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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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13.冒険者の行進と憂鬱

 ショウリュウの都、西門。日は高く真上に昇っており少し暑さを感じるだろう。そこでロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人が集まっている。

「ちょっと早く来すぎたかな」

 今、彼らは依頼を共に受ける仲間を待っているところだ。待ち合わせの時間まではまだ二十分ほどあり、彼らが来たのは更に十分ほど前のことだ。少々手持無沙汰な感が否めない。

「まあ遅れるよりいいだろ。今のうちに準備運動でもしたらどうだ?」

 ロロは体を伸ばしたりその場で飛び跳ねたりして体を温めている。ハクハクハクもそれを見て自分もと体を動かし始めた。瑞葉は二人を冷めた目で見ている。

「どうせササハ村に着くのは二日後でしょ? 今から動かしてどうするの……」

「あ、そっか。瑞葉ちゃん、偉いね」

「偉くない」

 ロロはそれを聞いてないのか、敢えて無視しているのかそのまま体を動かし続ける。近くを通った人は若い冒険者の様子を見て微笑ましい視線を送る。その視線に瑞葉は少々の気恥ずかしさを覚えていた。

「ほうほうほう、今から体を温めておくとは……、やはり若さとはいいものだな!」

 兜でくぐもった、しかしよく通る声が響く。待ち人来るだ。

「ディオンさん!」

「うむうむ、ロロ、瑞葉、ハクハクハク。すまない、どうやら待たせたようだな」

「え、と、それは?」

 瑞葉が思わず尋ねるのも無理はない。甲冑の騎士ディオンは身の丈を超える巨大な馬上槍を携え、馬を模した機械のようなものに乗っている。乗馬なら瑞葉も見たことはあったが、その際に機械に乗るというのは見たことが無い。

「うむ、これは遺跡から発掘した遺物だ。イザクラ考古学団に持って行ったが似たようなものが既に出土していたようでね。私が使うことを快諾してくれたのだよ」

「……そうなんですか」

「これってどうやって動いてるんだ?」

「魔力だな。魔力を流すとある程度は自由に動かすことができるのだよ、こんな風にね」

 機械馬はまず前脚を交互に挙げ、それからその場をぐるぐると回り始める。

「すげー! 俺でもできるかな?」

「うーむ、ある程度の魔力制御の技術は必要だな。しかし何事も挑戦だ、試してみ給え」

 ディオンが機械馬から降りると生き生きと動いていたそれは急に置物になったかのように無機質な機械と化す。本当に動いていたというのが疑わしく思えるほどだ。しかしそれを見ていたロロは目を光らせて機械馬に跨る、跨ったのだが。

「……ここからどうすればいいんだ?」

「まずは魔力を、彼を覆うように流すのだ」

「覆うようにか」

 はっきり言ってロロは魔力制御が下手だ。しかし以前から手に持った剣に魔力を流すことはできている。その応用で機械馬を覆うように魔力を流すこともできなくはない。ロロは集中し跨っている機械馬も自身の一部と同じだと捉えて徐々に魔力を流していく。十数秒の時を経て、それはとりあえずの形を成す。

「どうだ、こんな感じかな」

 ディオンはじっと機械馬を見つめる。

「ふーむ、まあ少々荒いが悪くない」

 そしてそう言った。瑞葉も機械馬を見つめるが魔力がどの程度流れているのかはわからない。

「あとは自らの手足の延長のように彼を扱うのだ。さあ、走ってみよ!」

「おー!」

 ロロの掛け声だけがこだまする。機械馬はうんともすんとも言わず、ロロは前方と機械馬を交互に見て再びいけー! と声を上げた。結果は変わらないようだが。

「ん-、動かないな。ちょっとまだ俺に慣れてないみたい」

「うむ、仕方ないな。彼は少し気難しいのだ」

 はっはっは、と二人が大きく笑う。ハクハクハクは突然笑いだす二人に少し驚いていたが、なんとなく楽しそうな様子に釣られて段々と相貌を崩していく。瑞葉は一人ついて行けず頭が痛くなるのを感じていた。

「とりあえず行きません? 船の出る時間も迫ってますし……」

 実際のところそこまで急ぐ必要はないのだが、これ以上頭が痛くなる前にと瑞葉は切り出す。それを聞いてディオンも頷き機械馬を背に担ぐ。

「うむ、その通りだ。船が出てしまっては我々が現地に着くのが遅れてしまう。それはよろしくないな。うむ、若いのに責任感があって立派だ」

 何を勝手に納得しているのかとかその馬は結局乗っていかないのかとか色々と言いたいことはあったが瑞葉は黙ったまま苦笑いを浮かべるに留めた。あまり得意な性格ではないなあと瑞葉は一人項垂れる。

