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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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氷点下の対談①

 あたしは気を取り直して台所へ向かった。到着するととてもいい匂いがして、腹の虫が鳴る。

 いきなり入って大丈夫かな。

 何も言わずしばらく行方をくらませていた身である。正直、顔を出しづらい。

 しかしいつかは会わないといけない、ならば、今だ!


 勇み足で……実際は体力減ってるんでふらつきながら……台所に入る。

 ネフェ殿が火の前に立ち、煮込み料理を作っていた。お玉をくるくる動かして、鍋に水流を出している。この匂いは野菜を煮込んでいる段階みたいだな。


 あたしがご飯の匂いでうっとりしていると、ネフェ殿が勢いよくくるりと振り返った。

 いやこれはターンだ、半回転ターン。

 ギッと目があう。驚き半分、嬉しさ半分という感情が読み取れた。

 

「た、だいま戻りました……」


 反射的にお辞儀をすると、カツカツカツカツ、と足音を響かせてネフェ殿がやってきた。血相を変えている。

 うん、ごめんなさい。


「ミロノちゃんどどどっどうしたのおおおお!?」


 顔面をガシっと両手で掴まれた。ネフェ殿の手の温度が気持ちいいな。


「なにがあったの!? 大丈夫なの!? どんな修行したらこんなふうになるの!?」


「説明を後にさせてもらえないだろうか……空腹で腹が減りすぎて……何か、何か食べる物を頂けないだろうか」


 ネフェ殿が目を丸くする。

 やはりいきなり食べ物を求めるのは失礼にあたるか。

 しかし説明するにも時間がかかるし、伏せておく内容をもう一度考えなければ……いま、頭働いてないから口を滑らすかもしれない。


 ネフェ殿は困惑色を深めながら、「あ、あ、あ」と声を出して、突然両手が光る。眩しい。


<アイエーテルよ! この者に祝福を>


 いきなり回復術をかけられた。

 まぁ、怪我しているとか毒を受けているとか思うよな。

 自分の姿見てないので断言できないけど……。


「ああああああ怪我でも毒でもないのね! ニアンダちゃんがここに居れば疲労回復もできるのに! 今から連絡して……でもあっちも忙しいから急には……」


 ふむ。どうやら回復術の発動効果は個人差があるんだな。


「なんでこんなに疲労がっ! 一体何をしてきたの! 正直に言いなさい!」


 ネフェ殿は眉を吊り上げて真っ赤で怒り始めた。

 こけている頬がくにっと押しつぶされる。タコの口になっちゃうんだが。うー。


「極限状態に追いこむにも限度ってのがあるでしょう! リヒト君が血眼なって探していた理由が分かったわ! 修行にかまけすぎて食事と睡眠とらないタイプね! なんでこうリーンたちと同じ轍を踏むかなぁカエルの子はカエルだわもおおおおおおお! 再・教・育・必・要!」


 意気込むネフェ殿を遮るように、ぐううう、と腹が鳴った。

 あああ悪いタイミングで鳴ってしまった。何か言われそうだ。


 ネフェ殿が黙った。ムッとした表情のまま頬から手を離す。


「すぐに消化の良いもの作るわ。でもそんなになるなんて、何日食べてないの?」


「ええと……」


 十日とは聞いたがそれをそのまま伝えるのはマズそうだ。

 三日ぐらいにしておこうかな。


「三日ぐらい……」


「嘘言わないの。一週間以上は何も口にしてないでしょう」


 速攻でバレた。


「母上、どうかしましたか!?」


 台所の裏口からクルトが血相を変えて駆け込んできた。

 雪のついた野菜を握りしめている。おそらく畑で野菜を収穫中に、ネフェ殿の悲鳴を聞いて慌ててやってきたのだろう。作業の邪魔をしてしまったな。


「あ!」


 クルトはあたしを見るなり仰天してしまい手から野菜が滑り落ちた。べしゃっと床に雪と土が散らばる。


「ミ、ミロノさんそのお姿はどうされたのですか!? トラブルに巻き込まれてしまったんですか!?」


 落とした野菜を拾うことなく、真っ青になりながら慌てて駆け寄ってきた。

 あああすまない。クルトにも滅茶苦茶心配かけてる。すまない、ほんとすまない。

 

「村でのトラブルですか? それとも村の外!? まずはお話を聞かせてください!」


 クルトがあたしの両手を握りしめて……ハッとした表情になった。なんかさらに顔色が青くなった気がする。心なしか手も震えてないか? 


