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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第七章 成人の儀式
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リヒトとメルヴィナ⑤

 喫茶店を出ると、夕日が山に罹るところだった。

 夕暮れまではいってないが陽はすぐに落ちるだろう。

 半日休憩を貰えてよかった。のんびり帰宅できる。今晩は寝て、早朝から修行開始だ。


 雪を踏みしめながら、家の灯がポツポツとつき始めたのを見つめる。

 帰宅する人々とすれ違っていると、ある店から見知った顔が出てきた。長殿とネフェ殿だ。長殿は紙袋に荷物を沢山抱えている。あそこが食料店なのかもしれない。


 ドアを閉めた二人はすぐにあたしの方向に振り返り、にこっと笑った。


「お茶会は終わった? 楽しかった?」


 ネフェ殿が歩を早めてあたしとの距離を詰める。


「楽しかった」


「良かったわね!」


 ネフェ殿はあたしの隣に立つと、やや遅れてきた長殿があたしの斜め前に立った。


「ミロノさん、折角だから一緒に帰りましょう」


 行く先は一緒なので断る理由はない。

 長殿があたしの横を歩き始めたので、二人の間に収まってしまった。

 なんでだ?

 真ん中は勘弁してほしいが、あたしを挟んで歩く二人はとても楽しそうである。言い出せない。


 しばらく歩いて、人気がなくなった所で長殿は吹き出すように息を吐いた。


「ふふ。懐かしい。綺羅流れ師範たちのリヒト暗殺計画」


 思わず「んぐ!」と変な声を出した。全然何も考えてなかったのに何でバレた!?


「メルヴィナちゃんなら絶対に教えてくれるわよねぇ」


 ネフェ殿は間延びした声を出した。

 相変わらずこちらの心の内は筒抜けだった。妙な汗をかく。本当に心臓に悪い。


「リヒト暗殺計画、未然に防がれましたが、腹立たしい出来事です。そう思いませんかミロノさん」


 長殿の笑顔に圧が加わる。

 拒否権ないのかよ。


「詳細聞きたいですよね? 実は」


「思ってない!」


「リヒトが暴悪族と揶揄されているのが発端ですけど、それよりも、エカテリーナ含め数人の綺羅流れ師範が某商店と結託したのが問題でした。私を潰す計画を練っていましてね、それに気づいたリヒトが私に知らせてくれたことが発端です」


「あたしの意思は無視か!」


 と叫んだものの、リヒト暗殺計画というのはついでで、本当は長殿暗殺計画だと知って驚いた。


「なんだそれ!? 気になる!」


 あたしの興味を引いたことに成功した長殿は、にこりと笑って話を続ける。


「双子の勇者を精霊に押し上げる件。あれです。詳しい事は省略しますが、彼女たちは禁忌と記した書物の知識を流用して某商店に売ったのです」


 長殿の目が笑っていない。ゾッとするような鈍い光を放つ。


「危険なため看過できず、関わった者全てを始末するため村を出たのです。その隙を狙って、エカテリーナたちはリヒトを亡き者にしようとしました。その潜在能力を恐れたのでしょうね。リヒトは親の目からみても強大でしたから」


 そして薄い笑みを浮かべる。


「リヒトが勝ったお陰で他の師範たちの尻尾を掴むことが出来ました。あの時阻止しなければ、精霊の魔王化が劇的に進んで、アニマドゥクスが廃れていたでしょう」


「クルトは大丈夫だったのか?」


 あたしが聞くと、ネフェ殿が残念そうにため息をついた。


「クルト君はね。表現を悪くすると人を疑う事が難しい子なのよ。だから彼女たちは『口八丁で言いくるめられる傀儡の当主に出来る人材』として活用するつもりだったみたい。だから無事だったわ」


「酷い話だ」


「今はしっかりしてるけど、あの時はまだ幼いから大人の言う事を素直に聞いちゃうのよ。本当は長所なんだけど、ルーフジールでは短所になるのよね」


 ネフェ殿は困ったように呟くと、長殿がため息をつく。


「当時のリヒトも幼く、師範達から一斉攻撃を受けてパニックになったそうです。それで身を待るために手加減ができず六人の師範大を再起不能にしました」


 あたしで考えると達人六人と真剣勝負か。

 まぁ勝てないことはないな。


「ええ。リヒトも勝てない相手ではありません。問題はそのあとでした」


「その後の問題?」


「リヒトは今でこそあんな可愛くないですが、元々は優しい子でした。精神を壊す前に止めようと思ったみたいですけど、強い殺意を受けて感情が高ぶり、攻撃の歯止めができなかったようです」


 あれか。あの攻撃か。

 痛かった記憶が蘇ってゾッとする。


「精神攻撃で相手の心を完膚なきまでに破壊しました。心が壊れれば肉体も朽ちる。彼らは衰弱死を迎えました。相手を殺してしまい、リヒトは随分落ち込んでいました」


「リヒト君だって酷い怪我して死にかけたのにね。お義父様が居たら、太鼓判をおして大喜びしているところよ」


 ネフェ殿がむぅっと頬を膨らませる。


「ははは、父も爺さんも血の気多い人でしたからね」


 長殿達はやれやれというように同時に肩をすくめた。


「この件は僕を含め四名ほどしか真相を知りません。そのせいでリヒトに非難が集まりました」


「何故だ?」


「表に出してはならない禁忌だからからです。そのため中途半端な真相だけ伝えた結果、やりすぎだという声が高まり、リヒトを村に居続けさせる事が難しくなりました」


 長殿の目に怒りの炎が見え隠れする。ネフェ殿はそんな彼の肩をポンと叩いた。


「だからリヒト君をルゥファスさんの所へ送ったの。少し早かったけど、あの子なら一人でもちゃんと旅が出来るって思っていたから。村から出て色々見て回れば価値観も変わってくるし、それに」


