12.冒険者の決意と不安
ショウリュウの都、ロロの家。朝、日が昇り窓からは外に広がる畑が見える。空に雲はなく彼の新たな一歩を祝福しているかのようにも思える。
「さーて、今日も頑張るか」
ロロが起き上がると居間の方からかぐわしい香りが漂ってくる。どうやら父が既に起きて朝食を作っているらしい。
「父さん、おはよう」
「起きたか。もうすぐできる、顔を洗ってこい」
「はーい」
ロロは言われた通りに顔を洗って、それから戻ってくると既に食卓に朝食が並んでいる。米と干し肉と野菜の炒め物、それに。
「今日もエンドウ?」
皿にうず高く積まれたエンドウ豆にロロは辟易したように言う。
「明日もだ」
「まあまだまだあるもんな」
ロロが後ろを見ると箱に入ったエンドウ豆が大量にある。腐らせるわけにもいかず毎朝大量に食べているのだが一向に減る気配がない。農場で豊作だからと箱いっぱいに渡されたのだがこれが中々減らない。おそらく隣の家で瑞葉も同じ目に遭っているのだろうとロロは想像する。そうしたところで決して目の前の山はなくならないのだが。
ロロの父が自分用のエンドウ豆の山を持って椅子に座る。一人分だったのかこれ、とロロは更に辟易した。
「……今日からは魔物の討伐に行くんだったな」
「ん、ああ」
不意に尋ねられてロロは少し珍しいなと思った。ロロの父は寡黙と言われることが多く、家でも口数は少ない。
「一か月も特訓したからな。今日からどんどん活躍してすぐに四等星になるぜ」
「お前は馬鹿だからな。すぐに無茶をする」
「そんなことないって」
「あまり危ないことは、と言ってもお前は聞かんのだろうな」
「……あ、もしかして心配してるのか?」
その問いに答えはない。ロロは父の表情をじっと見て、ゆっくりと考える。生まれた時から一緒に過ごし冒険者になる前には言い争いまでした父の本心は。
「……そうだな。俺、馬鹿だけどさ。精一杯気を付けて頑張るよ」
「……そうか、なら気を付けて帰ってこい」
「ああ!」
ロロは今日からの依頼に思いを馳せる。きっとたくさんの活躍をする、そして大きな怪我もなくここに帰ってくるのだ。そう強く心に誓う。ただし、彼がここを出て行く前にまだ大きな敵がいる。
「さーて、そうと決まればこれを食べ切らないとな」
緑の山を見つめて溜息と共に小さく呟いた。
瑞葉の家、彼女が目を覚ましたのはまだ日が昇る前。
「あんまり寝れなかったな」
彼女は布団に頭まで潜ってどうにか眠ろうとしていたのだが、寝ているのか起きているのか夢現のまま気が付けば朝になっていた。今から寝たところで一時間もすれば起きねばならない。
「目は冴えてるし大丈夫かな」
彼女の目が冴えている一因は不安にある。久しぶりに危険度のある依頼、可能ならば魔物の討伐依頼を受けるつもりだ。そしてそれは一か月前に彼女たちが失敗しかけたものでもある。その際は竜神の助けによって怪我もなく終わったがいなかったなら自分たちは無事に帰ってこれたのか。そして今の自分は果たしてそうならないと言えるのかどうか。この夜はそんなことを考えて眠れなかったのだ。
「軽く体を動かして、慣らし魔法もやって、それから装備や荷物の確認……、ぐらいかな」
今から出掛けるまでにやることを口に出して確認する。緊張からか丁寧過ぎるぐらいに確認し、それを実行していく。全身を伸ばして簡単な準備運動、身体強化や簡単な風の魔法を使う慣らし魔法。それから使用する杖に問題が無いか、リュックの中身や重量に問題は無いか。そんなことをやっているうちに日は昇り外が明るくなる。
「ロロはちゃんと起きてるかな」
