60.魔物の群れ
虎狼ホンソウの国、翼獣の町。ショウリュウより来る冒険者たちは陽光が傾いて行くのを見て今日の観光は終わりだろうと感傷に浸っている。
が、そうしてのんびりしている暇は彼らには無いらしい。
「お、黒滝。丁度良い所に!」
「ん? マイス、どうした?」
彼らの案内をしていた翼獣の町の冒険者、黒滝に声が掛かる。声を掛けたのは昼間に冒険者の拠点で出会った男であった。
「なんか警備の奴からの依頼でよ。ちょっと東側の様子を見て来いって」
「何があったんだ?」
「翼獣だよ」
「翼獣の群れが町に向かってるとでも?」
「ちげえよ、町の外で翼獣が東向いて騒いでるんだと」
それを聞いてこの場の誰もがすぐに思い至る、この町の歴史に。故に黒滝も少々悩む素振りを見せながらも。
「……まあ、そういうことなら様子ぐらいは見に行くか」
承諾せざるを得ない。
「おう、頼むぜ。あんたら悪いな、少し借りてくぜ」
そう言うや否や彼らはさっさと走り去って行った。
残されたショウリュウの冒険者たちはしばらくは押し黙っていたが、そう言った場で口火を切るのはやはりロロだろう。
「翼獣が騒ぐのって黒滝さんが言ってたやつだよな?」
「……眉唾の町の歴史」
ロロの言葉を瑞葉が繋ぐ。
若者は誰も信じていないようだがこの町の歴史では翼獣が町を助けたことがある、とされている。それは丁度先に聞いたように翼獣が町まで来て騒いだという話だ。そしてその先にあったのは。
「じゃあ東に砂虎の群れでも来てるってか?」
獣の群れだ。今回もそうだと言うのだろうか?
「安川さんならわかるんじゃないか?」
そう問われる前から安川は既に自身の扱う音の魔法で遠くの音を拾おうとしていた。そしてようやくその結果が出る。
「確かに、何かはいる……。数や距離、向かってくる方角までは分からん。多くの足音らしきものはある……」
音を拾う行為は当然ながら距離が離れれば離れる程その確度が減衰する。少なくとも今の距離では音があること以上の情報は分からないらしい。
「私もやってみましょう」
ソラが地図を広げその上で石を揺らす。それは地図上でこの町の東の方角で大きく揺れて反応を示した。
「……やはり何かいるのは間違いないですね。この揺れだとかなり規模は大きいようです」
「一応いつでも動けるように準備だけはしておきましょう」
ミザロのその言葉で皆は宿へ戻りこれまでの観光の為の装いと違い戦う為の準備を始める。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は部屋の中で自分の武器や防具を手に取り準備を進めていた。
「……二人は本当にこれから何か来ると思う?」
その途中、瑞葉が二人に尋ねる。彼女は未だ半信半疑でたまたま色々な偶然が重なっているだけかもしれないと思っていた。安川達も何かいるのは確かと言っていたが、獣の群れなど虎狼ホンソウの大地においてはそう珍しい物でもない。たまたま町から比較的近くを通っているだけで今頃彼らはそのままどこか遠くへと去って行ったかもしれない。
今こうして準備をしているがただの取り越し苦労に終わるのではないかと言う考えが拭えない。
「別にどっちでもいいんじゃねえの?」
ロロは革製の鎧を身に付けながら軽くそう返した。
「どっちでもって……」
「来なかったら誰も危険な目に遭わないし、来た時は準備してればいつだって前に出れるだろ?」
瑞葉はその真っ直ぐな言葉にそれ以上何も言えなかった。こういう時ばかりは余計な事を考えずに済むロロが羨ましい、心の底からそう思うばかりだ。
「それもそうね。町が安全ならどっちでもいいか」
「そうそう。ま、何にも無いのが一番だけどな」
緊張が解けた様子の二人を見てハクハクハクは大きく息を吐く。彼女はまだ二人ほど気を楽には出来ていないようでどこか心が落ち着かない。頻りに外の様子を眺めては心臓が高鳴るのを感じている。
「不安?」
「え、あ……、ちょっと、だけ」
「あまり心配すること無いと思うよ。ここには大勢の戦える人がいるみたいだしさ」
