志操を改造するもの③
少しだけ威力が弱くなった。この隙にルイスを昏倒させて、時間を稼げないだろうか。
一か八か! ルイスの頭部に奥義を当てる!
「らいめ……」
【あははっははははは! 戯言に耳を貸すな我よ!】
ルイスの体から黒い靄が立ち上がり、色を濃くした。少年の肩から伸びた腕が、あたしを上から叩き潰す。
「ぐあ!」
衝撃で一度地面をバウンドして余韻でころがる。
痛みが全身に響く。精神ダメージよりも分かりやすいが、痛いものは痛い。
魔王は連続で叩き潰そうと黒い腕を振り上げるので、転がって紙一重でかわす。何発も喰らっていい威力ではない。
押し花ならぬ押し草にされた原っぱを確認し、肝を冷やしながら起き上がる。
【あははははははは】
狂乱したように楽しそうな魔王。
どうやらルイスから出てきたようだ。
顔面の黒い複眼が頭部全体に侵食して、目玉だけで作られた頭部になっている。
髪はどこだ、耳はどこだ、口はどこだってレベルだ。
うん、人間じゃないな。
ヴィジュアルはどうであれ、あんなにびっしり複眼があると、どこを見ても目があう。
ますます討伐が困難だ。
複眼に捕えられないように視線を外しながら、懐から取り出した懐刀を握り絞め、反撃のチャンスを伺う。
【賢い。視線を合わせなければダメージは殆どない】
褒め言葉を出しながら魔王は目を細める。
そして、カッと見開いた。
「んぐ!?」
視線を合わせなったにも関わらず、あたしの頭に激痛が走る。
【と思っただろうが無駄だ。我には通用せん。さぁ、どこまで抵抗できるか試してやろう】
「ぐっっ!」
頭と心臓に太い杭が刺さるような激痛が、何度もやってくる。
予想していたけど、ルイスよりも威力あるな、これ。
避けられないならば、もう、玉砕相打ち覚悟だ!
まず、魔王の印は……胸だな!
弱点は解かった。
あとは攻撃方法だ。ルイスの強化版だとすると……
【神経を衰弱させればさせるほど、組み替える成功率があがる】
クスクスクスと魔王が嘲笑う。
【我とルイスは約束している。殺さないから安心しろ。まぁ、耐えられずに自滅するのは回避できないが、それでも運がよければ生存が得られるうえに、今後は我の庇護を与えることになるだろう。ルイスが求めるならば何人でも庇護を与えるが、成功すればお前がその第一号となる。歳が近いので姉らしく振る舞うがいい。いやこの場合は用心棒の方が妥当なのか? どちらがいい? 希望あるならきいてやるぞ? 気分がいいからな、さあ、どうす】
だあああああああうるさああああああああい!
こっちは精神と肉体両方の防御で一杯一杯なんだ!
次の一手を絞り出すための案を、纏まらない思考で考えるから大変なんだ!
攻撃しながらダラダラ話すな! 話しかけるな!
超・気が散る!
【!?】
魔王はきょとんとして、複眼からの攻撃を止める。
【お前は変な輩だ。恐怖心が一切ない。絶望すら抱かない】
「だから、どうした!」
複眼が止まって影響が軽くなった。今が攻撃のチャンスだ!
駆け寄って攻撃範囲内に入り、攻撃に転じる。
「雷神の咆哮!」
闘気を込めた拳でルイスの喉元を殴りつける。
【はは。なにやら、懐かしいやり取りだ】
が、その威力が届く前に、手の形をした靄に阻まれ威力を阻害される。
「くそ!」
やはり圧倒的に火力不足だ。闘気が通常の半分以下しか練れなかった。
距離を取ろうとして靄に足を掴まれる。踏ん張りが効かず足を取られ地面に倒された。
「う!」
強かに背中を打ち付けると、すぐに黒い霧が頭と腹部を鷲掴みにする。
やっばい! 地面に縫い付けられた!
魔王はあたしの傍にしゃがみ込むと複眼が顔から伸びて、あたしの顔の手の平二つ分まで近づく。
伸びるのかよそれ!
【ルイスの願い通り、そして我の願い通り、全力で記憶を書き換えてやる】
「ギッ! アッ!」
衝撃的な激痛が襲ってきて、あたしは螺子が切れたかのような悲鳴をあげた。
歯がボロボロになったノコギリを四つ同時に、頭部をギリギリ轢かれたら、こんな痛みが出るかもしれない。
口元が濡れてきた。泡を吐いているかもしれない。呻く声を出すことすらキツイ。
やばい、このままじゃ反撃も出来ず弄り殺される。
「ア! ア! ガァ! イッ!」
「がまんして、辛いけど、死なないで、ずっと一緒に、いてほしい、だけ」
ルイスの声が聞こえたが、ハッキリ言って不愉快でしかない。
目を見開いているので、間近にある複眼の一つ一つが良く見えた。あたしの苦悶の表情が浮かんでいて、白目剥いて死にそうな顔している。
酷い顔だ、と自分で思う。
【さて、十二分に痛めつけた。仕上げに向かうか】
黒い霧があたしの顔を覆う。
「ヒィ、ァ!?」
鼻や耳、口から脳に何か入り込み、引きちぎられそうな感触がした。
突然、頭の中から沢山の記憶が呼び覚まされる。
雪崩のように、大洪水のように飲み込み、さらにかき回す。
あ、これ、走馬燈かな?
あたし死んだかもしれない。
今、自分がどこにいるのかも、何をしていたのかも、全然思い出せなくなった。
色々な光景が流れるその中を、あたしの意識は落ちていった。
次回更新は木曜日です。
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