14.5.宿の休息
ショウリュウの都、志吹の宿。普段は一日に十数組の冒険者が出入りするのだが、ここ数日は片手で数えられるぐらいと人の出入りの少ない日が続いている。そんな折、宿の店主である崎藤は数人の若者に指示を出して宿の清掃をしている。宿には観光客が泊まりに来ることもあるが本日そちらは臨時休業として大掃除をしているようだ。そうしていると宿の戸を開けて入ってくる人影が一つ。
「人を雇って大掃除ですか。宿の主人というのは中々儲かるようですね」
そんなことを言いながら入ってきたのは自警団の一員であるカクラギだ。志吹の宿の従業員は崎藤、ミザロ、食堂のおばちゃんの三人しかいない。宿によく来るものであればそんなことは当然知っており、掃除をしている若者たちはこの日の為に雇った清掃員であると想像するのは難しくない。
「いやいや、なけなしの蓄えから出してるだけだからね。結構広いから僕一人だと細かいところまでは手が回らなくてねえ。とりあえず奥へ行こうか」
崎藤は掃除を彼らに任せるとカクラギと共に宿の奥に向かう。わざわざ場所を変えるのは他の者に話を聞かれたくないからだ。二人は今しばらく使う予定のない研修室へ向かい中から鍵を閉める。
「実はこの部屋も掃除したばかりなんだよね。どうかな? 綺麗になったと思うんだけど」
崎藤の言葉通り置かれている椅子や机はもちろん、部屋の隅まで埃一つない。しかしカクラギは渋い表情だ。
「その言葉に頷こうにも元の様子を知りませんよ」
カクラギはこの部屋に入ったことこそあるがもう何年も昔のことでその時の様子など覚えていないようだ。
「ああ、そっか。でも綺麗だと思わないかな」
「……まあ十分に綺麗だとは思いますが」
「それならよかった。あまり使うことのない部屋とはいえ掃除が行き届いてないと拠点としての評価が下がるって噂があってね。うちは知っての通り人が少ないからさあ。ミザロちゃんがいないと掃除もままならなくてねえ」
宿の看板娘ことミザロは今現在依頼を受けて出ている。ただでさえ少ない従業員が更に減っているのだ。
「ミザロさんは一人で何でもやってしまいますからね。掃除もあっという間でしょう」
「そうそう、いつの間にか終わってるんだよねえ。大変だろうから人を雇おうって言ったんだけど十分もあれば終わるのでいりません、って断られちゃってねえ」
「ははは、まあ、そう言うこともありますか」
軽い世間話がしばらく続く。最近はカクラギも忙しくあまり宿に来れていなかったのでそんな話をすることもなかったようだ。最近あったことを一通り話し合うとようやく二人は本題に入る。
「さて、と。そろそろ本題と行きましょう。私もあまり仕事をさぼっていると琳団長に怒られてしまいますので」
「その点は申し訳ないと思ってるよ。うちが依頼奨励期間なんてやってるから色々と面倒を増やしてるでしょ? 僕の方からも問題を起こした人には厳重に注意してるけど現場の方は任せきりだからねえ」
依頼奨励期間とは単に依頼主からの報酬に加えて志吹の宿から特別報酬が出るというだけのことだ。しかしそのおかげで普段より大勢の冒険者が依頼を受けてショウリュウの都にとどまらず近隣の町村へ出払っている。そして多くの依頼をこなそうとする際に必然的に冒険者と依頼主の間での問題というのは増えるものだ。しかし崎藤の言葉をカクラギは首を横に振って否定した。
「いえ、然程問題は起こっていませんよ。例の件に人手を持っていかれましてね。冒険者係は今かなり少人数で回しているんですよ」
「……へえ、それは穏やかじゃないね」
冒険者制度は国が保護しているのだが、それ故に冒険者自身及び彼らが属する拠点にはある程度の自治が求められる。自警団のような公的機関もある程度の介入はするのだが何か別に大きな問題が起これば自治に任せ人手が減らされる場合があるのだ。
「別に調べることができたとか……。ああ。例の崖崩れ、魔法の正体が掴めたのかな?」
「そう言うことです。家老さんに協力を仰いだ甲斐があったというものですよ。あの方の知識量には感服するばかりですね」
