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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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氷点下の対談②

 あたしは反射的に動きを止めて、長殿の手の袖から指を離す。

 長殿は吃驚したように振り返ってリヒトの背中を静かに見据えた。


「リヒト……」


「さっさと出て行ってください」


 リヒトはもう一度同じセリフを言った。

 冷え冷えとした冷気が漂ってくるようだ。


 え……? 態度が悪すぎるんだが。

 長殿にはずっと敬意を払っていたのに……。

 どうしたんだ一体何があったんだ?


 困惑しすぎて、あたしは目を丸くしながら交互に二人を眺める。


 長殿は困った様に眉を潜めると、深いため息を吐いた。そしてあたし向かって申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。


「申し訳ありませんが、やはり無理です」


「……そのようだな。引き留めて悪かった」


 血祭の火種がここにもあったなんて驚きだ。


「ではミロノさん、健闘を期待していますよ。一応、何かあったら対処しますので」


「いいから早く出て行け! これ以上同じことを言わせるな!」


 長殿の言葉を遮るようにリヒトが大きな声を出した。

 ビリビリと鼓膜が揺れる。

 ちょ、驚いた。こんなに大きな声が出せるのか。


「はいはい。いまから出ますよ」


 参ったとばかりに肩をすくめてから、長殿はウィンクしてドアを開けて出ていった。


 頑張れってエールいらねぇよ……。


 しん、と静まり返る重苦しい室内。

 あたしはゆっくりとリヒトの背中をみた。

 過去最高の不機嫌だ。非常に困った。どう対応したらいいんだ?


 誰も話さないから沈黙が流れる。


 これは母殿のお説教とよく似ている。

 相手の怒りポイントを的確に突いて謝らなければならない。ノーヒントで。

 いやな懐かしさだなくそ。


 怒りポイントがいまいちわからないが、あたしの行動に隠れているはずだ。

 しかし困った。毒の修行で研究所で寝ていたからここ数日何もしていない。

 だからリヒトに何かした覚えはないんだ……。

 

 その前なら……もしかして勝手にリアの森に行ったことかな?

 でもその件はちょっとした文句で終わった気がするんだが、もしや欲しい素材があったのにネフェ殿に全部あげたから怒っているとか?

 いやそんな女々しいことじゃないよな?

 

 ううん、取っ掛りすらない……。


 うっわ。なんかリヒトから怒りの波動が流れてきた。空気がピリピリして妙に疲れていく。

 なんか体調が悪くなっていくんだが……この程度の圧にも耐えられないんだが!

 部屋に戻りたい。寝たい。でも火に油を注ぐ。トドメ刺される。

 

 原因は話しながら聞きだすしかないな……。


 あたしはゆっくり息を吐いてから、意を決して声をかけた。


「あのさ」


「お前は、人の後ろで、ものを喋るのか?」


 

 とす、と喉と腹部にナイフが刺さったような感覚がきて、全身に鳥肌が立った。 


 こっわ! こっわ! こいつほんとにリヒトか!?

 どこかの気難しい剣術の達人と対峙している気分になるんだけど!?

 し、しかしこのまま喋るのは確かに失礼だよな。うん、あいつの正面に座ろう、そうしよう。


 攻撃が飛んでこないか警戒しながら、ゆっくりとした足取りでソファーに歩き、ゆっくりと座って正面を見た。


 リヒトと目が合う。

 恐ろしいほど表情がない能面のような顔に、眼だけが怒りに燃えてギラギラしている。両手が膝の上に置かれて握りこぶしを作っている。力が入っているのか手が白かった。


 激おこだ。

 いやほんと、あたし何やったんだろう。


 駄目だ。体調が良い時なら問題ないが、今はこいつを視界に入れるだけで疲れる。動く鉱害かよ。

 とはいえ逃げられないので、気を張って真正面から見つめ返した。

 いつまでこの状態が保てるだろうか。五分くらいが限度かな。さっさと怒りポイントを見つけよう。


「本題に入る前に伝えておくことがある。毒の摂取は親父殿の依頼であって、長殿は巻き込まれただけだ。長殿が嬉々としてやったわけではない」


「それはさっき聞いたからもういい。聞きたくない」


 取り付く島もない。

 うん、ここは違うんだな。

 面倒だからリヒトから問題点を振ってもらおう。


「分かった。あたしは何を喋ればいい?」


「ルゥファスさんの依頼。耐性をつけるためと聞いたが、どんな毒だ?」


「スートラータエリアで採取された新しい毒の耐性をつけろって依頼だ。神経毒で心臓麻痺を起こすものだと聞いた」


「それを摂取したのか」


「そうだ。回復するまでに時間がかかった。意識が完全に戻ってから、おそらく二十四時間も経ってない」


 リヒトが眉間にしわを寄せる。


「毒を受けて分かったが、あれは魔王の呪いだ。あとであんたにも耐性をつけないといけない」


「どうしても?」


「そうでないと親父殿からスートラータエリアに行く許可が下りない。親父殿もあんたのことを心配している」


「わかった」


 リヒトは静かに呟いて、黙る。

 重い沈黙が流れた。

 しかしあいつは視線を一切外さずあたしを睨んでいる。目を逸らすと負けた気がするのでずっと見つめ返しているが、なにか腹を探っているんだろうか。


「他に聞きたいことはあるか?」


 リヒトに聞き返してみるが、無言だ。

 矢続きで質問が来ると思っていたので沈黙の多さに困惑する。

 気力が保てないからさっさと切り上げたいが、あいつの雰囲気から察するに、まだ終わってない。


 数十秒か、数分かわからないが、そのくらいの時間が経過したので聞いてみた。


「質問はもうないのか?」


 無言であればそれを返事として部屋に戻ろう。

 そう考えていたのに、リヒトは小さく首を左右に振った。


「矢続きで言えば、多分、怒りだけぶつけると思うからな。悪いが、平常心を保ちながら話をしたいので間隔をあけている」


 なんだ自覚あるんだ。

 いやちょっと待て。まだ平常心を保てていないのか?

