牛鬼は少し考える素振りを見せて、笑った。
「ははは、成程、そう言う事だったか」
ハクハクハクはその笑みを見て少し全身の力が抜けるのを感じた。不必要な緊張の糸が切れたと言うべきか、適度に力が抜けていく。
「しかしな、街中ではあまりやらぬ方が良いかもしれんな」
「そ、そう、ですか?」
「うむ、街中で魔法を使っていると今のように不審に思う者も出て来るやもしれん。面倒は避けたかろう」
「そ、そう、なん、ですね」
「うむ、よく空き巣などが狙いの家の中に人がいないかを確かめる為に使っている事があるのでな。それを知っている者は街中では自分が疑われぬようその手の魔法は自重するものだ」
「なるほど……」
一つ新たな知識を得られたとハクハクハクは頷き喜ぶ。それと同時に自分の目的がばれなくて良かったと小さく息を吐いた。
ただ魔法の練習に関してはあまり成果が得られなかった事も思い至る。何せ牛鬼が魔法を使っている事に気付いたという事は、当然感知範囲内にいたという事であり、それはつまり彼女が感知魔法によって牛鬼を追いかけると言う目的を果たせなかったことを意味するのだから。
「う、牛鬼さんは、感知魔法、使えますか?」
折角だからと彼女は教えを請うてみる事にする。何せ牛鬼は経験豊富な冒険者だ、他にも様々な知識を有しているだろう。
「む? ふむ、使えぬと言えば嘘になるが、範囲が狭いのだ。刀の届く範囲までだな」
「せ、狭、過ぎる、ような……」
「見解の相違だな。必要な大きさは人により違うものだ」
「ん~?」
「使い方の違いとも言える。そうだな……、主は敵や物の大まかな位置を地図に書き込む為、そういう使い方だろう?」
「そう、かも」
「こちらはあくまで刀が届く範囲に何かが来ていないかを察知する為に使う、いわば戦闘用の技法だ。背後から何かが襲い来るとしてもこの刀が届く範囲に入ればその動きが手に取るようにわかる」
「……なる、ほど?」
いまいち理解できないのか首を傾げるハクハクハク。それは牛鬼が言っている意味が分からないと言うよりはただ単純に自身の魔力内に入って来た何かの動きを手に取るようにわかると言う感覚が理解できないと言うべきか。
「ふむ、では少し試してみるか?」
そう言うと牛鬼は数歩離れてハクハクハクとは逆の方を向いたまま目を閉じる。
「こちらに来てみよ」
若干首を傾げつつもハクハクハクは言われるがまま牛鬼の方へと歩いて行く。その中で彼女の目に刀が映る。そして先程の会話があったからだろう、無意識にその長さを測りこの辺りが刀の届く範囲だろうかと思う、その線へ足を踏み入れ。
カッ。
「わっ!?」
その瞬間、その足先に鞘に収まったままの刀があった。当然、それは牛鬼がそうしたものだが。
「どうだ?」
「わ、たしが、その、入った、瞬間に?」
「うむ。では次だ」
「え?」
そう言って再び牛鬼が距離を取り目を閉じる。ハクハクハクは言葉を待たずに彼の方へと近付き、どうしようかと考える。次、と言ったからには何か考えがあるのだろうがハクハクハクにはそれが分からない。とりあえず近付いて行きそのまま刀の間合いに、少し躊躇いつつも、入って行く。
――数秒、彼女は数秒その場で待ったが変化はない。何か行動を起こして欲しいのだろうと察した彼女はとりあえず牛鬼の背中でも叩こうと手を伸ばし。
「あっ」
その手が空振った。当然ながらハクハクハクが目測を誤ったわけではない、ただ単に彼女の手を牛鬼が避けただけだ。目を閉じたまま。
「どうした?」
そして彼は挑発するようにそう言った。つまりこれは触れてみろ、という挑戦だ。それを理解した彼女はすこし遠慮がちに触れようとした先程とは違い勢いよく手を伸ばす。
牛鬼が躱す、ハクハクハクが手を伸ばす。その応酬が繰り返される。ハクハクハクはか弱い少女であり、その肉体的な能力ははっきり言って瑞葉以下と言っていい。しかし彼女には膨大な魔力があり、それによっていくらでも身体強化を出来ると言う強みがある。それは一般人では目の前から真っ直ぐ突進してくる彼女を避けるのが困難になるほどのものだ。
そんな身体強化を使うハクハクハクの手を牛鬼はなんてことの無いような表情で目を閉じたまま避け切っている。前に突くように手を伸ばせば僅かに横に身体を揺らし、横に薙ぐように手を振れば一歩後ろに下がり、ついには杖が振り回されようと当たる気配もなく躱し切る。