 船へと向かう四人。その間にロロたちはディオンに色々と聞きたいこともあり幾つもの質問を浴びせる。

「ディオンさんは三等星なんだな」

「うむ、三等星だ。このバッジを頂いたのは四年前のことだ。これでも冒険者を初めて十五年ほど経っているのだよ」

「そのでかい槍を振り回して戦うのか……、戦うんですか?」

「む、振り回すというのは少し適切でないな。私はこれを持って突進するのだ。ランスチャージと言ってな、これを構えて」

 巨大なランスを腰辺りに構える。その長さは大人の背丈で一人半程はあろうかというもので、あれを支えるだけでも相当な負担がかかっているだろう。それに加えて彼は機械馬を背負ったままだ。

「このまま狙いを付けて突進するのだ」

 そう言って前方へ走り出す。一歩一歩の足音が聞こえるほどの馬力で地面を踏みしめている。後方にいる三人でさえその威力を想像し強大な威圧感を覚えるほどだ、もしあのランスが自分に向けられていたらと思うと息が詰まる。彼が共に行く仲間であるいうことに安堵の思いを抱くのは当然だろう。

「どうだったかな? 本当は彼に乗って突進する方が高さが出ていいのだが、うむ、まあここでそこまでやる必要はないだろう」

 三人は言葉を失う。それは三等星の実力の一端に触れて自分たちとの差を実感したからだったり、今見せたものよりも上があるということへの驚きだったり、それはそれとしてなぜ機械馬を背負って行ったのかが理解できなかったからでもあった。

 そこからの道中彼らは互いのことを話す。先のロロの問いの流れから冒険者として得意な事を主に話していた。そうしている内に三人はディオンの気立ての良さに気付かされる。

「おお、この槍すごく重いな」

「ほーう、これを持っても普通に歩けるのか。中々鍛えているな。身体強化も得意なのか?」

 ちょっとしたことから得意な事を見抜き。

「あの、さっきから魔力が見えてるみたいに話してませんか?」

「ほーう、察しが良いな。これは魔力視の技術だ。熟練の冒険者は皆何らかの方法で魔力を感じているのだ。音を聞く者やある程度近くにあるだけで感じるという者もいるが私には目で見るのが合っているのだ。良ければ後で時間を作って教えよう」

「本当ですか? ありがとうございます」

 面倒見も良く。

「鎧の理由か……。これは、誰にも言わないでほしいんだが……。実はな。最近少し髪が薄くなってきてなあ」

「……ん、ふ」

「む、どうした……。ふっふふ、笑うところだぞ?」

「ん、んふふ」

「はっはっは、そうだそうだ。ハークハーク、君は笑っている方が可愛いじゃないか」

 いつの間にか人見知りのハクハクハクを笑わせるほどに馴染む。傍から見ればこの日の朝に初めて話をしたとは思えない様子だ。ディオンという冒険者の最も優れた技能とはこうした部分にあるのかもしれない。

「ほーう、船着き場が見えてきたな」

 船着き場には船が数隻止まっているのが見える。一際大きな船は丁度荷下ろしの最中らしく、今も慌ただしく木箱に入った荷物を下ろして荷馬車に積み込んでいる。そこから少し離れたところでは数隻の中では中程度の船の前で呼び込みをしている。耳を澄ませばイザクラの都まで走る船だと喧伝しているようだ。

「ふむ、丁度良い。あれに乗るとしよう」

 イザクラの都は目の前に流れている竜頭の川を下りサンガの川に合流、そこから更に三日ほど船に揺られていれば着くことだろう。一行の目的地はササハ村なので途中で降りればよい。

「またでかい船だな。でも前に乗ったやつの方がもっとでかかった」

「ああ、試験の時のやつね。あれは馬車も一緒に乗せてたもんね」

「荷馬車を乗せるような船は人だけが乗るには割高だな。私も幾らかの稼ぎはあるが、そこまで無駄遣いをする余裕もないのだ」

 今回乗るのはショウリュウの都とイザクラの都という山河カンショウの国における四大都市間を結ぶ航路で当然人の往来も多い。船内には椅子が何十席もあり、人々がまばらに座っている。

