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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第七章 成人の儀式
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リヒトとメルヴィナ②

「話とは?」


 やや懐疑の心を持って聞き返す。

 メルヴィナはおずおずと懐から一枚の紙を取り出した。


「村で唯一の喫茶店です。ケーキが美味しいと評判のお店なので、宜しければご一緒しませんか?」


 店のチラシだな。

 受け取りながら内容をサッと確認する。

 お店のメニュー案内と地図が記入されているだけだ。


 意図を読もうと目を見ると、メルヴィナがポッと頬を赤らめた。


「不躾で申し訳ありません。私達は旅に憧れています。もし、もし、ミロノさんにお時間がありましたら、その話をして頂きたいと思いまして」


 期待された目を向けられた。

 彼女だけではない、まわりの少年少女も期待した目を向けられる。


 この視線は覚えがあるぞ。

 あたしも村に商人が来た時に、旅の話を聞きたくて仲間と一緒に頼みこんだ。あれとそっくりなんだ。

 そっか。いつの間にか旅話が出来る側になっていたのか。

 無碍に断るのはちょっと良心が痛むな。


 そもそもなんであたしなんだ?

 リヒトも旅に出たんだからあいつに聞けば……いや、彼らの反応から察すると、軽々しく聞けるような間柄ではないのだろう。しかし旅について聞きたい。

 だからあたしに頼ったのか。うーん、仕方ない。


「修行中なので今すぐ返事ができない。師匠に確認する。返事は今日の夕方でも構わないだろうか?」


「勿論です!」


 一蹴されなかったことにホッとしたのかメルヴィナが満面の笑みを浮かべ、少年少女達が喜びのポーズやガッツポーズをしている。


「多分。日付も時間もあたしの指定になる。それでも問題ないか?」


「構いません! お時間いただけるという事だけでも私どもは嬉しく思います」


 メルヴィナはズイっとあたしに近づいて両手を握った。


「お返事をお待ちしております!」


 少年少女たちは「やった!」や「話楽しみ!」と花が綻ぶように笑ったり、興奮して足踏みを始めている。

 いやお祭りじゃないし、そんなに楽しい話題もないと思うんだが。


 あたしはメルヴィナの手を離すと、チラシをくるくる丸めた。


「誰に知らせたらいい?」


「クルト様に伝言をお願いできますか? 私に直接つながります」


 うん? メルヴィナはクルトを『様』と呼んだな。

 リヒトは『君』だったことを考えれば、ルーフジールの後継者はクルトと決まっているようだ。


 あたしは「わかった」と頷いてから、メルヴィナに探るような視線を向ける。


「で、あんたはどこまであたしを知っている?」


「ミロノ=ルーフジールさん。武神の御子女でいらっしゃるということ。旅の途中でこの村に立ち寄ったこと。それしか存じ上げておりません」


「あいつから何も聞いていないのか?」


「お名前だけ。リヒト君はぺらぺら話すような人ではありませんから、あとは父から教えられた情報です」


 メルヴィナは凛とした態度を崩さず堂々としている。

 心を読んでいないと思いたいが、賢者のルーフジール家でさんざんやられたので、信じられないな。

 まぁ目に見えぬ事柄は、知らぬ存ぜぬを覆すことはできないから確認する必要はないか。


「わかった。時間がとれたら、まずは全員の自己紹介からお願いしたい」


「勿論でございます。では引き留めて申し訳ございませんでした。お進みください」


 お互い軽く会釈をして、あたしはその場を離れた。


 メルヴィナ。周りの少年少女達とは別格な雰囲気だった。

 彼女はクルトを支える一人として、村とアニマドゥクスを守る使命を帯びているのだろう。

 リヒトに否定的ではないが、肯定的とは思えなかった。腫物を扱うようにしているが無下にしないよう気を付けているような印象である。


 あたしは足を止めて、白に沈む村を眺める。


「あいつの居場所……ここにないんだな」


 家族がいくら迎え入れても、村人から拒絶されてしまっては居場所はなくなる。それを一番分かっているのがあいつ自身だろう。

 リヒトはもう、ここを故郷と思っていないのかもしれない。

 そう考えるとなんだか、悲しい気持ちになった。

 





 親父殿に確認したら、二日後に半日ほど休みをくれる約束をしてくれた。

 クルトに連絡を取ってもらうためルーフジール家を訪れる。

 ドアをノックする前に玄関が開くがもう驚かない。あたしの心が駄々洩れだろうがもう知ったこっちゃない。

 長殿かなと身構えたら、出てきたのはリヒトであった。

 眠そうな顔をしている。右手と右耳に凍傷を起こしているから修行で怪我をしたようだ。

 大丈夫かと聞けば不機嫌になるので、用件だけ伝えよう。


「なんの用だ?」

 

「クルトはいるか? 伝言を頼みたい」


「呼んでくる。中で待ってろ」


「ああ」


 玄関の中に入ってドアを閉める。

 暖かいので防寒着を一枚脱いで腕にかけていると、階段を降りる音がして通路にクルトが出てきた。目が合うと足早で駆け寄ってくる。リヒトはクルトの後ろにいて、ゆっくりとやって来た。