「はあ、はあ、ぜ、全然当たらない」
「ははは、もう疲れたか?」
それはハクハクハクの息が上がるまで続けられて、彼女は杖に体重を預けて呼吸を整える。
「今のがこちらの使い方。遠くの事はどうにもわからんが、近くの事であれば大抵の事は分かる。例えば今は杖に体重を預けているだろう?」
未だ牛鬼は目を閉じている。ハクハクハクは息を切らしながらもそれだけははっきりと確認した。彼女はそれを見ると顔を伏せて二人の扱う感知の魔法の性質の差を考える。その差を見るに、あまり聞いても参考にならないかもしれないな、と思った。
「……主はもしかしたらこうして問うた意味が無かったと嘆いているのかもしれんな」
一瞬、彼女は心の内すら読めるのだろうかと驚いた。しかしそれは少し違う。牛鬼はただ、彼女の視線の動きや微妙な表情の変化などを読み取りそれを元に彼女の内心を想像しただけだ。そして刀の届く範囲であるならば彼は死角になっている部分の変化すら読み取れる、ただそれだけである。
「え、と、そういうつもりは……」
「待て」
漏れ出る声を牛鬼は制する。
「何もまだ無駄と決まったわけではない。一つ提案があるのだ」
「え?」
戸惑いを見せるハクハクハクに牛鬼は諭すように伝える。
「そもそもお主は細部に至るまで、例えば人の歩く動き、それに伴う腕の振り、髪の揺れ、筋肉の動き、瞬きや蹴り上げられる土の動きまで、見たことは無いのだろう?」
その問いに彼女はただただ頷く。そんな細かな事、彼女は考えたことも無い。
「ならばまずは狭い範囲で良い、それを全て見る事が出来るようになってみてはどうだ? 広い空間全てを知るのは難しくとも狭い空間ならば多少は楽やもしれん」
「そ、そう、かも」
想像してみれば単純な事だ。小さな町が入る程の大きさの範囲内の事を全て把握するなど全く現実的とは思えない。しかし例えば手の届く範囲の事であれば、多少はまだ現実味を帯びて来る。
「慣れるごとに、徐々に、徐々に、範囲を広げて行けば良い。そもそもの魔力量が多く遠く飛ばす事も苦にならんのだろう? なればまず練習すべきことは、な」
「た、試して、見ます」
ハクハクハクは自身の杖を通して魔力を広げる、それはごく狭い範囲、おおよそ手の届く範囲に、だ。そして目を閉じて集中し自身の魔力に触れる物が無いかを読み取ろうとしている。
牛鬼は無言で鞘ごと刀をハクハクハクに近付けていく。徐々に、徐々にそれは彼女へと近付きやがて彼女を覆う魔力の中へ。
「あ、え、と」
「何があった?」
「たぶん、刀?」
「そうだな。ではこれはどうだ?」
ジャッ、と音が鳴った。彼女の耳はそれをはっきりと聞き取ったが、その後何かが起こる様子が無い。地面を靴底で擦った様な音であったが、それ以上の情報が出て来ない。
「……何も?」
「ふむ、やはりこれほど細かい物はまだ難しいようだな」
その言葉に釣られて彼女は目を開け牛鬼の視線を追う。それは地面、ハクハクハクの足元へ向けられていたがそこには何も無い、と彼女は思った。
「これ、は?」
「今飛ばしたのは砂粒だ」
そう言われて改めて見てみれば当然のように砂粒が存在するのが見える。つまり牛鬼は先ほど砂粒を彼女に向けて蹴っていたのだろう。そしてそれを感知することは出来なかった。
だが。
「私は、その、そこまでは……」
彼女は確かに魔力でより詳細な情報を得られるようにと思ってはいるが、砂粒の一粒一粒を見れるようになりたいとまでは思っていない。単に遠くにいる人の識別が出来れば便利だと思った程度の話だ。
「ふむ、お主の言いたいことも分かる」
そして牛鬼は当然のようにそのことを理解している。
「しかし、少し勘違いしているようだな」
その言葉にハクハクハクは首を傾げる。
「魔力をより大きく広げるという事は、相対的には人一人の大きさなど小さなものになる。丁度、この砂粒のようにな」
「……あ」
ハクハクハクはその言葉に気付く。遠くに映る景色の中から一本の木を探し出す事は足元の砂粒から一つの砂粒を探し出す事に等しい。ただし、その正誤を確かめる時には当然足元から探し出す方が早いだろう。何せ移動時間が丸々省けるのだから。
「どうだ、少しはすべき事が分かって来たか?」
「あ、はい。あ、ありがとう、ございます」
「うむうむ、では行くところがあるでな。また会おう」