「ディオンさん、その槍……、ランスは船内には入らないんじゃありませんか」

「いや、問題ない」

 そう言うとランスが光り、光に目を覆った瑞葉たちが次に見た時には胸の高さぐらいの細い槍へと変わっていた。

「すげえ! 何今の?」

「もしかして今のも魔法なんですか?」

「うむ、これは武器を小さくする魔法だな。便利だろう」

 短くなった槍はそれでも多少邪魔ではあるものの船内に入れても問題ないようだった。中へ入ると一瞬、視線が彼らに集まったがすぐに離れる。冒険者がこの船に乗ることなど珍しくも無いのだろう。座る場所を探しながら周囲を見てみると大きめの鞄や土産物らしい包みを持った人が多い。おそらくイザクラの都へ向かう観光客や逆に旅行でこちらに来ていたが今から帰るという人が多いのだろう。

「イザクラは結構出掛けに行く人多いよな」

 なんとはなしにロロが呟いたのだが、それを聞いて瑞葉が呆れたように溜息をつく。

「当たり前でしょ。今は勉強会に行ってていないけどイザクラ考古学団なんてチームがショウリュウの都にあるぐらいなんだから」

「あ、それもそっか」

 一行は窓から外が見えて眺めの良い先頭に陣取る。ロロは気分良く出発の時を今か今かと待ちながら外の様子を眺めている。瑞葉はその様子にまるで子供だなどと思いながら座って一息ついていた。ディオンは黙り込んで自らの衆目を集める装いは良かったのか悪かったのかと、隣に座る小さな少女を見ながら考えている。そしてその少女、ハクハクハクは船内に入る前に袖の長い薄手の外套を着込み、バンダナを巻いてフードを目深にかぶってずっと俯いている。既に昼間は暖かいを通り越して暑く感じるような時期であるがそんなことは関係ない。

「……あー」

 その様子には察しが悪いロロでさえどういうことか勘付いたらしい。ロロは自身が何も気にしていないせいで忘れそうになるが彼女は丙族なのだ。少し悩んだ末に彼はハクハクハクの隣に座る。左右からの視界が遮られハクハクハクは少しだけ落ち着きを感じさせる表情になっていた。

「……ディオンさん、ササハ村ってどんなところなんですか?」

「む、うむ、そうだな。ササハ村はな、周囲が竹林に覆われ竹を使った特産品が多いな。特に竹で作られた行灯などはその見た目の美しさから好んで使う者も多い。更に――」

 船が出航してからもササハ村の話題やトウボクサイについてなど当たり障りのない会話が続けられた。少なくとも会話からハクハクハクが丙族であるということはわからないだろう。

 夕食を食べて外は暗くなってきた。船内は足元が見える程度の灯りしかなくそろそろ寝る準備を始める者もいる。ロロはまだディオンから色んな話を聞きたいと思っていたし、夜の船からの景色も面白いなどと思っていた。しかし少し前から気になることがある。

「瑞葉、お前調子悪いのか?」

「え?」

 瑞葉は会話の中で段々と口数が減っていた。それに長い付き合いのロロにははっきりとわかったが、明らかに声の調子が普段と違う。

「……いや、そんなことは」

「船が出てからしばらくしてずっと変だとは思ってたけどさ。さっき晩御飯食べるのもいつもより遅かったし、どっか悪いんだろ」

「……何でわかるかな」

 瑞葉が自らの身体に異常を感じたのは船が出航してからしばらくしてのことである。初めは寝不足から来る疲れのようなもので、しばらく座っていれば治るだろうと思っていた。しかし時間の経過と共にむしろ悪化する始末。夕食など食べはしたがそのせいで若干の吐き気を今も覚えている。

