後編
それから時が流れ現在に至りますが、
姉クロエは未だに婚約者となる事すら叶っていませんでした。
礼儀作法もいい加減な上、妃教育も無いまま
16歳になりました。
この二、三年は父を通じて陛下に探りを入れている様ですが、一向に話は纏まりません。
というより、話も出ない有様です。
お茶会へのお招きは相変わらず頻繁にありますのに。
ある日、姉クロエがとうとう痺れを切らしてあろう事かリアム様に直接尋ねました。
「リアム様はいつになったらお相手をお決めになるのですか?」
それでは催促しているようです。
はしたない事です。
これだけで候補から外されそうですが、
リアム様は目をキラキラと輝かせ恥ずかしそうにクロエを真っ直ぐ見て仰いました。
「私にはずっと前から心に決めた人がいる。
父上も了承しておられる。まもなく公に出来るだろう」
姉クロエは感激のあまり涙目になっていました。
シモン様とレオ様はご存知だった様で、頷いていらっしゃいます。
国のためには姉クロエが王子妃になるのは、どうかと思いますが、妹としては喜ばしい事だと思わなくてはいけないのでしょうね。
どうした事でしょう。
あまり嬉しくありません。
そんな時、リアム様が俯き加減で私に尋ねられました。
「レア嬢はどう思う?」
挨拶以外で話しかけられたのは初めてです。
たとえ目を合わせていただけ無くても。
やはり義妹となるのにいつまでも、冷たく出来ないと思われたのでしょう。
「とても喜ばしい事と存じます。
リアム様がいずれこの国を治められます時には、そのお相手の方が隣に立たれ、リアム様と同じお気持ちで民と向かい合ってくださる事でしょう」
姉クロエへの進言としても返させていただきました。
民を蔑ろにしないでくださいね、と祈りを込めて。
しかし気持ちは届かなかった様です。
姉クロエの気持ちは婚礼衣裳や豪華な式へ移ってしまっているようです。
リアム様は下を向いたままポツリと仰いました。
「私もそう思うよ」
そして顔を上げられ、私の目を真っ直ぐに見つめました。
そのお顔はいつもの厳しいものではありません。
そして優しく微笑まれたのです。
しかし長くは続きませんでした。
照れ臭そうにまた俯いてしまわれました。
初めてリアム様とお話し、目を見て微笑んで頂いたのです。
やっと義妹として認めて貰えたのだと、私は嬉しくなりました。
「はい」
私はお茶会で初めて満面の笑みを浮かべ返事を致しました。
それが良くなかった様で、リアム様は慌てふためきその日のお茶会は終わりとなりました。
浮足立っていた姉クロエからは、帰路の馬車の中でいつも通りの意地の悪い言葉をいただきました。
「変な事を言うからリアム様の機嫌が悪くなったじゃない。どこまでも邪魔なんだから」
どうしてもひと言言わないと死んでしまう病を患っているようですね。
姉クロエは帰宅すると、真っ先に父母に報告しています。
「リアム様は私を妃にとずっと決めてくださっていたようです。
わかっていましたけど。
陛下にも了承いただいたので、間も無く我が侯爵家に使いの者が訪れますわ」
そこまではっきりクロエと言ってはいなかったけれど、あんなに真っ直ぐ見て言っていたから間違いないのでしょう。
「よくやった、クロエ!
これで我が侯爵家は王国一の貴族だ」
王国一は王弟であられる公爵様でしょう。
そもそも王族ですけどね。
そんな大きな声で不敬な事をおっしゃらないで頂きたいです。
「私そっくりの美貌がお目に止まったのね。
まぁ、当たり前だけど」
自己愛だけが溢れていますね。
そこで意地悪な目をしてクロエは言いました。
「それなのにレアときたら、リアム様の機嫌を悪くしたんですのよ。お茶会が途中で終わってしまったんだから」
鬼の首を獲ったかのようです。
父母はいきり立って言い放ちました。
「クロエが王子妃に決まったのだから、もう[当て馬]のお前はお茶会へ行く必要は無い。家で大人しくしていろ」
そうですか。
念願叶いましたのに、何故か寂しく感じますのは何故でしょうか。
流石に9年も通い続けたのですから、少しは情も出て来たのでしょう。
思えば最初は憂鬱でしたが、段々と話題も豊富で多岐に渡る様になり、昨今楽しかったのは否めません。
どちらにしろ父母の命令には逆らえませんので大人しくしておりますわ。
次のお茶会のお招きは辞退して、邸の蔵書を調べておりましたの。
調べながらも、何だか胸にぽっかりと大きな穴が空いたように感じてしまうのは何故でしょう。
丁度、治水についての本が見つかりましたので、読んでおりましたら、何やら階下が騒がしくなっておりますわ。
「レア嬢は息災なのか!」
あら、リアム様の声が聞こえます。
部屋を出ようとすると、ものすごい勢いでリアム様が階段を駆け上がって来られます。
「リアム様、どうなさいましたの」
リアム様は顔面蒼白でした。
そして私を見ると、胸に引き寄せ強く抱きしめられたのです。
「リ、リアム様」
驚きましたが、何故か幸福感に満ち溢れました。
「どこか具合が悪い訳では無いのだな?
