成人の儀式②
長殿がフードと仮面を取ると、ネフェ殿とリヒトもフードを取った。長殿とネフェ殿はにっこりとした笑顔に対し、リヒトは若干眠かったのか欠伸をしていた。
「生ぬるかったですか?」
長殿が苦笑すると、リヒトは「はい」と悪びれもなく頷いた。
「あらら。去年はあのレベルで六人ギブアップだったのに。リヒトくん凄いわね!」
ネフェ殿が再び拍手を鳴らす。
「ネフェ、そっちも終わったかい?」
母殿が確認するように聞くと、ネフェ殿が「ええ」と頷いた。背景に沢山花が飛んでいるような、太陽が輝いているような眩しい笑顔である。母殿は眩しそうに目を細めてから眉間に深い皺を寄せた。眩しすぎて目が痛くなった顔だな。
すると長殿がこちらを向き、対して親父殿はあちらを向いた。
二人して同時に頭を下げる。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
完璧なハモリだった。よく見るとネフェ殿と母殿も同じように頭を下げていて、あたしとリヒトだけが頭を上げている状態であった。
これは、お祝いの言葉を述べた方が良いようだな。
あたしはさっと頭を下げるが、リヒトは面倒だと言わんばかりに首の後ろを掻いていた。
まぁいいけど、別にいいけど、あたしはあんたにおめでとうって言ってやるよ! 大人になったんだかな!
すると「ミロノ、あんたは私達が顔を上げてから頭をさげな」と母殿が小声で教えてくれた。
そうだったのか。間違っていたのはあたしか!?
慌てて頭を上げると、一呼吸おいてから親たちが頭を上げた。
「有難うございます」
とリヒトがゆっくりと頭を下げたので、
「有難うございます」
後を追う様な形で頭を下げた。
「よし。次は話だね。あれもってこよう」
「ええ、にっっっがいお茶取りに行きましょ」
母殿が立ち上がると、ネフェ殿も立ちあがった。部屋から出ると、お盆を持ってすぐ戻ってくる。全員の前に紫色のお茶と干し芋が置かれた。
紫色のお茶はその名もニガクテメザメル花とシービレ草のブレンドだ。略してメガシーブレンドと呼ばれている。名前から効能がお分かりいただけるだろう。超苦いのだ。熱々の湯気から香る、スーッとした華やかな香りの中に、隠しきれない辛そうな匂いがする。
干し芋は甘みが強い芋を干したもの。ただし滅茶苦茶硬い。干し肉ぐらい硬い。よく噛まないと飲み込めないと評判である。
まぁ。甘いのが出るようになったのは良い方だ。昔は乾燥させた野菜の根っこが出てきたらしい。
さて、何故こんな食べるのに苦労するような軽食がでたというと、今から歴史や心得など後世に伝えるための長い話が始まる。ここでの話は他言無用であり、暗黙の掟に近い内容を知らされる。
つまり絶対に覚えないといけない話なのだ。
それを一度聞いただけで覚える必要がある。
成人の儀式の最大の難関とも言われており、里の大人たちも、これが一番つらかったと言っている者も多い。
まぁ里の者は聞くよりも体を動かす方が好きな奴らばかりだから、話聞くだけで寝てしまう奴も多かった。長期間飲まず食わずでも耐えられる忍耐力はあるが、睡魔は回避しきれない。
そのため、眠くなったら苦いのを口に含んで起きろ、という意味で用意され始めたらしい。
あたしも幼少期にブレンドを手伝った。母殿にちょびっと飲まされた。目が覚めるほどの苦さに吐き出したんだ。
今なら耐えられるけど、マジで目が覚める。っていうか目が飛ぶ。
「では話に入ろうか」
長殿が親父殿にアイコンタクトを送る。
「そうだな。さっさと終わらせるか」
そして目の前に出された大きな湯呑を手に取ると、
「眠くなればこれを口に入れるといい」
グビっと一気にお茶を飲む。
まて、あんたが早速眠いのか!?
「…………ふっ」
小さな声が聞こえて横を向くと、ネフェ殿とリヒトが肩を震わせて、何かを耐えていた。
長殿は親父殿の奇行に反応することなく、にこやかな笑みを浮かべた。
「さて。ここで伝承からスタートするのですが、すでに災いに関しての情報はお二人に伝えています。なので『我々』が伝えるべき重要な項目はあと一つ」
親父殿がポンと膝を叩いた。
「おおそうか! 手間が省けるわい!」
「セアの生涯。村の成り立ち。魔王とルーフジールの関係。二人の呪印の説明は終えています」
「ファールバンデッドは話したかの?」
「さわり程度です」
「ならルーファス殿に任せた」
親父殿があっさり投げると、長殿が嫌そうに眉を顰めた。
「貴方から伝えないのですか?」
「お前の方が説明上手かろう。儂は合いの手だけ入れさせてもらおう」
親父殿おおおお! 職務投げんじゃねええええ!
と思うが、ぶっちゃけ長殿の方が分かりやすいから賛成なんだよな。
「仕方ありません。ミロノさんが賛成してくれたので私から話をしましょう」
読むんじゃねぇよクソ。
なんでガンガンに読まれてるの? 一応ブロックしてるんだけど!?