自然に牛鬼が手を振って別れようとした時、ほぼ無意識にハクハクハクはその手を取る。牛鬼は困惑した表情で振り返り、
「まだ何かあったか?」
と尋ねる。
しかしハクハクハクもまた困惑した様子で次の句を告げないでいた。
彼女が牛鬼の手を取ったのは瑞葉が牛鬼の目的地を探ろうとしている、その事が頭にあったからに他ならない。しかしわざわざ腕を取って引き留めたのは彼女自身にすら予想外であり、それ故にこの後の行動など何も考えていない。
一応、内緒で牛鬼の後を追っていたのだ。直接聞けるはずも無いし、
「……あ、えぅ。そ、その」
しかし惑うばかりではいられない。当然何も言わなければ牛鬼は手を振りほどいて行ってしまうだろう、故にどうにか遠回しに追っているのを勘付かれぬように何か上手い質問を考えなければ、そのような焦燥の中に彼女はいる。
いるのだが、そう言う時の彼女は大抵上手く行かない。
「ど、どこに、行くのかな、って」
結局どうにか遠回しな表現で質問を、などと考えていたのが何だったのかと思われるほどに直接的な問い。牛鬼もまさかそんなことを聞く為に引き留められたのかと唖然とする程に単純な問いだ。いやさ、彼は或いは他に聞きたいことがあるのだが上手く言葉にならず咄嗟に出た問いなのかもしれぬと思ってはいたが、残念ながら人の心の内を読めるわけも無し。
とりあえず牛鬼はハクハクハクの問いに答える事とする。
「む、そうさな。しかしまあ、申し訳ないが主に伝える事は出来んのだ」
ただしそれは答える事が出来ないと言う事しか出来ないわけだが。
「え、あ。そ、そうなんですか」
「うむ、例えば依頼によっては依頼主の秘密を守る為などに向かう場所を伝えられぬ事もある。そう言った事例だと思ってもらおう」
「は、はぁ」
歯切れの悪い言葉にハクハクハクはどうにも納得がいかない部分はあったが、食い下がって聞くべきかに関しては少し悩む。何せここまで既に迷惑を掛けているようなものだ、これ以上はと思う気持ちがあるのも無理は無いだろう。
「ふむ、なあに。その内に教えられるようになる日も来るだろう」
牛鬼はそう言いながらハクハクハクの頭を撫でる。
「え、えと?」
「今日の所は悪いが、な」
軽く頭を抑えられ思わずハクハクハクは一瞬目を閉じる。その瞬間に頭に掛かる手の重さが消えて、次に目を開いた時。
「あ」
目の前からは牛鬼の姿が消えていた。彼女はとりあえず闇雲に走り出してみようかとも思ったが、すぐにその考えを打ち消す。
「瑞葉ちゃん探そ」
とりあえず、話して得られた情報でも伝えようと彼女は友人の元へ駆け出す。尤も、こちらに関してもどこにいるのかはさっぱり把握していないのだが。
ロロは一人謎の黒いローブを纏った二人組を追っている。元々牛鬼を追う事に乗り気では無かった彼は見るからに怪しいこの二人組を発見してからずっと彼らの後を尾行しているのだ。
二人組は何やら話をしながらも迷うことなく路地裏を進んで行く。目的地は既に定まっているのだろう。本来なら何を話しているのか是非とも聞きたいものだが、
「これ以上近付くとばれるかな?」
ロロはばれる事を恐れて少し過剰に距離を取っている。先程から彼らが周囲を気にする気配はないのだからもっと近付いてみても良かったとは思うが、どうにもならない。何せロロはちょっと尾行が楽しくなってきており、この時間を終わらせまいと必死なのだ。
やってみればこの尾行という行為に関しては少し癖になるような部分がある事に気付く。秘密裏に事を為している優越感がその主な原因だろうか? 或いは現在進行形で事を上手く運べている達成感、そしてばれるか否かという緊張感に誰もが病みつきだ。
「もしかして瑞葉もこんな気分だったのか?」
この感想に関しては風評被害ではあるが。
瑞葉は追う事に対してのあれこれよりも、なんとなく募っていた不満に対しての抵抗の一面が強かったので。まあ傍から見ればどちらも大差ないのかもしれないが。
そんなことを考えながらロロは進む、男たちの後をついて進む進む。彼らはやはり人目を忍んでいるようで決して表通りへは行こうとしない。路地を奥へ奥へ、だ。
そして。
「ん?」
ロロは風を切る音を聞いた気がした。気のせいかと思いつつ周囲を警戒しつつこれまでよりも確実に身を隠し、そこで彼は見た。
空から降って来る流星、牛鬼だ。
「え?」
思わず出た声は幸いにも距離があったおかげで聞かれなかったらしい。怪しい格好の男たちの前に舞い降りた牛鬼はそのまま彼らに合流し何やら話をしているのが見える。
