成人の儀式⑤
「あたしは不老不死というモノを知らないが、魔王に憑りつかれたとしても肉体は絶対に朽ちると思っている。いくつもの依代に出遭ったが年数が長いモノはどれも朽ちていた」
「そうだな」
リヒトが相槌を打つ。
「肉体の維持は出来ないと考えるのが妥当だ。しかし父上たちの話を聞く限り、タルガリア族村長……めんどくせぇなタルソンでいいか」
タルガリア族の村長、略してタルソン。なんでもいいよ。
「タルソンが二百年以上肉体を維持できているということは、肉体を保つ術をかけていると推測できます」
「あと聞いていて不思議だったのは、魔王が自分で動いていない点だな。そうすれば多くの人間を、それこそ村一つぐらいの人数は攫えるはずだ。一網打尽に出来るのにそれをしない点がおかしい」
「俺もそれが気になっていた。土地に縛られて動けないと単純に考えればいいが、依代になった理由を重点するなら、きっと別の理由がある」
「だとしたら山の地理かタルガリア族の当時の状況から考えないといけないな。親父殿、山の地理で気になる点は何か喋ってなかったか?」
話を振ったら、親父殿は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。母殿も同じ顔である。
「親父殿?」
呼びかけると、ハッとした顔になって親父殿が髭を触った。
「山には立ち入り禁止の場所が五か所ある。エルピスホォブ……ここはタルソンだな。タルソンしか入れない場所があるようだぞ」
長殿が立ち上がり部屋から出る。すぐに一枚の地図を持って戻ってくると、あたしとリヒトの間に座った。そして「おいで」と呼ばれたので、長殿の前に座る。リヒトも隣に座った。隣と言っても一人分座れるスペースをあけて。
長殿は地図を広げる。コリーナモンスス山脈に指を置いて「ここがタルガリア族の村」と言い、そこから大きく外側に指を移動させて五か所を示した。村の範囲よりも大分広いな。
「その点を辿れば五芒星が浮かぶので、山全体に結界が張られていると考えています」
「結界……だとすれば、侵入者を防ぐ。もしくは村人の探知、逃走防止……」
リヒトの考えを、あたしは否定する。
「いや、肉体を朽ちらせない術の有効範囲だ」
すぐに全員の視線が突き刺さった。
あれ、何かおかしい事を言ったのかな?
「そう思うのは?」
長殿が見据えた目で促すので、あたしは首を傾げる。
「侵入避けの結界なら村の周囲でいいだろう? こんなに広範囲なのはおかしいじゃないか。だったら村人に儀式を知られないよう、離れた場所に設置しているから広範囲になったって考えるのが自然だ」
「それで?」
「そもそも家畜に護りの結界が必要か? まあ出産できる年齢や、生産性のある子どもは守るかもしれないが。どちらかといえば死んでもいいって思ってるはずだ。魔王は姫と自分のことしか考えない。だったらこの結界は自分のためにやっている」
リヒトが滅茶苦茶こっちを見ている。
真剣に聞いているのは良いけど、なんでか圧が強い。ちくちく痛い。
「自分のためにと考えるなら防衛の線はなしだ。あいつらが人間を家畜にして依代をつくることを思いついたなら、歳月がかかると分かるはずだ。憑依した肉体は年数と共に人ではない何かに変化していく。タルガリア族の目を欺くためには肉体を維持しなければならない。そこでマホウを使って結界を張った。どうだ?」
「一理ある――いや、お前にしては的を得ているというべきか」
リヒトが深く頷いた。
珍しく訂正がとんでこなかったな。
「だとすれば厄介だ。先に結界を壊さなければならない。肉体維持であれば回復もできると予想できるな。ジリセンでは負ける」
「あんたの言う通り回復は絶対にある。肉体強化や他にもなにかあるかもしれない。術について詳しくないからピンとこないけど……」
リヒトは地図に視線を落として動かなくなった。すっごく考えている。
確実なことを言えば、情報が少ないから行ってすぐ退治っていうの無理なんだよな。
まず行くまでに地形を確認して、結界の種類を特定して、村の様子を確認して、結界の創り出しているアイテムを見つけて破壊してから。
そこまでお膳立てしてからやっと、魔王を叩ける。
タルガリア族も敵だから、二人でどこまで出来るか全く分からない。
「調査するため潜入する必要がある」
リヒトがボソッと呟いた。
「同意見……と言いたいが、穏便に戻れるか分からない。潜入する前に逃げ道を探すことからやりたい」
リヒトが顔を上げて、疑っているような目を向けてきた。
「本当か? そう言いつつ、戦うんじゃねーの?」
ぐぬぬぬぬ反論できない! いつもならそうするんだけどね! 分が悪すぎてやる気がない。
「やらない」
「そう言ってるくせに、気づいたら戦っているのがお前だ」
いつもならその流れになるな! ぐうの音もでねぇ!
