53.事故
山河カンショウの国、楼山の都がある岩山。今日、そこのある地点で岩壁の崩落が起こった。それは火薬の爆発によって引き起こされた人為的な災害だ。
しかしその事実は隠蔽されることになる。
討伐作戦の前日、夜。楼山の冒険者の拠点カナメイシより人が続々と出て行くのが見える。彼らは皆、冒険者であり明日に備えて親交を深めていたところだ。楼山の名物料理に舌鼓を打ち、おすすめの観光地を紹介し合い、最近の魔物事情について話し合ったりと中々に有意義な時間を過ごしたらしい。
そんな彼らの中には雰囲気に当てられて酒が進んだ者もいただろう。例えば慈楼がその代表だ。彼は酔いでふらつきながら自分の家へと歩いて行く。
「大丈夫ですか?」
そんな彼に一人の女性が話しかけた。足取りの覚束ない彼の事が心配で話しかけたのだと周囲の者は思っただろう。親切な女性がいたものだと。故に誰も気に留めず彼らに背を向けて歩き去る。
女性は慈楼に肩を貸して歩き出す。
「ははは、我輩は気分が良いだけだ。肩を貸さずとも良い」
「ですが放っておけませんよ。家はこちらの方角でよろしいですか?」
「む、まあそうだな。人の厚意を無下にすることも無い、では頼らせてもらおう」
そのまま二人は歩いて行く。道中、女性は慈楼にずっと話しかけ続ける。
「慈楼、さん、ですよね。二等星の」
「ふふふ、その通りだ。我輩こそ、この楼山の都で最も最高で華麗な冒険者、慈楼その人だ」
「お噂はかねがね。以前には巨大なタテガミドリを討伐したと聞いていますよ。あの時は都から出ることもできませんでしたからとても助かりました」
「そうかそうか」
慈楼は自らの名声が広まることを非常に好む冒険者だ。このように人から感謝されることこそ彼の望みであり、酔いも相まってこの時の彼は気分良く浮かれていた。
少々口も軽くなるほどに。
「カナメイシから大勢出て来てましたね。冒険者の集まりか何かですか?」
「む、ああ。あれはショウリュウの都から大勢の冒険者が来ていたのだ。トリデノオヤドやイワムシがここの所多いだろう?」
「はい」
「あれをあちらの冒険者と合同で討伐しようということになっていてな。明日は大忙しだな」
「へえ、そんなことになっていたんですね。慈楼さんも明日は出られるんですか?」
「我輩ほどの実力者はそうはいないからな。当然とも言える。明日は北の楼の辺りで戦うことになるだろうなあ。他の者もそれぞれ色々な場所に散り散りだ」
「北の楼……」
彼女はその一瞬、僅かにそれまでとは異なる反応を見せていたが浮かれていた慈楼はそのことに気付かなかった。その後も彼女は慈楼に様々な事を尋ね、やがて彼の家に辿り着くとそのまま彼を見送り去って行った。
少し時間は遡る。これはショウリュウの冒険者たちがカナメイシへ入った直後の事だ。
ここは岩山にめり込むようにして建てられた半球状の建物。今は一組の男女がここで生活しており、それより以前には木更津がここで暮らしていた。
「……木更津が帰って来るとはなあ」
お茶をすすりながら筋肉質の体格のいい男が呟く。彼の表情はどこか複雑で喜びと困惑、それに憂いが入り混じっているように見える。そして彼はここに居るもう一人に視線を向けた。
「お前、どうするつもりだ?」
尋ねられた女性はその瞳に怒りの炎を宿している。そしてその怒りを抑えきれないのか壁を殴った。
「言わなきゃわからない?」
殴られた壁がへこみ拳からは血が滲んでいる。余程強く、加減すらなく殴ったのだろう。男は頭を抱え何か言おうとして、しかし余計に刺激することが恐ろしく口を開くのを止めた。
「あの男は私が殺す。その為の準備をしなくちゃね」
そう言って彼女は外へ向かう。
「どこへ?」
「カナメイシ、奴が入って行ったのがあそこだからね」