カクラギは何やら書かれた数枚の文書を取り出し崎藤に渡す。
「こちらが詳細をまとめたものです」
「僕は魔法なんてさっぱりだから見てもわからないんだけどねえ」
そう言いながら崎藤は渡された文書に目を通し始める。およそ一月前に起こった大昇竜の山で起こった崖崩れ。これは何らかの魔法によって人為的に起こされたものだと結論付けられていたのだが、この紙には崖崩れを引き起こした魔法について詳細に記されている。
「物体を細かくする魔法ねえ……。みじん切りとかできるのかな? 考古学の範疇の魔法なんだ。家老さんはともかくこの下手人はよく知ってたよねえ」
「考古学の修了者か自学者か、それとも遺跡を自力で発掘したのか。この辺りの発掘は多少進んでいますが全体から見ればほんの少し。我々が知らない遺跡から何かしらの文献を発見したのかもしれませんね。ちなみに今回の件に使われた魔法は数年前に家老さんが読み解いた魔導教本に書かれていたものと類似していたそうですよ」
「ああ、飲み会の時にそんなことを言っていたかな」
「そこにも書かれていると思いますが元の魔法から発展させて岩を砂のように変えることに特化させているようです。採掘などの際に固い岩盤を砂に変えるのが主な用途だったのではないかと言っていました」
「ん、ああ、確かに書いてあるよ」
文書の最後には魔法に対してのイザクラの所見が書かれている。魔法は使い方によって良くも悪くも変わる。採掘や掘削工事の際に岩盤を文字通り粉のように砕き粉砕することもできるが、一方で今回のように崖崩れを起こしたり家屋に使われた岩を砕き倒壊させることもできるだろう。魔法は使い手次第で良くも悪くも変わるという一つの例だろう。
「イザクラさんらしい注釈だね」
「そうですね。それで崖崩れを起こした犯人は誰か、という話ですが」
「そっちも進展が?」
「いいえまだです。ただ魔法の詳細が分かったことで使い手に関して絞り込みが可能な部分もあるかと。まずこの魔法ですがかなり燃費が悪くそれでいて高度な魔力制御を要するものです」
「書いてあるね」
崎藤は文書の中盤の一部分を見つめる。そこにはこの魔法は物質を一粒一粒を目で判別できないほど細かくするという繊細な制御を要し、一方で最終的に起こる現象だけを見れば堅固に結びついた物体を分断するという半ば力業と言っていい事柄である。そのことから魔力量及び魔力制御がかなり高度な水準を超えていなければ修めることはできないだろう、そう書かれている。
「それに加えて本件では魔法を設置して遠隔で崖崩れを起こしたことが判明しています」
「へえ、遠隔で?」
「ええ。改めて現場検証が行われた際に魔力が込められた呪符が巻かれた剣が埋まっているのを発見しました」
「……設置型の魔法って結構難しいらしいね」
「そうですね。ただ元々この細断の魔法自体が高度な魔力制御が必要ですからね。これを使えるならば時間と道具さえあれば可能かと。ちなみに私はできませんし三等星以上に絞ってもできる方はそう多くないと思いますよ」
三等星というのは冒険者の中でも既に熟練者の域に達した者たちだ。そんな者たちでも魔法を何らかの形で設置するということは難しい。魔法の制御を得意としつつ考古学の範疇にある文献の知識を多少なりともかじっている者に限られるだろう。
「それにこんなことをした犯人がそれを使えることを公にしているとは思えません。イザクラ考古学団が運営する図書館の出入記録などは確認させてもらいましたが、まあ期待はしていませんよ」
「ということは剣か呪符の方で何か?」
「呪符の方は孤城の流派から幾つかに分派した中のある流派に似たものを使うところがあるそうです。そこへの聞き込みは私の担当ではありませんので。それで剣の方は過去に遺跡から同様の物が発掘されてますね。家老さんがそのことを覚えていました。」
「へえ、いつ頃かな?」
「二十年と少し前です」
崎藤は困惑したように眉をひそめる。
「そんなに前なの? 魔王の騒ぎより前ってこと? 流石にそこまで前だと僕もあまり覚えてないけど」
