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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第六章 武神夫婦合流
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和やかな朝①

 早朝、鳥の声で目を覚ます。相変わらず窓の外は雪に覆われ薄暗い。

 起き上がって灯をつけ、背伸びをする。

 うん、倦怠感は完全に取れている。体は硬いが気分はいい。


 母殿は……ベッドの傍にある椅子に座って机に伏せている。寝ているようだ。夜通し看病してくれたようで、なんとなくこそばゆい。


 あたしが視線を向けた瞬間に、母殿は状態を起こし背伸びをしながら大きな欠伸をする。そしてこちらを見ながら優しい笑みを浮かべた。


「おはよ。ミ~ロノ。スッキリとした顔してるから快適な目覚めかな?」


「おはよう。やっと調子が戻ってきたようだ」


 母殿は立ち上がって、あたしの頭をよしよしと撫でる。


「そうかそうか。安心したわ」


 そのままベッドの端に座ると、あたしの顔を覗き込みながら背中や手を擦った。幼子をあやすように撫でられる。

 これは多分、寂しかったのかな?

 好きなようにさせていたら、全身の関節を撫でられて、最後にほっぺをふにふにされて終わる。

 母殿は難しい表情になると、考えるように口元に手を添えた。


「ふーむ。なるほどね。全体的に肉が減ってるし、ほっぺもコケてる。これだと回復に時間がかかるわ」


「そうか?」


 確かに肉厚が少し減った気がするが。回復に影響するほどって一体。

 鏡で全身チェックしたいな。


「あれから二日ほど寝てたから、栄養足りてるか流石に心配になってたけど、やっぱり療養期間長くとらないといけないわ」


 母殿の言葉にビックリして、思わず前のめりになった。


「まって二日も!? あたしには軽食を食べて数時間後の感覚なんだけど!?」


「いーえ。昏々と寝てたわ」


「まじか……修行時間が減ってしまう」


 両手で顔を覆って呻くと、母殿が呆れたような顔になった。


「相変わらずだねそれ。とりあえずチェックするから動いてみな」


 わかったと返事をしてすぐに動こうとしたが、身体が強張っていて動けない。

 流石に一週間以上ずっと寝ていた影響がでているなぁ。

 ゆっくりと、ゆっくりと。様子を見ながら座る。関節がギシギシ鳴っているので、大分ぎこちない動作である。母殿がスッと手を伸ばしてくれたので、手を借りて立ち上がり、数歩だけ歩いた。


 畜生、病人の動きだなぁ……。


「ミロノ、ゆっくりでいいから体操してみな」


 ある程度のスペースがある。両手を広げても当たらない場所で、あたしはゆっくりと両手を挙げて降ろし。背中と腰を伸ばし、捻り。身体を曲げて起こし。足を広げて閉じて。膝を曲げて立ち上がる。


 体が重い……。 


 動かすたびに関節と筋肉がきしむ。血液が全身に流れるとなぜか倦怠感が強く出てきた。

 それでもゆっくりと動かしていくと、母殿が笑うように目を細めた。


「あっはっは。体の動き悪いねぇ。質の悪い道化をみているようだよ」


「うっさい! 体が硬くなってるの!」


「わかってるって、この程度なら問題ない。ミロノ、足を踏ん張りな」


 母殿があたしの後ろに回ると、バァン! と背中に強い衝撃がきた。

 電流のような衝撃が全身に巡って、筋肉が揺れた気がする。

 よろけて数歩歩いてから、振り返ると、母殿がドヤ顔をしていた。

 なにをして、と文句を言うため姿勢を正すと、身体が滑らかに動いた。


「あれ?」


 さっきまでの倦怠感が消えて、関節のきしみや筋肉の強張りも楽になっていた。

 体を動かしてみると、先ほどよりもスムーズに動く。


「ほらね。ちょっと闘気入れてやっただけで動けるんだから、問題なし」


 母殿は闘気をあたしに注ぎ、細かい振動を与えて血行の流れを良くすると同時に、固まった筋肉を強制的に柔らかくした。


 長く床についている者に対して行うことが多い技である。

 だがこれには欠点がある。それ相応の肉体を持つ者にしかできない。仮に、身体のできていない子供や、骨折や内臓損傷の怪我人、妊婦、骨や筋肉が弱い老人にやると危険だったりする。


「ありがとう、助かった。だがもう少しちゃんと言ってくれ」


 礼と若干の文句を伝えると、母殿はこっちに来いと手でドアを示した。


「よし、あんた臭いからすぐ風呂行くぞ」


 超笑顔で言われた。

 あたしは苦虫を潰したように呻いてしまう。


 二週間も入ってないとそりゃ匂うだろうよ。下着も変えてないからな。

 だが、言い方にデリカシーがない!

 臭いと言われたらちょっとショックなんだが!?


