51.イワムシと踊る
山河カンショウの国、楼山の都。今、そこから大勢の冒険者が魔物の討伐へと向かって行ったところだ。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人もまたその中にいる。ショウリュウの都より共に来た木更津、そして楼山の冒険者である慈楼とコイコイと共に彼らは岩山を登って行く。
楼山付近の、それも更に標高が高い地点ともなると見える景色は岩ばかり。露出した岩肌を見て旅人が思うのはそこが道に適しているかいないかだけだ。
「こういう形の岩は滑りやすい。あまり踏まない方が良い」
「ほんとだ、表面がつるつるしてる」
こんな場所へ初めて来たロロ達に細かな注意点を伝えながら目的地へと進む。
歩きながら彼らは獣や魔物の影を見かけた。それは空高くを飛んでおり彼らからはまるで手の届かぬ場所を飛んでいたのだ。
「ああいう空の魔物の討伐もやってるんですか?」
素朴な疑問を瑞葉が紡ぐ。慈楼はその問いを聞いてわざわざ立ち止まり指を鳴らした。
パチン!
「良い質問だ!」
乾いた音と彼の声が岩山にこだまする。
彼はその言葉と共にわざわざ表情を作って自らのかっこよさを周囲に知らしめようとしていたのだろう。しかし皆から向けられた視線は白けたものだ。出会って間もないというのに皆、彼の扱い方を悪い風に覚えてしまったらしい。
「……全く、君たちは少々暗すぎる。もっと明るく雰囲気を良くしようという心構えを持つべきだな」
慈楼は小声でぶつぶつとミザロへの恨み言を呟く。こうなったのも最初の対応で彼女があまりに酷い扱いをしたことが大きな部分を担っているのは間違いなく、皆がそのことを得心する。
「まあいい、空の獣や魔物についてだな。彼らとは良好な関係を築けている、とは言い難いな」
「そうなんですか?」
「ああ、彼らを手懐けようとする試みがあるのだが今の所成功はしていない」
瑞葉はそれを聞いて以前に高保からそんな話を聞いた覚えがあるな、とぼんやり思う。
「彼らは警戒心が高く人とはどうも相容れぬのだろう。そしてだからこそ彼らは人を襲うことはあまり無い」
岩山に生息する鳥の獣や魔物は警戒心が強い。彼らは狩れる獲物を確実に狩る。その中に人間は含まれていない。
「人の全てが彼らに対抗できるわけでは無いが彼らは人を恐れているのだ」
「木更津さんなら大丈夫なんじゃないですか?」
「……どうだろうな」
木更津の投擲武器は空を舞う生き物に対する攻撃手段にはなり得る。しかしそれを実際に当てるのはかなり難しい。一度外せば二度目の攻撃までに逃げられることも多く、投擲武器は彼らの脅威としては些か弱いと言わざるを得ない。
ではなぜ人が恐れられるのか?
「楼山では不定期で上位の冒険者を募って鳥型の魔物を狩りに行くんです。不用意に手を出せばこうなるぞという抑止力として」
「無論、我輩も毎回それに協力している」
そのような狩りは魔物の被害に遭う人が増えてきた頃を見計らって行われている。慈楼を含む二等星の冒険者も参加し一斉に山狩りを行うのだ。そしてそこで得られた魔物の肉は楼山の大事な食料として一斉に加工されることとなる。
「もしかして都の壁が空を飛ぶ魔物に対して無防備なのは……」
「ええ。そもそも彼らが都を襲うことはありません。それを行った時にどれほどの報復が行われるかを彼らは理解しているのです」
楼山は過酷な土地に拓かれた都だ。そこに存在する生態系は比較的安穏とした場所に存在するショウリュウの都とは大きく異なる。ロロはぼんやりと大変だなぁ、と感じていたようだが瑞葉やハクハクハクは場所が異なるだけでここまでの違うを生むということに恐れすら感じていた。
進めど進めど景色はそう大きく変わらない。本当に進んでいるのかどうか瑞葉が不安に思い始める程だ。今は打ち込まれた楔を頼りに急な斜面を降りている。その先は少し開けた平地で慣れない動きに疲れた彼女は少し休みたいと思っていた。
そうして降りた先でふと、ハクハクハクがある一方をじっと見つめているのに気が付く。。
「どうしたの?」
「あ、え、ん。う、動いた、ような……。あの岩」
ハクハクハクが指し示したのは前方に幾つもある岩、の一つ。瑞葉はじっと目を凝らして見たが他の岩と何か異なるようには見えない。
「見間違いじゃない? 結構歩いたから疲れてるんだよ。私も疲れたし」
彼女は暗に少し休みたいと告げているのだが、残念ながらそれは出来ない相談だった。
なぜならば。
「よく気が付いたな。中々目が良いようだ」
「え?」
慈楼が腰に刺していた楔を手に取る。それは木更津が持っていたのと同じような物で例によって紐が付いており投擲武器としての役目を持っているものだ。
彼はそれをハクハクハクが指し示した岩に向けて鋭く投げた。
ガッ!