こうして彼女はカナメイシに向かい外から中の様子を覗き見ていた。そして彼女は慈楼と同じ卓に木更津がいるのを見つけ、明日にも依頼へ向かうことを知ったのだ。
故に彼女は慈楼に近付き詳細を探ることに決めたのである。
更に時間を遡り数年前。
彼女はじっと中身の詰まった革袋を見つめている。その中には多額の金銭が入っているのを彼女は知っている。それは彼女の仇が置いて行った金銭だ。
『これだけあればしばらくは困らないだろう』
そう言って男は挨拶も無く去って行ったらしい。楼山の都を後にして今はどこへ行ったのかもわからない。
彼女はその革袋を忌々しく思っていた。
「何がしばらくは困らないだろう、だ。償いのつもりか?」
金銭が欲しいわけでは無かった、そんなもので怒りは収まらない。いや、何があろうと彼女の怒りが収まることは無いのだろう。
しかし。
「一言、一言謝罪の言葉があれば……、怒りはそれとして、我慢し続けることも出来たのに……」
全てを知る男は何も語らず去って行った。その事実が、何もかもを証明している、そう彼女には思えたのだ。
「……殺してやる、木更津め」
その後彼女はその金銭で火薬を少しずつ買い集めた。火薬は稀少で市場に出回ることも少ないものだったが長い時間をかけてゆっくりと、いつ使うかもわからないのにただただ買い集めては家の奥に隠し続けたのである。
数年後に彼女が実際にとある岩壁にそれを仕掛ける日まで。
更にもう少しだけ時を遡る。
それは木更津がまだ楼山に住んでいた頃の話だ。
「カンガク、聞いたか? 最近トリデノオヤドが暴れているらしい」
「聞いた聞いた。次現れたら俺が退治してやるかな」
「おいおい、無茶は止めろよ」
木更津とその親友であるカンガクは共に石を掘り出す鉱夫をして生計を立てていた。二人は幼い頃はやんちゃで大人たちが石を掘りに行くと言うとこっそり後を付けてその仕事ぶりを観察していたらしい。木更津の方はすっかり落ち着いてしまったが、カンガクの方は今でもその頃とあまり変わっていない。
そして二人にはもう一人、親友がいる。
「二人共ここに居たのか」
「ニールー!」
彼女の名はニールー。三人は家が近く幼い頃はずっと一緒に遊んでいた。木更津とカンガクというやんちゃ坊主に付いて行ったニールーは結果として女の子らしさとは無縁な育ち方をしたらしい。しかし二人とは違い体力よりも手先の器用さに縁があった彼女は鉱夫にはならず岩を掘って成型する仕事に就いていた。
仕事が終われば三人はいつも一緒に過ごし、その日あったことを話し合って賑やかに過ごしていたようだ。傍から見ていた者の中には木更津とカンガクはそれぞれニールーに好意を抱いているようだと勘付く者もいた。中々進展が無いのにやきもきしていたようだが、それはきっと三人の今の関係が壊れるのを恐れているのだろうと見ていたらしい。
そんな日々は唐突に終わりを迎えることとなるのだが。
楼山史に残る事件と言えば幾つもあるのだが、その一つにトリデノオヤドが関わるものがある。
ある鉱夫たちがいつものように仕事に出掛け岩を切り出していた時の事だ。彼らはふとイワムシに囲まれていることに気が付きその場を逃げ出した。その際に普段は通らない道へと逃げた彼らはその先で恐ろしいものと出会う。
トリデノオヤドだ。
あまりの巨体に恐れをなした彼らは一目散に逃げ出したのだが、結局、その鉱夫たちは一人を除いて皆が死んでしまう。
生き残った者の名は木更津。彼はその件に関して詳細を語ることは無く、一月後には楼山の都を旅立ってしまった。
死者は十五名にも上り、その中には最初に出会った者達が逃げる間に偶然巻き込まれて亡くなった者達もいるという。おそらくはそのことを気に病んで木更津は楼山を出て行ったのだろうと思われる。
別の可能性として、彼の親友の死が、問題だったということもあるだろう。