瑞葉が外を指差した。そこには多くの人が外を走り回っているのが見える。既に町の外で騒いでいる翼獣の話は町中に知れ渡ったようで、人々は今自らに出来ることを行っているのだろう。早めに店仕舞いして起こるかもしれない何かに備える店主、武器を手に周囲の見回りに向かう冒険者、子供を連れて家へと向かう母親。
ハクハクハクは先程までも外を見ていたはずだがそう言った情景が頭に入っていなかったことに気が付く。
「気負うよりは何かあった時にああいう人たちの力になろうって思うのが一番かもね」
「……そ、うだね」
ハクハクハクは拳を握る。まだ少しその動きはぎこちなくはあったが先程までに比べれば随分とましだ。未だ突然の事態には人の助けを借りなければまともに相対することも出来ない自分を少し不甲斐なく思う彼女は、それ故により力強く拳を握る。
今が不甲斐ないならばその分は未来で返せばいい。何か起こるのなら起きてみよ。立ち向かう準備は既に出来ている。
黒滝を含む冒険者数名が町の東へと歩を進める。彼らは翼獣の騒ぎを聞いて真っ先に哨戒へ向かった先遣隊だ。そしてその中核を成すのが三等星、黒滝である。
岩陰に身を潜めながら平原を見渡す彼らの目には未だ何も映っていない。
「どうだ、何か感じたか?」
その中の一人が黒滝に尋ねる。
「もう少し待て」
黒滝は地面に手を当ててゆっくりと目を閉じる。
彼はこの虎狼ホンソウにおいて身体を鍛えることをほとんどしない珍しい人間だ。老若男女を問わず暇さえあれば鍛錬場へ通うような者も多い中で彼がそうした道を選んだのは非常に単純な理由で、ただただ体質上筋肉が付きづらいというだけのものである。体を鍛えてもその効果が現れない、それは彼が他者と違う道を選択する当然の理由だった。
そしてそのような体質でありながら三等星にまでなった彼の魔法は、誰もが信頼する確かなものである。
「見つけた」
彼は地面を通して流した魔力の端で振動を探知した。それは数多くの獣の群れのようで幾つもの振動が絶え間なく感じられる。
「向こうだな、まだ少し距離がある。数はかなり多そうだ」
「よーし、じゃあ見に行くか」
一際体の大きな男がその身の丈程の巨大な斧を掲げて歩き出す。黒滝を含む他の者は向こう見ずさに呆れながらもその後を付いて行く。皆、知っているのだ。彼がそこらの獣程度に後れを取るはずなど無い、たとえそれが多少大きな群れだったとしても、だ。
虎狼ホンソウは平原の国。身を隠す場所がほとんど無く、多くの場合獣や魔物を偵察に向かうと言うのは相手から発見される恐を孕んでいる。
故に今回彼らは黒滝を連れて来れてよかった、心底そう思った。
「……透明化は?」
「もうやってる」
「……ならよかったぜ」
彼らが見つけたのは砂虎の群れ、そして一頭の魔物。群れの上を巨大な虎の頭が浮かんでいる。
「クビナシトラだ」
クビナシトラは強大な魔物だ。見えている頭は空中から凄まじい勢いで振って来て潰されればひとたまりも無い。そして空中にばかり目を向けていると透明化の魔法で消えている身体が襲って来る。強大で危険な魔物として知られる彼らは三等星と言えど油断ならない相手だ。
「マイス、準備は良いか?」
「ああ、いつでもだ。お前らも俺が突っ込んだら周りの連中を頼むぜ」
しかし強大な魔物を前に彼らは怯む様子などない。翼獣の警報は正しかった、確かにクビナシトラが町へ来ていたらと思うと恐ろしい。が、ここにいる彼らはクビナシトラを倒すだけの力がある。
「砂を巻き上げる」
「わかった」
身の丈程の斧を抱え男が走る。彼はマイス、三等星の実力者だ。その身は黒滝の透明化の魔法で消えており砂虎やクビナシトラが気付く様子は無い。
そして彼が群れに近付くのに合わせて黒滝が魔法を放つ。それは風爆を少し改良したもので、地面の砂を大きく巻き上げた。突然の事象に獣やクビナシトラは驚きを見せて数頭は群れから離れ周囲を警戒するが、その目は周囲にある危険を未だ認識できていない。
砂は彼らへと吹き付けてその様子が目に見えないクビナシトラの身体をはっきりと映し出す。
「決めるぜっ!」
