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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第七章 成人の儀式
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成人の儀式⑦

 リヒトを中心に空気が明らかに澱んだ。

 大人たちは苦い表情で親父殿を見ている。お前が何とかしろって目が訴えていた。

 親父殿はこほんと咳ばらいをすると、「そういえばニアンダ殿は息災かな」とリヒトに聞くことによって話を逸らしにかかった。

 リヒトは少しだけグッと表情に力を入れたモノの、大きくため息を吐いて「はい」と返事をする。


「おばさん……ニアンダさんは元気です。ここへ来る前、怪我でお世話になりました」


「うむ。ミロノの治療をしたと聞く。大変腕がいいそうだのぉ」


 そうして親父殿は昔を懐かしむように目を細めた。


「儂は一度だけ会ったことがある。ここに遊びに来た時にクレオス殿が妻をめとったと紹介してくれた時じゃ。勝気な娘さんじゃったなぁ。たしかアルシス殿が妹のように可愛がっておった。懐かしいものよ」


 誰だクレオスとアルシスって。

 あれ? リヒトが目を大きく見開いて固まっている。

 んん? 長殿とネフェ殿が苦笑いを浮かべているな。

 もしや親父殿、なにかやらかしたのか?


 リヒトがゆっくりと長殿に顔を向ける。


「父上。俺の認識が間違っているなら修正してください。ニアンダおばさんは、ルーフジール家の生まれではないのですか?」


「そう。私の弟、クレオスの嫁であり、ルーフジールが引き取った養女でもある。弟亡きあとに村を出て独り立ちしている。だから名をジールと名乗っているんだよ」


 長殿があっけらかんと教えたので、今度は親父殿が驚いて瞬きをしている。


「ルーたん!? お主、子供たちに嘘を教えているのか!?」


「いいえまさか。子供たちが勝手に勘違いしているだけです」


 おっま!? 長殿が人でなし発言したんだけど!?

 って、意味深な目でこっちをみた!? 勘弁してくれ関わりたくない!


「ルーフジール家で女が生まれたのは後にも先にもミロノさんただ一人です」


「あたしも聞いたことあるけど、それは武神のルーフジールだろ? そっちにも一人くらいは」


「いいえ。セアの後に女性は一人も生まれていません」


 やめてくれ。あたしの存在に変な意味をつけるんじゃない。二分の一の確率なだけでそれ以上の意味はない。


「ルーたん。どうでもいいことを止めて、話を戻そうぜ?」


 母殿が軽い口調で話を止めてくれた。良かった。珍しくこっちの手助けを、して……。

 うっわ。なんだよもう。母殿の顔がめちゃくちゃ怖い。余計なことを喋るな圧がくる。

 え。なに。あたし親父殿の子じゃないの?

 困惑していると、親父殿が生暖かい目を向けて、うんうんと頷く。


「ミロノ。大丈夫、お前は儂の子じゃ」


「やだもう! なんなんだよ親父殿もサトリなのか!?」


「顔を見ればおおよそ何を考えているか分かるわい。親だからのお」


「畜生! 親父殿にだけは言われたくない!」


 ショックが強すぎてあたしは項垂れた。

 長殿が周囲を見渡して、笑いを耐えるような笑みを浮かべる。


「では。儀式はここで終了とします。あとは各家庭で聞きたいことを質問して下さい」


 儀式は終了したが、なんだかグダグダで終わってしまい、どっと疲れた。










 外に出るとひんやりした空気に肺が冷える。

 雪がうず高く積もってもはや壁だ。何も見えない。

 色々聞いて頭がパンクしそうだ。ちょっと遠回りして帰ろうかな。

 質問があればということで今日は別荘に行くし。


 雪を踏んで、サクサクと音を聞きながらゆっくり歩く。

 成人の儀式で聞いた内容を、あたしはどのくらい受け継ぐことが出来るのだろうか。

 いや、受け継げるのかもわからないな。

 魔王を相手にしているのだから、いつ何があってもおかしくない。

 何も知らなくていいのではないかとも考える。だが知ってしまった以上、次の世代に受け継がせる責任がある。面倒だな。自分のことだけで精いっぱいというのに。

 それにしても秘密だらけだ。全部語られたとも思えない。

 

「ミロノ。遅かったな。風邪をひくぞ」


 親父殿の声がして前を向く。

 いつの間にか別荘に来ていた。

 親父殿は玄関から出てきて、あたしを手招きする。大きな図体のくせに迷子のような仕草である。可愛くもなんともないけど。


「寄り道をしていた」


「雪しかないのにか?」


「うん」


 返事をすると、親父殿はちょっと困ったように眉を潜めた。

 そしてあたしの腕を掴んで、優しく引っ張って建物の軒下に連れて行く。頭についた雪を大きな手で払うと、急にもじもじし始めた。だから可愛くないんだって。

 何か言い出しそうなので待っていると、「おほん」と咳払いをして、悲しそうに眉を下げた。


「剛腕の牙を教えぬ理由は分かってくれたかの?」


「ああ」

 

「なら儂が、ミロノにスートラータ地区へ行って欲しくないと思っておることに、気づいているかの?」


 なるほど。変な逃げ道を作ったのは行かせたくない気持ちの表れだったか。

 やり方替えろよ。全く気付けないぞ。


「親父殿が倦厭するまでに危険な土地か。と思っただけ」


「厳密に言えば、村の者やミロノを置いて死地に行けぬ。という事じゃよ」

 

