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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第七章 成人の儀式
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成人の儀式⑥

 親父殿が座り直したのであたしもそれに倣う。親父殿は髭を撫でながら眉間にしわを寄せた。


「さーて。タルソンについては後で考えることにして。まずはスートラータ封鎖地区の調査のため、描く方向に根回ししないといかんの。ルゥファス殿。そっちのギルドに混ぜてもらえんか?」


 長殿がスッと表情を締めて、親父殿に向き直った。


「ミロノさんは綺羅流れにて雇われた冒険者という名目で手続きしています」


「話が早くて助かる。儂のほうはちょっと入れたくなくてのぉ」


「そうでしょうね。その方が良いと思います」


 そういえば綺羅流れの拠点はここ、ユバズナイツネシス村だったな。

 綺羅流れ統率者はルゥファス=ルーフジール。通り名で賢者と呼ばれている。

 メンバーは吟遊詩人と研究者で構成され、表向きは調査団といった感じだ。そのため各ギルドから依頼を受けることも多く、王族や商人たちとの繋がりも太い。

 実際は精霊術と失われた魔術の再生と保存を担うアニマドゥクスの集団であり、構成員の八割がユバズナイツネシス。災いを発見する目的で作られている。と紋の講習中にクルトから教えてもらった。


 リヒトはすでに綺羅流れの調査員として登録されていてランクは師範。単独調査が出来る上位ランクだそうだ。あたしと会う以前から両隣のエリアで様々な任務……主に妖獣退治をこなしてきたそうだ。この情報源もクルトからである。


「親父殿は何のギルトをやってんの?」


 あたしが何気なく質問すると、親父殿がギクリと顔をこわばらせた。

 まさか口に出せないようないいかがわしいギルドを作ってないよな!?

 疑心たっぷりに睨むと、リヒトが不思議そうに首を傾げた。


「お前はヴィバイドフのギルドを知らないのか?」


「知らない。教えてくれ」


「武装ギルド剛腕の牙だ。モノノフで構成された戦闘集団で主に妖獣討伐を担っている」


 親父殿が慌てたように腰を浮かすが無視だ。

 リヒトも無視しているので、親父殿のリアクションに慣れてきたようだな。


「初耳だ。モノノフのギルドがあるなら教えてくれても良いじゃないか」


 不満全開で聞き返すと、親父殿が「うぉっほん!」と盛大な嘘臭い咳を放った。

 誤魔化しにかかってきたか……って、あれ? 目に冷たさがあるような? 

 ちょっと怒ってるのは気のせいか……いや、母殿が引きつった口元をしているので、ちょっと怒ってるな親父殿。誰に対して……リヒトか。何もしてねぇのに何で? 


 リヒトも理由が分からないのか、不可解そうに親父殿を見ている。


「リヒト殿、その、ギルドの方針の関係で、ミロノには全然教えていないのだ」


「何故ですか?」


 親父殿が気まずそうにあたしの顔を見て、きゅっと顔の中心に皺が寄った。酸っぱいモノでも口に入れたような顔である。


「ううむ……ミロノは若い女だからという理由で察してくれい」


「なんなんだよそれ。性別差別するのか? それともマジでいかがわしい店なのか?」


 ギロリと睨みながら聞き返してみるが、親父殿がこちらを一瞥しただけで無視だ。

 これあたしが知ったら相当都合が悪いんだ。マジでいかがわしいのか?


「このギルドについては知っていても黙ってておいてほしかった。寧ろ儂がいない時に話題にしてほしかった」


 しょんぼりしている親父を不思議そうに眺めていたリヒトだが、急にネフェ殿の方に顔を向けた。

 そして「チッ」と舌打ちをしてから、スンとした顔になって親父殿に向き直る。

 内輪で話し合いしやがったな。


「申し訳ありません。知らない事とは言え軽率な発言でした」


 リヒトが素直に謝った。

 あたしはビックリして腰を浮かした。


「いやいやこいつ悪くないし、親父殿がさっさと説明すればいいじゃないか」


 親父殿は「うぐ」と呻いて、視線を少し泳がせつつ髭を触っている。

 なんでそこまで拒否するんだ?


