リヒトとメルヴィナ①
さて成人の儀式が終わり、身体が完全回復したので、肉体強化と奥義や闘気修行の許可が下りた。
妖獣討伐ではなく、親父殿と母殿にダメージを与えるという高難易度の修行なので、毎日血反吐がでる。
向こうも本気で、というか、殺意を込めて攻撃してくるので腕一本くらい飛んでしまう。
ネフェ殿が待機しているので即座に治してくれるが、痛いモノは痛いし、四肢が吹っ飛ぶのはトラウマである。
だが、ネフェ殿が居るから肉体を極限まで痛めつけても即座に修行ができる。まさにネフェ殿サマサマである。しかしこれを言うと説教がくるので、なるべく傷をつけないよう気を付けるしかない。
その他には長殿がアニマドゥクスで模擬戦をしてくれるようになった。親父殿よりは劣るが達人なので強い。遠距離と近距離がスムーズにくるため、結構致命傷も食らう。
でも楽しい。修行愉しい。自分に伸びしろを感じるのでまだまだ上を目指せる。
毎日充実していて嬉しいな。
そんなある日、親父殿にお使いを頼まれて鍛冶屋へ向かっている時に、「ちょっとまて!」という声が響いた。
ここは住宅区である。村を歩く機会は殆どなく、最後に歩いたのはリヒトに案内されている時だ。
知り合いがいるとは思えないたえめ、別の誰かだろうと無視して歩いたが、
「まて! まてって!」
「ちょっと! そこの、ええと、腰に刀を差してて、額当てしてる人!」
あれ? あたしだ。
立ち止まって振り返ると、少年少女の二人が声をかけよってきた。服や帽子にユバズナイツネシスの模様があるのでこの村の子供だろう。だが知らない顔だな。一体何の用だ?
「よかった、止まってくれた」
「足、速い……」
息を切らせて駆け寄ってくる二人を眺めて、ゆっくりと問いかける。
「あたしに何か用か?」
するとあちこちから声が上がった。
「いたー!」
「こっちにいたよー!」
わらわらと人数が集まり合計七人となった。男子四人、女子三人である。全員村の子供であたしと歳が近いようだ。敵意はないが、不安や心配を含んだ眼差しが向けられている。
意味が分からない。あとぐるりと囲まれてしまったので、どうしたものかと考える。
何かやったのかもしれないが、全く身に覚えがない。
最初に声をかけてきた少年少女に尋ねてみた。
「あたしに何か用か?」
再び同じ質問をしたら、全員が困惑した面持ちで互いを見合わせた。
何だその反応。
明確な目的がなくて声をかけたとでも言うのか?
どうしようか。とりあえず声をかけた理由くらいはサッと教えてほしいんだが。
困惑していると、声をかけてきた少年が真剣な面持ちとなって手をわたわたと振った。
「あんたを探している奴がいる。すごく危ないやつだ。そいつに何をやったんだ?」
「意味が分からない」
即答すると、彼らの顔色が一気に青くなり、ざわめいた。
いやほんとに、もう少し詳しい説明が欲しいんだけど。
少年少女たちは頷き合うと、あっちあっち、と村の一角を指差しした。
「とりあえずこっちに来いよ」
「見つかるとマズイから、早く」
「悪いようにはしないから」
「こっちこっち。温まろう」
うーん? 何かからあたしを匿おうとしているようだ。全く意味が分からない。
首を傾げて「?」と浮かべていると、そのうちの一人から詠唱をしている声がする。
<ウンディーネよ。彼女の体を包み込み移動させよ>
ふわっと体が包み込むような感覚がある。
しかし雪が積もる極寒の風で滅茶苦茶寒い。反射的に刀身を抜いて一閃。風の塊を両断する。風は少量の雪を拾い上げて霧散する。
「!?」
全員が茫然とした面持ちであたしを見つめた。
良かった、余波は受けていないようだ。もう少し近かったら布くらい切れていたかも。
っていうか、打ち刀なので間合いにくると切れちゃうんだよな。あまり近づかないでほしい。
「うそ、だろ……?」
詠唱をした少年が金魚のように大きく口を開け、ぱくぱくと動かしている。
修行の成果で四属性の塊なら斬れるようになったんだよなぁ。でないと長殿の術を受け切れないんだよ。相殺するかしないと死ぬんだよあの威力は。
「敵意ないから反撃しないけど、もう少し口頭で説明してくれないか?」
刀身を鞘に納めながら問いかけると少女達の目が輝き、「凄い」「無効化したわよ」とヒソヒソ話を始める。少年達は「今の見たか」「見た見た!」とこちらも目を輝かせていた。
いやいや、見世物じゃねーんだけど。
少年少女たちを半眼で眺めつつ、「だから説明をしてくれ」と催促したが、彼らは珍しいモノを見ている眼差しでヒソヒソと話しているだけだ。
まともに話ができる奴いないのか!?