派手な音と共に岩の表面が割れて楔が突き刺さる。木更津がやっていたように手元で回さずにただ投げただけにも関わらずそれだけの威力が出せることにも驚きを見せるべきなのだろうが、今注目すべきはその点ではない。
彼らの目の前で楔の刺さった岩がゆっくりと動き出す。岩が浮き上がり隙間から甲殻に覆われた脚部が何本も姿を見せる。
「あっ、え!?」
「おお!」
「……わぁ」
それを初めて見た三人は三者三葉に驚きの表情を見せる。人の背丈ほどはある大きさの岩が動くというのは見慣れぬ者にとってはそれだけの衝撃があった。
「あれがイワムシだ」
そう、あれこそがイワムシ。彼らが討伐すべき目標である。
イワムシは背に載せた岩と地面の隙間からその目を覗かせて攻撃を仕掛けて来た者の正体を探る。そしてそこに複数の敵が存在することを確認すると。
「あ、逃げた!」
その脚をかさかさと動かして逃げ始めたのだ。
「ふっ、問題ない」
しかし慈楼の放った楔には紐が付いている。彼がそれを引くとイワムシはそれ以上前に進むことは出来ず、更に引くとゆっくりと引き寄せられる。
「……えぇ?」
それは見た者が困惑するのも無理のない光景だ。イワムシは人のせいほどの高さのある岩の形をしているのだ。対して慈楼は痩身の木更津に比べれば肉は付いているが然程大柄ということも無い。力の強さが魔力の多寡に大きく依存するというのを理解していても、どうにも現実離れしている光景だ。
もはやイワムシは抵抗するのを諦めたように引き摺られるがままとなる。慈楼は相手が手に届く距離まで来ると、その殻を掴んで力任せに引っ繰り返した。
「うわっ……」
何本もある脚がばたばたと蠢く姿は少々生理的な嫌悪感を抱く部分もあり瑞葉は思わず目を逸らす。慈楼は気にすることも無く腰に刺していた剣を急所に突き刺す。
「血が、緑?」
噴き出す緑色の血が周囲を染めると共にイワムシの動きが力無いものへ変わって行く。やがて火が消える時のようにふっ、とその動きが止まった。
「倒したのか?」
「ふっ、そうとも。このようにイワムシ程度は我輩の敵にもならないのだ!」
「すげえぜ!」
慈楼は自らの優秀さを褒め称えられるだろうと皆の方を見たが、そこに向けられているのは一人を除き白い目だった。
「な、なんだね」
「いや、だってイワムシが動いてるのあんまり見れなかったなって……」
「そもそも彼らはイワムシを見たことも無いんだからまずはどういう魔物なのかを伝えるべきでは?」
「そうだな。単独でいたのを僥倖とし彼らに経験を積ませるべきだっただろう」
「その、ちょっと、よく、わからなかった、かも……」
これから彼らは大量発生しているイワムシたちを討伐するわけであるが、その為に経験を積める機会を潰してしまっては意味が無い。
「……わ、我輩が悪いのか?」
「お前が二等星なのは皆知っている。手際よく倒せるなど当然の事だろう? それよりは新人たちにイワムシの強みと弱みを解説してもらいたかったものだ」
「う……」
もはや慈楼はぐうの音も出ないようで落ち込みその場にへたり込んでしまう。
「慈楼さんは頑張ってるんだぞ! そんなひどいこと言わなくても良いだろ」
一応ロロが庇ってはくれるのだが。
「しかし二等星ともなると共に引き連れる者の面倒を見ることも大事な義務だ。今の行動はそれを果たしているとは言い難い」
「甘やかしちゃ駄目ですよ。この人いつもこんな感じで失敗するんですから」
木更津とコイコイは追及の手を緩めない。それに慈楼の方も自身の失敗を感じ取っているようだ。彼はごろんと転がって天を仰ぎ見ると。
「ふ、ふふふ、所詮我輩は独りぼっちだ。我輩には人に物を教えるなど出来はせんのだ……」
彼はいつも単独で依頼を受けているようで、その理由の一つに誰も彼と依頼に行きたがらないというものがある。実力は誰もが認めているし有事の際に頼れる人格者であることは知られているのだが、平時に一緒に行動するのは面倒がられているとか。