何故今日茶会に来なかった。
9年間一度たりとも欠席した事が無かったのに」
どうやら、リアム様は心配してくださったご様子です。
「何ともありませんわ。
お茶会はもう出席しなくても良いのではと考えまして」
リアム様は困った顔をされましたので、お尋ねしました。
「私も出席した方がよろしいでしょうか」
リアム様は驚いて仰ったのです。
「レア嬢、貴女無くしてお茶会に何の意味がありますか。私は貴女にお会いしたいばかりにお誘いしていたのです」
衝撃告白に心臓が激しく打ち始めます。
「姉クロエを御所望だったのでは?」
リアム様は驚いて早口になりました。
「何故私がクロエ嬢と?
それは絶対にあり得ません」
「いつも姉クロエには優しく笑いかけておられましたし、私にはいつも厳しいお顔で話しかけてもくださらないので嫌われているのだと思っておりました」
リアム様は一層大きな声で仰いました。
「私は貴女が愛おし過ぎて真面に見る事も話す事も出来なかった。情け無い話だ。貴女の様に清らかで聡明な人に嫌われたら、と恐ろしかったのだ。今までの無礼を許してはくれまいか」
私は胸のつかえがスッと無くなり、満面の笑みでリアム様を見上げて言いました。
「そういう事でしたら、許すも許さないもありません」
一息ついて続けます。
「とても嬉しいです」
リアム様の腕に更に力が入り、かなり固く抱きしめられているところに声が聞こえました。
「リアム殿下、やっと思いを伝えられたのですね」
シモン様のようです。
「私たちが先に声を掛けると烈火の如く怒っていたから、これで少しはマシになるかな」
レオ様がボソッと仰います。
「自分からは声を掛けられない情け無い方ですのにね。
初めてお会いした時など真面にお話しないうちに庭へ逃げ出してしまいましたしね」
仲良しのシモン様からの強烈な嫌味には驚いてしまいます。
「あ、でもレア嬢、一応弁護しておきますが、殿下はレア嬢以外では至極真っ当で信頼できるお方です。駄目なのはレア嬢の前だけです」
まぁ、そうなのですか?
「殿下はその妖精の様な清らかでお優しいレア嬢のお姿に一目惚れして、更にお会いしてその聡明さと思慮深さを知り、妃にと熱望されていたのですよ」
嫌われていると思っていました。
そこへ父母と姉クロエがやって来たようです。叫び声が聞こえます。
「何でレアがリアム様と!
離れなさい!
リアム様は私の婚約者よ」
姉クロエは白日夢を見ているようです。
「リアム様、本日はクロエとの縁談でいらしてくださったのでしょう?」
母も微妙な事を口にしております。
「レア、リアム様から離れなさい。
殿下、娘が失礼をいたしました。
全く、当て馬も上手く出来ない出来損ないが」
父が暴言を吐いたため、リアム様の怒りスイッチが押されてしまったようです。
しかし、そこは聡明なリアム様、私を抱きしめたまま、こう仰いました。
「これはジーブル侯爵。
突然の訪問を許してくれ。
どうしてもレア嬢を妃に迎えたく、礼を失してしまったようだ。
しかし、おかげでこうして快く承諾してくれた」
あら、リアム様、私、妃になる事まで承諾致しましたかしら?
まぁいいですわ。
リアム様の仰る通りに致します。
泣き叫ぶ姉クロエに父母はオロオロするばかりです。
「リアム様、ご心配なさらずとも、実家とはなるべく関わらないように致しますから」
リアム様の耳元で小さく伝えた私に、更なる抱擁で気持ちをお伝えくださるリアム様。
何だか幸せになれそうです。