自分だけでなく人の心配までしだしたと嘆くべきか、それとも人の心配をするぐらい心持ちに余裕ができたのか。どうなのかは彼女自身もわかってはいないだろう。
「瑞葉ー、起きてる?」
母親の呼び声だ。それを聞いて瑞葉はすぐさま立ち上がり部屋の戸を開ける。
「起きてるよー」
リビングへ向かうと義父が椅子に座って新聞を読んでいる。
「おはよう瑞葉ちゃん」
「おはよう。それ新聞?」
「そうそう。ナバスさんが一昨日発行のやつをくれたから読んでるんだよ」
ショウリュウの都の大手新聞社では三日に一度の頻度で新聞が発行されている。彼らの勤める農場の主、ナバスは発行の度にそこから新聞を数部ほど買っており希望する従業員に配っている。瑞葉の両親も二、三回に一度はそれを貰って読んでいるようだ。
「何か面白い記事はあった?」
「んー……、あ、これなんてどうかな」
指差された記事は志吹の宿のチーム、ザガ十一次元鳳凰の活躍を記すものだ。なんでも三か月ほど前から近辺を騒がせていた山賊の一味を壊滅させたらしい。
「この山賊って結構前から話題になってたよね」
「そうだね、二、三か月ぐらい前だったかな」
「……あんな風でもやっぱりすごいんだよねえ」
瑞葉は宿で武勇伝を声高に語るザガを思い浮かべる。彼女が見たことがあるのはそんな姿ばかりで実際に冒険者としての凄さというのはいまいちわかっていなかったが、こうやって新聞に載っているのを見ると素直に感嘆する気持ちがある。
「最近は色々活躍してるみたいだよ。こっちにも書いてある」
一枚めくると今度は近隣の村へ向かう街道に現れていた魔物をザガが討伐したという記事だ。よくよく見れば新聞の至る所にザガ十一次元鳳凰関連の記事が載っている。
「最近ザガさんも竜神さんも宿にいないとは思ってたけどこんなに依頼をこなしてたんだ」
「みんな頑張ってるってことかな。瑞葉ちゃんもいつかは新聞に載るぐらい活躍するのかな」
そう言われて瑞葉は自分の未来を想像する。しかし彼女にはまだ自分が紙面を賑わせるところは想像できない。まだ頭の中に以前の失敗が頭から離れないのだ。悩んでいる彼女を見て義父は余計なことを言ったかなと少し後悔している。
「朝ごはんできたわよ。ほら二人共、取りに来て」
「はーい」
母の声に瑞葉も彼女の義父も一旦思考を中断して台所へ。そこには野菜汁と卵焼き、それにここ数日毎日見ているエンドウ豆。
「ああ、やっぱり今日もか……」
義父の力無い声が瑞葉の耳に届く。その気持ちは彼女にも少しだけわかった。瑞葉は野菜類がかなり好きでエンドウ豆も好物なのだが、毎日毎日というのは少々辛いものがある。
「仕方ないでしょ。ジムニーさんの御厚意なんだから断れないわよ。美味しいんだからいいの」
三人の食卓はそれなりに賑やかだ。天気の話や農場の様子など話題がぱらぱらと移り変わる。最近は瑞葉が都の色々なところでこなした依頼の話などをよくしていたのだが、今日は話題に上がる気配はない。そのことに僅かに気まずさを覚えながら瑞葉は食事を終える。
支度を終えていざ外へ、という時に瑞葉の母が彼女を呼び止める。
「瑞葉」
呼び止める声に返事はできなかった。彼女は母に何と言うべきかわからなかった。
「冒険者なんて危ないからやめろ、とはもう言うつもりはないんだけど」
それは言っているようなものでは、とは流石に口に出さなかった。
「気を付けて行くのよ、危ないんだからほんとに」
母の心配を過剰だと瑞葉は感じている。事実として危険ではあるが、その一方で冒険者になることを認めてくれたのはその母なのだから。しかし母が父を亡くしたことでその忘れ形見の自分をより大切に、あらゆる危険から遠ざけたいと思う気持ちも理解できている。瑞葉は心に誓う、必ず無事に、怪我一つなく帰るのだと。