「むう、体調不良とあれば依頼は取りやめにした方が良いかもしれんな」

「それは……」

「我々は今から命の危険ある場所へ向かおうとしている、そのことを忘れるわけにはいかんだろう」

 そう言われると瑞葉は何も言い返せない。

「あの、ね、どんな風に、悪いの?」

 ハクハクハクは心配そうな表情で瑞葉の顔を見つめる。その純粋な視線に心配をかけてしまって申し訳ないと瑞葉は思ってしまう。

「えっと、最初はなんていうか、なんとなく気分が悪いなと思ってたんです。それでしばらくすると軽い頭痛とか、吐き気とかで。今も実はちょっと吐き気があるんです」

「本当に大丈夫かよ」

「大丈夫、だと思うけど。今もじっとしてる分にはそこまで辛くないし。ただまあ急に動いたりしたら……、うん、吐くかもしれないかも」

 ロロはうーん、と唸って心配そうに瑞葉を見つめる。しかし他の二人は少し違うようだ。

「瑞葉ちゃん、前に、船に、乗ったことはあるの?」

「え。ああ、あるよ。試験の時だから一月ぐらい前かな」

「えっと、その時はどうだったの?」

 そう言われて瑞葉はおよそ一月前のことを思い返す。

「……そういえばあの時もちょっと調子悪かったかも。今ほどじゃないけど」

 ハクハクハクはそれを聞いて少し考え込み、床と瑞葉の間で視線を何度か往復させて、それからずばり一言。

「瑞葉ちゃん、あの、船酔いする人?」

 返答は、ない。瑞葉がずっと黙っているのを見てハクハクハクは悪いことを言ったのだと思わず縮こまる。しかし返答が無いのは言ってはならないことを言ったとかそういう訳ではない。今、瑞葉の中には衝撃が走っているのだ。概念としては知っていたが言われるまでそれが身近にあり得るものだと考えたことがなかったのだから。

「おーい、何か言ってやれよ」

 見かねてロロがそう声をかけるが瑞葉は固まったまま動かない。

「うむ、確かに軽い頭痛や気分の悪さ、吐き気などは船酔いの症状に当てはまる。以前に船に乗った時も気分が悪くなったというなら間違いないだろう」

 ディオンが横でそんな風に頷く中、段々と瑞葉の顔色が悪くなっていく。

「大丈夫か?」

 ロロが声をかける。それを聞いて他の二人も心配そうに瑞葉を見た。今の彼女はついさっきと比較してもひどい顔をしている。

「……なんか、船酔いだろうって聞いたら、急に気分が……、うっ、ぷ」

「……少し風に当たるとしよう。多少は気分もよくなるはずだ」

 ディオンがそう言って瑞葉を連れて甲板へ向かう。注意深い者なら彼がさりげなく袋を彼女の手に持たせたのに気付いただろう。ハクハクハクはその場を去る二人の姿を見えなくなるまでずっと目で追っていた。

 朝、ロロは目を覚ます。船内の座席で眠っていた為か少し背中や尻の辺りに痛みがある。立って軽く伸びをすると体が固まっていたのかばきばきと音が鳴った。横を見るとハクハクハクと瑞葉が眠っている。ディオンは甲板で風に当たっているのだろうか。前方の大きな窓からは外の景色が薄暗くとも十分に見える。美しい山々や澄んだ川の流れは人々の鬱屈とした気持ちを吹き飛ばすかもしれない。ロロも思わずおお、と声が漏れるぐらいに感嘆し、しばらく見入ってしまうほど。瑞葉やハクハクハクにも見てほしいと思ったが二人共まだ眠っているように見えた。

「珍しいな」

 思わずそう呟いて瑞葉の前に座り込んで顔を覗き込む。ロロと瑞葉は家が隣同士ということもあり一緒に出掛けることは多いのだが、いつも瑞葉は早くから起きてロロを急かすのだ。しかし今日の彼女はまだ眠っている。心なしか寝苦しそうにしていて、或いは船酔いのせいで普段と調子が異なるせいだろうと結論付けた。

 もう一人、ハクハクハクは規則正しい寝息を立てていた。ロロは深い考えもなく瑞葉にそうしたように前に座り込んで顔を覗き込む。ハクハクハクはロロと瑞葉の二人よりも一つ歳上だ。しかし外見からはそうは見えず、同年代の中では少し背が高いロロや平均程度の瑞葉に比べれば三つぐらいは下と思われても不思議はない。改めて考えると大抵下を向いている彼女の顔をあまりまじまじと見つめたことはなかったとロロは思う。今も長いくせ毛の髪がその表情を覆い隠そうとしているのでロロはそれを手でどける。

「うーんむ」

 今その額にバンダナなどは巻いておらず丙族特有の額の痣が見えている。しかし彼にとってそれはどうでもいい。しばらく見つめて、見つめて、ふとした拍子に言葉が漏れる。

「かわいいんだから隠すことないのになあ」

 ロロにとっては思わず漏れた言葉でしかなかった。しかしその数秒後、徐々にハクハクハクの頬が朱に染まっていく。

「……起きてる?」

 規則正しく立てられていた寝息が一瞬止まる。そして何事もなかったかのように再開される。ロロはいつから起きてたのかと考えながら手を離して座席に戻る。そこから隣のハクハクハクをしばらく見つめてから、一言尋ねた。