「……知り合い?」
想定外の展開に思わずロロは手に汗を握る。明らかに怪しい人影の元へ現れた牛鬼。或いは、瑞葉の言うように牛鬼は何か重大な秘密を隠しているのだろうか? そのような疑念が浮かび上がる。
「これは、行くしかないな」
ロロはごくりと生唾を呑む。
牛鬼と怪しい二人組はどうやら会話が弾んでいるのが見て取れる。出来る事ならその内容を知りたい所ではあったが、その為には相当に距離を詰めなければならない。しかし三等星の経験豊富な冒険者たる牛鬼がいるにも関わらずそのようなことが出来ようはずも無い。
それを知っているロロはただただ後を付けて行く。見失わぬよう、そして自らの存在を気取られぬよう。
そして、不意に彼は肩を叩かれる。
「っ!」
心臓が高鳴り即座に臨戦態勢に、振り返り、そして思わず口の端を歪める。
「やるじゃん、上手い事追ってるなんて」
「す、すごい」
瑞葉とハクハクハクが揃ってそこに立っている。
「おどかすなよ……」
前を行く三人の仲間が来たのかと驚き焦っていたロロにとっては無意味に驚かされていい迷惑と言ったところだろうか。
「二人で行動してたのか?」
「いや、えっとねぇ……」
先に牛鬼がハクハクハクの元を離れた後、瑞葉は遠方から消えた牛鬼がどの辺りに行ったのかを目視で追っていた。それを確認した彼女は急ぎハクハクハクの元へ向かい、何を話していたのかを聞いた後に二人で牛鬼を追いかけ始めたのである。そして幸いにも彼は怪しい二人組と合流してからはのんびりと歩いていたので今になって追い付いたわけだ。
「成程な」
「ロロはよく牛鬼さんに追い付けたね」
「あ、いや俺はあっちの二人を追ってて」
瑞葉とハクハクハクは改めて一緒にいる二人を凝視する。
「……誰?」
「さあ? でも何か怪しいだろ?」
「まあ、確かに」
黒いローブでその身を隠したあまりに怪しい出で立ち、それを見ると瑞葉とハクハクハクも少々冷や汗をかき始める。
「まさか牛鬼さん何か悪い事しようとしてるんじゃ……」
そもそも彼女らが追っていたのは別に牛鬼が何か悪いことを行っている、などと本気で思っての事ではない。ただ単に何か秘密にしている事があるようなので追いかけて弱味を握りミザロやザガ達が何をしているのか聞き出そうと思っての事だ。
それがここに来て前提が崩れようとしている。
「ロロ、どんな会話してたかわかる?」
「いや、牛鬼さんいるのに近付けないしさ」
「そうよね」
これから何が起ころうとしているのかはわからない。しかしこの状況で彼らが出来る事は一つ。
「とりあえず、追おう」
「だな」
ハクハクハクも首を縦に振って肯定の意を示す。三人は三方に分かれてそれぞれに牛鬼たちを見失わぬように追い始めた。
そして。
「あ」
「お」
「……むぅ」
牛鬼とその連れの二人がとある建物に入って行く。ロロ達はそれを見届けてしばらく待った後、その建物の前へと姿を現す。
「入って行ったね」
三人は目の前の建物を見上げる。それは何ら変哲の無い、ショウリュウの都によくある民家のように見える建物だ。
「どう思う?」
三人は牛鬼たちがこんな建物に入って行くとは思っておらず少々戸惑いを見せているようだ。このような民家に入ったという事はただ単にあの二人が牛鬼の友人で偶の休日に話をしているという程度の事なのかもしれない。
「で、でも、どこ行くか秘密って……」
「そういえばそうだよね」
だが友人の家に行く程度の事を秘密にする理由はあるだろうか? 常識的な範疇の話をするならそれは無いと言っていい。
「どうする?」
そしてロロの問いに瑞葉は。
「少し様子を見よう」
と消極的な判断を下した。
流石に彼らは悪事が起こっている確証も無しに見知らぬ民家らしき建物に突撃するほど常識知らずでは無い。それで一旦近くの物陰に隠れながら建物の様子を監視する運びとなる。何か異常が起こればいつでも突撃する腹積もりだろう。
そして異常、というには少々違うがすぐに妙な事が起こる。
「あ、誰か来た」
新たに人が来たのだ。無論たった一人がすぐに来たところで妙な事とは言わないだろう。牛鬼だってあの二人組とは途中で合流したに過ぎない、それが適わなければ一人でここまで来ていたのだろう。要はここに集まる約束をしていた一人が今来ただけに過ぎない。