そんな彼を見ていて可哀想になったのか瑞葉とハクハクハクが彼の元へ歩を進める。
「あの、慈楼さん、起きてください」
「放っておいてくれ。イワムシ程度なら木更津君やコイコイがいれば問題ない。君たちも彼らに教えを授かれば簡単に倒せるだろう」
「いや、ほら、今の凄かったですよ。あんな大きい魔物を簡単に引っ繰り返せるなんて。ねえ、ハク」
「う、うん、はい。す、凄かった! です……」
「どうせなら凄い人に教えを賜りたいなあ、と、ねえ?」
「は、はい! 凄かった、です!」
そんなご機嫌取りに引っ掛かる人間などそうはいない。逆に言えばいるということでもある。
慈楼は目を見開くと跳び上がる。そのまま空中で三回転ほどして華麗に着地を決めた。
「ふ、ふっふふはははははは! そうかそうかそこまで言うなら仕方ない! ちょっと手違いで仕留めてしまったが、教えて進ぜようじゃないか!」
彼は目を輝かせ興奮し、勢いのまま死体となったイワムシを軽く持ち上げて通常の状態に戻す。その膂力に驚く間もなく彼はイワムシの殻の端を素手で小さく割り出した。
「これを」
そしてロロ達三人にその破片を手渡す。
「固いだろう」
驚き固まっている瑞葉は今の自分とどっちが固いだろうかなどという冗談を考えていた。
「石みたいだな」
「それはイワムシの殻ですがほとんど周囲の岩と変わりません。この辺りでは岩を食ってるから岩が生えて来るんだなんて言われてますが……。まあ実際はどうだかわかりませんね」
「岩を食べるんですか?」
「おそらくそうだろうと言われている」
「おそらく……」
「時折岩を削っている姿は見かけるが、食事の為なのか、或いはそのまま背中に殻として付着させているのかは今の所判明していない」
「そうなんですか」
多くの魔物の生態は未だに不明な部分も多い。それは生物としての詳細な特性を知る為の研究には多くの危険がつきものだからでもある。研究者が時折冒険者に護衛依頼を出しているが、研究を第一に考える研究者と身の安全を第一に考える冒険者とでは対立もあるものだ。
「いいか、このように頑丈なイワムシの殻を破壊するのは難しい」
「ハクなら一発じゃない?」
「確かにな」
「え、え?」
実際、ハクハクハクの魔法であれば岩を砕くことも可能である。
「……確かにその子は類稀な魔力量のようだ」
「まあ私らには無理だよね」
「そうだな」
「そうだろう。普通、四等星になり立てでこれを破壊できる者はいない。そう考えると彼女は特別だな、いずれは我輩の跡を継ぐことになるやもしれん」
「ぅえ、あ、あとを?」
「まあそれはいい。イワムシを倒す際は可能なら引っ繰り返してしまうのが一番楽だ」
「さっきみたいにですか?」
瑞葉は訝し気な目を向ける。当然ながら彼女には簡単に引っ繰り返せる力など無いのだ。ロロですら相手がじっとしているわけでないと考えると少々怪しい。
「基本的には地形を使うことになるだろう」
ここは岩山であり、周囲には斜面や段差が数え切れないほどある。
「追い込んだり引き連れたりして良い所で転がす、みたいな?」
「なんか難しそうだな」
「なあに、手本を見せれば君達ならすぐだろう。何せ華麗にして最高な我輩が教えるのだからな!」
慈楼はその場を飛び出すとすぐさま二体目のイワムシを見つけ出す。
「どっちかって言うとイワムシの見つけ方が分からないかも」
「地面との境を見るんです。接地面が不自然に浮いていてそこから目を出していることがありますから」
「接地面かあ」
そんな話をしているといつの間にか慈楼が斜面の方にイワムシを追い込んでいた。
「こっちだ、早く来たまえ」
斜面を登るイワムシが慈楼の楔によって引き留められている。彼はロロを手招きすると楔から伸びる紐を持たせる。
「引いてみるといい」
ロロが力一杯にそれを引くと斜面にしがみ付くイワムシの脚が次々と剥がれそのまま転げ落ちる。
「おおおぉ!」
その勢いのまま下へ下へ、つまり慈楼とロロがいる方へと転がるのだ。思わずロロは叫びながら横へ跳ぶ。
ドゥン!
