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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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31.冒険者が休んだ日

 ショウリュウの都、郊外の農場。十月のこの時期は農場にとって繁忙期の一つだ。多くの野菜が実り収穫と出荷の為に人々が忙しなく働いているということも一つの理由だが、それと別に十月の終わりにはショウリュウの都の一大イベントがあるのだ。

「やっぱり今年もこうなったか」

 そんな日々の中で瑞葉の家からは溜息と共にそんな呟きが漏れ聞こえて来たとか。


 志吹の宿の扉が開くとそこに立っていたのはロロだ。その場で外の光を一身に浴びる姿は後光が差すようにも見えなくはない。普段ならば立ち止まるとみんなの邪魔だと背中を押されるのだがそれをする幼馴染の姿が今日は見えない。

「あれ、一人? 珍しいね」

 崎藤が思わずそう声をかける。ロロと瑞葉は二人で一つかのようにいつも一緒にいる。二人をよく知る者なら彼らが街中を一人で歩いているところを見かければ雨でも降るのかと囃し立てることだろう。崎藤も当然その一人だ。

「喧嘩でもしたの? 駄目だよ? 仲良くしなきゃ」

「まだその方が良かったかもなぁ」

 ロロは崎藤のいる受付まで歩いて行きそのまま腕を台に置いて溜息をついた。

「んー? ほんとにどうしたの」

「樹々さん、瑞葉の母さんが熱出して寝込んだって。今日は看病するから家にいるって」

「……あー、そっか。そんな時期か。忘れてたなあ」

 瑞葉の母である樹々は十月のこの時期、毎年のように熱を出して寝込むのだ。原因は単純で働き過ぎである。彼女は繁忙期なのを良いことにこの時期になると自らの身体を痛め付けるように朝早くから夜遅くまで働いている。無論、周囲は止めようとしているのだが少し目を離すと畑へと走って行くので手が付けられない。

 そしてこの時期、熱を出した彼女の看病をするのは瑞葉にとってもはや恒例行事となっている。

「樹々さん今年もやっちゃったんだ。まあ気持ちはわからなくも無いけどね」

 崎藤は遠く農場の方へ視線を向ける。

 彼が気持ちは分からなくもない、などと言ったのは樹々が毎年このような事をするのに理由があるからだ。一言で言えば働き詰めで疲れ切ってしまえば何も考えずに済むからということになる。

「千両さんが亡くなって、えっと、十三年かな。瑞葉ちゃんが二歳の頃だったからねえ」

 千両、彼は樹々の亡くなった夫であり瑞葉の実父に当たる人だ。穏やかで人が良く、誰からも慕われるような者であったが、その命は魔王の残党に奪われた。樹々は未だにそのことを忘れることは出来ずにいる。

「まあ湿っぽくなる話は止めようか。ロロはどうするんだい? 例年の通りなら瑞葉ちゃん一週間は看病でしょ?」

「そうそう。瑞葉は適当に依頼でも受けたらどうかって言ってた。たまには他の人とやるのもいいでしょ、って」

「そうかもねえ。いつもの三人組で行くのもいいけど違う人と行くのもいい刺激になる、らしいよ。僕は冒険者じゃないからあんまり深くは聞かないでね」

 崎藤はそんなことを言いながら幾つかの依頼書を見比べている。どうやら五等星向けの依頼を幾つか選っているようだ。

「今だとー……、この辺りの依頼がおすすめかな」

 大頭獣の討伐、秋の味覚採集の警護、ホウライの木の伐採手伝いの三つがロロに提示される。

「……ホウライって何だっけ」

「よくお守りなんかに加工されてる木だよ。冒険者御用達の店には大体置いてあるでしょ?」

 ロロはそう言われて幾つかの店で見たのを思い出す。首飾りのようにしてあるものが多く、冒険者たちは素直に首から提げたり武器に巻き付けたり好きなようにして身に付けている。差別化の為か店ごとに違う形にしていることが多く、ロロが今まで見た中で印象に残っているのは鼻の長い奇妙な生き物の形のものだ。

