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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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53.5.悪意よりも恐ろしい悪意

 楼山の都、その治安維持を預かる警察組織、その本部の一室。今、そこは厳重な警備が敷かれ悪意を持った者が立ち入ろうものならすぐさま捕縛され悪の芽が摘まれるであろう状態だ。そんな緊張感漂う場所へへ何の衒いも無く悠然と入り込む一人の女性。

 ミザロだ。

 警備の為に立っていた者達は彼女に気が付くと即座に敬礼をする。

「この先が例の二人がいる部屋ですか?」

「はい。既に署長や慈楼殿、剛毅万来のお三方も到着しております。あなたと同じショウリュウからの客人である牛鬼殿も既に」

「そうですか、ありがとうございます」

 彼女は頭を下げるとさっさと歩き出し部屋の中へと消えて行った。残された警備の者達はその背が消えるのを見届けると大きく息を吐いた。

「今の『遊剣』のミザロだよな?」

「そうだな」

 それは高名な人物を見かけた際に思わず漏れ出る噂話の数々だ。

「昔は一等星に最も近い、なんて言われてたのに今は拠点の運営を手伝っててあまり表に出て来ないって噂だったが」

「本当にこっち来てたんだな。俺ずっと会って見たかったんだよ。凄い美人じゃん」

「はっ、お前にゃお近付きの機会は無いだろうがな」

「馬鹿言え。俺もショウリュウの都に行って拠点で働けばいいだろ。……しかし、何で拠点の手伝いなんてやってるんだ? 実はさ、俺、全然入って来たのわかんなくて、気が付くといたんだよな」

「……俺もだ」

「三等星の冒険者だって俺らにかかりゃ楽々鎮圧出来るだろ? それなのにだぜ? やっぱ実力は抜けてるよなあ、もったいねえ」

「まあいいだろ。とりあえず今は仕事だ仕事」

「あいあい」

 外ではそんな話が為されているとは知らずミザロが入った部屋の中では重苦しい話し合いが幕を開けようとしていた。



 ミザロが扉を開けると部屋の中央には今回の一件における中心人物、木更津とニールーが椅子に座らされている。そしてそれを取り囲むように楼山の警察の署長、副所長、そして二等星の冒険者である慈楼と剛毅万来の三名。それに加えてショウリュウの都より牛鬼とある意味では豪華な面子が揃っている。

 牛鬼はミザロがやって来たのを見て早速とばかりに彼女を出迎えるようにそちらへ歩く。

「ようやく来たか。いつまで待たされるかと思ったぞ」

 ミザロはその言葉に対し無言で牛鬼の表情を見つめる。

「何か付いているか?」

 聞いたところで返事はすぐには来ないと思っていたようだがそれは案の定だ。牛鬼は溜息と共に踵を返して元の位置へ戻るとミザロもその後に続く。そして他の者に聞こえるか聞こえないかの小さな声で彼に耳打ちした。

「実力的に分不相応で気まずいなどと考える必要も無いと思いますが」

「……そういうことは勘付いても黙っておくものだろう」

 この場にいるのは木更津達と牛鬼を除くと全員が二等星以上の実力を備えている者ばかり。それを知っている木更津は一体これから何が起ころうとしているのかと内心穏やかでは無いようだ。

 成程確かに岩山の一部を崩落させるなど確かに大事件ではあるが、これほどの顔ぶれを揃える必要があるのだろうか?

「さて、これで全員揃ったようだ。そろそろ始めるとしようか」

 署長の重苦しい声が発せられると木更津とニールーはまるで空気が固体化したかのような錯覚を覚えた。呼吸しようにもそれを飲み込むことも吐き出すことも出来ない。それが周囲から発せられる圧力に彼ら自身の身体が恐怖から動くことが出来なくなっているのだと気付く術は今の二人には無かった。

「さて、まずはこの度起こったことを整理しよう。ニールーよ。まずは君から話してもらおう。なぜこのような凶行に至ったのか、その発端から実際に行ったことまで余すところなく話し給え」