ところで、彼の親友、カンガクの死には奇妙な点がある。彼の死体には腹部に楔が突き刺さっていたのだ。それが誰の物でどういった経緯で刺さってしまったのかは不明である。
「あいつが殺したんだ」
誰も真相を知らず、最後まで彼と共にいた者は楼山を去った。その事実が指し示すのは……。
時間は現在へ。岩山の一部が火薬による爆発で崩落、冒険者等数名がそれに巻き込まれた。巻き込まれた、が、彼らは無事に生き延びている。
「皆、無事か?」
慈楼の声が響く。上空には多くの巨石が浮いており彼はその手に数本の紐を持ちながら他の者に声を掛ける。そして彼が見つけたのは不自然に散らばった岩の数々。その中央には両手を上に掲げる丙族の姿があった。
「ハクハクハク! どうやら無事なようだな」
「じ、慈楼、さん……」
ハクハクハクは慈楼の姿を認めると疲れ切ったかのように両手を地面に降ろしそのまま地面に突っ伏した。それを見て横から瑞葉とコイコイが現れる。
「む、二人も無事だったか」
「幾らか岩が落ちて来たんですがハクハクハクが守ってくれたんです」
「そうか……。すまない、危険な目に遭わせた」
「いえ、慈楼さんがいなければ全滅ですよ」
コイコイが上を見る。上空に浮かぶ巨石は全て慈楼が楔を介した魔法でその場に留めているに過ぎない。拾い切れなかった分はハクハクハクが魔法で弾いたのだが、もしも慈楼が少しでも力を抜けば今度は防ぎ切れない量のそれが彼らに降り注ぐだろう。
「我輩は二等星だろう? 君たちを守るに足るだけの力があると、任されていたのだがな」
彼は少し悔しさを顔に滲ませていた。自省の中で自らの至らなさに腹が立ちもする。しかし今はそんなことに気をやる時間は無い。
「木更津とロロはどうした? それにトリデノオヤドも。炎を上げたのは誰だった?」
「……炎を上げたのは女の人だった、と思います。コイコイさんは見てました?」
「女の人だったのは同意です。楼山で見かけたような顔だとは思いますが……、特別話したことがあるような人ではなかったですね」
「あ、あの……」
ハクハクハクがごろん、と転がって仰向けになり声を上げる。三人の注目が集まると彼女は恥ずかし気に少し顔を隠した。
「ろ、ロロ、は、その、木更津さんと……、女の人と……」
「と?」
ハクハクハクの視線が横を向く。その先には切り立った斜面がある。
「その下に、その、飛び降りちゃった」
「は?」
瑞葉は思わず大口を開けて呆れ、コイコイはぽかんと呆ける。
「……なんとまあ」
慈楼は上を見て苦々しい表情を浮かべていた。
「急いで追いかけたいところだが……」
彼はゆっくりと上空の岩を地面へと降ろし始める。それらを安全に地面に降ろし切るには少し時間がかかるだろう。
爆発の直後、慈楼が大岩の落下を阻止している最中。ロロは木更津の元へ刃物を手に駆ける女性を見つけていた。それを見た彼は、危ない、と思った。
そして地面を蹴ると二人を抱え斜面を飛び降りたのである。
落下の衝撃は決して軽いものでは無く、いくら身体強化に自信があるロロと言えど人を二人抱えて無傷とは行かない。足の痛みから捻ったかな、などと能天気に考えながら衝撃にむせている二人を見つめている。
ようやく落ち着いた女性は木更津を睨み付け、彼が未だ動く気配が無いのを見るとロロの元へと怒りに満ちた形相でやって来た。
「……お前、何をする!」
彼女はロロに抱えられた際に刃物本体を落としてしまったようでその鞘の先をロロに向けて怒りを示した。対する彼はどうにもそのことに対してあまり理解を示していないようで呆気に取られた風にしている。
「何って、危なかっただろ?」
「何がだ! 私の邪魔をしやがって!」
「だって放っとくとぺしゃんこだったじゃん」
そこで彼女は思わず顔を顰める。どうも話が通じていない、そんな気がしたからだ。
「あんな岩に潰されたら死んじゃうだろ?」