 え。そこまでお冠なら絶対にあたしが悪いよな。しっかり謝っておかないといけないやつだ。


 あたしから聞くしかない。

 怒りが二乗、三乗したところで結果は同じだ。

 いくぞ!


「不躾だが、あたしのどこに怒っているのか教えてほしい。原因を教えてくれれば誠心誠意謝るし、以後同じことをしないよう気を付ける」


 リヒトの握りこぶしにグッと力が入る。

 そんなに握ると爪が食い込んで痛くなるぞ……って思ってたら手の力が抜けた。


「別に……父上の行動も、お前の行動も、間違っているとは思っていない」


「うん?」


「お前が俺を仲間だと言うなら、俺もお前を仲間と思うことにする」


「うわぁ……しっかり聞いてるし……」


「聞こえる声量だった」


「それもそうだが……」


 聞き流してくれればいいのに恥ずかしいなぁもう。

 ん? まて、あいつ今なんて言った?


「……あれ? あたしを仲間だと思って、って。いまそう言った?」


「そうだ。旅の仲間という意味で認めてやる」


 ええええ!? びっくりした!? ちゃんと言ってくれるんだ!?

 いやあたしもちょっと前に気づいたんだけど、改めて言われるとなんか嬉しいな。


 笑っちゃいけないからきゅっと口元を引き締める。

 真剣な話の時に笑ったら怒るだろうから我慢しないとな。


「仲間としての意見を述べるなら、俺に隠す必要はなかった」


 あれ。ちょっとだけ能面じゃなくなったぞ。怒りの灯っていた眼が少しだけ悲しそうだ。


「正当な理由があれば反対しない。ましてや、スートラータエリアの毒なら耐性をつけて、万全な状態で調査するというのは正しいやり方だ」


 そして唇をゆがめた。

 笑みっぽく見えるのは気のせいだろうか。


「お前が決めたことに頭ごなしで反対はしない。だから命に係わると思う事柄は必ず相談しろ。俺は…………当事者の俺を抜きして、父上と勝手に話しを進めたことが気に入らない。お前に対する不満はそれだけだ」


 うん? つまりまぁ、長殿と一緒にやりたいから仲間外れにするなってことか。


 なるほど。他人のあたしがちょっと近い距離感だからヤキモチ焼いてしまったんだな。

 まぁ親父殿が他の子供を贔屓しているのをみるとモヤっとするから気持ちは分かる。 

 悪いことしたなぁ。

 だが馴れ馴れしくした覚えはないぞ。あたしをからかうために長殿が寄ってくるんだ。


 あたしは軽く頭を下げる。本当は深々と下げたいが、腹筋が弱っているのでテーブルに額を打ってしまうだろうからな。


「黙っていて悪かった。周囲に無駄な心配をかけることを懸念して長殿の提案に添ったんだ。今度はちゃんと伝える」


 リヒトが「そうか」と頷いた。握っている手が少し緩んでいる。


「よく考えれば、あんたになんの影響もないから、話しても問題なかったな」


「…………」


 おおう何故だ、空気が重くなった。

 リヒトがまた能面になっている。手が握りこぶしとなり小刻みに震えている。

 え? 怒りで体震えている?

 本当のことを言ったつもりなんだが逆効果だった?

 毒に耐性あるのを知ってるから心配しないと思ったんだが……違った?


「勘違いするな。単なる思いつきなら反対はする」


 滅茶苦茶冷たい口調で訂正がきた。

 意味わからん。だから反射的に口先だけ謝る。


「そ、そうか。言い方が悪くてすまない……」


「誠意が欠片もない」


「うぐ。そうだ。意味が分からないから気持ちが込められない」


「クズが」


 空気がどんどん重くなってるんだがあああああ!?

 怒気を飛ばすんじゃねぇよ!

 疲れる、今日のこいつめっちゃ疲れる!


「あたし何か変なこと言ったのか? どこだよ……っ!」


 目の前の光景がぐにゃっと曲がってチカチカした。

 眩暈だ。眉間を軽く手で押さえて、倒れないようにソファーに背中を預ける。

 ちっくしょう。気力が尽きてきた。寝たい。


 リヒトがハッと目を見開いて少し腰を浮かせた。

 数秒固まって、ソファーに深く座り直すと、髪を掻き上げ呻いた。


「くっそ。お前は病み上がりだったな」


 眩暈が落ち着いてきた。手を離して呆れながら「そうだよ」と頷く。


「あー、めんどくせ、もういい。この話は終わりだ。さっさと部屋に戻って休めバカ女!」

 

 リヒトは犬を追い払うみたいに手を払った。


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