マイスは大きく回転し勢いをつけその首に向けて斧を振るう。
深々と刺さった斧は首を両断、するに至らない。彼はクビナシトラが自身を凄まじい形相で睨むのを感じ、即座に後ろに跳ぶ。直後、巨大な前脚が彼の身体を吹き飛ばした。
「マイス!」
「問題ねえ!」
かなりの距離を吹き飛ばされたようだがすかさず体勢を整える。魔力で上手く防御したのだろう、大した傷は負っていないようだ。
それに対してクビナシトラの方は明らかに致命傷である。致命傷ではあるが……。
「まだ生きてるぞ! あまり近付き過ぎるな!」
まだその命の灯は残っており、最後の一瞬に大きな輝きを求めるように暴れ狂う。黒滝はマイスの透明化を解いた。彼以外は四等星、クビナシトラと直接対峙するのは少々荷が重い。それをわかっているマイスもクビナシトラを挑発するように前に出る。
「来いっ!」
クビナシトラは自らの頭を置いてその巨大な身体で跳びかかる。首の傷は更に大きく開きこれが最後の一撃と見えた。
黒滝の魔法が走る。砂がクビナシトラの動きを教え、マイスは拳を握った。
前脚の一撃を搔い潜り鍛え上げられた肉体から放たれる拳、それは砲弾の如き重みを持つ。その衝撃はクビナシトラの身体を伝わり、微かにその命を繋ぎ止めていた何かを吹き飛ばした。ゆっくりと透明化の魔法が解けて行きその身体が顕わになって行く。
ズウゥン。
そしてマイスを下敷きにして地面へと落ちた。他の冒険者や砂虎の群れは思わずそちらへ視線を向けてしまうが。
「砂虎を狙え!」
黒滝の声が響く。その声に冒険者たちはすべきことを思い出し隙を晒している砂虎の群れへと向かった。
幾つかの獣の断末魔の叫びが響くとそこに戦う意志のある者はいない。生き残った獣は命からがらに散らばって逃げて行く。
「追うな。放っておけ」
彼らにとって群れを一頭残らず殺す意味は無い。砂虎は危険な獣ではあるが、一方で大事な食料でもある。いずれ彼らは再び群れを成し数を増やすだろう。その時に再び狩ることで彼らは命を繋ぐのだ。
「黒滝さん、マイスさんは?」
「ああ……」
彼らがクビナシトラの死体の方へ目を向けると、その死体の下からもぞもぞと這い出る様に彼の姿が現れる。
「おい! 引っ張り出してくれ!」
皆は元気そうなその声に安堵しつつ彼を引っ張り出す。
「いやあ、クビナシトラとは、大物だったな」
「ああ、町の歴史ってのもあながち大嘘ってわけでも無いのかもな」
「全くだ! 近くに来る前にどうにか出来て良かったぜ!」
勝利の余韻に浸り彼らは笑みを浮かべる。翼獣への感謝を述べたり、砂虎の肉をどうやって持って帰るか話し合ったり、クビナシトラの肉が旨いかどうか考えてみたり、実に和やかな様子だ。
だから気が付くのが遅れる。
「……ん? 風が強くなって来たな?」
肌に打ち付ける砂粒、此度の風は相当に強いようだ。
「本当だ。砂嵐ですかね」
虎狼ホンソウの大地において砂嵐はそう珍しい事ではない。平原を吹き抜ける風は時に地表の砂を巻き上げて人々に襲い掛かる。巻き込まれた旅人が道を見失い遭難することもあるのだが、彼らにとってこの辺りは目を瞑っていても町まで戻れる場所だ。砂虎の肉に砂粒が付くのは頂けないと思うぐらいだろう。
「……砂嵐?」
その中で黒滝一人だけが疑問を口にしていた。
彼は確かに感じている、服の隙間から入り込む風と砂粒の感触を。しかしその瞳に映っていたのは。
「じゃあさっさと帰るか。とりあえず担げそうなやつだけでも」
「町に走れ!」
唐突な声、訳も分からずきょとんとして皆が押し黙る中、最も早く反応したのはマイスだった。他の者との経験値の差だろう、彼は即座に周囲を警戒しつつ動きを止めている他の者の背を押す。そして砂嵐を見つめる黒滝の前に立った。
四等星たちは訳も分からず走り出す。ふと、彼らは自分たちに透明化の魔法がかけられていると気付き、何かはわからないが危険が迫っている事だけは理解した。
直後、黒滝が砂嵐を切り裂くように風の魔法を放った。
「……おいおい」