「お待たせしましたミロノさん! 僕に何か御用でしょうか?」


 ぱあっと明るい表情で小さく首を傾げるクルト。まるで仔犬をみている気分になってくる。


「メルヴィナに伝言をしてほしい」


 クルトが驚いたように目を丸くした。


「え、メルヴィナさんに、ですか? いつ面識をお持ちに?」


「っ!」


 リヒトの顔が露骨に歪んだ。心当たりがあるよな。だが今は伏せておく。


「今日だ。あちらから喫茶店に誘われたので、その返事を頼みたい」


「メルヴィナが……はい、わかりました」


 クルトは訝し気に眉を上げ視線をうろうろさせて、煮え切らない態度をとる。


「不躾ですが、彼女との出会いや話の内容について、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 リヒトが苦虫を嚙み潰したような顔になった。しかし止めようとする態度はみせない。

 うーん、言ってもいいかな。


 あたしは簡単に呼び止められたことについて説明した。表情が曇っていたクルトだったが、話を聞くにつれて穏やかになる。「そうだったんですか」と安堵したように呟いてから、振り返ってリヒトを見た。


「兄上は本当にお優しいです! メルヴィナも兄上から頼られて嬉しいと思っています」


 リヒトはあからさまにクルトから視線をそらして「チッ」と毒づいた。

 そうか。あたしを止めなかったのは、メルヴィナからクルトに事情が説明されると踏んだからだ。あたしを止めても耳に入るから、止める意味がない。

 色々事情があるんだろうな。察してやろう。 

 

 あたしは時間と曜日をクルトに伝えてから、リヒトをみる。


「旅話が目的のようだ。だからあんたに確認したい。どの程度まで話していいか?」


「災い退治は一切知らされていない。俺と一緒に旅をしているということも、あいつらに伝わっていないはずだ」


「わかった。なら村と街、王都の感想を伝えることにする」


 リヒトが頷くと、クルトが「あの」を声を出し、リヒトに期待するような目を向けてきた。


「多分、戦闘も聞きたいと思います。どんな妖獣がいるのか、盗賊とか興味ありますから」


 どこでも気になる部分は一緒だな。


 リヒトが「はあ」とため息を吐くと、乱暴に頭を掻いた。


「道中の盗賊とか、夜盗について話せばいいだろ」


「そうだな。盗賊や夜盗も結構ネタがある。子供だと思って甘く見てホイホイやってくる馬鹿が沢山いた。それを話せばいいか」


 クルトが「やった!」と万歳しながら喜んだ。素直である。


「話してはいけない部分はそこだけかな?」


 あたしが念押しすると、リヒトが目を伏せて無言になった。何か考えているようだ。


「そうだな。魔王関連の話は伏せる。あとは………メルヴィナだが。あいつは父親から俺がお前を村に連れてきたと聞いているはずだ」


 そういえば、メルヴィナは自分の父親からあたしのことを知ったって言ってたな。

 もしかしたら、彼女だけは魔王退治のことを聞いているのかもしれない。とはいえ、大勢の友人たちの前で口を滑らせるようなことはしないだろう。


「分かった。ヴィバイドフ村で知り合って、あんたの術を気に入ってあたしがついてきた、ってことにしとく」


「話が分かるじゃないか。気持ち悪い」


「あんたの態度をみていると自ずとね。ここでそう言ってもあたしに損はない。だが里ではこの逆を言ってもらうぞ。そうしないと困るからな」


「ミロノさん。そのお茶会、僕も参加して宜しいですか?」


 クルトがそわそわしながら訪ねてきたので、頷く。


「あたしは構わない。あっちはどうか知らないけど」


「クルトが来たいって言えば、文句は出ないだろう」


 リヒトが断言した。クルトの村での立場がよくわかるな。

 クルトは上目遣いで「兄上は?」と尋ねるが、リヒトはヒヤッとした雰囲気を漂わせて「興味ない」と一蹴した。


「あんたが行けばお茶会は壊滅しそうだ」


 茶化してみると、リヒトが「けっ」と毒づいた。

 その態度が駄目なんだよって思ったが、いつもの事だから無視した。


「では。早速お返事だしますね!」


 クルトが足取り軽やかに階段の方へ走っていった。

 その後姿を眺めてから、あたしはリヒトに声をかける。


「正直、あんたが他人を頼ってまであたしを探していたと思わなかった」


 リヒトがムッとした顔になりそっぽを向く。


「…………一蓮托生って言っただろう。今後のためにやったまでだ」


 だとしても、他人と関わるのを嫌がるリヒトがその方法を取ったのなら、多少なりともあたしの身を案じてくれたんだよな。魔王退治の一蓮托生とはいえ、探してくれて嬉しいと感じるんだよな。


「ありがとう。そして心配をかけたな」


「心配していない。だが、お前がいなかったら今後の討伐が難しいと思っただけだ」


「負担を二分の一にするためか?」


 リヒトが「そうだ」ときっぱりと言いながら、こっちを向いた。淡々とした様子であり感情が全く見えない。


「次に新しい毒を摂取するときは、俺に教えろ」


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