ロロが指差したのは彼女の後方、それはロロ達とほぼ同時に斜面を落ちていた岩だ。人の背丈ほどの大きさではあるがそれだけあれば人間を潰すには十分である。
「二人の方にあれが落ちて来ててさ、危ない、と思って飛び出したはいいけど避けるのに斜面を飛び降りるしか無くてさあ。痛かったとは思うけど勘弁してくれよ」
彼女はその言葉を聞いて察する。
こいつは私が木更津を殺そうとしていたことに気付いていない。
それに気が付いた彼女は威嚇の為に向けた鞘を下ろしその場に座り込んだ。
「お姉さん名前何て言うんだ? 俺はロロ、ショウリュウの都で冒険者やってるんだ」
そして無邪気に話しかけて来る冒険者を前に彼女は。
「……私は、ニールー。楼山の……、元石工だよ」
気勢を削がれたのかつい普通に受け答えをしていたのだった。
ロロとニールーの会話は不思議と滞りなく進んで行く。ロロが何かを尋ねるとニールーは素直にその問いに答える、その繰り返しだ。
途中、ニールーは何度も不思議に感じていた。
なぜ自分は木更津を殺そうとしないのか?
無論、目の前にいるロロのせいだ、そう考えるのが最も自然だった。彼女はあくまでも石工として生活して来た一般人であり大した魔法を使えるわけでもない。対して目の前にいるのはバッジを見るに四等星の冒険者。いくら子供とはいえ取り押さえられることなく木更津を殺すのは難しい、合理的に考えてそれが理由だろう。
しかしその一方でそれは違う、そう考える彼女がいた。
「へぇー、石工ってそんな仕事なんだ。ショウリュウでは見た記憶無いかも」
「あっちは岩山ってないでしょ? だからじゃないかしら」
「成程、確かにそうだな」
彼女はロロとの会話に何か違和感を覚えていた。いや、より正確に言うならば会話が成立している事こそにだろうか。それは相手は言葉が通じないほど頭が悪いから、ではない。
「それでさ」
「ねえ」
「ん?」
「何であなた私がどうしてここに居るのか聞かないの?」
ロロが答えるかどうか迷うようなことを聞かなかったから、だ。そこで彼女は初めて思う。明らかにこの場にいるべきでない異物である自分に何の気負いも無く話しかけて来たこの男は何かおかしいのではないか、と。
ロロは困っていた。それは謎の女性が突然現れたことや、唐突な爆発で岩壁が崩れたこともそうなのだが、何よりも今尋ねられたことの返答に窮しているのだ。
ニールーの顔を見つめ、腕を組み、唇を曲げて、眉間に皺を寄せる。悩みに悩んで出した答えが。
「俺が聞くべきじゃないかなあ、って思って」
そんな答えでは誰も納得するはずがない。
「何で?」
ニールーは即座に再び尋ねる。ロロは困った様な笑みを浮かべて、それから大きく溜息をつく。
「何て言うかさあ、俺って人を疑うの向いてないみたいなんだよね」
ロロの脳裏に浮かぶのは年が明ける前の事。依頼で赤倉の町へ行った時の事。結果的に彼はある事件において犯人が自白する切っ掛けを作ったのだが、それはその犯人を信頼していたが故の事であった。疑うべきだった人物を彼はあろうことか信じ切っていたのである。
そのことはロロの中に僅かな、しかしふとした拍子に気になってしまう程度のしこりを残した。
「俺はみんなが良い人だと信じてるんだけど……、でもさ、騙したり盗んだり殺したり、そういうのする人って絶対にいるんだよ」
「……そうね」
「ニールーさんの事もさ、別にそんなはずないのは分かってるんだ。でもあんなことがあったせいなのかなあ、心のどこかでそういう風な事をする人なのかもしれないって思ってる気がして」
ニールーはその言葉の意味が分からず一瞬考え込む。そして気が付く。目の前の彼は自分が岩壁を爆破したところも、刃物を持ち木更津に駆け寄っていたところも見ていたのではないか、と。