殴りたい、殴りたいがリヒトは間違ったこと言ってないから余計に腹立つ!
落ち着け、今回は本当に潜入だけしたいんだ。ここで怒鳴ったら「ほらみろ」って言われる。
よし落ち着いた。ちゃんと戦わない理由を言っておこう。
「やめとく。負けたら家畜にされるとか地獄。死んだ方がマシ。だから勝算が出るまで相手にしたくないね」
「……あ」
リヒトは失言したとばかりに口を押え、困惑した表情を浮かべると、そのまま無言になった。
おい。過敏な反応しないでほしいんだが?
「いやいやいや、あんたも家畜だからな! 命とられないからワンチャンアリと考えればまだ、ほら……」
目をそらすんじゃない!
どう言い訳しようかというような顔をするんじゃない!
「ああもう、あたしは吹っ切ったから全然問題ないのに! 気を使われると逆に戸惑うからやめろ!」
どうしていいか分からず、ぱしん、とリヒトの頭を叩いてしまった。
リヒトは頭を押えながらギロっと睨む。
「いって。なにすんだこのバカ女!」
「アンタの態度にめっちゃムカついた! モノノフはこの程度で怖気づくわけない!」
「あー、めんどくせ、ほんとにお前めんどくせ」
投げやりな口調で言った後、リヒトはぷいっとそっぽを向いた。
あたしもそっぽを向く。
すると親父殿と目が合った。すっごくニヤニヤしている。あっちを殴ろうかな。
「まあまあミロノ。リヒト殿は気を使っただけじゃから。そう目くじら立てるでない」
くっ、分かってるけど素直に頷けない。
「ミロノ、リヒト殿。行くときは絶対に両家に連絡を入れるのだぞ。そうすれば一定期間連絡がなければ乗りこんで救出してやるわ!」
そして親父殿はあたしにとても暖かい視線を向けた。なんかこう、悟りを開いたかのような柔らかい雰囲気もしている。何事?
「そしてミロノ、安心せぇ! どんな奴でもお前の子ならば儂は孫として受け入れる!」
「負け確定の話すんじゃねええええええええええええええええ!」
あんまりな言い分に文句と同時に体が動いた。
俊足で親父殿に急接近すると、その強面の鼻っ面に拳をぶち込んだ。
「ぐふぁ!」
親父殿はぶっ飛んで壁に激突して床に大の字で倒れた。
「常識を疑うぞ親父殿」
地面なら唾を吐きたいところだよ。
「あっはっはっは! 馬鹿だ! 大馬鹿だ! うっけるー!」
母殿は腹を抱えてケラケラ笑っているが、長殿とネフェ殿とリヒトはドン引きしてる。
いきなり殴ってビックリしたかもしれないな。
「あいたたた……やっぱりミロノ強くなっとるわい」
苦笑いを浮かべながら親父殿が起き上がった。鼻血を指で拭いながら、鼻っ面を撫でる。
「ルゥファス。殴られて当然です。失言のレベルをはるかに越えていました。私も殴っていいですか?」
長殿が不穏な目を親父殿に向けると、ネフェ殿が「まあまあ落ち着いて」と宥めていた。
あれ? 長殿も怒ってる? ありがとう非常識な親父殿の発言を怒ってくれて。
「そんなに怒らなくてもいいのにのぉ。孕んでも居場所があるぞって意味だったんじゃが」
「言い方が最悪だ!」
もう一発殴ってやろうかと思いながら怒気全開で睨んでいると、長殿が「はぁ」とため息を吐いた。
「子供よりも、二人が正当の依り代だと気づかれて囚われ、魔王になる方が厄介です」
うっわ。そっちか。そっちの心配か。
長殿も大概だ。人でなしな上に冷酷すぎて頭に昇った血が下がる。
いろんな角度のひとでなしを垣間見れて飽きないぞクソが。
「ええ。その可能性の方が高いでしょう」
リヒトが長殿に賛同するように頷きながら、「しかし」と言葉に怒りを孕ませる。
「ついに父上から人の心が消え失せたようです。心の底から軽蔑します」
おう。これは怒ってる。
期待されてないとか、失敗前提に話されるとイラつくので気持ちはわかる。
攻撃しないところを見るとまだリヒトは冷静だな。
いやあたしも冷静だよ。冷静に殴りに行ったんだ。
長殿はふっと笑って目を細めた。
「そのうちリヒトもこちら側に来ますよ。楽しみにしていますね」
「俺も同じだと言いたいんですか?」
「まあまあリヒトくん! 落ち着いてね! まだ儀式が終わってないから! ね!」
ネフェ殿が慌てて両者を宥めはじめ、最終的にリヒトをぎゅっとハグしてよしよしと宥めていた。子ども扱いされてんな。見ないでやろう。
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