そう叫びたい衝動に駆られながら、本当にあたしが何もしていないか、記憶を遡る。
彼らとは全員初対面。
この村に来て誰かの感情を逆なでたり、怒らせたり、暴力を振るった覚えはない。
うん、思い当たる節がない。
でも彼らはあたしを保護しようと行動を起こしている。表情や態度から嘘ではないと思う。
修行の続きをしたいから、早く帰りたいんだけど。
意図が分からないから立ち去っていいか迷うな。
どうしようか手をこまねいていると、一人の少女が慌てたように走ってきた。そしてきつい眼差しで七人の少年少女を見据える。
「みなさん何をやっているのですか!?」
おおお! かなりの美少女。年齢はあたしと近いな。
濃い紅色の腰まで届く長髪に切れ長の紅色の目。肌は透き通るように白く、彫刻のような整った顔立ちをしている。身長は150センチほどで可憐な印象だ。さぞかし多くの異性から口説かれているに違いない。
見ているだけで得をした気分になる。眼福というのはこのことを言うんだな。
美少女が現れると、少年少女たちがワッと歓喜で沸いた。
「メルヴィナ! 探し人って彼女だよね!」
「ね! この子で合ってるよね!」
メルヴィナと呼ばれた美少女は、少年少女達に頷く。状況をみるからに、彼女があたしを探していたと思うが、面識はない…………いやまて。メルヴィナ。どこかで聞いたことがある。どこだったっけか?
再び思い出そうとすると、メルヴィナは一メートルほどの間隔を開けてあたしの真正面に立った。
「突然で驚かれたでしょう。大変申し訳ございません」
そう謝罪してからゆっくりと丁寧に頭を下げた。
彼女の謝罪をみた少年少女達はバツが悪そうに視線をそらしながら、あたしに「すいませんでした」と頭を下げた。
ふむ? 態度から察するに、彼女がまとめ役みたいだな。
「驚いたが、大丈夫だ」
気にしないように告げると、メルヴィナは顔を上げる。ホッとしたように唇が笑みを作った。
うん、眼福だな。
「友人たちには後で注意しておきます」
メルヴィナが眉を下げると、少年少女たちが唇を尖らせた。
「だって~、心配だったんだもん」
「あいつ手加減しないしさー」
「怪我をしたら可哀想でしょ」
少年少女達が何も悪いことはしてないと訴える。
しかしメルヴィナはキッと彼らを睨んだ。
「だからと言ってこんなやり方はいけません。襲いにきたとミロノさんが誤解されてもおかしくなかった。このような軋轢は大変危険だということを分かっていますか?」
少年少女たちは黙った。
うーん? あたしの名前を知っている。ってことはルーフジール家の関係者かな。
あたしは片手をあげて彼らの注意を惹きつける。視線がこちらに集まったところで、メルヴィナに質問をした。
「あたしを知っているのか?」
メルヴィナがこちらに向き直り、にこりと、微笑んだ。
「私は人探し……ミロノさんを探すよう依頼されていました。情報を集めるべく友人たちを頼ったため私達全員、貴女を知っております」
「はぁ?」
誰だ、あたしを探すなんて酔狂な奴は。
この村ではまだ何もしていないというのに。
「依頼した人物は村の問題児なので、彼らは貴女が危害を加えられるのではないかと心配したようです。それで、ひとまずは匿おうと思い、少々強引に事を進めようとしたみたいです」
メルヴィナの言葉に、少年少女が一斉に頷いた。
なるほど。だからあんなに慌てていたのか。
それにしても村の問題児……うっかりリヒトが脳裏に浮かぶ。
まさかな?
あたしを探すような輩ではないと思うが、確認しておこう。
「その問題児の名を聞いていいか?」
「リヒト=ルーフジールです」
心底分からん。
あたしを探すよう彼女に依頼した?
嘘だろ? みんなであたしを騙しに来たのか?
疑惑の眼差しをメルヴィナに向けるが、彼女は気を悪くした様子もなく堂々と胸を張った。
「申し遅れました、私はメルヴィナ=リース。綺羅流れのサブリーダーの一人、フィリップス=リースの娘で、リヒト君の幼馴染になります。二週間ほど前に彼から貴女を探すように依頼されました」
二週間前っていうと、毒で床に臥せっていた頃か。
目覚める予定を大幅に越えて一週間以上寝ていたんだっけ。
長殿からリヒトが嗅ぎまわっていたと聞いたが、まさか第三者に手伝いをさせていたとは思わなかった。
「ってことは、メルヴィナ殿は依頼が取り消されたのを知らなかったのか?」
「いいえ、知っています。彼らにも発見できたと伝えました」
「リヒトは気に入らないやつには容赦しないからな。匿うって考えるのは当然だろ?」
少し勝ち気な少年が口を挟んだ。すると周りも同調する。
「そうそう。あいつが探してる奴は大抵ボコる相手だ」
「あの子って、とことんやっちゃうタイプだから」
「外から来た人間だったし、知らない内に逆鱗に触れたのかなって」
「だから怪我しない内に忠告しておこうと」
互いに主張するため声が段々大きくなるが、メルヴィナはその声を、手をあげることで鎮めた。
「このような理由から、この度の御無礼を働いてしまったようです」
「気を使ってもらったわかった。あたしの方は大丈夫だ。あいつとはまぁまぁ適当にやっている」
「間違いなくそう思います!」
メルヴィナから、やけに力強く頷かれた。
先ほどよりも目が輝いている気がするが、気のせいだろう。
「用件はそれで終わりか?」
聞き返すと、少年少女たちは頷いた。まだ不安が色濃く残っているが、あたしを引き留めようとは思っていないらしい。
「お手間とらせてしまい、申し訳ございませんでしたわ」
「いいや。あいつの嫌われっぷりはしっかり聞いている。そちらに余計な心労をかけてしまったようだ。気にかけていただき感謝する」
あたしが軽く会釈をすると、少年少女たちは驚いた顔をしたが、すぐに会釈を返してくれた。
「では失礼する」
「あの、お待ちを」
鍛冶屋に行こうと歩きを進めようとしたが、メルヴィナが声をかけてきた。足を止めると、彼女はややもじもじと手を動かし、はにかみながら上目遣いをする。
「ミロノさん、お時間はございますか?」