 ネフェ殿の優しい目があたしを写す。


「その村にはミロノちゃんがいるって知っていたから」


「答えに困る」


 あたしは肩をすくめた。


「ふふ。だってあの二人の娘だもの。細かい事気にしないでしょ。その無頓着さに救われることもあるのよ」


 褒められているのか貶されているのか、微妙だ。


「本来なら16歳で旅に出すのに……。しかしあのままでは、綺羅流れがリヒトを危険に晒す気がしたのです」


 長殿は立ち止まり気鬱そうに空を見上げた。


「あの子には辛い現実を背負わせてしまった。災いだけではなく、村の運命や私のことまで」


 何も言えない。

 立ち止まってしまった長殿が、再び歩むのを静かに待つ。


 やや沈黙が流れ、長殿はあたし達に顔を向けた。

 その眼尻には少しだけ涙がある、ような気がする。


「すみません。あんな状態で旅に出したので感慨深くなりました」


 ネフェ殿がうんうんと頷く。


「感慨深いわよね。旅に出した時は子供だったのに、戻ってきたら大人の男性になってたから吃驚よ」


「しかも若い頃の私にそっくりで」


「そうよ! 私の遺伝要素どこに消えた!? ってちょっと悲しくなったもの!」


「小さいころはネフェにそっくりでしたのに。ふふふ」


「そーよねー! 出来ることなら成長変化を観察した! 勿体ない」


 ネフェ殿は天を見上げて嘆いた。ソレを見て長殿がくすくすと笑う。

 

 うーん。子育てネタか。リアクションに困るなー。

 途方に暮れていると、ネフェ殿が殿がウインク一つ、あたしに向けた。


「ルーは、ルーフジール家の当主として子供達に厳しく接しているけど、本当は凄く甘やかしたいし可愛がりたいのよね」


「恥ずかしいので止めてください」


 長殿は少しだけ顔を赤らめてそっぽを向いた。


「父親ですから。恨まれても彼ら将来が困る事のないようにしてあげたいだけです」


「ああ。それは伝わっていると思うぞ」


 思わず出た言葉を聞いた二人は、きょとんとしながらあたしを見て、すぐに苦笑した。


「伝わらないわ」

「伝わりませんね」


 キッパリと言い切ったが、長殿は「でも」と続ける。


「理解できる日がくるのなら、それは彼が父親になった時でしょう」


 柔らかく笑う長殿を、あたしはこの時初めて見た。

 リヒトもこんな感じで笑うようになるのかな。そう想像すると、思わず頬を染めてしまう。

 ネフェ殿があたしの両肩を掴んで「ね!」と楽しそうに声をかけてくる。


「私の夫、可愛いでしょう? ときめくでしょ?」


「守備範囲外だ」


 即答すると、ネフェ殿は「ぶー」と口を尖らせた。

 いやもう少し若い男性がいいよ。おっさんとかどうでもいいよ。


「リーン同じ対応なんですけどー! もー! お世辞でもトキメクって言ってほしいわー! 自慢したいのよ素敵な夫をー!」


「無理です」


「もおおおお。ゆるせなーい。スリスリしちゃうからねー!」


 ネフェ殿に抱き付かれて頬をスリスリされてしまった。拒否したら怖いのでなすがままだ。


「こらこら、ミロノさんが困ってますよ」


 見かねた長殿がネフェ殿を宥め始めるが、頬をスリスリするのをやめない。


「ううう。ミロノちゃんの好みの男性どんなタイプよおおおお! 教えてよ! 気になるのよ!」


「もしかして酔ってる?」


 酒の匂いはしないが、匂いの薄い酒があるのかもしれない。

 酔っている行動なら酒癖悪いなぁと思わざるを得ないんだが。


 長殿が苦笑しながら首を横に振った。


「妻はシラフです。ほらほら、ミロノさんがドン引きし始めています。離れて下さい」


「よーし! お手て繋いで帰るぞー!」

 

 ネフェ殿は頬スリスリを止めると、あたしの手を取り高々と天に伸ばした。

 やっぱり酔ってるのでは?

 長殿に確認しよう。


「これ本当に酔ってない?」


「雰囲気に酔ったかもしれませんね」


 はた迷惑なやつだ。


「行くわよー! レッツゴー!」


 あたしはそのままネフェ殿と手を繋いで帰宅した。

 そしたら途中で母殿に見つかり、反対側の手を繋がれて、三人で散歩することになる。

 親父殿と長殿から生ぬるい視線が飛んでくる。

 そのままルーフジール宅にお邪魔してリビングに連れ込まれ、女子会と称され一時間ほど昔話に花を咲かせている母殿達を眺めていた。


 解放してほしいと切に願っていたら、リヒトがリビングにやって来た。母殿たちの出来上がりっぷりに驚いたような顔をしていたが、あたしを見るとすぐに手招きをしてくれて、やっと退場できた。

 

「面倒なら適当に抜けろ。母上も絡み酒だが所用を止めはしない。馬鹿なりに上手くやれ馬鹿」


 リヒトは最後に馬鹿馬鹿言いながら部屋に戻って行った。

 なんかもう、いろいろあいつの事情を聞きすぎて、怒りすら抱かなかった。

 すぐ感化されるなあたし……。明日から適当に喧嘩売ろっと。



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