志操を改造するもの⑤
パチっと目を開ける。
闇から抜け出し、ノイズも聞こえなくなっていた。
どこだここは?
水の中のように見えるし、無数の星の輝きのようにも見える。
……ああ。
ここはあたしの思考の中だ。瞑想中に時々ここを訪れる。
「?」
不意に違和感を覚え見上げる。数メートル上にあたしを凝視している黒い体が在った。
爛々と光ったカマボコ目があり、骨と皮の骸骨でミイラに近い姿をしている。
胸から大量の血が上に登っている姿を見て、一瞬痛ましく思えた。
【我、ではないのか】
彼はたどたどしく口を開ける。
【ああ、この感触。やっと体の戻ってきたと思ったのに。残念だ】
ゾッと背筋が凍りついた。
【まだ願いは叶わないか】
魔王は両手をあたしに向けるので身構えるが、壁があるようにそこから動こうとしない。これ以上は侵入出来ないようなので、少しだけ安堵する。
【いつ、念願が叶うのだろうか】
魔王は無念そうに目を細める。
胸にある呪印から血を流しているあいつは、魔王リヒトだ。
あたしの深層意識に侵入している。
「こんなとこまで」
あたしの頭に入りこむなんて、土足で汚物をまき散らされているようなもの。
血圧が上昇した。
今すぐ追い払うべきだ。
「人の頭に勝手に入っておいて、その失礼な言い方はなに?」
あたしの怒鳴り声に、魔王は驚いたように目を見開いた。
【な!? 意識があるだと!?】
「当然ある!」
あたしが浮上すると、魔王はハッと何かに気づいたようにこちらを凝視し、すぐに狼狽する。
【ま、さか。お前は……ミロノ。ミロノか!?】
「だったらどうしたっていうんだ!」
あたしは魔王に向かって突撃すると、魔王は驚いたように体をそらして、逃げるように身をひるがえした。
「逃がすか!」
精神攻撃なんてよくわからないが、彼の急所はわかる。真っ黒い液体を垂れ流している、喉の下にある穴だ。
左手で魔王の肩を掴み、小太刀をイメージした右手を穴に差し込んだ。
「くらえ!」
【ぎゃああああああああああ!】
魔王は悲鳴を上げた。弱点は当たっていたようだ。
【おの、れええええええええ! ミロノ、まだ姫に……】
大きい目であたしを睨んで、また狼狽する。今度は両肩を捕まれ引き寄せられた。
【ミロノ、何故女に? どうしてそんな体を選んだ!?】
「やかましい! 貧乳だって言い方ヤメロ! 胸はしっかりある!」
一瞬、魔王があたしの胸に視線を下ろす。
「よし、喧嘩売ったな」
【まて、そうじゃな】
魔王は肩から手を放し、遠ざかり始める。
「喧しい! さっきのやりたい放題の借りを、今ここで全力で返す!」
【お………ん!?】
面白いほど狼狽えた魔王だったが、何かの気配に気づいてヒュっと上を見上げる。
みるみる口の端を吊り上げて笑みを浮かべ始めた。あたしにも理由がなんとなく伝わる。
邪魔が入った。
一番来てはいけない人物が、こちらに来ようとしている。
【これは!? これこそが!?】
「来るな! あたしが片づける!」
歓喜の声を挙げる魔王を遮るように恫喝すると、魔王の笑みが凍り付いた。気配がスッと遠ざかってくのが感じ取れる。
ふむ。あっちに汚染物質が行かなくて良かった。
【なぁ!?】
遠ざかっていくその感覚に茫然とする魔王。
【ま、まて! 逃すか!】
追いかけようとする魔王を捕まえた。
【あああああ!】
気配が完全に消えると、見上げる顔から絶望感の雰囲気を漂わせた。
よほど待ち望んでいたみたいだな。ははは、ざまぁみろ!
目当てのモノが消えてガックリしたのだろう。あたしの事はそっちのけだ。その隙は見逃さない。
「それはこっちのセリフよ! あんたの相手はあたしだ! 落とし前つけろ!」
あたしは右手を小太刀に変えて、魔王の胸の穴に肘まで突っ込む。そして左手も傷口に突っ込んで、両手で力を籠めて傷口を広げる。ぶわっと、液体が大量に噴き出した。
【や! やめろ! 消える! 消える!】
魔王は両手であたしの頭や肩を持ち、引きはがそうとするが、
「だりゃあああああああああああああ!」
あたしの方が強かったみたいだ。
胸から広がった傷が、右肩から左腹部を引きちぎる。
胴体や四肢が千切れた魔王は、のたうち回る動作を示す。
でもまあ、うねうね動いているだけだったけど。
【アアアアアアアア! せっかく、強力なさとりに、とりつけたのにぃぃぃアアアアアアア】
ダメージを受けると、ペラペラよく喋る。
【体が、すぐそこに、我が悲願がアアアアアアアアアアアア! 会えたのに、からだ、と、み】
「消えろ! 目障りだ!」
あたしはすかさず頭部を握って力を籠めると、あっけなく潰れて崩れた。
急激にその存在が薄くなり、溶けるように揺らめく。
【みろ、の】
頭部の潰れた魔王は顎だけ動かし、左手であたしの右腕を握り締める。優しく握られている感覚がするが、多分違う。力が残ってないだけだ。
【み、のか、ら】
潰れた頭から、裂かれた胴体から、おびただしい量の液体が流れ出して、辺り一面が黒く染まっていく。
とっても腹立たしい。
魔王の表情は悲しげだが、土足で思考を踏みつけられ、汚い液体を撒き散らかされている、あたしの方が泣きたい。
「いいからさっさと出ていけええええ!」
容赦なく魔王の腕を振り払う。
【た、け、……げる、ひ…から】
魔王は傷ついた表情になるが、懲りずにあたしの腕を掴もうとするので、刀を握り締めて魔王を十字に切り裂く。
「これならどうだ!」
【オオオオオオオオオオオ】
断末魔をあげ、魔王は蜷局を巻きながら、吸い上げられるように去って行った。
その姿を見送って、あたしは額の汗を拭い取る。
「なんとかなった……のかな?」
握っていた刀に視線を向ける。うん、これは愛刀だ。いつの間に刀なんて取り出したんだ?
まあいいか。結果的に役に立った。
あとは目覚めるだけだが、どうやって目を覚まそうかな。
あたしはしばし考えて、瞑想を止めるイメージで意識の浮上を試みる。
頭にガァンと衝撃がきて、パチっと瞼を開いた。
次回更新は木曜日です。
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