「かわいいより綺麗とかの方が良かった?」

 返事はなくロロはもう少し寝るかなと目を閉じる。彼の位置からは見えなかったが彼女の頬は更に朱に染まっていた。


 船旅は順調、瑞葉は気分が悪そうに座ったままだったがようやくその苦しみから解放される。

「む、到着だ。あそこが私たちが降りる船着き場だぞ」

 ディオンが指さす先には確かに船着き場がある。

「瑞葉、もうちょっとだ。頑張れよ」

 思わずロロは肩に手を置いたが瑞葉はぐったりとしてそれどころではない。

「……揺らさないで」

「あ、悪い」

 肩に手を置かれる程度の揺れさえ吐き気を誘発しそうなのだ。昨日の夜に胃の中身を全て吐いている為に出て来るのは胃液だけだろうが、それだっていい気分ではない。心配そうに見つめるハクハクハクを見れば普段なら大丈夫、と言っているところだが今日はそれさえなくあと僅かの時間を乗り切ろうと耐えている。

 数分後には船着き場へと辿り着き船が停泊する。瑞葉はあとは陸に降りるだけであることを喜び、それでも川の流れで揺れているのを鬱陶しく感じていた。

「……ロロ、肩貸して」

「おうよ」

 ロロの肩に手を回して瑞葉はゆっくりと歩き出す。その様子を不安気に見つめるハクハクハクとディオン、それに他の乗客たち。注目を集めるのはいい気分ではなかったが、しかしそんなことも言ってられないほど船酔いがひどいのだ。

「大丈夫ですか?」

 船員が思わず声をかけるが、傍にいたディオンが事情を説明するとすぐに納得した様子だった。船酔いでこんな風になる人を何度も見かけてきたのだろうなと瑞葉は思う。

 ゆっくりゆっくり歩いてようやく陸地へと歩を進める。安定した地面の上でもまだ揺れを感じる気がしたのは船酔いが収まってないせいだと彼女は結論付けた。

「見ろ、あそこに椅子がある。少し休んで行こう」

 船着き場には船を待つ人の為であろう東屋があり、そこには十数人は座れるだけの椅子がある。幸いというか当然というか今来た船に乗り込んだ人も多くかなりの空きがある。一行は少しばかり休んで行くことになったのだ。

「無理はせず、気分が良くなってきたら行くとしよう。……そうだな、軽い食事ができる程度には回復してからだ」

「すみません、その、私のせいで」

「何を言う。先にも言ったがこれから先に向かうは命の危険ある場所。一旦はササハ村に向かうとはいえ魔物の報せはそこに向かう街道よりのことだろう? 万が一を考えればここで休息を取るのは当然だ」

「でも……、早く行かないと被害が出るかもしれないし」

 今彼らはトウボクサイの討伐に向かっている。しかし実際のところこの魔物による被害は今のところまだ出ていない。街道からの目撃情報が多く上がっており、住民や街道を通る商人が不安がっているというのが実情だ。緊急性は低いとも考えられるが、一方でそれは今だから言えることで被害が出てからでは遅いというのも一理ある話だろう。故に瑞葉は焦っている。ましてそれが自分のせいで足止めを食っているとなれば猶更に。

「……古来より、早さを誇る者は二流であると言う」

 しかしそんな彼女に対してディオンは諭すように語り掛ける。

「これは私が尊敬する冒険者の言葉だ。彼は言っていたよ。国が動けばどんなに大きな問題も解決することができると。しかし国が動くまでは時間がかかる。属する者全てが同じ方を向いて動き出さねばならないからだ。対して我々冒険者は個人個人が動くものだ。無論、我ら天柳騎のように仲間と共に歩む者もいるが国に比べれば取るに足らない数だ。同じ方を向くのも二言三言の言葉を交わせばそれで足る」

 彼の言葉は詰まることもなく次々と発せられる。何度その話をしてきたのか、何度その言葉を思い返したのか、何度その言葉を心に刻んだか。それが言葉の端々から感じられるようだ。