 話を促されると同時にニールーは僅かに周囲の空気が和らぐのを感じた。しかし体はまるで動くことは無く、何とか話が出来る程度に、だが。

 彼女はもしも話さなかった場合に自分には明日が来ないのだろうと悟り、全てを語り始める。

「わ、私、は……、こ、事の発端……」

「一度深呼吸をした方が良いでしょうね」

 空気を読まないミザロの発言、皆が彼女を睨み付けたがそれを受けた方は気にする様子も無い。横にいた牛鬼が胃の痛い思いをするだけだ。

 ニールーはというとミザロの言葉に従い一度ゆっくりと深呼吸をする。僅かに弛緩したその喉からは先程までよりもはっきりとした言葉が生み出されるだろう。

「こ、今回の件は、私にとって、復讐でした」

 何度も詰まり、説明を付け加え、時系列を行ったり来たり、要領を得ぬところもあったりと随分と長い話になった。しかしその甲斐あってこの場の皆が全体の流れを概ね把握するに至る。

「数年前のトリデノオヤドの一件は記憶に残っている。痛ましい事件だった」

 署長が遺憾の意を示す。

「剛毅万来のお三方はいなかったのですか? トリデノオヤド程度なら軽く倒せたでしょう」

「ミザロよ、我輩は?」

「俺達はその頃虎狼ホンソウの国に出ていた。運悪くシシクイシシの討伐と時期がな」

「ああ、あの時分ですか」

「なぜ我輩には聞かぬのだ?」 

 冒険者たちが小声で関係ない話をするものだから署長は軽く咳ばらいをする。皆が口を閉じると再び話を戻す。

「さて、次は木更津、君に話を聞こう。ニールーの語った事に対し何か言いたいことはあるか?」

 木更津はそう問われて一度目を閉じた。そして目を開けると今度は隣にいるニールーを見つめ、それからゆっくりと口を開く。

「話を聞かせるんだったな」

 全てを観念したかのように彼は過去の物語を話し始める。


 トリデノオヤドから逃げていた木更津とカンガクはどうにか逃げ切る為に追いかけて来るそれを崖下へ落とす策を考えた。その為には囮が必要になる。

「木更津、お前の楔を貸してくれ。俺が囮になって斜面を飛び降りる、楔を向こうの岩に突き刺して上手く避けるさ」

「しかし」

「任せろよ。俺の方が楔の扱いは上だろ?」

 カンガクの楔は全てトリデノオヤドの甲殻に突き刺さっている。二人はどうにか対抗しようと様々な手段を講じたが失敗。しかしようやく好機が巡って来たのだ。

「わかった、頼む」

 そして木更津はカンガクの提案に乗った。彼は楔を手渡すと上手い具合に岩陰に身を隠す。

 その後の光景を木更津が忘れることは無いだろう。

 結論から言えば作戦は成功した。カンガクは上手くやったのだ。斜面を降りるふりをして途中で楔を突き出た岩に投げて刺し、滑り降りる途中で大きく孤を描き上から来るトリデノオヤドから身を躱す。崖下に落ちて行く巨大な魔物を見下ろす彼らは自分たちの生存を喜んでいた。

 そう、自分たちの。

「うわああああ! 逃げろおお!」

 その声は崖下から響いてきた声だ。たまたまそこを同輩の者が歩いていたのだ。無残に蹂躙される人々の姿を彼らは手を出すことも声を上げることもできず、ただ遥か上から見下ろしていたのである。

 次々と死者が増える様を、ただ、ただ、何もできず。

「あ、あああ、お、俺の……。俺のせいで……」

 その様を見て深く深く心に傷を負ったのはカンガクだ。

「違う、俺達のせいじゃない!」

 木更津の声も届かぬほどに。

「……俺は、俺は」

 思い詰めるあまりに楔を握り込むほどに。

「やめろ!」

「……すまない」

 そして彼はその手にあった楔、先に木更津が手渡した楔で自らの腹部を突き刺した。



「カンガクは自殺したんだ」

「は?」

 ニールーが驚きの、或いは怒りの表情で以て木更津を睨む。

「それは本気で言ってるのか?」

「無論だ」

「なら私は、この数年私が持っていた怒りは? いや、なぜそれを言ってくれなかった?」

「信じたのか?」

「信じないと思ったら言わないのか!?」

 二人の言い争いになりそうな剣呑な雰囲気は、しかしこの場においては無視されることとなる。

 ドンッ。

 突然鳴り響いた音に二人が驚き身構える。それは署長が机に拳を叩き付けた音だ。

「すまないが、君たちはあくまで参考人や容疑者の立場でここに呼ばれている。私語は慎んでもらおう。必要なら、時間は後でたっぷり用意する」

「……申し訳ない」

 署長は改めて咳ばらいを一つすると、じっと二人を見つめた。

「ニールー、君が木更津を恨み此度の件を実行に移したその経緯については概ね理解できた。しかし、だ。実のところ我々はその点に関してはあまり興味が無い」

 その言にニールーと木更津は思わず首を傾げる。では何の為に実力者を大勢招いてまで話を聞いたのか? そこをはっきりさせたいからでは無いのか?