「あれの材料ってことか。伐採ってどうやるんだ? 斧とか?」

「さあ。僕は手伝ったことないからねえ」

「それもそっか」

 崎藤は拠点の責任者ではあるが基本的には非力な一般人なので依頼に同行するようなことは無い。多くの魔物についての知識はあるがそれだってあくまで冒険者から聞いたものであるし、その姿も絵姿で見ただけの事である。故に少々危険な場所にあるホウライの木がどのようにして伐採されているのかなど知るはずも無いのだった。

「まあ仕事内容は基本的に魔物からの警護みたいなものだよ。ホウライが生えているのは山奥だからね。今の時期は魔物も多いし危ないってことだと思う」

「成程なあ」

 ロロは納得したように頷く。依頼の内容はよく理解できた、しかし今彼は悩んでいる。この三種類の中からどの依頼を受ければいいのかわからなかったのだ。どれでもいいと言えばどれでもいいのだろうが、しかしどうせならばより誰かの助けになったり自分を高めたりできる依頼へ行きたいものだ。

 しかしそれを測る基準がロロの内には無い。

「ちょっと持って帰って瑞葉に聞いてみていいか?」

 こんな時に彼が真っ先に頼るのは幼馴染だ。瑞葉はいつも冷静で的確な判断をくれる、彼は子供の頃からずっとそう思っているからだ。

「でも看病中でしょ? うつるといけないから家には入れないんじゃない?」

「そうなんだよなぁ」

 今瑞葉の家に正面から入ろうものなら遠慮のない蹴りが見舞われ追い出されるだろう。ましてこんなことを聞きに家に来たと言えばどんな目に遭うかは想像もできない。

「いざこういうの決めるとなると難しいな。俺って頭悪いからなあ」

「まあハクちゃんももうすぐ来るだろうし相談して決めてもいいんじゃない?」

「そっか、そうしよう」

 ラウンジは珍しく閑散としていてロロ以外には誰もいない。濃い紫色をした葡萄のジュース、艶のある木目の頑丈な机と椅子、手抜かりなく掃除の行き届いた床板、壁に提げられた感謝状の数々。ロロはその場から見える様々な物を一瞥し葡萄のジュースに手を伸ばした。一人で待つ時間というのは暇なもので雑然とした思考の渦に飲み込まれていく。


 ロロと瑞葉が初めて会った時、まだ二人は赤ん坊だった。その時は偶然に都の中心街での食事中に籍が隣同士だっただけの縁で、その後に親同士が同じ職場になるなどとは考えてもいなかった。

 ロロの父であるナバスは農場の主ジムニーの知り合いで、彼が農場経営を始めた時から働いている古株だ。仕事一筋であった彼はまだ農場の経営が軌道に乗る前、広大な土地を一人延々と耕し続けていた。朝、日が昇ると彼の一日が始まり、日が暮れる頃にようやく額の汗を拭い後ろを振り返る。ゆっくりと、しかし着実に土は柔らかくなり気が付けば彼の後ろには植物の小さな芽が出ていたという。

 ルーシア、後のナバスと結婚することになる彼女は冒険者だった。彼女はナバスが広大な土地を耕す姿を依頼の帰りに偶然見かけた。それ以来何を思ったのか時間のある時は道端から彼の姿を見つめ、気が付けば隣に並んで共に土を耕していたこともあるという。紆余曲折を経て二人は結婚し、ロロが生まれた。

 ロロが二歳になって半年ほど経った頃、農場にある彼らの家のすぐそばに新しい家が建てられる。ジムニーの言葉ではそこに新しく農場で働く仲間が来るのでよくしてやって欲しいということだった。数日後、沈んだ顔をした樹々が幼い瑞葉の手を引いてその家へとやって来た。

 ナバスは樹々の教育係となった。農場での働き方や規則を様々に教え諭し、樹々もそれを次々と飲み込んでいく。新たな仕事は彼女の肉体も精神も疲弊させるものではあったが、それ以上に彼女の悲しみを一時的にでも忘れさせてくれることがありがたかった。

 その頃、ルーシアは冒険者稼業を一時的に休止し家でロロと瑞葉の相手をしていた。家が近く、また教育係という縁もあり彼女は二人が仕事の間は子供たちの面倒を見ると言ったのである。ロロは幼い頃からやんちゃで家の中を走り回る、外へ出ても走り回ると手のかかる子供だった。対して瑞葉は見ず知らずの大人に怯えているのかいつも物陰に隠れて警戒するような眼差しを向けていた。そんな彼女が新たな環境に慣れて行ったのはロロの働きが大きい。