その上で未だに人を信じるなどと言っているのだろうか、と。
そう考えた瞬間、彼女は自分がロロの前で凶行に及ぶのを止めた理由に気が付く。さしもの彼女も無垢な赤子の前で人を殺そうなどとは思わない。せめて視界の及ばぬ場所で、その程度の気遣いは考えてしまう。
目の前の彼は人の悪意に対しての理解が赤子と大差ないのだ。
「……ああ、そう、なん、だ」
彼女は恐怖を抱き始めていた。それはロロに、或いは、自身の中に僅かに残っている良心の呵責への。恨みつらみを晴らす最も確実な復讐という手段に間違いがあるのではないか、そんな思いが芽生えてしまうのだ。
「……違う」
「違う?」
「私は、私は正しい!」
その恐怖を振り払うように彼女は叫ぶ。
「私は木更津を殺す! その為にここに来たんだ!」
「え?」
ロロは呆けたような表情でニールーを見る。その瞳に自身の姿が映っていることを恐れたニールーは逃げるように木更津の方を向いた。
「奴は私の友を殺した! そして楼山の都を逃げ出した! 私は、私はカンガクの復讐を果たすんだ!」
泣きじゃくるように顔を歪めながら彼女は叫ぶ。自身の決心をより確かなものにする為に、先に死した友へその誓いの声を届ける為に、そして目の前にいる復讐の相手にその罪を贖わせる為に。
木更津は彼女のその声を聞いてようやくゆっくりと起き上がる。
「……何か、言いたいことはあるか」
「……俺は……。いや、やっぱりいい。好きにしろ」
「ならば」
「何があったの?」
まるで二人だけの世界にいるかのように最期の会話をしていたはずが、ロロは躊躇なくそこに踏み込む。
「木更津さんはニールーさんの友達を殺したのか?」
「……ロロ、お前に話すことは何も無い」
「ニールーさんは木更津さんに友達を殺されたのか?」
「そうだ!」
「どんな風に?」
「それは奴しか知らないさ。だが、カンガクの胸に刺さっていた楔は木更津の物だった!」
それは彼女等しか知らない事実。あれは彼女が自作した楔、彼らが仕事に行く直前に彼女が手渡したものだったのだから。故にニールーは木更津の手によってカンガクが殺されたと確信したのだ。
「何で木更津さんしか知らないんだ? 誰か見てなかったのか?」
徐々に近付いて来るロロの姿は、容易く彼女の怒りを呼び覚ます。
「あぁもううるさいっ! 何で私がそんな問いに答えないといけないんだ!」
振り払うように腕を振るニールー。それを受けてロロは一歩下がったがその瞳を、曇りの無い純粋な瞳を、彼女の恐怖を呼び覚ますそれを、見てしまう。
一度見てしまうと刃物が手からするりと抜け落ちて地面に落ちて行く。立っている事すらできず彼女は地面に膝をついた。
「……何なんだお前は」
「何なんだと言われても……」
ロロは彼女の言葉に困惑するばかりだ。まるで心底彼女の気持ちが理解できていないかのように。彼はただ崩れ落ちたニールーを見つめ頭を掻く。
「木更津さんからもなんか言ってくれよ。俺、どうすればいいかわかんないや」
それで木更津の方へ話を振るが、彼は彼で地面に横たわったまま動こうともしない。
「木更津さーん」
ロロがもう一度呼び掛けても返答は無い。
「木更津さん、木更津さん」
何度呼び掛けても。
「木更津さん木更津さん木更津さん」
彼は動こうとする気配も無い。
「木更津さん木更津さん木更津さん木更津さん木更津さん、木更津さーーーーーーーーーーーーん!」
そのせいでロロは狂った機械のようにただ彼の名前を呼び続ける。一旦それは止まったがただ息が続かなかったに過ぎず、空気を吸って再開しようとしているのが見える。
そして何事にも限度はある。
「待て、わかった、名を呼ぶのを止めろ」
本当に何かを語るつもりなど無かったのだが、放っておくと本当に何時間でも続けそうなロロの気配を悟り木更津が起き上がる。
「……ロロ、俺は殺されても構わないと思ってるんだ」