 木更津はふと、この場に集められた人選に疑問を覚える。警察署長や副所長は事の重大さを鑑みて、ということで良い。討伐依頼の最中に起こった事であり、その依頼を共にし実力的に責任のある立場の慈楼とミザロも良い。しかしそもそも討伐依頼に参加していなかった剛毅万来は?

 剛毅万来と言えば楼山の音に聞こえた実力派の冒険者三人組だ。それぞれが二等星でありショウリュウのザガ十一次元鳳凰とよく比較に上げられるほどの有名人だ。しかしわざわざここに出張って来る理由などあるはずも無い。

 そしてもう一人、更に異質なのが牛鬼だ。彼はショウリュウの三等星であり何も無い時は志吹の宿に常駐していることからそこの顔役のようなものだが、ただそれだけだ。此度の件には関係ないし、そもそもどうして楼山にいるのかすら不明だ。話を聞いてショウリュウから来るのであれば数日かかる、つまり牛鬼は元からこの辺りにいたのだ。

 なぜ?

 木更津の疑問を余所に話は続けられる。

「我々が聞きたいことは一つだ。君は、こんな大それたことをしてまで木更津を殺したかったのか? その怒りは、確かに君自身の物なのか?」

「……? 何を言って……」

 ニールーが困惑するのも当然だろう。普通に聞くと質問の意図が全く分からないからだ。

「私が木更津への怒りを抱えていたのは……、ずっと前からで」

 しかし彼女はふと気付く。何かがおかしい気がする、と。

「ニールー、どうした?」

 心配する木更津の声も聞こえないのか、彼女は指を噛んで嫌な汗をかきながらひたすらに考えている。カンガクが死に、木更津が去り、それからの自分の事を、それからの歩みを。

「時にニールー、君は全てを話してはいないな」

「なっ、に、を……」

 ニールーは明らかな動揺を見せた。それは言葉よりも雄弁に答えを示している。

「もう一人、証人を連れて来よう」

 署長が合図を出すと外から一人の男が連れて来られる。

「コウガク!」

 彼はコウガク、ニールーと共に今回の件に関与した者であり、数年前に自殺したカンガクの兄だ。

「お前は逃げろと……」

「いや、普通に無理だった。二等星相手は無謀だったな」

 コウガクは今回の一件におけるニールーの協力者だ。ニールーは所詮一般人に過ぎず、火薬の設置やトリデノオヤドの誘導など彼女一人では難しい。それを可能にしたのが冒険者である彼の力だ。岩場に潜んでいた彼は慈楼に発見されすぐさま捕らえられた。

「彼は……、処罰無しとはならんな。火薬の設置に魔物を誘導、果ては強化し彼らを危険に晒した罪は重い」

「そうだそうだ、我輩の攻撃が弾かれたのも貴様のせいだぞ。何事かと思ったじゃないか」

「返す言葉もございません」

 彼がニールーに協力しなければトリデノオヤドと慈楼たちは想定通りの場所で戦闘を行い、そして慈楼の一撃があっさりとその身体を貫いて勝利を収めていたはずだ。また冒険者はその力故に大きな責任を伴う。今後彼が冒険者として依頼を受けることは出来ないだろう。

 しかし今の彼のすべきことは未来について考えることではない。

「さて、証人コウガクよ、話を聞こう。木更津が楼山を離れて以降のニールーの様子についてを」

 その言葉に木更津とニールーは違和感を抱く。聞くならば今回の一件について、彼が実際に何を行ったのかやニールーの計画がどのようなものだったかでは無いのか? 過去にニールーがどのような様子だったのかを聞いて何になるというのだろうか。

 そんなことを考える二人を余所にコウガクは自らの記憶を話し始める。

「木更津が去ってすぐの頃、ニールーは木更津への恨みを募らせていました。私はその頃には既にカンガクの腹に刺さっていた楔が木更津の物だったと聞いておりましたのでそれ自体は当然の事だったと思います」

「あなたは恨んでいなかったので?」

「私は……、恨みはありました。が、木更津の事は知っていましたので彼が殺したとはどうも信じられず……。どちらかと言えば何があったのかを聞いてみたいという気持ちの方が大きかったように思います。実際、幾らか行方を調べても居ましたがいまいち成果はありませんでした」