「覚えていなくとも名簿はあるでしょう? 今日は二十五年前か二十年前までの五年分の名簿を確認しに来たのですよ。当時にこの剣を手に入れた可能性がある者を洗う為に」
「総当たりするの? 中々大変な仕事になると思うけど……。少し待っててよ、取ってくるから」
「お願いします」
崎藤は一旦部屋を出たかと思うとすぐに幾つかの書類の束を持って戻ってくる。
「一応全部持ってきたよ。四等星や五等星は見なくてもいいかな?」
志吹の宿に籍を置いている冒険者は昔からかなり多い。当時は今ほど法の整備が進んでおらず所属するだけならば契約書だけで済んでいた時代だ。特に五等星の数は多く、しかしほとんどの者が登録だけで活動の実績はなかったようだ。
「そうですね。話では発掘された遺跡は周囲に魔物の棲み処が多く危険な場所だったと言っていましたし今回は除外しておきましょう」
カクラギは書類を受け取り目を通し始める。三等星以上の当時の優秀な冒険者、彼らの名前を一つ一つ目で追って行く。
「何か気になる人はいるかな?」
「どうですかね。名前だけではわからないことの方が……、ああ」
「何かあったかな」
「懐かしい名前を見つけました。この人のことはよく覚えていますよ」
カクラギが指さす先には崎藤に取っても懐かしい名前が書いてある。
「ニドかあ。本当に懐かしい名前だ。最近はもうずっと見てないよ。ショウリュウにもいないんじゃないかな」
ニドとは昔に志吹の宿で活動していた冒険者だ。二十年前に魔王との大戦があった頃に魔物との交戦で仲間を失い自らも酷い怪我を負って冒険者を引退した。その後の消息は誰も知らない。
「彼とその仲間に救われた人は大勢いますからね。私もその一人と言っていいでしょう。他にもちらほらと覚えのある名前がいくらか。老齢で引退した方もいればそうでない方も……」
「嫌な商売だよ。いい人ほどその身を削って最後にはいなくなる」
崎藤は寂しさと悲しさの入り混じった表情で目を伏せる。彼の脳裏には幾人ものいなくなった人たちの姿が浮かんでいた。ある者は小さな村を守る為に命を賭し、ある者は街中に現れた犯罪者を止めようと立ち向かい、ある者は遺跡の探索中に仲間を庇った。誰の顔もはっきりと思い出せるのにもう言葉を交わすことはできないのだろう。
「僕らにできるのは今いる人たちを大切にすることだけなんだろうね」
誰かとの別れに涙することがあろうと立ち止まることだけは誰も望んではいない。崎藤はそう信じている。
「……そろそろこっちの情報も話しておこうか」
「何か面白い話がありましたか?」
カクラギが顔を上げる。聞く準備ができたと見えて崎藤は話し始める。
「そうなんだよね。一つ、まあ関係あるかはまだわからないけど……。ササハ村、知ってるよね?」
「ええ、サンガの川を越えて西に行ったところの」
「そうそう。最近トウボクサイが出てね。ディオン君とロロたちに討伐依頼を受けてもらったんだよ」
「……トウボクサイが?」
カクラギが訝し気な顔をするには訳がある。トウボクサイの生息域は木々が豊かに育った山林なのだが、ササハ村周辺はこれに当てはまらない。竹林が多いあの辺りではトウボクサイが主食としている木の実があまり取れないからだ。魔物と言えど生物であるから群れからはぐれた個体とも考えられるが不自然には感じられる。
「ディオン君がその時に面白い話を聞いたんだよ」
「面白い話」
「そう。村人の一人が丙族を見かけたって騒いでたらしいよ。それもトウボクサイが目撃され始める前に」
「……その丙族がトウボクサイを連れてきたと?」
「それとトウボクサイを探す最中に索敵に反応して逃げた何かがいたとも言っていたね」
これはハクハクハクがトウボクサイを発見した時のことだ。ディオンはロロたちには何も言わず自身も周囲の気配を探る魔法を使っていたのだが、ハクハクハクの魔力に反応して逃げた何者かの存在を感じ取っていた。向かってくる様子もなく、また新人三人から目を離すわけにもいかなかった為に追いかけはしなかったようだ。
「丙族ですか……。また面倒な」