最初は彼らもそう思った。
「また、来た、よ」
更に追加で二人。
「今度は三人だ」
更に、更に、そして。
そんなこんなで彼らがその場で監視を始めて三十分程の間に十五人ほど追加で中へ入って行ったのである。民家は家としては特別狭くは無いが、かと言って二十人近くの人間が中で何かをするには流石に少々狭苦しいだろう。
しかも来る人はそれで終わりというわけでも無いのだ。
「まだ来るぞ、それもいっぱい」
「……よくあんなに入るね」
今度は十人程の団体だ。それも今度の集団はまた最初に牛鬼といた二人のように顔を隠している。
「あ、怪し過ぎる……」
当然のように中へ入って行く集団。どう考えても不自然だ。
「ただの民家に三十人も集まるって、あると思う?」
「集まったとしても中ぎちぎちじゃないか?」
普通に生活するなら精々四人ぐらいで暮らしていそうな民家、そこに三十人の人間が詰まっている状況を想像してみるとあまりに人が多過ぎてすぐにその場を離れたくなるだろう、そんな想像が三人の中に過る。
「……次来た奴に何してるのか聞いてみるか?」
「本気? もし何か変な事やってたら教えてくれないどころか……」
もしも、もしも彼らが犯罪を計画しているような悪辣な集団であれば話を聞くと言うのはあまりに危険な行為だ。まず間違いなく全員に追われ二度と表には出られなくなるだろう。相手には三等星、牛鬼もいる。逃げ切るのも困難かもしれない。
「じゃあどうするんだ?」
「それは……、ハクは何かある?」
「……えぅ」
かと言って彼らには特別何か握っている証拠があるわけでも無い。自警団や志吹の宿に話を持って行くにしては少々憶測だけで悪い方に話を持って行き過ぎているだろう。
三人は大いに悩み、思わず唸る。
その声がとある人物の耳に届いた。彼は民家に入ろうとしていた足を止めて物陰に隠れている三人の方へ一直線に向かって来る。考え込んでいる三人はそれに気付かない。
そして彼は三人をすぐ後ろで見下ろし。
「何やってるんだ、お前ら」
普通に声を掛けた。
「わっ!」
「え、あ、安川さん!?」
安川、彼はロロ達の知り合いの冒険者であり音の魔法を操る。彼にかかれば小声の話し声とて町中に響き渡る大声も同じだ。当然、路地裏の話し声が届かないはずも無し。
「私らは……、偶然! ここに」
「何してるのか聞いてみるか、だとな」
「……聞こえてるんなら聞かないでくださいよ」
観念した三人はここに来た目的と経緯を彼に話し出す。初めは興味深げに聞いていた彼は段々と気まずそうに視線を逸らし始め、話を終える頃には頭を抱えていた。
「その反応は知ってる反応ですよね」
「まあなぁ……。俺もそこに入ろうとしてたわけだしな」
「そうなのか!?」
安川が冒険者を始めた頃に牛鬼が面倒を見ていたという縁もあり彼らがそれなりに親しいのをロロ達は知っている。しかしこのような大勢の集まりがあるという話は聞いたことがない。
「じゃあ中で何をやってるんだ? 教えてくれよ」
「しかしなぁ……」
困ったように頭を掻く安川、それを三人はじっと見つめ続ける。安川にとって三人は知らぬ仲では無いし、何なら彼が冒険者を辞めようとしていた時に続ける切っ掛けを貰った事もあってそれなりに気に掛けている存在ですらある。
故に彼は、
「分かった、少し中で聞いてみる。俺の一存で決められる事じゃ無いからな」
「本当ですか!?」
「それって大丈夫なのか?」
「だからそれを聞いて来るんだ。黙って待ってろ」
そう言って安川は面倒そうに重い足取りで民家らしき建物の方へ。彼の姿が扉の向こうへと消えていくのを三人は見送り。
「何か、こう、どうする?」
「どうもこうも待つしかないでしょ」
「ん、そう、だね」
安川が出て来るのを待つこととなる。
そこからは思ったよりも長かった。二十分ぐらい経っただろうか、その間にも建物の中へと入って行く人影はそれなりにあり、中がどうなっているのか更に謎が深まっていた。そして余程ぎゅうぎゅうに人が詰まっているに違いないとロロが声高々に主張している頃、中から安川の姿が現れる。
「どうでした?」
三人は安川の前に出て行くと早速尋ねる。彼は溜息をついて言った。
「入っていいってよ」
「おおっ!」
「ただし!」
強い口調で安川が喜ぶ三人を制する。
「た、ただし?」
「中で見た事やこの建物の事は決して外で口外しない事。これが条件だ」