「臭いって言うな。あたしだって傷つく」


「本当のことだし」


「傷ついた!」


「ほらほら。みんなが起きてこないうちに入りに行くよー」


 母殿はあたしの腕を引っ張り、悠々とドアを開けた。




 久々の湯船は大変気持ちよかった。

 母殿も一緒に入って来たのは驚いたが、あたしが中で倒れないように介助してくれたし、背中も洗ってもらえた。髪を拭いてもらい乾かしてもらった。

 子供に戻ったようで恥ずかしかったが、案外悪くなかった。

 複雑な気持ちがあったものの、甲斐甲斐しく世話をしてもらいながら身支度を整える。

 結構、身体がふらついたので助かった。

 鏡で全身を確認すると、顔はやつれて、身体は細くなっていた。自分の姿に思わず空笑いしてしまう。


「大病から回復したみたいな風貌だ。笑える」


「ありがち間違いではないでしょ? 毒物で内臓弱ったうえに飯食ってないんだから」


「確かに……」


二枚ほど多めに羽織をかけてから脱衣所をでると、母殿がまた腕を引っ張って誘導し始めた。この方向はリビングである。確か時刻は朝食時だったはず。


「飯食いに行こう。ネフェはすぐに準備してくれる」


 あ、今の時間、誰が居るんだろう。リヒトかな?

 ぶっちゃけ、いまは会いたくないな。

 なんていうか、あたしの言葉が悪かったから改めて謝りたいんだけど、丁度いい言葉が浮かばないんだ。スルーするのも駄目だろうしなぁ。


 悩んでいても母殿の足は止まらない。

 あっという間にリビングに到着してドアが開く。

 

 リビングにはテーブルの椅子に腰かけ雑談をしてる親父殿と長殿がいた。

 ドアが開いて二人の視線がこちらに向かう。


「おお!?」


 親父殿があたしに気づいた――と思って瞬きをした瞬間に、立ち上がってこちらに体を向ける。もう一度瞬きする間に距離を詰められて目の前にやってきた。両手を広げてハグをする気満々である。普段なら避けられるが、今は無理だ。


「ミロノおおおおおおお! 起きたかああああああ!」


「ぐはっ!?」


 巨体にがっちりとホールドされてしまい、思わず潰れた声を出した。暑苦しい抱擁が拷問に近い。

 力加減間違えてるんだけど!?

 めきめきと肋骨がきしんだところで、母殿があたしから親父殿を引きはがした。にこやかな顔をしているが雰囲気は冷たい。


「軽率に女性を触るんじゃないよ」


「えー。娘じゃぞ? 儂、久しぶりに会うんじゃが……」


「年頃の娘に全力で抱き着くな馬鹿か」


 母殿は親父殿の腕を引いてリビングに入りながら、反対側の手でテーブルを示した。見ると、ネフェ殿がテーブルの端にある椅子の後ろに立ち、あたしに向かって手招きをしている。

 こっちにこい、ということだろう。

 

 近づいて一礼すると、「おはようミロノちゃん」と、ネフェ殿が柔らかい笑顔を向けた。そして椅子の背を掴み後ろにさげて「ここに座ってね」と促される。

 有無を言わせない迫力を感じるのは気のせいだろうか。

 長殿や親父殿の正面に座りたくないな。


「ほら。あんたの好きな端っこの席なんだから、さっさと行きな」


 迷っていたらと母殿に促された。


 いや、べつに端っこが好きってわけじゃなくて……いや、別にいいか。


 あたしが着席すると、ネフェ殿が料理をもってきた。


「いきなり沢山食べると胃が吃驚するから、ミロノちゃんは胃に優しいレシピよ」


 数種類の野菜をじっくり煮込んだ鳥のスープとマカロニ、柔らかいパン。そして小さく切っている林檎。


 スープをすくってマカロニを食べようとして、微かに香る香料に覚えがあった。


「この匂い」


 え? 待って。マジ? 激マズ薬草の香りなんだけど。いや、食べるけど、うん、食べるけど。

美味しい匂いのくせにマズイのかと思うと、残念な気持ちになるだけだ。


「あ、気づいた? リーンの薬草レシピを応用したの。これなら美味しいと思って」


 ネフェ殿があたしの手からスプーンを取ると、スープをすくって、「あ」と長殿を指さした。

 なんだろうと思って視線を向けると、口の中にスープを突っ込まれる。

 

 自分で食べるってばっ!


 そう思いながら咀嚼する。

 あれ? マカロニに数種の薬草が練り込まれているけど、苦みが丁度よいアクセントで美味しい。

 嘘っ!?

 ミルクに入れている苦々しい物体とは思えなう、桁外れの美味しさなんだがっ!?


 吃驚していると、横にいた母殿が立ったままスープを食べて、大げさにため息を吐く。


「こんなに美味しく作らなくてもいいのに」


「リーンは大雑把すぎ、料理は美味しいからいいの!」


 あたしを挟んで、母殿たちが口論のような雑談を始めた。頭の上で止めてほしいと思ったが、料理の美味しさが不快感を上回る。

 食べることに集中すると、他のことがどうでもよくなるな。



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