「いっしょにあそぼ!」

 ロロはそう言って多少強引に瑞葉の手を引いて外へと向かった。それは怯える瑞葉を外へ連れ出そうとしたのかもしれないし、ただ一人よりも二人の方が楽しそうだと思っていただけかもしれない。彼女を連れ出したロロは彼の知る農場の全貌を案内した。それはロロの家の周辺だけの狭い範囲であったが目を輝かせて案内するその姿は誇らしげであり、微笑ましくもある。瑞葉は広がっている土地を耕す人々の姿を見た。

「あれ、やさいをつくってるんだ!」

 ロロは彼らを指差してそう言った。経営は軌道に乗っていたが未だ機械の数には限りがり、人と機械が並行して土地を耕している。

「トマトをうえるんだっておとうさんがいってた。きっとらいねんにはおいしいトマトがくえるって!」

 その頃の瑞葉はまだ野菜が嫌いでトマトと聞いても少々嫌そうな顔をするだけだった。しかし隣にいる幼いロロは目を輝かせて目の前に広がる景色を見つめている。彼女にはまだその理由は理解できないでいた。しかし。

「トマト、おいしいの?」

「そうだよ!」

 ロロのきらきらした瞳を見つめた瑞葉は気が付けばそれまでの警戒を解いていた。その理由はもはや彼女自身も覚えていないが、少なくともそれから先は少しずつ新たな環境へと馴染んで行ったことも確かだ。

 そんな昔話を聞いたのは四歳の頃、両家族が休みを合わせ収穫された野菜と買ってきた肉を外で熾した火で焼いて食べていた時のこと。ルーシアがこんな時期もあったと懐かしむように皆に話していたのだ。そんな昔の話は覚えていない二人は嘘だ嘘だと口々に言っていたが大人たちは皆笑っていたという。彼女は柔らかい笑みを携えて日が落ちて星が瞬く夜になっても様々な昔話をしてくれた。ロロも瑞葉も彼女が優しい人だったと、そう覚えている。

 ルーシアが帰ってこなかった日のことをロロははっきりと覚えている。その日は珍しくナバスが早く家に帰って来た。そしてロロを連れて都の中心街へと向かったのである。突然の事で何も聞かされていないロロはただ久しぶりにどこかへ出掛けるのを楽しみにさえしていた。

 横たわったまま何も話さない母の姿を彼は覚えている。父は泣いていただろうか、実の所それを彼は知らない。じっと母のことを見つめていた。それは彼が初めて触れた死であり唐突な別れだ。子供だから何も理解できていなかったのか、或いはその姿を見た瞬間にふと全てを理解したのか、それすらも記憶にない。

 今のロロが覚えているのは寂しそうに、しかしどこか満足気な表情を浮かべたまま二度と起き上がらなかった母の姿だ。


「あ、えっと、ロロ……、君。おはよう」

 不意に聞こえた声がロロの意識を現実へと引きずり出す。ハクハクハクがそこに立っている。呆けた様にそれを見つめ、ようやく彼は今は宿に居てラウンジで彼女を待っていたところだと思い出した。

「よう、ハクハクハク。悪いな、ちょっと考え事してた」

「あ、そうなん、だ」

 ハクハクハクはロロの向かいに座りそれから何を話そうかと逡巡している様子が伺えた。ロロは瑞葉がいればあんたでも考え事するんだとか言いそうだと思いながら残っていたジュースを飲み干す。

「ヤヤさん、お代わり!」

「はいはい、ちょっと待っててね」

「ハクハクハクは何飲む?」

「え、あ」

 差し出されたお品書きを彼女はじっと見つめる。こうしたお品書きを見るとハクハクハク熟考の後に決め切れず適当に選びがちだ。今日もその例外ではなく目を閉じて指を下ろした場所に一番近いのにしようなどと最後には運任せで決めている。