「ミロノさん、あ、ああああああああ兄上とお会いしましたか!? いやその前に食事、食事です! そうしないとマズイです!」


 何が不味いんだよ。


「クルト君、いいところへ。そのままミロノちゃんを見張ってて」


 タッチ交代と言わんばかりに、ネフェ殿はあたしから離れて調理台へ向かった。

 すぐに籠に入れてあるパンと、台の上に置いていた牛乳瓶を持ち上げる。


「今すぐパン粥作るから、ミロノちゃんの冷えた体を温めてあげて!」


「はい!」


 キリっとした表情になったクルトは、近くに会った椅子を引っ張り出して持ってきた。


「さぁ椅子に座ってください!」


 断れない。

 大人しく座ると、赤と黒のチェック柄の肩掛けを持ってきた。

 どこにあったんだと思ったらエプロンがかかっている壁の隣だ。他にもひざ掛けがフックで吊るされている。


「保温効果の紋があるので暖かいですよ」


 肩掛けを羽織るとめっちゃ暖かい。ほっこりする。

 その間に、クルトはコップを取り出し水を入れて、レモンを取り出すと絞って中に入れた。そして紋が書いてあるコースタの上に置くと、小声で呟く。あっという間にコップから湯気がでてきた。

 コップの下半分を布でくるんでから、あたしに差し出す。


「出来上がるまで時間がかかるので、これを飲んでください」


「飲んでね」


 即座に返事しなかったから、ネフェ殿から圧強めの視線が飛んできた。刺さる。顔に刺さってしまう。

 好意に甘えて受け取ると、あつあつの蒸気が鼻腔を温めた。

 熱い。なんかこう、沸かしたての熱さ。数秒前は水だったと思えない。


 ホットレモン水をちびちび飲んでると、ネフェ殿が目の前にドンと深皿を置いた。

 ミルクパン粥だ。

 なみなみと注がれているが、でかいな……三人前が入るサラダ深皿だぞこれ。

 コトン、と傍に置かれた木製スプーンもでかい。これはサラダを取る用のスプーンじゃないか?

 量はエグイけど、全部食べれる気がするな……。


「とりあえず体力回復させるために食べないと。残していいから食べれるだけ食べて」


「有難うございます」


 丁寧に頭を下げてから一口。


 甘い……美味しい。すきっ腹に染みわたる。

 修行明けにこんなおいしくて優しい食事にありつけたのは記憶にない。涙が出そう。


 ゆっくりじっくり食べていると、ネフェ殿とクルトがあたしを挟むように座ってジッとみてくる。

 なんか食べにくい……。


「落ち着いたら話してちょうだいね」


 ネフェ殿の眼力が強い。

 怒りがみえるがあたしの事情を考えて問い詰めないでいるようだ。

 どう説明したものかと悩みながら「はい」と頷くしかなかった。







 ミルクパン粥を食べ終わると体が落ち着いた。

 

「夕飯も軽めの食材にするから、無理しない範囲で食べてね。リヒトくんには会った?」


 会ったには会ったんだが……。話するの嫌だなぁ……。


「兄上の居場所は分かるのですね。悪いことは言いませんのですぐに顔を見せてください」


 クルトがそうアドバイスしてきた。


「そうね。休む前に話しかけてあげて。明日は美味しい飲み物を用意しておくから、お茶しながら色々お話ししましょう、ね?」


 ネフェ殿から圧力が放たれる。笑顔だが眼が一切笑っていない。母殿の半ギレと同じような雰囲気だ。

 ほんとどこまで話していいのか長殿に再確認しておかなければ血祭が勃発する。

 いやリヒトに気づかれた以上、夫婦喧嘩は回避できないかもしれないが……うん、明日色々考えよう。頭も体も疲れているので考えがまとまらない。


 あたしは重い足取りでリビングから出て、書斎室へ向かった。


 行きたくねえええええ。

 でもリヒトに何も言わず部屋に戻るのはもっとマズイだろうなああああ。

 寝てるなら兎も角、起きてたなら後回しにしたってモロバレだからなぁ。あたしならキレる。だからあいつもきっとキレる。


 あー、到着しちゃった。

 食事で体力は少し回復したが、気力は減ったまま。

 話し合いの長期戦は無理なので短時間で済ませてもらうよう交渉しよう。それか少し寝てからだ。

 ああもう全て明日に回したい!