「いいか。我々が早いのは当然のことだ。だが一方で、いやだからこそ早いだけでは不十分なのだ。よく聞け、最も重要なこととはただひたすらに数をこなすことだ」

「数?」

「うむ、数だ。数をこなす以上に大切なことなどないのだ。なにせいつだって宿に依頼があるのだから」

 冒険者の拠点に依頼が無くなる日はない。数や緊急性に危険度、程度の差はあれどいつだって何らかの依頼が舞い込んでいる。

「数をこなすには結局早く行かないと駄目なんじゃ」

「それは大きな勘違いだ。数をこなすのに早さが必要なのは間違いない。しかしそれ以上に絶え間なく依頼を受けることこそが重要だ」

「……絶え間なく?」

「そうだ。依頼をこなす上で怪我でもすればしばらく休まざるを得ない。一度の依頼につき一週間の休養を必要とするなら一月に四つの依頼しかこなせないだろう? 今回のように移動に時間がかかるならもっと少なくなる。しかし依頼を無傷で達成すればせいぜい一日も休めば十分だ。都合、六日の差が出るわけだな。この差は月日が長くなればなるほど大きく重たい差となって現れる。仮に依頼をこなすのに五日かかるなら一人は十二日に一つの依頼をこなし、もう一人は六日で一つの依頼をこなす。年間ならだいたい三十件と六十件だ。この意味が分かるか?」

「倍の依頼をこなせる?」

「違う」

 首を横に振るディオンと首を傾げる瑞葉。求められている答えを考えるが瑞葉にはわからなかった。

「そうか」

 しかし横で話を聞いていたロロがふと気付く。

「倍の人数を助けられるんだ」

 ディオンがその言葉に確かに頷いた。

「うむ、困っている人が大勢いるのならより多くの人を助けるのが冒険者の務めだ。その為には大きな怪我などないように体調を管理するのも大切なことだ」

「……わかりました」

 瑞葉はその言葉に対して心の底から納得し今はただ休もう、そう思った。しかし傍からは彼女が何だか不貞腐れて見える。いや、実際に不貞腐れている部分がある。

「ロロなんかに先に答えられるなんて……」

「なんかってさあ」

 いや、単に先に答えられたのが悔しかっただけともいうだろう。


 瑞葉の体調も良くなり馬車を探しに歩き出す。船着き場周辺は幾らかの店店が立ち並んでおり、ササハ村とここを行き来する馬車の御者が休んでいるのをよく見かけるという。というよりは実際にすぐに見つかったのだ。

「ササハ村か? それなら飯を食ったら行こうかと思ってたところだ。最近は魔物の噂もあるし護衛してくれるってんなら助かるぜ」

 御者の男は護衛をすると言うとササハ村まで乗せることを快諾してくれた為、一行は食事を済ませて彼の馬車へと乗り込む。多くの野菜や果実、それに保存の効く干し肉などが積まれており馬車の中は少し狭い。

「結構色んな匂いが混じってますね」

 そして特に匂いの強い果実や獣の肉の匂いが混じり合ってあまり居心地の良い空間ではなかった。

「嗅いでると、ちょっと、その、お腹すいちゃうよね」

 一人を除いて、か。ハクハクハクの言葉に同意は無く、彼女はフードを目深に被って涙を流したとか流してないとか。

「出発するぞー!」

「おー!」

 御者の声にロロが拳を振り上げて同調する。獅子馬が地面を蹴り車輪が回り出す。整備された道を走る彼らはロロと瑞葉が試験の際に見た高保の馬車よりもずっと速い。一定の速度に達するとそこからは速度を維持するように走り続ける。

「すごいな。こんな速いんだ」

「うむ、獅子馬の牽く馬車は速いものだ。ましてやこのように整備された道であれば言うまでもない」

 平坦に均された道には細かく砕かれた砂利が敷き詰められている。多少の揺れこそあるがそれで馬車が倒れたりすることはないだろう。

「獅子馬が牽くのに四人分の重さを足すのはどうかと思ったが余計な心配だったようだ」

「背角獣の方が力が強いんですよね」

「うむ、よく勉強しているな。背角獣はその巨大な体格で獅子馬が二頭いても動かせないものでさえ軽く動かすという。動き自体は遅いのだが体力はあるようで丸一日休まずに馬車を牽いていたこともあるのだよ。もっともそんなことをしていたのは天柳騎結成の前のことだからもう随分前だな」