「うぐぐぐぐ。何故リヒト殿がモノノフギルドを知っていたのかのぉ~」


 長殿が苦笑いしながら小さく挙手した。


「教えたのは私です。旅に出るとき『手に負えないと判断したら私の名を言えば助けてくれる』と、剛腕の牙を教えたのです。だから彼を怒らないでほしい」


「いや別に儂は怒ってないぞ」


 親父殿が顔を赤くしてぼそぼそと言い訳し始めたな。教えてくれない感じがするが、ここまで頑なだと逆に気になる。どうやって聞き出そうかと考えた矢先に、母殿が大爆笑した。

 

「ひー、腹痛い。やめやめ。そんな態度してるとミロノが不審がるでしょー? ちゃんと教えておかないと、あんたの好みで固めたエッチなお店だと思い込むわよ」


 マジでそう思い始めていたから、母殿の言葉に激しく頷く。

 そんなショックを受けたような顔をしないでくれ。変な風に捉えていいみたいな言葉にしたのは親父殿なんだから。


「剛腕の牙はね~、ヴィバイドフ村の精鋭で構成されてる隠密集団なのさ。表向きは妖獣討伐だけど、実際の活動は人攫い集団の追跡なんだよ」


「そう言ってくれればすんなり納得した!」


「しかし情報を得るためなら好き者がガッツリエッチもする」


 あたしはちょっと頭を押えた。

 そこはふんわりした表現にしてほしかったな。


「青年から中年が中心だけど熟女もいるわよ。人攫い集団は有能な冒険者も狙うから、そこから足取りを追いかけたりするんだ。綺羅流れとは違う方向での情報収集をやってるね」


「へー。色々やってんだ。人攫いに関わる内容だから、若い子たちに知らされていないのか?」


 母殿はゆっくりと頷く。


「そうさ。あっちに餌を与えるわけにはいかないからね。他にも護衛で王族や一部の商人と繋がりを作って……」


 ここで母殿の動きが止まった。

 何か嫌な事を思い出したのか、目から光が消えてどす黒い何かを浮かばせる。


「こらこらリーン、落ち着くんじゃ」


 親父殿が苦笑を浮かべると、母殿の目に光が戻った。


「ああ、ごめんごめん。うっかり色々思い出しちゃった」


 照れたようにペロッと舌を出してしなをつくる。それを見た親父殿の鼻の下が伸びた。

 あたしが居ないとこでやってくれ。


 長殿が「話を元に戻します」と大きな声で告げる。仕切り直しだな。


「綺羅流れはスートラータのアビルス封鎖地区の入り口の解錠。そして解錠中の警備と鍵閉め、そして内部調査を行います。こちらはギルドと王族に報告する書類を作成するためです。中に入る時は調査班に沿って行動し、ある程度内部を進んだらリヒトとミロノさんは別行動を行い好きに動いて下さい」


「なるほど。調査班と一緒に中に入るなら楽だし目立たないな」


「はい。詳しいことが決定次第お伝えします」


 長殿が話を締めくくったところで、親父殿が「そこで」と話を変える。


「ミロノとリヒト殿は、王都及びスートラータ内では偽名を名乗ってもらうぞ!」


 親父殿が嬉しそうだな。嫌な予感しかしねぇ。

 話を続けろという意味を込めて「ほう?」とあたしは相槌を打った。


「ルーフジールで登録すると人攫いがやってくるじゃろう。しかもお前たちなら勇者再来と担ぎ上げられるので、隠密行動なぞできなくなるわい。だから偽名だ」


「よくわかる。親父殿も考えてるんだな。どこの家名を借りるんだ?」


「バルザックじゃ。女子ばかりだから万に一つも嫁にやったと噂にはなるまい」


「クラおじちゃんのとこ?」


 クラウラ=バルザック。オヤジーズのメンバーの一人。

 村の警備のおじちゃんことトレンツ=アルキサを含めて、仲良し熊トリオと呼ばれている。

 この人も大柄で熊のような見た目だが、気立てが良く乙女心を掌握するイケメンなおじちゃんだ。


「喜んで貸してくれたぞぃ」


 うーん、姑息な手を使ってないといいんだがな。

 人の良いおじちゃんなので親父殿の我儘で困ってないか心配だ。


「偽名は、呪印が出なければ本来お前に名づけようと思っていた名前じゃ。役に立つ日がくるとはのぅ」


 親父殿が思い出に浸っている。

 うん、いやな予感しかしねぇが、「で?」と促した。


「名前はオーロラクレアエリイノアクロエルーナヴィクトリアエイブリーミラソフィアオリビアシャーロットエマエブリエリザベスじゃ! かわいかろう! 可愛い名を全部混ぜた最高傑作じゃ!」