「そうですか」

「……えっと、それで。ニールーはしばらくして木更津の置いて行った金を使って火薬を集め始めました。たとえ相手がどれ程強くとも量を集めれば、その、殺すことも出来るから、と。いずれは木更津を見つけ出しどうにか爆発に巻き込むつもりだったのでしょう」

 そのこと自体は既にニールーの話にも出ていたことで新鮮味は無い。重要なのはここからの話だった。

「それで、集めて、三年程だったと思います。十分な量の火薬が集まった頃です。彼女の憎しみは少し落ち着きを見せていました」

「え?」

 その言葉に驚きを見せたのは他ならぬニールーだった。まるでその言葉が信じられないというようにコウガクを見つめるが、彼はそれを無視して話を続ける。

「いつか殺してやると息巻いてはいましたが実際に十分な量の火薬が集まって心に余裕が出来たのか、それ以前に比べると言動や行動に棘が減って来ているのがわかりました」

「……そんな、ことは」

 ニールーはその頃のことを思い出そうとしたがまるで頭に靄がかかったかのように何もわからない。

「私はゆっくりと説得を試みるつもりでした。時間をかければいずれ木更津と再会した時にも話し合いに持ち込めるだろうと、その時は思っていました」

「ではその目論見が上手く行かなかったのは?」

「……確か、二か月ほど前だったと思います。突如として再び彼女の木更津への憎しみが再燃しました。いや、以前よりも強く燃え盛っているとすら、感じました」

「二か月前……?」

 ニールーは記憶を探り続ける。靄がかかった記憶の世界を手探りで歩き続ける。そして。

「あ」

 彼女は思い出す。自身の怒り、憎しみ、哀しみ、それらが薄れていたわけでは無い。しかし集まった火薬を見て実際に殺せる確信を得た彼女は、確かに少しだけ余裕を感じていた。そう、弁明ぐらいは聞いてやろうと確かに考えていたのだ。

 あの時までは。

「……丙族の、女?」

 彼女の言葉を聞き全員の視線が一斉に集まる。そのあまりの鋭さに誰もが怯えかねないほどに。

「え、あ。わ、私……」

「丙族の女に会ったのか?」

「え、あ……。は、い」

 今やこの場の誰もが理解している。この聴取は初めからこの事実を調べる為に催されていたのだと。

「その女の見た目は覚えているか?」

「た、確か……。背は、高かったです。私よりも頭一つぐらい? 細身で、髪は短い、かったと」

「……特徴は一致するな」

 牛鬼が前に出て一枚の紙を取り出す。そこにはある丙族の似顔絵が描かれていた。

「このような女であったか?」

「……似てる、と、思います。でも一度見ただけなので、その……、自信は」

「いや、十分だ」

 牛鬼が似顔絵を懐に収める。それと同時に署長が再び拳を机に叩き付けた。

「以上で今回の聴取を終わりとする。三人にはもうしばらく拘束されてもらうことになるだろうがご理解頂きたい」

 こうして木更津、ニールー、コウガクの三人は別室へと連れて行かれたのだった。



 部屋に残った者達は一様に暗い表情を見せていた。つまるところ、これは、面倒事である。

「まあ、間違いないでしょうね」

 陰鬱な静寂を破ったのはミザロだ。釣られるように他の者も口を開き出す。

「つまり、彼女、ニールーが今回の凶行に及んだのは件の丙族が原因であると」

「少なくとも容姿は似ているということは間違いありません。目撃情報の方はどうなりました?」

「それに関しては豪紀殿の方からお願いしたい」

「俺か? まあいいぞ。例の女は確かに楼山付近で目撃情報が幾つか上がってた。実際に色々と調べてみたが、不自然な痕跡が見つかったのも確かだ。一番気になったのは山頂付近のタテガミドリの巣だな」

「タテガミドリの巣?」

「皆殺しだ。何があったかわからねえが、傷から見るとどうもありゃ同士討ちだな」

「同士討ち? タテガミドリの同士討ちなど我輩が生まれてから今日まで聞いたことがない」

「死体に爪の跡がはっきりあった。あれはタテガミドリのに間違いない」

「むむむ……」

「近くには野営の跡もあった。あの様子じゃもう一月以上は前だがな」

 その話を聞いて再び部屋が静寂に包まれる。今は皆が考え込み何が起こったのかを探ろうとしているのだ。或いは何が起ころうとしているのかを。

「他のタテガミドリの巣は?」

「かなり警戒してたな。おそらく山頂の巣へ行く前にもちょっかいかけてたんじゃねえか? それで最後にあそこで何らかの目的を果たしたんだろ。死体が全て残っていたとは思えねえから飯でも取ろうとしてたのかもな。どうやってあれに仲間を殺させたのかはわからんが」