「わかったよお母さん。しっかり気を付けて行くから」
不安気に見つめる母に瑞葉はそう言って微笑む。こんな風に心配をかけないほどに強くなりたいと彼女は願う。
ハクハクハクの住む家、より正確に言うならば物置。彼女は幼い頃に両親を失った孤児で、縁あってゴウゴウに引き取られた。その際はゴウゴウが丙自治会の仲間と共に暮らしている一軒家にいたのだが、冒険者になった際にそこから出て行ったのである。その後に冒険者としての活動を休止していた間はろくな稼ぎもなく路頭に迷いかけていたのだが、雨に打たれて佇む彼女を見かねた古物商の商人が商品の整理の手伝いをする代わりに物置の一角に住まわせているのである。実際のところその商人がゴウゴウに頼まれてそうしたことを彼女は知らない。
「綺麗になったかな」
外はまだ薄暗く、物置の中は更に暗い。しかしとうにハクハクハクは起きており、この数か月の日課となっている物置の清掃を行っていた。毎日の清掃で埃が溜まることもないのだが、わざわざ面倒を見てくれている商人への感謝の印として彼女はそれを続けている。じっと辺りを見回して掃除の出来に満足した彼女は自身の荷物がまとめてある一角へと向かい、今日持っていく装備の確認を始める。小さめのリュックと大きな盾を背負うと手に持った杖を支えに立ち上がりその場を歩き回る。
「大丈夫、かな」
手に持つ杖に違和感はない。背中の盾を手に取り周囲に当たらないよう軽く振り回す。こちらも問題ないようでそれを再び背負い直す。
「……大丈夫、だよね」
そう呟くと彼女はぎゅっと杖を握りしめた。志吹の宿に行けばロロと瑞葉がいる。二人と合流したらどんな依頼があるか確認して、それから一緒に依頼を受けてくれる冒険者を探す。今日は魔物の討伐に行く。そのことを思うと彼女の心臓がばくばく、と音を立てて鳴るのがわかる。
「大丈夫、大丈夫……」
彼女はこの一月のことを思い返す。瑞葉の発案で行った一か月の特訓。その間に教わったこと、学んだこと、身に着けたこと、それらをじっと思い返している。少しでも心を落ち着けようと二人の心強い言葉を思い返している。
「大丈夫、大丈夫……」
ガチャ、と不意に扉の開く音がした。思わず彼女はひっ、と怯えた声を漏らし体が強張る。扉の方には彼女の面倒を見てくれている商人の姿。
「今日は依頼を受けに行くんだろう。早く準備して行ったらどうだ」
「あっ、はい、あの、ごめんなさい」
商人の彼女に対する態度は厳しい。ゴウゴウから幾らかのお金を融通してもらっているとはいえ、一年近くもの間ろくに稼ぎもしないごくつぶしを養い続けてきたせいだろう。十五、六の子供に自分の食い扶持を稼げというのは少々高望みであるが、その一方で何もせずただぶらぶらと歩き回っているだけの者もいない年頃だ。大抵は親の仕事を継ぐか、最低限の食い扶持だけ稼ぎつつ自分の夢の為に何かしら勉強したりというのが多い。
ハクハクハクは出がけに用意されていた固くあまり味のないパンを一切れと杏の砂糖煮を持って外へ出る。丙族にはあまりに少ない食事だが少量でも食べられる、食べさせてもらえることは彼女にとってありがたいことだった。彼女はこの依頼の報酬が出たなら必ず何かしら恩を返そうと考えている。パンに杏を乗せて一息に口に入れると甘酸っぱい風味が口を潤すのだ。
志吹の宿、その前で三人の冒険者が集う。
「ハク、おはよう」
「あっ、うん、おはよう」
「ちゃんと寝れたか? ハクハクハクはいっつも元気ない顔してるからなあ」