その向こうに見えたのは宙に浮かぶ虎の頭。マイスも黒滝もまだ余力は残っていた。クビナシトラが相手でも勝てる自信はある、が。
「何個あるんだよ……」
相手の方が数が多いなら話は別だ。浮いている虎の頭は彼らが確認できただけでも五つ。いくら何でも分が悪い。
四等星の者達はようやく黒滝があれほどに焦っていた意味を理解し恐怖に心臓を掴まれそうであってもそれを振り切るように走った。この情報を町に届けなければいけないのだから。
残された黒滝とマイスはその場に立ったまま、浮かぶ頭の方を睨み付ける。
「逃げるか?」
マイスにそのようなつもりはさらさらないと黒滝は分かっていた。彼は町で迎え撃つ準備が整うまで時間を稼ぐつもりだ、そうでなければ殿など務めないだろう。しかし。
「本来なら時間を稼ぎたいところだが、そうもいかないぞ」
黒滝は逃げる気満々だ。交戦するつもりは無い。
「俺様がそんな簡単にやられると?」
先にクビナシトラの一撃を喰らってもぴんぴんしているのがマイスだ。黒滝の援護も考えればしばらくは時間を稼ぐくらいは出来る、そういう算段が彼にはある。
相手がただのクビナシトラであれば、だが。
「この砂嵐、魔力が籠っている」
それが意味するところは。
「あいつらが砂嵐を作ってるってか?」
通常、クビナシトラが砂嵐を操るような事は無い。あれらが扱う魔法は基本的に透明化と精々身体強化ぐらいのものだ。しかし魔物とて人と同じで個体差というものは存在する。そして他と違う個体でありながら生き残っているものは往々にして。
「ならやばいな、多少の犠牲は覚悟で町に戻って全員で迎え撃つかぁ。……逃げられたらな」
砂嵐が強まる。それはまるで獲物を逃がすまいとしているかのように。
他と違いながら生き残っている個体と言うのは往々にして、強力な個体である。そしてこれほど強大になるまで人々に知られていないという事は、それと遭遇した者は誰も生きて帰らなかったという事なのだろう。
慌ただしい町の中、人々はこんな風に身構える必要があるのか半信半疑ながらも偵察に行った冒険者たちの帰還を待っている。ある者はここまでやるなんて大袈裟だと笑い飛ばし、ある者は凄腕の冒険者が行ったのだから今頃全部終わっているだろうと穏やかに言う。
そんな町へようやく一人の冒険者が戻って来た。
「戦えるやつは全員集まれ! クビナシトラの群れが!」
その言葉は人々から笑みを失わせるには十分だったという。
二十人ほどの冒険者が町の外に集まっている。クビナシトラの群れと戦うに当たり最低限の実力を持っている者を全て集めた形だ。そしてそこにはショウリュウの都から来た冒険者たちの姿もあった。
偵察へ行った冒険者の内、四等星の者達は既に全員戻って来ている。今は彼らから話をきいているところだ。
「クビナシトラの群れだと? 本当か?」
「本当だ、俺達は偵察に行って砂虎とそれを率いていたクビナシトラを発見し倒したんだ。そしたら急に砂嵐が出て来て、黒滝さんが急に逃げろって……。それで砂嵐が一瞬晴れたと思ったらその向こうに宙に浮いたあの頭が幾つも……」
「お、俺が見ただけでも五つはあった、間違いねえ」
クビナシトラが五頭も同時に現れると言うのは聞かない話だ。そもそも彼らは群れで行動するような性質は無く、基本的に一頭で過ごしている。余程運の悪い者でも番の二頭に出会うぐらいだろう。故にその異常事態に彼らは思わず冷や汗を垂らす。
「黒滝とマイスはどうした? あの二人も行ったよな」
「分からない。一番後ろにいたことは確かだが……、砂嵐で見えなくなって……」
「足止めでもしてるのか? にしたって無謀だろう……」
一頭や二頭ならあの二人であればなんとかできるかもしれない。仮に倒すのが難しくとも足止めぐらいは難なくこなすだろう。しかし五頭、或いはそれ以上となるとわけが違う。姿の見えない彼らの攻撃をかいくぐりながら時間を稼ぐのはあまりに危険というものだ。
「失礼」
不意にミザロが手を挙げて前に出る。
「砂嵐、と言うのは?」
「……え? そりゃあ、風で砂が巻き上がって、周りが見えなく」
「何の予兆も無く発生するものなのですか?」