 その後も次々に質問が飛ばされるが、牛鬼や剛毅万来の面々がそれに答え続ける。妄想に過ぎない光景が徐々に徐々に事実によって補強されて行く。



 結論を言うと彼らがこの場に集まり話し合っているのはとある丙族の行方だ。その丙族はほんの数か月前にショウリュウの都でとある事件を起こした首謀者の一人であり、その中で唯一捕えることのできなかった者だ。

 彼女の名はハロハロ。今や彼女は山河カンショウの国全域に指名手配され捜索されている。

「まとめると、件の丙族、ハロハロはショウリュウの都より逃げ延び傷を癒した後、楼山付近に潜伏していた可能性が高いようだ。様々な情報を総合して見るにおそらくタテガミドリを殺しトリデノオヤドの巣を刺激したのは彼女なのだろう」

 牛鬼が楼山へと来たのはハロハロの目撃情報について探る為であった。直接対峙したことのある彼は志吹の宿を預かる崎藤にハロハロの捕縛に関して特命を受けており、一月程前から楼山の都に出向いていたのだ。彼は剛毅万来の三人の力を借りて捜索に力を尽くしたが、奇しくも本人を発見するには至らなかった。しかしその際に見つけた手掛かりの数々はこの度様々な疑問を答えに導く道標にはなったらしい。

 更に言うとこの度のショウリュウ、楼山の合同依頼は表向き大量発生したイワムシとトリデノオヤドの討伐にも裏の狙いがある。

 山狩りだ。楼山付近にハロハロがいないことを確認する為の山狩り。残念ながら成果は奮わなかったようだが。

「ハロハロを捕えることは出来なかった。既にこの付近からは去っていると見ていいだろう」

「まああれだけ大掛かりにやって見つからない以上は何らかの目的を果たして去ったと考えるべきでしょう」

 言うまでも無く、それは彼らにとって最悪の想定である。しかし現実的にそう考えざるを得ないのだ。

 そして問題はそれだけでは無い。

「……ハロハロの能力に関してだが、どうやら疑う余地はあまりなさそうだな」

 彼女の持っている能力だ。

「人の悪意を増幅させる、か。心に作用する魔法なんて我輩も聞いたことが無いが……」

「こちらの知恵袋である家老さんに聞いても確かな返事は得られませんでした。が、人の認識に作用するような魔法は存在します。視界に異常を発生させたりなどですね。その発展形では無いかと言っておられましたよ」

「元々魔法は世の理から離れた事象を引き起こすものだ。体系化された学べる魔法はともかく個人が自らの資質を伸ばして行った末のものであれば、我々の想像を超えることも不可能ではあるまい」

 これは一説であるが、魔法には限界など無くあらゆることが可能なのである。それに見合うだけの能力があれば、であるが。

 人々は魔法を扱う中で日常生活に便利な魔法に関しては体系化を強く押し進めている。特に特定の呪文を詠唱することで特定の魔法を発動させることに重点を置いた孤城の流派はその体現と言っても良い。しかしこれは魔法をより扱いやすくする為の工夫に過ぎない。

 冒険者の中でも名を挙げている者の中にはその者独自の魔法を扱う者も多い。地形を変化させる、強大な炎を操るだけでなく、何か訳の分からない理屈で探し物を見つける、自身を人から認識されづらくするなど、多種多様な魔法の数々は決して余人に真似できるものでは無い。

 これまでカグリやニド、そして今回はニールーとハロハロと出会った者は心の奥に宿している憎しみや復讐心が異常に強くなるという現象が起こっている。それはきっと皆の想像を超える魔法の力なのだ。

「この力、放置しておけばいずれは魔王に代わる厄災にもなりかねん。可能な限り早く捕えたいものだ。楼山の都としても協力は惜しまん」

「ありがとうございます」

 署長の言にミザロは頭を下げる。今回、彼女がここへ来たのはこの件に関して楼山との協力をより密なものへする為でもあった。

「引き続き剛毅万来には彼女を追ってもらう。異存はあるまい」

「彼女の実力は三等星並とのことですから戦力としては過剰なほどですね」

「それだけ事を重く見ているということだ」

「共に行くことになる牛鬼さんが可哀想と思っただけです」

「何! まだ働かねばならんのか!?」

 牛鬼が思わず声を上げる。彼はこの一か月ほど二等星と仕事を共にしてはっきり言って疲れ切っていたのだ。足を引っ張るまいと気を張り続けるのは心が擦り減るものだ、彼はそろそろショウリュウへ帰りたいと思っていた頃だ。