しかし彼が語り出したのは過去にあった何がしかではなく現状の彼の想いだけだ。そうまでして隠したい過去でもあるかのように。
「何で?」
ロロがそんなところまで人の想いを汲み取れるかは別だが。
「話せばいいじゃん。何があったかわからないままよりも何があったかわかった方がすっきりするだろ?」
「謎を謎のままにしておいた方が良いこともある」
「えー、絶対わかった方がすっきりすると思うけどなあ」
「そういう問題じゃないんだ」
木更津はどう説明したものかと悩み始める。いつの間にかここにあった空気が弛緩し始めニールーも今更暴れたりはしないだろう。或いは、彼らはこれから助けが来るまでここで仲良く談笑さえしているかもしれない。
次の問いが為されなければ。
「ロロ、お前にも分かるだろう。家族、恋人、友人、親しい者を失う気持ちが。そして時にそれは人を復讐に走らせるほどに怒りや憎しみを生むことも」
その問いを受けてロロは木更津の目を真っ直ぐに見つめた。
そして彼は当然のように。
「いや、わかんない」
そう答えた。
「会えなくなるのは寂しいけどそれだけだろ?」
その言葉を聞いて木更津とニールーはようやく気が付く。目の前にいる彼は本当に、ただ本当に、復讐という言葉の意味を理解できないのだと。
そしてその事実を知ることで彼に抱いたのはただただ恐怖であった。それこそ、復讐などどうでもよくなるほどの。
ズガァン!
「わっ、何だ!?」
岩が宙を舞い地面に散らばる。それは斜面を落ちて気絶していたトリデノオヤドが今目覚めたことを示していた。
「トリデノオヤドだ! 木更津さん、どうする!?」
ロロはとりあえず剣を抜き木更津の方を見た。戦うか、逃げるか。先程までの木更津であればそれらを放棄しその場に留まっていただろう。
今は。
「木更津」
「何だ、ニールー」
「後で話を聞かせてくれ」
「……ああ」
今は死んではならない理由が出来た。
「ロロ、とりあえず回避に専念だ。俺が脚を落として行く」
「わかった!」
木更津の言葉を受けてロロが足に力を入れる、と同時に強い痛みが走る。
「あ!」
「どうした!?」
ロロはゆっくりと木更津の方を振り向く。
「足、捻ってたんだった」
木更津はそれを聞くと無言で楔の紐をロロに絡める。そして後方へ投げ飛ばすと一人でトリデノオヤドを相手に戦いを始めるのだった。
数分後、助けに来た慈楼の手によってトリデノオヤドは討伐された。ニールーを連れた彼らは一旦楼山へと帰還し彼女へと事情聴取を行うこととなる。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人に加えコイコイの四人は一通り彼らが知ることを話した後はすぐに外へと追い出された。しっかりと口止めをされた上で、だが。
「何で追い出されたんだろうな」
「まああんまり大事だからじゃない? 私たちが出来ることももう無いんでしょ」
「とはいえ僕らも当事者なのでは? まあ知ってることは全部話しましたけどね」
「まあいいや。折角だから楼山を探検しようぜ! 色々案内してくれよ」
「……そうですね。では少し小腹も空きましたしおすすめの軽食屋から案内しましょう」
「ご飯……。私も、大丈、夫?」
「ははは、忘れましたか? 僕も丙族ですから」
「あ、そっか」
四人はそのことを不思議に思いながらも唐突に空いた時間を有意義なものへ変えるべく楼山の観光を楽しむ方へ心を切り替える。
様々な謎を残しながらもこの件は収束へ向かうだろう。
「あ、ミザロ姉だ」
「ん? 本当だ。駆け足で行っちゃったね」
なにせミザロや慈楼が、彼らだけでなく多くの有力な冒険者や楼山の治安維持を預かる警察組織がこの件の後始末をするのだから。きっと、そう、数日後にはこんな事故は皆の間からも忘れ去られる。