「それはまあ、確かにあの時は急だったが……」
「黒滝さんが逃げろと言ったのは砂嵐の発生後ですね?」
「……ああ。間違いない。砂嵐が出て来たなと思ったら黒滝さんの声が聞こえたんだ」
そのミザロと偵察へ行った冒険者の問答をほとんどの者はなぜそんなことを確認しているのかと疑問符を浮かべて聞いている。
しかし一部の勘の良い者は気付く。
「まさか砂嵐はクビナシトラが?」
前触れも無く起こった砂嵐、それを見て逃げろと言い出した黒滝。この二つが示すのは砂嵐には何らかの不自然な点があったという事だ。例えば魔力が籠っていた、などの。
「可能性の話です。或いは近くに別の魔物がいるやもしれません」
彼女らの言葉に冒険者たちは背筋を冷たい物が走るのを感じていた。
「……瑞葉、どういうことだ?」
瑞葉やハクハクハクもその中の一人であったが普段通りの様子のロロを見て自分たちだけが緊張しているのは馬鹿らしくなってしまうのだった。
翼獣の町の有力な冒険者とミザロが話し合いを続けている。それはこれからどうするかの策を話し合っているのだろう。ロロ達は手持無沙汰であったが、安川とソラは違う。
「安川さん何して……」
何をしているのか問うロロに対して安川はただ人差し指を口元に添えて答える。彼の魔法は音を扱う、例えば集中すればこの平原で一目で見渡せる範囲よりももっと遠くの音を拾うことも可能だ。特に、目的の音に関して指定があれば。
「……いた」
「何が?」
「ミザロ!」
安川はそう呼び掛けると同時に手で丸を作った。ミザロはそれを見て頷き再び話し合いに戻る。
「何だ今の?」
「……黒滝の声を拾った。まだ生きてるらしい」
「本当か! なら早く助けに行かないと」
「その辺りは今からあっちでどうするか考える。俺達は指示に従って行動する、だ」
「む……」
「ロロ、クビナシトラが何頭もいるのよ。先走って私たちだけ行っても足手纏いよ」
「……わかった。あー、でも心配だぜクビナシトラってすげえ強いんだぜ?」
余程もどかしいのだろうロロが以前にクビナシトラと戦った時の事を話しながら如何に早く行かねばならないかと主張するのを瑞葉と安川が宥めミザロ達の話し合いが終わるのを待っているのだった。
ロロを二人が抑えている間、ソラは一人集中して地図の上で石を揺らしていた。
「……ソラ、さん。どう?」
ハクハクハクはそんなソラに話しかける。ソラは一瞬彼女の方を見て、それから再び地図と石に目を落とした。ただそれは決して無視をしたわけでは無い。邪魔をしたかも、と自身を責め始めたハクハクハクにようやくソラが口を開く。
「……反応はさっきよりも近くなってる」
その言葉を先に示した魔物の群れらしきものが反応した位置であることをハクハクハクはすぐに理解する。
「……数とか、は?」
「私のこれはそこまで便利じゃないの。探し物の大まかな位置は分かるけど、正確な数なんかは分からない。ただ……」
「ただ?」
「揺れが大きい」
ソラが一度石の動きを止める。それから再び地図上で動かし、ある地点に到達すると。
「……凄い」
それは明らかに異質な動きだった。これまでに何度か見て来たからこそわかることではあるが、普段はともすれば動かした時の慣性と勘違いしそうなこともあるぐらいだが、これはもう明らかに何らかの力が加わらなければそこまで動かないというところまで動いている。
「えと、これは……?」
「反応が大きい時は……、例えば数が多い」
「数」
「純粋に大きさが大きい」
「大きさ」
「……後はまあ、探し物に含まれるけれど何か異質な物が混ざっている」
「異質……」
「私は今魔物の群れを探していた……、これがどの意味なのかは分からないけれど危機が迫っているのは確かね」
ソラはそう言って頭を抱えながら地図と石を仕舞う。その時に地図をぐしゃぐしゃに折り畳んでいるのを見て、ハクハクハクは彼女が不安や緊張の中にいるのだと気付く。そしてそれはハクハクハク自身も同じだった。
「……ソラ、さん」
「何?」
「さ、さっきの魔法、私に、も、出来る?」