 昔を懐かしむディオン。彼は冒険者としての歴がかなり長いようだが、瑞葉の興味はそこにはなかったらしい。

「……そう言えばさっきもテンリュウキって言ってましたけど何ですか?」

「む、聞いたことがないか。我々の知名度もまだまだだな……。うむ、では語るとしよう。我ら天柳騎の成り立ちから現在までの軌跡を!」

 長くなるので割愛すると天柳騎とはディオン、そして宿で彼と共にいたアグニ、そしてもう一人の仲間である柳の三人組の自称だ。宿の中で実力派として名がそれなりに知れているチームでアグニや柳は二等星への昇格もそう遠くないだろうと言われている。

「アグニは熱気と冷気を操る力は直に天候さえも操る力となるだろうから天の字を! 様々な武器を携え本人が目立つ柳には柳の字を! そして機械馬に跨る私には騎の字を!」

「それで天柳騎ですか」

「テンヤナギキじゃないのか?」

「柳はリュウとも読むの」

 あれを? とロロは訝しんでいる。瑞葉はそんな視線を無視していた。

「宿での話からすると柳さんが怪我を?」

「うむ、あれは私の失態だ。気が急いていてな、迂闊に魔物の前に飛び出てしまったところを庇って怪我をな。……先は可能な限り怪我の無いようにと注意していたが実際には私こそ言われるべきだったな」

「いえ、そんな……。私は、その……、先人のありがたい言葉を頂いたと思っています」

「何だその堅苦しい言葉」

 がっ、と瑞葉がロロを小突く。そんな二人の様子をディオンは兜の中で微笑ましく思う。それからその隣にいるもう一人の少女に向き直った。

「時にハークハークよ。宿では私の仲間が無礼を働いた、気を悪くしてはいないか?」

「えっ、と……?」

 ハクハクハクはそう尋ねられても何のことかすぐにはぴんと来なかったらしい。その姿にディオンは思わず唇を噛む。結局ハクハクハクが先日のことを思い返すのに十数秒はかかっていた。

「あの、あの時のことは、別に、その、気にして、ないです、よ?」

「そうか。そう言ってくれるのはありがたい」

「あー、そうだよ! そう言えばあの時にもう一人の、あのいけ好かない感じのやつ。ハクハクハクが丙族だかふぁっふぇ……」

「声が大きい」

 瑞葉が反射的にロロの口を塞いでいた。それから馬車の前方に目をやるが、御者の姿は前方に取り付けられた小窓の向こうに後頭部が見えるのみ。今のロロの声が聞こえたのか、聞こえたのならその反応がどうだったかなど見えようはずもない。ハクハクハクはフードを目深に被り額にはバンダナを巻いて袖の長い外套を着ている。

「安心せよ。彼は丙族であることは気にしていない」

 ディオンの一言に瑞葉は安心して胸を撫で下ろす。口を塞いでいた手がどいたことでロロが再び喋り出す。さっきよりかなり声を抑えて。

「丙族は嫌いだとか一緒に行かないとか好き勝手言ってさ。ハクハクハクは何もしてないだろ」

「まあ、その通りだ」

 ディオンはロロの言葉に一旦は頷いた。それは実際に彼自身もそう思っている節はあるからだろう。しかし彼にはアグニの気持ちも理解できる。

「アグニが丙族を嫌っているのは理由あってのことだ。悲しくも、よくある悲劇の一つでしかないのだろうが」

 ディオンはそれ以上は語らなかった。しかし誰も深くは追及しない。それは誰かの過去を詮索するのはあまり好まれることではないし、ディオンの言葉だけでも大まかには想像できる一つの共通認識があるからだろう。ただ一つだけハクハクハクには言っておきたいことがあった。

「あの……。私は、アグニさんの、その、気にしてなくて。あの人は、嫌がってたけど、その、私のことを思ってだと、思うの」

「そうかあ?」

「うん。……あの人が私と、目を合わせなかったのは、たぶん、自分を抑える為、だったのかなって」

 ハクハクハクは丙族であるということを理由に罵声を浴びせられたことなど一度や二度ではない。初めて罵声を浴びせられた時の彼女はそれに傷付き涙しているばかりだった。今も傷付いていないわけではないが、その言葉の奥にあるのが単なる怒りや憎しみだけではないこともわかる気がしている。アグニは目も合わせずただ一緒に依頼を受けないとだけ言った。それは一緒にいると丙族であるというただそれだけで目の前の少女にあらぬ言葉をかけてしまうことを恐れていたのではないかと、彼女はそう感じていた。