 あたしはスッと目を細めると、親父殿がため息を吐いた。

 白いため息が髭を濡らして氷が出来るが、髭を弄ぶ遊ぶ指が氷をぽろぽろ落としていく。

 真剣な話をしているのに、なんだか気になる。


「あそこはの、死を許さない土地に変貌しておるようじゃ」


「死を許さない?」


「左様。肉体の死はさることながら、魂の死も許されないと報告を受けておる。我が同胞も数人ほど犠牲になっておるわい」


「そうか……モノノフも」


「儂は一切指示しておらん。行ったものは皆、志願したのじゃ。自分の腕を試してみたいとか、綺羅流れの役に立ちたいとかの理由で」


 そこで親父殿は表情を曇らせた。


「かといって、許可しているから儂が指示を出したようなもんじゃが」


「まぁ、血の気が多いから腕試ししたいんだろう」


 あたしがしれっと言うと、親父殿は苦笑した。


「生存確率が低いならば止めるのが長というモノだがのぉ。儂は止めるのが下手じゃ」


 親父殿が肩を落とした。この熊は見た目とは違い、血なまぐさいことはあまりしたくない平和主義者だ。母殿の方が過激なのでつり合いはバッチリとれている。


「前置きはいい。それで親父殿の心配事はなんだ。怒らないから言ってくれ」


「……お前年々リーンに似てくるのぉ」


「親父殿相手だと母殿みたいになるんだが!? 前置きが長いから用件は手短にして早く言え!」

 

「やはりリーンにそっくりだわい。封鎖地区の近くに人攫いが潜伏しておる可能性が高いと報告がある」


「ふむ。下手をすると魔王と人攫い、同時に戦闘するかもしれないと?」


「流石に両方一遍に戦うことはないだろうが、お前の事がバレるという懸念はぬぐえない」


 親父殿の表情が険しくなり、同時に少しだけ怒気が放たれる。これ無意識だな。


「大丈夫と言いたいが、何が起こるか分からない。気を付ける」


「ミロノを信じたいが不安が強い」


「なんだよそれ」


 ムッとして見上げると、親父殿が不安そうな眼差しを向ける。揶揄ではなく本気であたしの身を案じているようだ。


「統率が取れていても、人間でなければお前は強い。しかし、人間を相手にする時のお前は弱くて脆い。情が厚いのは良いことであるが、儂はそこが心配でならん」


「肝に命じるよ」


 既にそれで死ぬような目にあった。二度と同じ轍は踏まない。


「うーん……こればかりは性格や思想に大きく左右されるからのぉ」


「分かっている。実際自分の甘さに吐き気がした。心配を有難く受け取る」


 キッパリ言うと、親父殿の表情が明るくなった。


「うむ。成人した娘にこれ以上何も言うことは出来ぬ。決意を止めることも、意思を折る事も出来ぬ。だがこれだけは伝えておくぞ」


 親父殿はまっすぐあたしを見つめて手を握った。ごつくて暖かい手だ。


「儂は長く生きている故、良き知恵を授ける事ができる。何かあれば相談しなさい。そして戦において人数の違いが勝敗を分ける。我が娘よ、いつでも儂らを、里を頼りなさい」


「心得た。何かあったら遠慮なく頼るから安心してよ、親父殿」


「で、さー。私ちょっと気になってたんだけど」


 母殿の声がして慌てて振り向いた。真横に立っている。いつの間に!?

 怖くて鳥肌たつ!


「ミロノ、渡したネックレスの使い方分かってる?」


 こちらの心情を一切考慮せず、母殿は指を伸ばしてあたしの首をトントンと叩いた。


「ネックレス?」


 あたしは首元からネックレスを引っ張り出した。


「全然? これ何かのアイテム? 認識票だと思ってたんだが」


 母殿がやっぱりといった眼差しを向ける。


「まぁ。認識票も間違ってないけど。これは緊急要請の紋が刻まれている輝光石よ。空に向かって壊すと光と音が里に届くようになっているの。より早く届けたいときは奥義で壊すといいわ」


「初めて知った」


「やっぱり。あとで説明するって言ってた癖に忘れたのね。アナタに任せるべきではなかったわ。何かあった時にどうするつもりよ」


 母殿が凄い目で親父殿を睨んだ。殺意あるけども親父殿は全く気にせずにこやかである。


「すまん、説明したつもりじゃった」


「はあ。使う前に教えられて良かったわ」


 母殿が安堵の様子を浮かべると、あたしの肩をトントンと叩いた。


「どのみちモノノフは危険地帯に嬉々として身を躍らせるのが生業だし、アンデッド系や怨霊系ごときで肝を冷やすような鍛え方してるわけじゃないから、危険地帯だろうが普段通りやっちゃいな」


「ああ」


「注意を払うべきは人間だ。知恵がある者は姑息で狡猾。あんたが気を付けるのはそこだよ。人間を信じすぎるな。親切にし過ぎるな。普通に見捨てろ」


 耳が痛いな!


「まあリヒトが上手い事カバーするから心配はしてない。あんたよりも人間の悪意に敏感だからな。文句言わずに頼るんだよ」


「あたし一人だと引っかかるって言いたげだな」


 母殿がジト目になって「熊の子だからな」と言い放った。すると「面目ない」と親父殿が照れ笑いをしている。何故照れるのかツッコミしたくなった。頑張って無視するぞ。


「だが私の子でもある。あんたなら大丈夫だよ」


 母殿はあたしを抱きしめた。

 久しぶりの感覚に、なんというか、気恥ずかしいを通り越してむず痒い。

 でも母殿の匂いと暖かさはとても安心するんだ。


「使命を全うして戻ってきな」


「わかってる」


 あたしも抱きしめる。

 親父殿が羨ましそうに見ているが勘弁してくれ。汗臭いから嫌だ。

 今は母殿でいい。


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