 書斎室のドアの前に立って、深呼吸をして、覚悟を決めた。

 がんばれあたし。


 意を決してドアを開ける……ノック忘れた!


「あ、ノック忘れた! いま、大丈夫だっただろうか……っ!?」


 うっわ! 空気が重い悪いピリピリする! なにここ不穏な気配が漂ってるんだけど!


「大丈夫です」


 長殿は笑顔で対応したが、険悪ムードなんて生ぬるいほど殺気に近い怒気を漂わせる室内の、一体どこがどう大丈夫なんだ?

 

 言わずもがな、リヒトが不穏の発生源だ。

 二人は手を伸ばせば届く位置で互いに向き合うように立っている。何が起こったのか分からないが、大変マズイタイミングで中に入った気がする。


「早く入って閉めてもらえますか?」


 しまった!

 取り込み中だからとさっさとドアを締めればよかった!


「いや……お取込み中なら、あたしはまた後で……」


「お前にも言いたいことがある」


 リヒトが肩越しに振り返った。顔に影を落としていて表情は静かである。


 一見して冷静のようだが目に宿る光は憎悪がチラついている。これは相当お冠だ。 

 呪われそうな怖さがあるぞ、魔王よりもこっちの方が百倍怖いな。  


 リヒトはゆっくりとした足取りでソファーに座った。こちらに背を向けている。


 うーん、拒否すれば即座に攻撃してくる雰囲気があるんだが……一体どんな話をしたんだよ。

 あいつの地雷を踏み抜いて、あまつさえ掘り出して燃やしてるじゃないか。


 あたしはジト目で長殿にアイコンタクトを送ると、彼は肩をすくめて首を横に振った。どこか楽しそうな雰囲気がするからムカつく。


 あー帰りたい。部屋に戻りたい。よしここで用件言って詳しい話は後日にしよう。

 用件ってなんだっけ?

 ああそうだ、血清についてだ。


「け……」


 頭に警鐘が鳴ったため、言葉に詰まった。

 うわ。下手に言葉を発するとマズイって危機感が募る。

 これは……蜘蛛の巣に引っかかったような錯覚だ……ってことは、この室内は完全にリヒトのテリトリーか。踵を返すと引きずり込まれるイメージがする。


 くっそ。とりあえずドアを閉めて中に入る。

 よし、少しだけ蜘蛛の巣の錯覚が揺らいだ。

 拒否が駄目なんだな。


 長殿がリヒトに向かって小さく挙手する。

 

「じゃあリヒト、ミロノさんが来たから私は退散します。お二人でゆっくりと話をしてください」


 はあ!? 逃げる気か!?

 この状態のリヒトを放置するなんて無責任だろうが!


 驚いた表情になったあたしに気づくと、長殿がにこにこ笑って軽い足取りになる。


 うぐあ。無性に殴りたくなってくる!


 何とかしてくれとアイコンタクトを送ると、長殿はすれ違いざまに声をかけた。


「お邪魔虫という元凶は一端退散しますのでごゆるりと」


「駄目だ、壁の隅っこでいいから待機してほしい」


 正直、今のあたしに暴走したリヒトを止めることはできない。

 怒りが暴走して戦闘になる可能性もあるから、万が一のために長殿が抑止力になっていてほしいんだよ。

 壁になるくらいできるだろう! こっちは病み上がりなんだから配慮してくれ!


 長殿が無理ですと首を横に振ったので、あたしはつい、腕の袖を引っ張って留めようとした。


「ほんと今日は自信ない」


「はあ……」


 長殿が少しだけためらう仕草をみせた時に。


「父上は今すぐ去ってください」


 こちらに背を向けたま、リヒトが氷のように冷たい口調で言い放った。


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