「……まさか本当に何かまずい事をやってるんじゃないですよね?」
思わず瑞葉は二の足を踏むが、
「まずは来い。中で話すから」
そう言って安川はさっさと行ってしまうのだった。三人は顔を見合わせ、ロロが真っ先に後を追って駆け出す。ハクハクハクは立ち止まったままの瑞葉を気にしながらも歩き出し、最終的には瑞葉も緊張に襟元を握り締めながら皆の後を追った。
建物の中は外観から想像される程度の広さだ、地上部分は。しかし入ってすぐに地下へと続く大きな階段が顔を覗かせている。その向こうは、
「この地下、めちゃくちゃ広くないか?」
上から見ただけでロロが思わずそう口にした程には広くなっている。安川が躊躇いなく階段を下りて行くのを見て三人も後を追う。
地下の空間は彼らが上から見て想像したのよりも更に広く活気に満ちている。まず広大な空間があり、そこで片手にはワイングラスや料理を持ちながら談笑する人々。外で入って行くのを見た数よりも多くの人がいるのはロロ達が来るよりも前から大勢がここに来ていたからだろう。
「あの、こんなに人が?」
「そうだな。俺も最初は驚いた」
安川は言いながら端の方にあるバーを模したカウンターへ行き席に着く。ここで話をするという事だろう、ロロ達も横に並んで座った。
「お飲み物は?」
「とりあえずノンアルコールで。こいつらは未成年だしな」
「かしこまりました」
マスターを務める髭を生やしたダンディな男性はとあるジュースをグラスに注ぎ四人に渡す。泡がぷくぷくと浮かんでいるのを見て炭酸飲料は珍しいなとロロ達は思う。
「これ高いんじゃ?」
「いいから飲め」
そう言って安川はグラスを傾け中身を口に含む。直後、目を見開いてグラスの中身を凝視する。
「これ、ジンジャーエールか?」
「ええ、楼山の方では生姜も盛んに使われているそうで。仕入れて作ってみましたよ」
「ははは、懐かしい味だ。俺が飲んでたのはもっと薄いやつだったが濃いのもいいな」
盛り上がる二人に対してロロ達はポカンとするばかり。一応三人も口に含んでみるも、
「うぉ、凄い味だ」
「うっ……、いやでも、美味しい、かも?」
きつい風味と炭酸のしゅわしゅわとした感覚があまりに馴染みが無く思わずグラスを置くロロと瑞葉。ハクハクハクはそれを見てそういう物なのか? と思い二人に倣うようにして飲むのをやめる。
「こちらの方々は?」
「こいつらはこっちの世界出身だから知らねえよ」
「ああ、成程。でしたら別の物を用意しましょうか」
マスターはそう言ってロロ達にも馴染みのある果物のジュースを用意する。三人は礼を言ってそれを少し飲んだ後、早速安川に尋ねる。
「こっちの世界って何ですか?」
流石に先ほどのマスターとの会話を聞き逃すほど馬鹿ではない。二人には、いや、おそらくここにいる者は皆その意味が分かるのだろう。つまりそれこそがこの集まりに隠された秘密なのだ。
「……ここ、つまりショウリュウの都って意味じゃねえぞ。山河カンショウの国どころか三大国や空に光る星々その他諸々全部を合わせた世界。それがこっちの世界な」
「まるで他にもあるみたいな」
「ある。俺達が異世界だとかあっちの世界と呼ぶ世界が」
当然のように放たれた妄言のような言葉。もしも友人がそのような事を言い出したら熱を疑うか奇妙な宗教にでも毒されたのかと疑うところだ。しかし安川は冗談を言うような性格では無いし、まさかここにいる全ての人間が口裏を合わせているとも思えない。
本気で言っている、三人はそう理解した。
「ここにいる奴はほとんどがそうだ。元々は異世界で、地球ってとこで暮らしてたのさ」
「地球……」
安川の口から紡がれるのは知りもしない世界の歴史。何十億年もの昔に星が生まれ、何億年も前に偶然から生物が生まれ、様々な変化や進化を経て人が生まれ、そこから偉人傑物が次々と国を興し人々を導き、そして。
「日本、俺が生まれた国だな」
「にほん……。聞いたこと無いですね」
「そりゃそうだろ。あったら怖い。だが牛鬼は日本の生まれでな、それで俺の言動から向こうから来たやつだと察したらしくてな。去年にこの会に来るよう誘われたんだ」
「はあ……」
正直な所、三人共突然降って湧いたこの話には付いて行けない部分が大きい。というか隣人にいきなり私は別の世界から来ましたなどと言われて話に付いて行ける人間は頭がおかしい。