あれか。あたし程度だとブロックしている状態に思えないのか!? 畜生!
「駄目じゃぞミロノ。ルーたんに悪態をついては後が怖い」
「ええええ!? 親父殿もまさかサトリか!?」
「いや。サトリではないがお前の雰囲気や表情をみれば普通に分かるぞ」
「そうよね。顔を見ればわかるわ」
親父殿の言葉に母殿が頷く。
お、おま、この……っ!
ポーカーフェイスのつもりだったのに、気分ボロボロだ。
「そんなに分かりやすいか?」
「親だからよくわかるわい」
「親だし、わかるわよ」
なんか悲しくなってきた。
「ミロノちゃんは無表情なんだけどね。ちょっとした感情の動きが出るのよ。猫ちゃんフェイスみたいな感じかしら? よく視たらすごくわかりやすいの」
ネフェ殿がフォローしてくれたんだが、そうか、わかりやすいのか……。
もうちょっとこう、しっかり感情隠さないといけないなぁ。
「ほら。今悩んでるでしょう。感情隠さないといけないなーって」
母殿がニヤニヤ笑いながら指差ししてきた。
その通り過ぎて「ぐっ」と呻く。
長殿がパンと手を叩いた。
「はい。三人ともミロノさんを弄るのはここまでにして、話をとっとと終わらせましょう」
賛成だ。さっさと逃げたい。
「ではファールバンデッドについて話をしよう」
ファールバンデッドは二メートルから三メートルの妖獣。
全身が白一色。手や足に赤い魔法陣が刻まれている。
腕は四本、足は二足から四足。
頭部は一つ。変形した頭蓋骨で種類がある。体毛はなし。
大きな目は二つ、小さな鼻は一つ、口は肉食獣そのもので顎が裂けている。舌はへそ迄届く長さがある、粘膜で色々なモノを引っ付ける。
手の指は六本。関節が三つある。後ろの手は爪が長く、前の手は爪が短い。
足は二足歩行から四足歩行。人間の足から獣の足まで。
尻尾があるものとないもの。その種類も多種。
生殖器は体内に埋まっている。また、尾がその役割を担うことがある。
雌雄あり。雌の場合は乳房が二つから四つほど確認できる。
うん?
人攫いって言ってるけど、人間じゃないじゃん。
「あれらはヴィバイドフ村とユバズナイツネシス村の住人を頻繁に攫いにやってきます。捕まった者は二度と戻りません。生死も不明です」
長殿の目に怒りが灯る。
親父殿が腕を組んで困ったような動作を見せた。
「ファールバンデッド。あれはタルガリア族の成れの果てでの……意図的に魔王化された者達じゃ」
はあ!? なんだって!?
驚くあたしを余所に、リヒトが淡々とした口調で「双子の勇者の出身族ですね」と答えた。
そうだ。セアの時に出てきた民族だ。
「コリーナモンスス山脈に住み、下界に排他的な民族でもあると聞いています。神聖な山な故に人の侵入を拒み、招かれた者しか入れないとか。王都では、勇者出身民族に会いに山に登ることがステータスになっているようでした。ただし、中腹まで上がれたものは行方知れずようですけど。あの山は登頂難易度が高いため落石や落下、妖獣に襲われたなどで命を落としたと考えられ、さほど気にされていないようです」
リヒトが淡々と話しているけど、どこで手に入れるんだろうな、そんな情報。
「魔王化されたということで、察したと思いますが、村人を攫う目的はおそらく魔王復活でしょう」
話を簡単にまとめると
ヴィバイドフ村とユバズナイツネシス村は元々、シュスハル地区やトゥイレフ地区といった大陸の中心地帯で暮らしており、頻繁に交流があった。
しかし二百年と少し前にファールバンデッドの襲撃を受け、女性と子供が連れ去れる事件が多発。死傷者も甚大となった。
最初は妖獣の暴走化と思われたが、ルーフジールが攫われたのを皮切りに、今度は群れを成して襲ってくるようになった。
狙いはセアの子孫だと気づいた当時の長たちは、逃走を繰り返しながら今の場所に落ち着き、防御に特化した村を作った。
何重にも巡らせた罠と術式により、村にたどり着く前にファールバンデッドを殲滅させることが出来るようになった。今では、罠や術の交換時期に、数匹ほど突破してくる程度には落ち着いている。
しかし、現在でも人は攫われ続けている。
成人の儀式を終えた若者たちが、修行や新天地を求めて村の外に出た瞬間、別の村に滞在している時が狙われるようだ。
多くの男たちが、連れ去られた妻や子供を取り返すためファールバンデッドを探し、尾行している。だがコリーナモンスス山脈のふもとに着くとどうしても姿を見失ってしまう。山脈を登ろうとしても何かに邪魔されてしまい上がることが出来なかった。
そしてあらゆる手を尽くして調べ上げた結果、ディオンテ村のタルガリア族がファールバンデッドだと判明した。
「まってくれ」
あたしは挙手する。話について行けなくなったからだ。
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