追いかけ追いつけ②
下山したあたしは親父殿と母殿がいる別荘に足を向ける。
別荘の周囲には雪で作られた氷像があちこちに置かれている。巨大な想像の顔や、五人の妖精の像、刀や斧や槍、人の手、靴、妖獣だと蛇と熊と鳥の像だ。
あれ全て親父殿が作ったものだ。手持無沙汰でついつい作ってしまうという。
やめてほしいよな。何かの催し会場みたいになってるんだから。
「うーん、やっぱり上手くいかない」
母殿がこんもりと山積みにした雪を見上げて、何やら考え込んでいた。
コートは羽織っているが帽子はない。雪が頭部に積もっている。
「なんでもええぞ」
親父殿が雪山の裏から出てくる。
なんでアレはタンクトップ一枚なんだ? 長ズボンに長靴履いていても意味ないだろ。
しかも全身から水蒸気だしてるし。暑いのか?
「お、ミロノ。御帰り」
うっわ。目が合った。
親父殿が手を振って駆け寄ってくる。逃げよう。
「なんで逃げるんだ!?」
親父殿のスピードが上がる。うっわ。今度はこっちが逃げる側か?
「そりゃそうでしょ。あんた、ミロノをハグしようとするから逃げられるんだ。普通にすれば寄ってくるよ」
母殿がケラケラ笑っている。
うっわ。ハグしに来たのか。そりゃ全力で逃げるしかない!
「リーン! 余計なことを言うからミロノのスピードが上がったじゃないか!」
と言いながら、親父殿が太ももに巻いていた布から針を大量に取り出して、投げつけてきた。
すかさず避けると、近くにあったよくわからない顔が粉々に崩れ落ちる。
「親父殿! 飛び道具禁止!」
「大丈夫じゃ。毒は仕込んでおらん!」
「投げるのが大問題って言ってんだよ!」
あたしは走るのやめて親父殿の懐に飛び込んだ。
腹部に拳を叩きこむと手で払われ受け流される。
親父殿の拳があたしの肩を狙……針を握ったままかよ……狙うので、身体を捻りながら膝を上げて親父殿の腹部を狙ったが、これも手で押さえられた。
むっきー!
そのまま殴り合いだ。どっちも手足を出して、どっちも受け流すか受け止める。
「ほらミロノ」
ぽん、と空中でナイフを渡された。
キャッチすると、親父殿がナイフを振り回した。
いつの間にかナイフを握ってんだよ。どこに仕込んでたんだよ。ツッコミ多すぎるだろ!
互いに致命傷の部分を狙いながら刃を繰り出し、回避したり受け止めたり受け流したり。
金属音が響く。
「私もまーぜて!」
そこへ母殿が飛び込んできた。
あたしと親父殿、両方を蹴ってくる。
即座に腕で受け止めたが、母殿おおおおお! 収拾つかなくなるから混ざらないでくれるかなあああああ!
三つ巴状態で互いに殴ったり斬り合ったりするカオスな空間ができ上がりだ。
久々の家族団らんの遊び……楽しくなんかないからな!
一歩間違えれば死ぬんだからなこれ!
「ミロノご機嫌ね」
「うむ。儂らと遊べて楽しいんだろう」
あたしの喉目掛けて、母殿が手刀で突きにかかり、親父殿がナイフで凪ごうとする。
連続攻撃であるが、ナイフで弾きつつステップを踏んで攻撃範囲から脱出した。
こらあああああ! 二人同時に首狙うとか最悪だろ!
お返しに親父殿の膝を蹴って転がして、すぐ、母殿の伸びた腕を絡み取り一本背負いの要領で投げ飛ばしてから、着地地点にナイフを飛ばす。そして親父殿に振り返り起き上がる前にその頭を蹴り飛ばした。
「うお!?」
「ひゃ。あぶな!」
親父殿は蹴った勢いで立ち上がるという変な真似をして。
母殿は着地後に間一髪でナイフを指で掴んだ。
「十二分にじゃれ合えるとは強くなったな!」
「ほんと。私達から一本取るなんて、旅を出る前には考えられなかったわ!」
うっわ。これでやめてほしいのに、二人ともますます元気いっぱいになった。
これだから戦闘狂は……。
「なにやってんだ」
リヒトの声がして、あたしもだが親父殿も母殿もその方角を見た。
ストロム山の方角にリヒトが立っていた。呆れた眼差しを向けている。
そういえば、リヒトはここで生活しているんだっけ。
あたしはあっちに戻るから、あべこべだな。
「おおリヒト、おかえり」
親父殿が手を上げると、リヒトはぺこりと会釈した。
母殿はナイフをゆらしながら、別荘に歩き始めた。
「じゃあ。お茶にしよっか。冷たいのでいい?」
「待て。運動して暑いからって冷たいの用意すんじゃない」
「じゃミロノ用意してよ。潤い飴っていう紅茶と、ネフェが作ってくれたマフィンあるよー」
「よし任せろ!」
二つ返事で了承して、あたしは母殿と一緒に別荘に行くのであった。
別荘は頑丈なレンガ造りで、玄関フロア、リビング、キッチン、寝室が七つ、浴場が二つと思った以上に広い間取りであった。
ささっと用意してリビングに持っていくと、親父殿が座って待っていた。
リヒトはどこいった?