 ハクハクハクは目の前に運ばれてきた橙色の液体を胃の中へ流し込み一息つくとじっとロロの方を見る。

「瑞葉ちゃん、は?」

「今日は、いや、たぶんしばらくは来れないかな」

 ロロは簡単に経緯を話し、そしてこれからどうするかを相談する。

「まあそれで折角だから適当に依頼を受けようとは思うんだけど、どうしようかと思ってさ」

「そ、そうなんだ。……一緒に行く人なら、その、サキちゃん、に聞いてみようか?」

「サキ先輩か。遺跡探索の時に一緒に行ったもんな。そうしようぜ」

 サキサキサは丙自治会に所属する冒険者で彼らと同じ五等星。ハクハクハクの良き友人で以前に共に依頼にも行っている。予定が空いていれば二人の頼みを断ることは無いだろう。

「じゃあ早速行こう。自治会の方にいるのか?」

「たぶん……。サキちゃんは大体あそこにいるから」

 二人は一旦宿から出て丙自治会の集会所へ向かった。


 ロロとハクハクハク、二人が一緒にいることは珍しく無いが二人きりとなれば話は別だ。大抵は瑞葉がすぐ傍にいるし、そうでない時も他の冒険者やら何やら誰かしらが一緒にいたのである。

「サキ先輩とは確か感謝祭の時も一緒に見て回ったんだっけ?」

「う、うん。そうだよ。……えと、そう、去年! はその、全然見て回らなかったから。あ、冒険者になって、回ったの、は初めて、かな」

「色々とお得なんだから見て回らないと損だぜ。演劇とかもあったんだろ? 俺ももっと時間があれば見に行ったんだけどな」

「そっか。……あ、忙しそうだったね、その、感謝祭の時期。走ってるの、見かけた、よ」

「そうだったのか? 全然気付かなかったな。俺も瑞葉もあの時はとにかく急げ急げって感じであんまり周りを見る余裕が無いんだよな。おかげでこの辺の裏道は大抵の人よりは詳しいぜ。普段通ること無いけどな」

「そっか、えっと。……でも凄い、よ」

 二人きりだからと言って変わったことは無く何の変哲もない会話が繰り広げられている、という訳ではない。ロロはじっとハクハクハクを見つめている。手遊びをしながら必死になって次の言葉を探している彼女のことをじっと見つめている。

「なんか、無理してる?」

「えっ?」

 ハクハクハクの目はあちらこちらに泳いでいて緊張と焦りがあるのがとても分かりやすい。

「別に無理に話題探そうとしなくてもいいぜ。俺が勝手に喋ってるだけだし。自分が話したいことがある時にだけ話せばいいよ」

 普段三人でいる時は主にロロと瑞葉が話をして、合間合間に瑞葉がハクハクハクに意見を求めたりすることが多い。それ故に彼女が自分から何か話すようなことはあまり無い。しかし今はロロがする話にどうにか返答をしよう頭を必死に働かせているのが傍から見るだけでもよくわかる。

「あ、えぅ……」

 ハクハクハクは恥ずかしがるように顔を赤く染めて視線を下に落とす。それを見ているとロロはなんだかバツが悪い気がして額を掻いた。

「あー、でも。色々話してくれるのは嬉しいぜ。ほら、やっぱり会話って楽しいもんだし、ハクハクハクの声って結構綺麗でいい声だし」

「ぅえ?」

 ハクハクハクがぽかん、と口を開けて隣にいる少年を見つめる。予想外に放たれた言葉に思わず言葉を失ったという感じだ。自身の魔力や魔法を褒められるのは未だに照れと自身を卑下する感情から素直に受け取れないとはいえ慣れてきている。しかし声が綺麗なんて誉め言葉を言われたのは初めての事だった。

「わ、私、声、綺麗じゃない、よ」

 彼女はそう言って否定したがロロは引かない。

「いやいや俺は綺麗だと思うぜ。聞いてて心地良いってやつかな。何て言うのかな、聞いてるだけで荒くれ者の心も静まるみたいな? いや、違うな。草原に吹く爽やかな風と言うか――」

 そんな調子でロロが何とかハクハクハクの声を何かに例えようとするのだが、それを聞いている方にとっては照れ臭いやら恥ずかしいやらだ。どんどん顔から火が出るのではないかと思う程に赤面し、ついにはその顔を両手で覆う。