「ゴウゴウ君の眉間の皺が増えるかもねえ」
丙族が何か問題を起こした際にショウリュウの都近辺では丙自治会の方へその問題解決を依頼される場合が多い。今回の件は証拠があるわけではないものの丙自治会に話が持ち込まれその会長たるゴウゴウは対応に苦慮することになるだろう。
「ディオンさんは何かそれ以外の手掛かりを持ち帰ったりは?」
「三人と別れた時に改めて話を聞いたらしいけど、まあその目撃者っていうのが遺族の方で中々大変だったらしいよ。なんとか目撃した場所を聞いて夜中に一人でそこに行ったらしいけど」
「何かあったと?」
「周囲の木々が切られてて少し焼け焦げた竹があったって」
「……キャンプの跡じゃありませんよね?」
カクラギの脳内には一人でテントを立ててキャンプを楽しむ丙族の姿が浮かぶ。ササハ村周辺は危険な魔物も滅多に居らず単なる趣味を楽しんでいたのではないかと。
「それならよかったけどねえ」
そう言いながら崎藤は机の上に小さな金属の破片を置いた。
「これは……、何かの部品?」
「落ちてた、というか埋まってたんだって。わざわざその辺り掘ったのかな?」
「……魔力の痕跡がありますね。まさか遺跡由来の物でしょうか? そうだとすれば何をする為の物なのか気になるところではありますが」
「それに関してはディオン君が面白い仮説を唱えてたね。ほら、トウボクサイ、どこから来たのかって話なんだけど」
「……転送ですか?」
「可能性だよ。あくまでね」
二人は黙り込む。目の前の小さな金属の破片。光沢のある表面には溝が彫られそれが人工物であることを示している。元の物体はどれほどの大きさだったのだろうか、掌に収まる程度か、それとも人よりも大きなものか。形はどうだ、丸いのか、四角いのか、生き物を模していたのかも。そして何より、どんな機能を有していた? 仮説が仮説にすぎないのであればいい、しかし。
「……家老さんもいらっしゃいますしこれはこちらで調べましょう。ササハ村周辺はもう一度調べ直した方がいいかもしれませんね」
「そうだね。もの探し得意な人を何人か当たっておくよ」
崎藤は数人の冒険者を思い浮かべ誰に任せるべきか考える。しかし今は誰も彼も依頼を受けて遠出をしているのを思い出していた。
「そろそろ奨励期間も終わりにしようかなあ」
「元々一か月間やると言っていたのでは?」
奨励期間は半月ほど前に始まったばかりだ。今すぐにやめると言えば反感は免れられない。当然、崎藤はわかっていて冗談で言っただけなのだが。
「そろそろ忙しくなりそうだしすぐに動ける人材を確保しておきたいんだけどねえ。すぐにめぼしい依頼はなくなると思ったんだけど、新規の依頼が少し多いかな」
「そこまで多いのですか?」
「目に見えてってわけじゃないけどさ。ちょっと離れた小さな村でってのが多くて時間がかかるんだよねえ。さっきのササハ村も行くには少し時間がかかるからさ」
「そうですか。危険度はともかく移動に時間がかかるのは厄介ですね」
「もうちょっと近くで問題が起きてくれ……。いや違うか、そんなの無い方が良いに決まってる。まあうちの稼ぎ頭のみんなも動いてるから失敗の報告がないのは救いだね」
「ザガ十一次元鳳凰の皆さんですか? あの人たちの話は聞いてますが本当に八面六臂の大活躍のようですね。我々も負けてはいられませんか」
カクラギが名簿を置いて立ち上がる。
「あれ、もう行くの?」
「ええ。元々情報交換が主な目的ですから。名簿の確認はついでです。参考にはなりましたがそれ以上にはなりませんね」
「まあ名前だけ見てもね。また動きがあれば連絡してね。こっちはこっちで色々と動けるようにしておくから」
「ええ、その時はよろしくお願いします」
カクラギはそのまま振り向くことなく去って行った。彼の業務は忙しく、今日一日を取ってもまだまだやることが多い。そんな彼に倣い崎藤は掃除をするか依頼書の整理をするか悩んだが、結局は先にコーヒーでも飲みながら人心地つくことにしたらしい。そのうち誰かしら冒険者がやってくるだろう。その時まで彼はしばしの休息を取る。