あたしが視線を動かすと、親父殿が横を指し示す。
「部屋に行ったぞ。今はいらないそうだ」
よし。あいつの分のマフィンも食べちゃえ。
そう考えていると、母殿から「ミロノは一個ね」とくぎを刺された。
座って一服。
うーん。甘くておいしい。体の中がポカポカしてくる。
紅茶の美味しさに癒されていると、母殿がツンツンと頬を触って来た。
「ねぇミロノ。リヒトは捕まえられた?」
「ああ。さっき捕まえてきた。今日で追いかけっこ終了だ」
「なに!? 真か!?」
親父殿が目を輝かせながら身を乗り出してきた。
なんかガッツいているな、と思いながら「そうだよ」と頷くと、
「よぉぉぉぉぉっしゃああああ! ルーファス殿から千種酒を奪えるーー!」
歓喜の雄たけびを上げながら立ち上がった。
やった、やった、と小躍りになってリビングを跳ねまわっている。
「なにあれ」
碌なことはないだろうが、一応、聞いてみると、母殿はにんまりとした笑顔になった。
「あいつらさぁ。あんたの追いかけっこが成功する日を毎日毎日賭けていたの。今日のクマはさ、ミロノが捕まえる方に賭けてたの」
「お酒を」
「そう。お互いに秘蔵の酒をね」
くっそ、親父殿が賭けに勝ったか。
知ってたら二人とも負かしてやりたかったのに。
いやでも、今まではドローだったのなら、親父殿は今日、賭けに出たのか。
うーん、微妙に悔しい。
母殿はティーカップをテーブルに置いた。
「それで、リヒトから謝ってもらえた?」
「いいや。でもその代りにこれ貰った」
懐から聖光石を取り出し、手の平に乗せる。
母殿はまじまじと見てから、楽しそうに目を細める。
「あら、イイのもらったじゃん。あなた、ちょっとコレ見てみなよ」
「ほほう。謝罪の代わりに物かの? ルーも儂に謝る時はよくやりおったわい。親子だなぁ」
スキップしながら親父殿がやってきて、あたしの手を覗き込んできた。聖光石を見ると、途端に親父殿の目の色が代わった。
気づいたときには手から石が消えていた。
ちょ! おま!?
慌てて親父殿を見るとすでにリビングのドアに居た。
「親父殿! それ!」
「これは預かるぞ! 刀にさらなる付属が欲しかったところだ! 霊体を切れるとなれば負担はぐっと減る。ふははははははは!」
あたしの返事を聞く前に、親父殿が出て行く。席を立つと玄関ドアが閉まる音がして足音が遠ざかって行った。
くそ親父殿……せめて、取り上げる前に一言なにか言ってからにしてくれ……。
暴風が吹いたあとのように茫然としていると、母殿が「くすくす」と笑っていた。
「あんな激レアな鉱石みせたらこうなるでしょ」
母殿が呼んだせいでは!?
く、いいけど、もういいけど……どうせ付属してほしいって頼むところでもあったし……。
滅多に拝めない石だったから、もう少し手元に置いてのんびり眺めたかったってだけで。
「おそらく鍛冶屋に向かったね。しばらく帰ってこないわよ。店も当分開かないかもね」
迷惑な話だ。
いいや、聖光石を見れば彼も目の色を変えて制作しそう、同じ穴のムジナだし。
「ミロノ、暗くなる前にあっちに戻りなさい。じゃないとネフェが迎えに来ちゃうから。か弱い女性を歩かせるわけにはいかないでしょ?」
「はいはい。ごちそうさまでした」
後片付けは任せて、あたしも別荘を後にした。
ルーフジール家に戻るとネフェ殿がにっこにっこで待っており、成果を聞いてきた。
リヒトを捕まえたと伝えると大喜びして、抱きしめられて頬ずりをされた。
えらい、すごい、を連呼されて、これもこれで凄く恥ずかしかった。