それでもどうにか、理解し難い部分を大部分放置して幾つかの疑問を整理する。
「え~、と、結局この集まりは?」
「向こうの世界を懐かしむ会だと。向こうの世界の技術を再現しようとしてる連中の進歩の報告なんかもあるぞ。このジンジャーエールもその一部かもな」
「どうやって向こうの世界からこちらに?」
「わからん。死んだと思ったらここにいた。戻り方も分からんし戻ったとしても死んでる奴ばっかだからな。向こうに戻るんじゃなくて懐かしむ会なんてやってるのはそう言う事だ」
「このことはどのぐらいの人が知ってるんですか?」
「自警団や冒険者やって長いやつなんかは大体知ってる。偶に遊びに来るやつもいるしな。お前たちもいずれは知る事になるだろうと思って中に入れるよう進言したんだ。そしたら説明はお前がやれだとよ。全く面倒だ」
「……あー、そう、です、か」
「質問は終わりか?」
混乱する三人を見て安川はけらけらと笑う。頭を抱える瑞葉の隣でロロは周囲を見渡す。ここにいる人達は誰も彼も旧友にでも会ったように笑みを浮かべてお喋り大会だ。少なくとも悪しき考えなど持っているなどという事は無いだろう。
「ここって入っちゃダメな所ってあるのか?」
「そういう所は立ち入り禁止って書いてある」
「じゃあちょっと色々見て来る。なんか面白そうだし」
そう言ってロロはジュースを一気に飲み干すと立ち上がりそのままどこかへ行ってしまった。呆然と見送る瑞葉とハクハクハク。
「よくもまあ、あんな元気に」
恨み言のように呟く瑞葉をハクハクハクはどうしていいかわからないように見守っている。
「ハクも行きたかったら行って良いよ」
「え、あ、わ、私は……」
ちらりとハクハクハクが視線を外の向ければそこには沢山の人、人、人。
「私は、いいかな……」
「そ……。じゃあ安川さんにここで行われてる催しでも解説してもらおうかな」
「あ~? まあいいけどな」
それから安川は様々な事を話し始める。向こうの世界の文化、娯楽、技術、その他様々な事を。瑞葉が興味深いと感じたのは向こうの世界の技術が一部こちらでも利用されているという事だ。例えば一年程前にエアコンなる遺物が実用化されていたのだが、それは元を辿れば向こうの世界にあった技術であるという事だ。その知識がある者が偶然にこちらへ来た為にようやく実用化されたという事らしい。
「じゃあ元々使い道は分かってたって事ですか?」
「まあ形からしてそうじゃないかとは言われてたらしい。ただ技術者なんざそうそうこっちに来ること無いしな。俺も元を正せば単なるサラリーマンだ」
「サラリーマン?」
「会社員だ。まあ……、大きい店に雇われて働く下っ端とでも思ってくれ」
「そうだったんですね」
内心瑞葉はこれ以上新しい情報を追加されても困ると思いながら会話に応じている。ハクハクハクは会話に入る事を諦めたのかそんな瑞葉の隣でジンジャーエールのお代わりを貰っていた。
そんな二人の元へ一人の男が。
「ふむ、先程ぶりだな。この場はどうだ?」
牛鬼がやって来る。先程まであとをつけていたのが馬鹿らしくなっていたがそれでも瑞葉は姿勢を正し、それから、何を聞けばいいのかと悩み出す。
「ははは、どうやら混乱しているようだな。まあ無理もない、こっちで生まれた者には信じられん話だろうしな」
「そう、ですね」
「実際、昔は信じられてなかったものだ」
「そうなんですか?」
「うむ、と言ってもその時代を見たことがあるわけでは無いが……」
今よりも昔、ショウリュウの都が今よりも小さかった頃、人々はこの手の事を言い出す者をある種の病気と考えていたようだ。場所によっては口に出すのも憚られるような様々な治療が施された事もあるらしい。
「だったら何で今は病気じゃなくなったんですか?」
「うむ、それはな」
「数よ」
その声はこの場で誰も聞くと思っていない声だった。それで思わずその場の全員がその声の主の方を見る。
「調べてみればその数があまりに多くてその上世界観を共有している。いくら何でもただの病気とするには無理があったって事ね」
「ミザロさん!?」
長らく都を空けていたはずのミザロの姿がそこにあった。彼女はバーのマスターに飲み物を頼むと当然のようにカウンターに座り込む。
「基本的には私も他の人たちも向こうの世界については半信半疑よ。何せ行く事はおろか見ることだって出来ないのだから。でも彼らがそうと信じる事を止められるほどのものも無い。だったら彼らに向こうの世界について懐かしむ場を作って表で妙な事を主張させないようにした方が健全という結論に至ったわけね」