ただし彼女の緊張と不安は少し別種のものだったが。ハクハクハクはずっとこの問いを投げる機会を窺っていた。本来であれば朝に黒滝を連れてどこかへ消えた時、真っ先に見つけてこの問いを投げかけるつもりだったのだ。結果的にそれは瑞葉と合流してしまったこともあって流れてしまい、ようやく今になってその機会を得たという事らしい。
ソラは、その問いに対して。
「良い質問ね!」
全身から喜びを溢れさせて答える。
「魔法に興味があるのは良い事よ! 沢山の魔法を覚えて……」
彼女は周囲を見て一度深呼吸をし、ハクハクハクの耳にだけ届くよう小さな声で。
「あんな身体を鍛えるような人達にならないようにね」
ハクハクハクはその言葉には苦笑いを浮かべる。音を操る安川もその声を拾っており周囲に聞こえていないか不安で冷や汗をかいていた。
幸い、誰の耳にもその言葉は届いていなかったようで彼女に文句を言う者も現れない。ソラは興奮気味に自身の魔法について語り始める。
「牛鬼さんは分かるでしょう? この魔法は昔あの人に聞いたものに着想を得て試したら上手く行ったものなの。ダウジングとか言うらしいんだけど、何でも地中深くに埋まっている物を曲がった棒とかこういう石で発見するらしいわ。牛鬼さんは魔法じゃなくてオカルト? とか言っていたけれど私は色々と研究して魔法で再現することに成功したの」
「は、はあ……」
「ただまあ……」
ソラが急にハクハクハクを見つめて黙り込むので、ハクハクハクは首を傾げるばかりだ。そして再び口を開いたかと思うと。
「あなたには向いてないと思う」
そこから出て来たのはただの否定のような言葉だった。
ハクハクハクはソラが瑞葉に対し怒りと共に戦いを仕掛けたことを思い出す。或いは、何か気に障ることを言ったのかもしれない、そう思うと次の言葉を待つのが恐ろしくなるのだが。
「あなたはどちらかと言うと魔力制御の繊細さよりもその量の多さで何とかするのが得意でしょう?」
「え……」
その言葉にハクハクハクは頷くべきか悩む。それはソラが何を考えているのかわからなかったからと言うのもあるが、そもそも質問にどう答えるべきかわからなかったからだ。なにせ彼女は魔力量でなんとかするのが得意、なのではなく魔力制御が苦手でそうせざるを得ないだけなのだから。
「私の使うダウジングの魔法は魔力を繊細でありながら感覚的に制御していて、あなたがこれを覚えるのには想像を絶する時間がかかると思うわ。そもそも感覚的にやってる部分があるから教えるの自体が難しいというのもあるけれど」
「……そ、う、ですか」
「あなたの事は色々な人から聞いてる。四等星とは思えない程の魔力を持ち魔法の威力も下手な三等星よりも上だって。でもあまり魔力制御は得意じゃない」
ソラは魔法を偏愛している、故に魔法を使う冒険者に関しては情報を集め時にその人に話を聞きに行くこともある、安川はそれで随分と迷惑を被っているようだが。
ハクハクハクは強大な魔法が使える新人冒険者という事で彼女の情報網の中に引っ掛かっているのだ。そして実際にその目で見て、その身体から溢れる魔力が丙族であるという事を前提に置いても凄まじい量であることを確認している。
「あなたに必要なのは便利なダウジングじゃない」
故に、彼女はこの言葉を贈る。
「その魔法の威力を的確に相手に当てる手段と周囲に威力を逃がさない程度の魔力制御よ。生来の魔力量が多いあなたならそれを極めるだけで他の人に出来ないことが出来るようになる」
強力な魔法、それを使う為に必要な前提条件には魔力量がある。大規模に地形を変えるような魔法や嵐を巻き起こすような魔法を使おうと思うならそれ相応の魔力をその身に宿していなければ話にならない。或いは、魔臓を限界まで酷使すればそれだけの魔力を作り出すことは出来るかもしれないが、そんなことをすればどのような後遺症が残るかわからない。
魔力量は鍛えれば増やすことが出来る、が、やはりそれ以上に重要なのは生まれ持った魔力量。元々それが多い者の方が伸びやすいという研究結果もあり、ソラから見てハクハクハクは正に才能の塊だ。