「寧ろ川のせせらぎを」

「あ!」

 ハクハクハクの大きな声に思わずロロの口も止まる。ついでに周囲を歩いていた人も彼女の方に目を向ける。彼女はそれまでより更に小さく縮こまり先ほどの勢いも消えて行く。

「……あの、そのぐらいで、やめて、ほしいな、って」

 ロロは彼女をじっと見つめる。その赤く染まった頬を見て。

「照れるなって、褒めてるんだから堂々としろよ」

 そう言って肩を組むように手を回した。

「言っとくけど俺ちゃんと心から思ってることだからな。良い所なんだからもっとみんなに伝えて行こうぜ」

「えぅ、い、いや、恥ずかしい、から」

「えー。折角だろ?」

 いまいち乗り気でないハクハクハクに少々不満げにするロロ。彼としては折角の美点なのだからどんどん周りに知って欲しい。しかし当の本人はロロ程大勢と関わるのは苦手で寧ろ知られるのが恐ろしいと思っている面もある。

「……わ、私は」

 それに彼女にとっては。

「ロロ、君が知ってれば、それで、十分、だよ」

 小声で、ロロにだけ届くように放たれた言葉。それを聞いてロロは思わず押し黙り思わず肩に回していた手を放す。

「あー、そっか。それなら仕方ないか」

 言いながらロロは自らの顔を隠すように手で頭を掻き、ハクハクハクからその表情が見えないよう横にある建物へと視線を逸らす。ハクハクハクも自分で言った言葉が何だか恥ずかしくなって通りの石畳へと視線を落としていた。

 前から来た人は思っただろう。なぜこの二人は互いにそっくりに顔を赤くしているのだろう、と。


 丙自治会の集会所、ここは多くの丙族の憩いの場だ。ハクハクハクは最近折を見てここへ来るがロロは建物の前を通ったぐらいで中に入ったことまでは無い。

「俺も入っていいのか?」

「だ、大丈夫……、だと思う」

 ここに丙族以外の者が入ることは禁止されているわけでは無い。しかし基本的に丙自治会の者の紹介がある者に限定はされている。ハクハクハクはここに来るまでは何も考えていなかったが彼女自身は丙自治会の世話にはなっているが属してはいないのでロロが入れるかどうかは未知数だった。

 しかしそんな心配は必要なかったらしい。

「あー、ハクハクハクの紹介なら別にいいよ。ゴウゴウさんからも話聞いたことあるしな。あれだろ? この子と三人組でやってる冒険者の一人。色々噂は聞いてるよー? いい子なんだってね、せっかくだからゆっくりしていきな」

 そんな調子であっさりと中へ通され集会所内へ。この建物の一階部分は子供たちが遊ぶ大部屋や大人の社交場としての喫茶室、調理場や風呂など様々な施設が揃っている。二階は帰る家の無い子供たちの寝室や物置などで、基本的に外から来る者が行く場所ではない。

「サキちゃんはね、お、大部屋で、子供たちの、世話をね、し、してるの」

「あー、確かに? 子供たちの相手とか得意そうかも」

 ロロはぼんやりと子供の相手をするサキサキサの姿を想像する。その想像の中では子供たちの世話をするよりも振り回されている様子の方が思い浮かぶのは然程不思議ではないかもしれない。おそらく瑞葉も同じように考えるはずだ。

 大部屋に入ると幸いにも二人はすぐにサキサキサの姿を見つけることができた。今は数人の子供の前で何やら話を聞かせているようだ。

「――でね、その山の中では牙獣と大頭獣が喧嘩してたの。牙獣が大頭獣を囲んで今にも跳びかかろうと機会を窺っているのね。大頭獣はその気になればその巨大な頭蓋で突進すれば牙獣を蹴散らして逃げることは出来るの、でも彼の後ろにある大木の影には子供が隠れてる。逃げることは出来ないわ」

 彼女が手に持っているのは都で最近出版された絵本のようだ。大頭獣の家族の強い絆を主題とする物語で中々人気があるらしい。冒険者の中には子供に大頭獣を狩るのは止めてと泣いて説得された者もいるらしく、そういった意味では少々困りものだが。