「えっと、あっ、大丈夫、だよ」
「そうか? ならいいけどな。まあ俺は万全だから問題ないんだけどな」
瑞葉は若干の寝不足だったのであまりこの話題には触れず黙っていた。
「よっしゃ、とりあえず行こうぜ」
ロロが号令と共に宿の扉を開く。中では受付で崎藤とミザロが何か話している。そこから少し離れたところに牛鬼が控えており、あとはラウンジに冒険者らしい者が数人。とりあえずといった様子で彼らは崎藤たちの所へ向かう。
「やあ三人共、元気かな?」
崎藤は彼らに気付くとそう挨拶をした。ミザロは会話を途中で切られたのが不満だったのか崎藤を睨み付けている。
「俺たちは元気も元気ってね。それでさ、俺たち討伐系の依頼があったらやりたいんだけど」
「ん、ああ。もうあれから一か月も経ったのか。いやあ早いねえ。どんな依頼があったかなあ」
崎藤がいくつかの書類の束をめくりその中から数枚を取り出す。
「討伐の依頼に絞ると君たちに任せられるのはこのどちらかかな」
一つはトウボクサイ、もう一つはハネトカゲの討伐。それらを見比べると三人は顔を突き合わせて相談する。
「ハネトカゲってなんか虫みたいな羽のやつだよな」
「そうね、蝶みたいな羽の、発光する鱗粉を撒くんだったかな」
「う、うん、そうなの。鱗粉、綺麗だよ?」
ハクハクハクは一年近く前に実際に見た記憶を思い出す。淡い赤や黄の光を放つ鱗粉は彼女の目にしっかりと焼き付いている。もっともその前後のことを思い返してしまうとすぐに気持ちは沈んでしまうので鱗粉の光だけに集中する。
「まあそれはどうでもいいかな」
「えっ」
そしてその貴重な良い思い出は瑞葉に軽く流されてしまった。
「正直あんまり知らないやつは今行きたくないのよね。とりあえず一度でいいから自分の実力がしっかり通じるって実感が欲しい」
「ふーん。まあ俺が変に口出すよりはお前の判断を信じるよ」
「ハクもそれでいい?」
「……え、あ、トウボクサイ?」
「そうそう」
「うん、いいよ」
ハクハクハクが少し凹んでいるのに瑞葉は気付かず崎藤が差し出したトウボクサイの討伐依頼の紙を受け取る。そしてそこに書かれている文面を改めて読んでいく。
「ササハ村に向かう街道沿いの竹林だって。ササハ村って西の方だっけ?」
「えー、いやどうだったかな」
瑞葉にわからぬものをロロがわかるはずもない。ハクハクハクもわからないと首を横に振る。周辺の地理が曖昧なのは新人らしいと崎藤は微笑みながら地図を取り出す。
「ササハ村だね。地図の見方はわかるかな」
「研修でやりましたよ」
「……そうだぜ」
瑞葉がじっとロロを睨む。それを無視して崎藤は指差しながら説明を始める。
「えっと、まずここがショウリュウの都。確か試験では雨原の町に行ったんだったね。あれがこっちの方でね。ほら、これが竜尾の川だよ。それでササハ村は逆方向だから、この西に伸びてる竜頭の川を下って、ここでサンガの川に合流、するんだけどそのまま対岸まで行って更に真っ直ぐ行ったら」
崎藤の指差す先がササハ村と書かれたところで止まる。山河カンショウの国で最も大きなサンガの川を越えてそこからの距離もかなりあるように見える。
「行くだけで結構かかりそうだな」
「まあ時間はそれなりにかかるかな。ただ船と馬車を乗り継ぐから楽だと思うよ」
ササハ村はショウリュウの都との交易が盛んで両者を結ぶ道は整備されている。竜頭の川は荷や人を運ぶ船が盛んで、そこから村を結ぶ陸路もしっかりとした街道があり荷馬車が走っているのだ。馬車の道を確保しながら歩く必要はない。
「朝から出れば二日で着くんじゃないかな」