ハクハクハクはいずれソラが使う事を考えもしない魔法を使えるようになる。……そういう方向へ自身の才を伸ばして行けば、だが。
「……魔法は、色々、使えた方が、凄い、と、思った」
残念ながら彼女の勧めにハクハクハクはいまいち納得出来ていないようだ。
ハクハクハクは魔法で多くの事が出来るわけでは無い。攻撃は出来る、自身の身体を守ることも出来る、後はその魔力量に任せて周辺に何があるか簡単な探知は出来る。……このぐらいだ。
彼女は以前から考えていた、魔法の可能性はもっともっと広いものだと。
瑞葉は彼女より年下でありながら自身から離れた位置を起点に魔法を使うことができ、風による攻撃だけでなく周囲の気温を下げたり魔力で魔力を感じ取るなど様々な魔法を習得している。安川は多くの魔法を使うわけでは無いが余人には習得の難しい音の魔法を使いこなしている。ソラも他に誰も使っているのを見たことが無いダウジングに加え瑞葉との戦いの中で様々な魔法を見せていた。
冒険者の活動を再開してからの一年、今挙げただけでなく様々な人と関わる中で多くの魔法を見た。そしてその皆が彼女よりも多くの魔法を使いこなしその可能性を広げている。
それをただ凄いと手放しで褒め称えることが出来るならば良かっただろう。しかし彼女はその事実に追い立てられている。或いは、置いて行かれている。
ただ歩いていた彼女は皆の上にある太陽に追い付くことが出来ず自分のすぐ後ろに夜闇の恐怖が迫っている、そんな気になっているのだ。
「……色々使えた方が、ねぇ」
ソラはハクハクハクのそんな個人的事情までは汲み取れない。魔法を偏愛しその研究にのめり込んで生きて来た彼女にとって他人は自身に無い魔法の使い方を示してくれる導のようなものだ。その人格や内面まではあまり興味が無く、より深く魔法を知る為の足掛かりのようにしか思っていない。
しかしだからこそ彼女は魔法を扱う人々に絶えず感謝の念を持ち、後進の育成に関しては時折気に掛けることがあった。自身の持つ知恵と経験で以て彼ら彼女らの魔法がより高みへ跳べるように考える。
「……えっと、ね。あなたの言う事は尤もなんだけれど」
ソラは彼女の経験上ハクハクハクが磨くべきは己の強みであり、様々な魔法を覚えてあらゆる局面への対応力を伸ばすのは二の次であると思っている。
思っているのだが。
「例えば強大な魔物が現れた時にあなたの強力な威力の魔法があれば多くの人が助かるでしょ?」
「で、も、その、色々な魔法を使えても、助けには、なれる、かな、って」
「……まあそうね」
幸か不幸か、今までに彼女が助言をして来た者達は非常に聞き分けが良かった。簡単な魔法のコツを教えたり、次に覚えるべき魔法を提示して見たり、より上手な使い方を一緒に考えてみたり、それを皆が素直に受け取ってくれたのだ。
故に彼女は自身の助言を誰もが素直に受け取ってくれると半ば自惚れていたのだが。
どうして言う事を聞かないの!?
初めての状況にソラは困惑と若干の怒りを感じている。彼女に人の内面を推し量ることなど出来はしない。ハクハクハクの考えなど知りはしないし、瑞葉の言葉に裏があるかなど考えず怒りを覚え、安川が迷惑がっていることなど感じてもいなかった。
これから向かうであろう魔物討伐への緊張からざわめく周囲。そこから隔絶されているかのように二人の間には静けさのみが佇むのだった。
各々思うところは様々である、が、それらを吹き飛ばすような大声の号令が響く。
「総員! 注目!」
集まっていた冒険者たちは思い思いに傍にいる者と話をしていたのだが、即座に切り替えてその号令の出所へ視線を向ける。
「我々はこれよりクビナシトラの群れに対し防衛線を築く。時間の猶予は無い、これより指示を出すのでそれを聞き各々の持ち場へ向かう様に!」
「「「「「応!」」」」」
翼獣の町の冒険者の声がびりびりと振動となって肌を伝う。
「凄いな、俺達も負けてられないぜ」
ロロを筆頭にショウリュウの冒険者たちも彼らに触発されて気合を入れているようだ。
戦いが始まる。