落ちた衝撃で一度跳ねると、そのまま勢いを失いイワムシは逆さの状態で動きを止めた。
「この状態でも脚による反撃は行ってくる。あまり近付き過ぎない方が良い」
「そっか、じゃあ俺の剣は出番無さそうだな」
ロロがハクハクハクの方を見る。彼女は急にお鉢が回って来て緊張していたが、ゆっくりと深呼吸をして。
「風よ、螺旋を描き貫け」
彼女の手より放たれる風の槍がイワムシの急所を貫いた。慈楼はイワムシが確実に死んでいることを確かめると親指を立てる。
ここから彼らは本格的にイワムシ討伐を開始する。
ロロがイワムシの殻を蹴りそのままそれを引き連れて段差や斜面へ。そのまま上手く引っ繰り返せそうなら蹴りを入れるなどして転がし、位置的に難しい場合は瑞葉やハクハクハクが魔法で上手く転がす。上手く引っ繰り返れば後は急所を貫くだけだ。
初めは慣れない戦いに少々戸惑いを見せていたが他の者の助けもありあっという間に三人だけで次々とイワムシを討伐していく。
「……本当に数が多いな」
段々と進むにつれてイワムシの数が明らかに増えて行くのを皆は気付いていた。彼らは今、段差の下にある窪地を覗いているのだが、そこに見える岩はそのほぼ全てがイワムシのようだ。
「……しかしどれも幼いものだ」
「そうなんですよ。おそらくはここ数か月ほどに生まれたばかりでしょうね」
「あれでも生まれたばっかなのか?」
そこに見えているのは最初に慈楼が倒してイワムシよりは小さなものだ。おおよそ十歳ほどの子供ぐらいの背丈だろう。
「まあ大きくなると一軒家ほどになるわけですから、あれでも小さいということです」
「そういえばトリデノオヤドはイワムシの成体なんですよね。今の所は見かけてませんけど」
「……まあ、もうじきだろう」
「そうだな」
トリデノオヤドは普段岩山の奥地にある巣穴から出ることは無い。彼らは岩を食べる、と言われており岩山の奥地であっても食事に困ることは無い。しかし稀に彼らは巣穴を出ることがある。
その原因は。
「縄張り争い?」
「そうだ。奴らは恐らく岩山の奥で縄張り争いに負けたのだろう。そして山を下りて来たのだ」
今回の魔物の大量発生の原因だが、推測として大規模な縄張り争いがあったことが考えられている。何らかの理由で幾つかの巣穴が破壊され、彼らは別の巣穴を奪おうとしたのだ、と。
「巣穴を巡る争いに敗れた者は山を下りる定めだ。そして山を下りたトリデノオヤドは子を産む」
「山を下りたら子を産むんですか?」
「奴らは性転換する魔物らしい。争いに敗れた方が雌になるようだ」
「へぇー」
木更津が解説する裏で慈楼がコイコイに尋ねる。
「あの三人の年は幾つだったか」
「あっちの二人は冒険者になって一年と聞きましたね。誕生日が来てすぐに冒険者になったらしいので十六でしょう」
「……そうか」
慈楼は楼山で鉄板の冗談を披露しようかと考えていたようだが、彼らの年齢を考慮に入れて口を紡ぐことに決めた。先程の失敗が彼の頭を冷やしていたのだろう。いきなり下世話な冗談を口にし周囲の白けた視線を浴びずに済み彼は胸を撫で下ろす。
「子を産んだトリデノオヤドが山を登ることは無い。そして時に彼、いや彼女らは楼山の都や更に山を下りて麓にある村落へ向かうことがある」
「つまり、俺達はそれを倒しに来たってことだな」
「そうなる。そしてこれだけ目立つ動きをした以上、近い内にこの付近にトリデノオヤドがやってくるはずだ」
人の五感で感じるのは難しいがイワムシの血の匂いは確実にこの付近を漂っている。そして幼き同胞の血の匂いを敏感に嗅ぎ取ったトリデノオヤドは、その子を守る為にそちらへと歩みを進める。
彼らの元には予定通り、確かにそれが近付いているのだ。道中、彼らがそれと気付かず通り過ぎた見事な擬態をしていたトリデノオヤドが血の匂いを辿り一歩一歩。
しかし彼らの元へ向かっていたのはそれだけでは無い。二人の男女が岩山の道なき道を歩いている。
「なあ、やっぱり引き返そう。見たろ、あのイワムシの数。これ以上はトリデノオヤドが出てくるかもしれねえじゃん」
「だから何! 私は木更津の奴に文句の一つも言えないってわけ!?」
「戻って来るのを待てばいいだろ……」
「……今ならあいつを殺せるのよ。依頼のどさくさに紛れてね」
「頼むからさあ、俺もう怖いんだよ、死んじまったらどうすんだよ」
「死んだら死んだ時よ」
ショウリュウと楼山の交流を兼ねた依頼だ、戦力は十分以上にあり冒険者たちは気楽なものだった。しかしその裏で不穏な空気が漂い始めている。