 あたしは親父殿の顔面にコップを投げつけた。


「もはや名前じゃない!」


「あんたの偽名はオーロラね」


 母殿がさらっと命名したため、あたしは『オーロラ=バルザック』という偽名を名乗る事となった。


 開始二分で決定したが、なかなかいい名前だと思う。

 リヒトはどんな偽名なんだろうか。


「リヒトは……そうね。ソルトかしら」


 ネフェ殿が穏やかに、それでいて力強く言い切った。

 長殿が目を細めて穏やかに微笑む。


「ああ、クルトが生まれた時の第二候補だった名前だね」


「そうよ。他にはトルト、エーリト、リアーノとか」


「わかりました。ソルトと名乗ります」


 リヒトが即決した。こんなくだらないことに時間を割きたくないという雰囲気が伝わる。

 長殿が「わかりました」とにっこりと微笑んだ……が、うん? 何か企てているっぽいぞ?


「名をソルト、家名はリースってことで」


「よくねぇよ!」


 リヒトが目を見開きながら勢いよく立ち上がった。


「何ふざけたこと考えてるんだ父上! あそこはメルヴィナがいるだろーが! 変な噂がでるとあっちが困るだろう!」


「おや? リヒトは困らないと?」


「揚げ足とるな! 迷惑だ!」


「おやおやおや」


 火が付いたように怒るリヒト。それをみてニヤニヤ笑う長殿。

 そもそもメルヴィナって誰だ?

 内輪ネタなんだろうけど、ついていけないので説明してほしい。

 

「しかしですね、リヒトの偽名で家名を良いか聞いて回ったら、二人しか許可が出ませんでした。フィリップくんとヴァビスさんです」


 ヴァビスと聞いてリヒトの表情が引きつった。

 うん、あれだけ散々悪態ついていた相手だからその顔も当然だな。

 少ししか接していなかったあたしですらドン引きだ。


 リヒトの顔色を見て、長殿がやれやれと肩をすくめた。


「ヴァビスさんは結婚していませんので無理があります。今回の調査はリースに任せるので、彼の息子として加わるってことが自然でしょう。彼も赤髪なので見た目は大丈夫です」


「……………承知、しました」


 リヒトは諦めたような表情をして大人しく座った。

 するとネフェ殿が頬を膨らませて「もー」と長殿に呼びかけた。


「意地悪よ。リヒト君はそっちを気にしてるんじゃないって知ってるくせに。ちゃんと言ってあげないと可哀そうでしょ。年頃の男女だから気を遣わないといけないわ!」


「母上……」


 リヒトが苦虫を潰したように唸った。しかしその通りだったのか反論せず黙っている。


 長殿は手をポンと叩いて「そっちかー!」と笑った。

 わざとなのがよくわかる仕草でイラっとする。親父殿にやられたら問答無用でナイフ数本を浴びせるな。リヒトは耐えているからすごいぞ。


「安心しなさい。メルヴィナも了承済みです。『まさかリヒト君がお兄さん!? 青天の霹靂ですね!』と笑っていたそうだし。今までのことがありますので、村の者は誰一人として二人が結婚したなんて思わないでしょう」


「父上……」


 そこまで言わなくてもわかります、とリヒトの唇が動いた。

 

 なるほど。メルヴィナって女性なんだ。

 それは……恋人と勘違いされるのは困るだろうな。可哀そうに。

 あたしも周りの大人からこの手の話で揶揄われた。実親からの弄りだったら更にキツイだろう。同情してしまう。


「ユバズナイツネシス村はまだ許嫁制度が生きておるんだなぁ。儂のとこは廃れて自由恋愛主体じゃわい」


「ルゥファスちょっと後でお話しましょうか!」


 親父殿が感心したように言うと、長殿が眉間に怒りマークをつけながら圧を放った。すると親父殿がぱちくりと瞬きをして、ちらっとリヒトを一瞥する。

 うっわ。リヒトの目が怒りで満ちていて鋭くなっている。親父殿はあいつの地雷踏んだかな。


「儂はなにも知らんよ? 知らんぞい?」


 明らかに知っている口調で素知らぬふりを決め込み、天井を見つめる親父殿。

 リヒトは何も言わないが、ジッと親父殿を睨んでいた。まるで監視をするような目である。

 長殿とネフェ殿、そして母殿までが諦めたような目で親父殿とリヒトを眺めていた。

 どうすんだよこの空気。

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