「ま、しばらくはハロハロがどこへ向かったか情報を集めることになるだろうな」

「頼りにしてるぞ」

「ん、一緒に頑張る」

 しかしいつの間にか剛毅万来の三人に囲まれ逃げ場の無い事を悟った彼はそのまま渋々と言った表情で彼らと共に部屋を出て行くのだった。

 部屋に残ったミザロは署長の方へ向き直る。

「私もそろそろ行きます」

「ああ。……一つ聞きたいことがある」

「何でしょう」

 署長は少し悩んだ末にそれを尋ねる。

「ハロハロの目的は何だと思う?」

 ミザロは署長の目を見た。その瞳は誰かに答えを求めようと出口の無い闇の中を彷徨っている、ようには見えなかった。故に彼女はゆっくりと、いつものように、時間をかけて、己の中にある感覚を言語化していく。

 署長がしたいのはただの。

「答え合わせですか」



 虎狼ホンソウの国。そこはどこまでも広がる平原。古くから人々はそこに住まう獣と戦い、その血肉を我が物とすることで生き延びて来た。襲い襲われ狩り狩られ、そんな時代を生き続けた人はその土地の多くを開拓し都市を築き上げたのである。

 しかしかの広い国土には未だに人の手が入っていない場所も多い。

「身を隠すには打ってつけ、と」

 そんな未開拓の土地にハロハロはいた。彼女の傍にはタテガミドリの死骸があり、その羽根は毟られ火にかけられようとしている。

 彼女はショウリュウ事変から逃げ延びた後、傷を癒すと楼山の都へ向かった。その目的は国外への脱出である。楼山の山々を転々としながらイワムシやトリデノオヤド、そして多くのタテガミドリへと魔法をかけ続け、そしてついに彼女は一羽のタテガミドリを操った。

「魔物を操る魔法も慣れて来た。本番に向けて良い練習になったわね」

 彼女はタテガミドリに己を掴ませてそのまま虎狼ホンソウの国へと飛んだ。半分は追手から身を隠す為。冒険者、とりわけ二等星以上ともなると彼女の手には負えない相手だ、準備が整うまでまともに相手などしてられない。

 そしてもう一つの目的は。

「今日は休んで明日から始祖の魔獣を探しましょうか」

 彼女は悲願を果たす為にその歩みを進めていた。



「タテガミドリの同士討ち。有り得ませんね。共食いをするほど食糧が減ったわけでもないでしょう? ハロハロの行動と合わせるなら、そう、例えば、魔物を操る魔法というのはどうでしょう? 彼女は人の心の内にまで影響を及ぼす魔法を扱います。でしたら、魔物に対しても似たようなことが出来るのでは?」

 ミザロの言葉に署長は苦い表情で頷く。しかし彼女の言葉はまだ終わらない。

「この仮定を正しいとして、操る対象がタテガミドリ、私ならば国外逃亡をしますね。イワムシを持ち上げる程の力を持つタテガミドリならば人一人を乗せても飛ぶことは容易いでしょう。ここからなら虎狼ホンソウの国ですか。あそこは身を潜めるには打ってつけですね。町と町の間にどれだけの未開拓の地域があることか」

 署長は口元を歪め顔を伏せる。今がどういう状況か彼ははっきりと理解している。

「ところで身を潜めるだけで満足でしょうか? 隠れるだけなら実のところ山河カンショウの国でも十分だと私は思います。……あまり考えたくはない事ですが、虎狼ホンソウの国には一つ嫌な噂がありますね」

「……始祖の魔獣か」

「ええ」

 静寂が部屋の中を包む。頭を抱える署長の隣では副所長がとある書状をしたためている。それは山河カンショウの国の王都に宛てたもの、そして虎狼ホンソウの国で最も近くにある都へ向けたものだ。

「ミザロ殿。頼まれてくれるかな?」

「元を正せば我々が取り逃がしたのが大きな過ちでした。自ら尻拭いをするのは当然と言えましょう」

「そうか。ではこれを王都と翼獣の都へと頼もう」

「頼まれました。明日にも出発しましょう」

 




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