「……そうか。ふーむ。ハークハーク、君は感情の機微に聡いのかもしれないな。実に優れた才だ」

「えっ、あ、いや、そんなこと、ないでぅ」

 真正面から褒められたことに照れたのか段々と小さくなっていく声をはっはっは照れるな照れるな、と笑い声がかき消す。

 獅子馬が走る、車輪が回る、馬車は進む。冒険者一行は揺られながらササハ村への旅路を行く。

「……なんか、気分悪くなってきた」

 瑞葉が顔色を青くして呟く。

「またか? 船はもう降りたぞ」

「だ、大丈、夫?」

「ふーむ、船酔いする者は馬車でも酔う者が多いと聞いたことがある。つまり、そういうことだろう」

 その宣告に悲鳴を上げる気力すら沸かないようだ。ただ項垂れて深呼吸をしている。

「……あとどのぐらいで着きますか?」

「今が半分ほどだろう。しかし日も傾いてきているし今日は適当なところで休むことになるな」

「……わかりました」

 しばらくして暗くなると街道にある簡素な休憩所で一泊することになる。こうした場所は長い街道の途中に幾つかあるらしい。瑞葉は中にあった毛布を敷いて横になり、他の者は備え付けの少ない調理器具で四苦八苦しながら軽食を作る。乗せてくれた御者も交え歓談しながらの食事はそこそこに盛り上がったようだ。

 翌朝、日が昇りササハ村へ向けて出発する。御者の話では昼頃には着くようだ。

「瑞葉、お前大丈夫か?」

「問題ないわ。昼まで耐えればいいんでしょ」

「それ気分悪くなる前提じゃん」

 さて、彼女がどうなったかはともかく、冒険者一行の目的は街道を騒がす魔物の討伐だ。そしてそれは竹林を縄張りとしている。彼らは外の様子を定期的に見ていたのだがある所までは単なる森が広がっていた。たまに開けたところもあったがほとんどは木々が鬱蒼と生い茂る森だ。それがふと気付くと空から太陽の光が葉の隙間から漏れ出て淡い緑の竹を照らしている。

「ショウリュウじゃあんまり見ないけど綺麗だな」

 ショウリュウの都付近にはあまり竹は生えていない。目の前の光景はロロにとってかなり新鮮で美しく映ったようだ。

「ローロ、よく注意して見るのだぞ。今回我々が討伐するトウボクサイは竹林を縄張りとしている、不自然に倒れた竹があれば近くにやつらがいるかもしれんということだ」

「なるほど、確かに」

 ロロは言われてからじっ、と目を凝らして周囲を見るのだがそれらしい跡は見当たらない。

「いなさそうに見えるな」

「ふむ、私も見てみよう」

 そう言ってディオンも外を見る。周囲をざっと見回すとある点に視線が固定される。

「何かいたのか?」

「ローロ、あれを見よ」

 ディオンの指さした先にはロロが見つけられなかった倒れた竹の姿。

「あれって魔物の?」

「うむ、おそらくはトウボクサイの仕業だろう」

「ってことはこの辺に……」

 目を凝らし耳を澄ませても周囲にそれらしい気配はない。

「あれがいつ倒されたものかはわからぬ。この辺りに居らずとも不思議はない」

「それもそうか」

 そう返事をしながらもロロは外を探し続ける。その姿を見ながら瑞葉は先のことを考えていた。

「どうやって探しますか?」

 彼らは依頼を受けたが実際にどうやってそれを遂行するかまで話し合っていない。ササハ村に辿り着くまでにその辺りの話を一度しておこうというわけだ。

「ふむ、私一人ならそこら中を走り回って探しても良いのだが、まあそういう訳にもいかないだろう。目撃情報から位置を絞っていくことになるだろうな。アグニならば周辺の魔物の気配を探せるのだが……」

「あ、わ、私も、少しなら……」

「ほーう、本当か? 凄いじゃないか」

「そう言えば前の依頼の時に魔物の位置どころか向いてる方向まで教えてくれたっけ」

「向きまでか。中々精度の高い感知系の魔法を扱うのだな。ハークハークは優秀な魔法師になるな」

「そ、そんな、ことは……」

「はっはっは、謙遜するな。いやあ、都の将来は明るいな」

 ディオンの笑い声が馬車の中に響き渡る。

 竹林の中にある街道を馬車が走る。三人の新人は少しずつ緊張を覚え始めていた。この一か月の成果をこれから見せるのだと意気込み、前回の雪辱を果たすのだと拳を握る。ササハ村はもうすぐだ。




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