船に乗って丸一日もすればサンガの川まで辿り着く。そこから馬車に乗り換えて夜まで走り続ければササハ村が見えることだろう。
「よし! じゃあこの依頼を受けるぞ」
「ロロ、瑞葉、ハクハクハク、それと誰が行くのかな?」
それを言われてロロが振り返った先には話が終わるまで律儀に後ろで控えているミザロがいる。
「ミザロ姉、一緒に行こうぜ!」
返事は、ない。ロロは拳を握ってミザロを誘った体勢のまま固まっている。瑞葉は少し気まずそうに襟元を摘んだ。ハクハクハクはおろおろとロロとミザロの顔を交互に見やっている。十数秒ほどの静寂の後にミザロがようやく口を開く。
「いえ、私はこれから依頼をこなさなければならないので。崎藤さんがどうしてもと頼むもので、ねえ」
ミザロが射殺すような恐ろしい視線を崎藤に向ける。
「いやあ、ははは」
「いいですか、私がいないからと仕事をさぼらないこと。それに無駄遣いもしないこと。戻ったらすぐに私が仕事をやりますからアルバイトも必要ないでしょう?」
「……はい」
瑞葉は三日ぐらい前に四等星の冒険者が崎藤の代わりに受付をやっているのを見たのを思い出す。どうもそれがミザロの琴線に触れたのか何やら怒っているらしい。
「それはそれとして、ロロ。そういうわけですからあなたたちの依頼に同行することはできませんので他を当たってください。さて、牛鬼さん待たせましたね。行きましょう」
「うむ」
ミザロが後ろにいた牛鬼を伴って出て行く。二人で依頼を受けているらしい。
「……牛鬼さんも行くんだ」
「なんか珍しいよな」
そもそもミザロが依頼に出ることが稀であり、しかも誰かを伴ってというのはロロたちは初めて見ることだった。
「まあいいや、他の人に頼もうぜ」
しかしさして気にすることもなく他の冒険者の元へ向かう。ロロにとって一緒に行くのが誰であるかはあまり関係ない。知り合いなら勝手がわかっていていいし、知らない人なら新しい繋がりができる。どちらも喜ばしいことだ。
「……ハク、行こう」
「……うん」
ただし他の二人は違う。ロロが躊躇いなく向かう後ろをやや委縮した様子でついて行く。宿のラウンジは軽く見渡せる程度の広さしかない。そこにいる冒険者は二人にとって全く知らない、顔を見かけたことがある程度で人となりなどわかりようもない人物ばかりなのがわかっている。
瑞葉は人見知りの気がある。牛鬼やミザロなどは宿にほぼ常駐していることもあって小さな頃から彼女によく構ってくれて割と気心が知れている。しかし大抵の冒険者は依頼を受けに来ることはあってもその後に長居することはない。たまに食事をしていても人見知りの瑞葉の方から話しかけることもない。一度失敗した汚名を雪ぐ、そんな重圧に加えて見ず知らずの誰かと共にする緊張まで加わるのは避けたいところであった。
そしてもう一人、ハクハクハクも人見知りではある。だがそれ以上の問題があった。
「おはようございます!」
ロロが話しかけた先はとりあえず手近にいた二人組。片方は端正で美麗な顔立ちで美しい白金に輝く髪を持つ、外見からは男とも女とも取れぬ者。ここでは彼と称するが、彼は体付き細く華奢に見える。見えるがそれはよりその美しさを引き立てていた。もう一人は対照的でその全身を金属の甲冑で覆っている。鈍い銀色の装甲は元より大きな体を更に大きく見せ、圧倒的な存在感と威圧感を醸し出していた。そして彼らはどちらも胸元に三等星のバッジを付けている。
「ほーう、元気な挨拶だ。うむうむ、元気ある若者とはいいな」
鎧が何度も頷いている。もう一人は手を口元に据えてじっとロロの顔を見つめる。見覚えがあるのだろう、誰なのか思い出そうとしているようだ。