「はぁ、な、なるほど?」
実際その決まりが出来てからというもの、目に見えて病気の人は減って行った。それはつまり表立ってその事を高らかに主張する者が減ったという事だ。また、そういう者がいたとしてもこの会に放り込んでしまえばいいという明確な解決法が出来たのも大きいだろう。
かくしてこちらの世界とあちらの世界の関わり方が決定づけられたのである。
まあそれがロロ達のこれからに大きく関わって行くわけでは無いのだが。
「あれ、ミザロ姉?」
ロロが興味のある場所を一通り回り終え戻って来た。
「ミザロ姉も地球ってとこから来たのか?」
「いえ、私は元々こっちの生まれよ。ここに来たのは別の用事」
「何かあったんですか?」
しばらく都から姿を消していたミザロが久しぶりに出て来たと思うと何か用事があると言う。或いは、余程の事が起こったのかもしれないと推察するのは至極当然の事だろう。ロロ達三人や安川、バーのマスターまでもが息を呑んで彼女の言葉を待つ。
その横で、気配を消して逃げ出そうとする影。
瞬間、ミザロの姿が消えた、彼女に注目していた者は皆がそう思った。
「おや、牛鬼さん。どちらへ?」
その声はその場から逃げ出そうとしていた牛鬼の前方、彼を遮るようにして立っているミザロの声だ。
「い、いやな。知り合いにな、よ、呼ばれておったのを思い出したまでよ」
「それはそれは。しかし危急の用事ですから……、わかりますね?」
牛鬼は頑として譲ることの無いであろうその態度に観念したように首を垂れた。
その様子を見ていた皆はどうやら余程の事が起こったのは間違いないらしいと推察する。そしてその話が下まで降りて来ることは無いのだろうと諦めとも安堵とも取れぬ思いを、
「それって俺達も行っていいのか?」
――感じていない者が約一名。
ロロは当然のようにミザロに同行を申し出た。
「ロロ!」
その頭を瑞葉がはたきそのまま首根っこを押さえ耳元で囁く。
「牛鬼さんにだけわざわざ声を掛けてるんだから、分かるでしょ!?」
要するに遠回しに自分たちはお呼びでないと言っているわけだ。
実際、ミザロが危急の用事などと評する案件に一介の四等星風情が必要とされるはずは、
「ふむ、いいかもしれませんね」
「え?」
――必要とされるはずはある。
「人手が必要でしたからね。これから宿に戻って誰を呼ぶかを選定するつもりでしたが……」
彼女はじっとロロの方を見つめる。
「それほどやる気があるならあなた達の参加は決まりでいいでしょう」
「やった!」
一人喜ぶロロと呆然とする周囲。瑞葉など衝撃の余りに全身から力が抜けたようになっている。
「そうと決まれば行きましょうか。宿へ向かう道すがら色々と説明しますよ」
「ミザロ姉、俺達は何をするんだ?」
彼女は目を閉じ、そして固まる。ああ、いつものやつだ、と皆が気付きそれぞれに飲み物を飲み干したり荷物を背負ったりと準備を始める。そして皆が落ち着いた頃にようやくミザロが口を開く。
「――始祖の魔獣の討伐です」
ロロはそれを聞いてもあまりわかって無いようで首を傾げていた。
しかし、他の面々は違う。瑞葉は分かりやすく目を見開き唇を震わせているし、ハクハクハクは今聞いた言葉が信じられないと言うように周囲の反応を探り、牛鬼はおそらく以前から可能性として聞かされていたのだろう、やはりそうかと呟き肩を落とす。
「では行きましょう」
そんな皆の反応など気にする風もなくミザロは歩き出す。それに釣られて皆がそれぞれの足取りで付いて行く。
その背を見送り安川はマスターにジンジャーエールのお代わりを、
「安川さん、何をしてるんですか?」
「ん?」
頼もうとしたところでミザロが口を挟む。
「行きますよ。そんなにのんびりしている暇はありません」
「は?」
そして今度は振り返ることなく歩き出し階段を上がって消えて行く。残された安川はマスターと顔を見合わせ、自分を指差し一言。
「俺も行くのか?」
マスターは苦笑いを浮かべてグラスに注ごうとしていたジンジャーエールを冷蔵庫に納める。安川はそれを見てもしばらく立ち上がるのを渋っていたが、やがてマスターがこれ以上は何も御馳走してくれそうにないのを悟り立ち上がり外へと向かうのだった。