 サキサキサはそんな物語を身振り手振りを交えつつ情感たっぷりに読み上げている。それを見聞きする子供たちは夢中になって、話が進むごとに手に汗を握り、祈るように手を組み、息を呑んで、最後には笑顔と共に拍手を送った。ロロとハクハクハクも彼らに倣い手を打ち鳴らす。どうやら子供相手にはちゃんとお姉さんらしく出来ているようで、ロロは自分の抱いていた印象が間違っていたのだと深く反省する。

 サキサキサは子供たちに手を振ると二人の方へ歩き出す。

「ハクちゃん、それにロロ後輩じゃん。久しぶりだね」

「そういえば久しぶりだな」

 ロロとサキサキサが会うのは以前に遺跡探索体験会へ行った時以来である。

「まあ私は自治会の方にいることが多いからあんまり宿には行かないからね」

 サキサキサは冒険者の依頼を受けることよりも丙自治会の仕事に精を出している。これは彼女が幼い頃から自治会で育ってきたからであり、一種の恩返しのようなものだ。

「ここに丙族以外の人が来るなんて中々無いよ。瑞葉ちゃんは? 来てないの?」

「それなんだけどな」

 ロロがここに来た経緯を瑞葉の親が丙族を嫌っている部分を除いて説明する。

「なるほどなるほど、それで私と一緒に依頼に行きたいってことね。ふっふっふ、そういうことならもちろん行かせてもらうよ」

「自治会の方はいいのか?」

「大丈夫、こっちは私が好きで手伝ってるだけだからね。寧ろ冒険者の仕事はいいのかって心配されてたぐらいだから」

 あっはっは、と笑うサキサキサに二人は苦笑いを浮かべる。心配されるぐらい冒険者の活動をしていないとなると連れて行くのも少々不安になるものだ。しかしどうやらそんな二人の不安を彼女は読み取ったらしい。

「言っとくけど、別に身体が鈍ってたりはしないからね。なにせ私は将来有望でいずれは世界に名を轟かす冒険者になるんだから」

 胸を張ってふんぞり返る彼女の姿にやはり二人は不安を覚えずにはいられないのだった。


 ロロ、ハクハクハク、サキサキサの三人が志吹の宿の戸を開く。受付で退屈そうに欠伸をしていた崎藤は居住まいを正して彼らの方を向く。

「サキサちゃん、久しぶりだねえ」

「お久しぶりです。久しぶりに依頼を受けに来ましたよ」

「是非とも受けて行ってね。さて、ロロ達にはさっき三つ依頼の候補があるよって言ったんだけど……」

 崎藤は頬を掻きながら一枚の依頼書を取り出す。

「これ以外は他の人に取られちゃったんだよねえ」

 どうやらサキサキサを呼びに行く間に他の冒険者が依頼を受けて行ったようだ。残った依頼はホウライの木の伐採手伝い。

「ホウライかあ。今度自治会でお守り作りでもやってみようと思ってたから分けてもらえるか聞いてみようかな」

「自治会ではそんなこともやってるのか?」

「子供たちと一緒にやるの。私は結構こういうものを作るの好きだから週に一回ぐらいそういう教室を開いてるの」

「サキちゃん、手先がね、器用なの」

「へえぇ、意外だ」

 ロロの思い描く想像では寧ろ不器用そうに思っていたので思わずそんな声が漏れ出る。しかし丙自治会には彼女が作った木彫りの置物などもあり、その器用さは誰もが認めるところのようだ。遺跡探索の際にハクハクハクとの仲を元のようにしたいと空回っていた印象が強かったが、彼女の人物像に関しては色々と改めるべきところがあるようだ。

「ホウライの幹は流石に分けてもらえないだろうけど枝先ぐらいなら交渉次第じゃないかな。とりあえずこの依頼書は君たちに預けるから適当な三等星を捕まえておいで」

「はーい」

 ロロとサキサキサが元気よく挨拶し依頼書を受け取る。

「じゃあ誰か一緒に行ってくれる人を探すか」

「自治会の人で一人当てがあるよ」

「ならその人に聞いてみよう」

 その後、丙自治会所属の三等星の冒険者が共に行くことに決まる。こうしてロロたちは瑞葉抜きで初の依頼へ向かうことになった。




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