「君は……、確かロロ、だったかな? 依頼を受けに来た時に何度か見た覚えがあるよ。こんな小さな頃から宿に来ていたね」
「そうです、俺はロロです。五等星の冒険者です」
「ほーう、五等星、いいな。うむ、新人らしい元気さだ」
「ありがとうございます!」
鎧とロロはガシッ、と握手をする。何か通じ合うものがあったらしい。盛り上がってるのは彼らだけだが。
「五等星か……」
もう一人はそう呟いて後ろにいる瑞葉とハクハクハクの方を一瞬見た。そして表情の中に僅かな嫌悪感を見せる。
「君たちは依頼を受ける為に引率の冒険者を探しているのだろうね」
「はい!」
三人のバッジをを見て目的を察したのだろう。ロロは期待に満ちた目で彼を見つめる。しかしその表情は冷たい。
「他を当たってくれたまえ。私は丙族と共に行動する気はない」
その言葉に場の空気が凍り付く。もはや彼は三人と目を合わせようともせずテーブルに置かれた献立表から視線を動かそうとはしない。
「いやでも」
ロロが何か言い返そうとした時、それを止めるように肩に手が置かれる。彼が振り返ると瑞葉がなんとも言い難い表情で首を横に振る。何も言うな、そう言外に言っている。そしてその後ろ、ハクハクハクは何も言わない。ただじっと黙って耐えている。今までにも何度もあったことなのだからと唇を噛んで耐えている。その様子を見かねたのか黙っていた鎧が動く。
「……うむ、どんな依頼を受けるのだ? そこの手に持っているのは依頼書だろう。見せてみたまえ」
その言葉に瑞葉は手に持っていた紙を素直に渡す。
「おい、ディオン」
すかさず美形の彼が不快そうに鎧に声をかけるが、鎧はそれを無視して依頼書を読んでいく。
「ほーう、トウボクサイか。群れは確認されてないようだな。うーむ、ササハ村方面なら二日ほどで着くくか。往復でも一週間以内には都に戻れるだろう」
「言ってるだろ。丙族と依頼なんて」
「受けよう。共に行こうではないか」
鎧は三人に向けてそう言った。しかし隣の彼の不満と怒りに満ちた表情を見てそれを素直に喜べる者などいない。ダンッ、と拳がテーブルに叩きつけられる。
「ディオン、いつも言ってるだろ。丙族は嫌いだ。なぜ私があれらと依頼など」
彼の周囲は怒りが具現化したかのように熱気で視界が歪んで見える。三人は己の目がおかしくなったのかと疑ったが、瞬きしたり視線を外してもそれが変わることはない。瑞葉はその様子に恐怖さえ感じたものだが、その怒りを向けられている鎧は平然と落ち着きを見せているのだった。
「何を言っている? 依頼を受けるのは私だ。君ではない」
「何?」
「どうせ我々二人で依頼に出るつもりなどなかっただろう? 何のかんのと理由を付けて依頼に出ず柳の見舞いに行こうとしているのはわかっている。ほーう、そうなるとこれは渡りに船ということではないか? 私は彼らと共に行き、君は柳の見舞いに行く。うむうむ、完璧な役割分担だな」
三人には鎧の話の内容がわからない。しかし。
「……いや、まあ、その。……依頼には行くつもりだった」
美形の彼の様子を見るにそれは図星だったらしい。
「だがまあ、確かにお前が一人で勝手に丙族と何かやってるのまで止める理由はないな。私もそこまで狭量じゃあない」
つまりそれは。
「えっと、じゃあ、そのご一緒に依頼に行ってくださるということで?」
瑞葉が遠慮がちに鎧に向けて尋ねると、彼は立ち上がって手を差し出した。
「ああ、共に行こう」
こうして全身鎧の騎士、ディオンを加え三人はササハ村へ旅立つ。目的は街道を騒がすトウボクサイの討伐、そして前回の雪辱を果たすことだ。




