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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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聞き耳を立てる②(リヒト視点)

 ミロノが出て行って、父上がソファーに座ってじっと俺を見つめていた。

 それからしばらくして、ゆっくりと麻痺が引いてきた。

 さらに数分後、やっと麻痺が消えたので、俺は目を開けて緩慢な動作で起き上がった。

 視線が合う。父上は物凄くバツの悪そうな表情をしているが決して目をそらしてない。対して俺は少し目をそらして座り直した。


「麻痺は全部とれましたか?」


 返事もせず、俺はテーブルに視線を落とした。

 怒りの波動に飲まれずに考えなければならなかった。

 今、話をしなければいけないのは分かっている。だが、父上と話をしたくない気分だ。

 口を開けば怒りの感情が一気に溢れてしまうだろう。本音を言えば、時間を置いてから話をしたい気持ちである。

 まぁ父上は、俺の意志を汲み取ってからしっかり無視するだろう。


「経緯は納得できましたか?」


 俺は頷く。

 父上は安心したようで、ほっ、とため息を吐いた。

 殴りたい笑顔だな。


「ミロノさんはルゥファスの依頼で毒を摂取しました。スートラータエリアで発見された毒です。主に心臓発作を起こす劇薬で目覚めるまで十日を要しました。ですが彼女はこの毒に耐性が付き無毒化しています」


 俺は視線を父上に向けた。


「どうして知らせてくれなかったって顔してますね」


 相変わらず、人の心情をズバっと言い当ててくれる。


「…………はい。聞いたのにはぐらかされて、今も父上に怒っています」


「簡単に言いましょう。知らせる必要はないと思ったからです」


「な!? どのような意図があってのことですか?」


 感情に駆られて、立ち上がりながら睨むと、父上は人を食ったような顔をしながら微笑んだ。背中に悪寒が走る。


「君があの場にいても無意味だった」


「それは……確かにその通りです。しかし……」


「医療知識があっても無意味。何もできない現実を突きつけられます。あえて無力を味わう必要はない」


 嘘つけ。

 尤もらしいことを並べているが、そんな優しさは全くないことを知っている。

 修行では何もできない現実をいくつも突きつけてきただろうが。全く……俺にバレると困ることと言えば一つしかない。


「違いますね。母上にばれるのが怖いだけでしょう?」


 父上の表情が少しだけ引きつったように動く。

 やっぱりな。

 母上にバレるのを避けたいだけだ。


「俺は母上の味方なので絶対に伝えると、そう考えた。違いますか?」


 父上は呻きながら視線を明後日の方向に飛ばした。そして観念したように肩の力を抜くと無邪気な笑みを浮かべて、パン、と手を叩く。


「その通り、一番の危惧は君の口から妻に知られることです」


 だよな! 

 父上が一番気にしているのは母上だ。

 あの人は勘が鋭いので俺の態度から違和感に気づいて正解にたどり着く。

 だから俺に黙ってたのか。

 腹立つ。結局何一つとして俺のこと考えてないよな!


「知ればネフェは止めるはず。それではちょっと困るのです。悔しいことにルゥファスの勘は一度も間違ったことがない。彼が必要と言うなら、あれは必要だった」


 しれっとした顔で口にする父上の言葉は、真実であれど薄っぺらい。


「詭弁はよしてください。父上はあいつの特性を知っているから迷いなく投与した。ルゥファスさんに依頼されるまでもなく、なにかしら理由をつけて薬物実験をするつもりだったはずです」


 父上の目が細くなる。半分正解といった感じか。

 どす黒い何かが流れこんでくるが無視だ。


「勿論、ミロノさんの体質は知っています。いつもファスと、どの毒を与えるか吟味していましたから」


 そんな気がしていたので驚くこともないが……だから妙に距離が近かったのか。

 おそらくミロノの性格を観察していた。単純かつ脳筋思考は上手く誘導できるうえ、上の立場の頼みであれば断れない。そうと分かったうえで実行した。

 下衆が。


「そんなに怒らないでください。本当に今回の毒指定はファスが言い出しっぺです。私はあんな未知の毒を打つつもりは全く考えていませんでした」


「その割に、さっき毒の無効を確認するため何度も喜んで打っていたようですが?」


 父上が瞬きを数回してから、「ふふ」と鼻で笑った。


「あの瞬間でどこまで読めたのやら。何度も言いますが、ミロノさんが承諾したので私は手伝いをしただけです。一体何が気に入らないのですか?」


「全部です」


 俺の怒気のせいで空気がピリッとしてきた。

 父上は俺の怒りを一笑する。


「でも役に立つことです。でなければ毒の霧で二人とも……いいえ、リヒトだけが即死でした。いいえ、その前に魚の毒で死んでいたかもしれませんね。様々な毒に耐性を付けたから今があるんです」


「その点は理解できます」


 父上が不思議そうに首を傾げた。


「では何をそんなに怒っているのですか? いつもなら理由がわかれば怒りは静まるはずなのに。一体、何に気を取られているのか、話してください」


 俺にだって分からない。

 ただ漠然とした怒りがあるだけだ。父上を見ているとどんどん腹立たしくなってくる。話せば話すほど理性が消えて感情が爆発しそうなほどに……これ以上は抑えきれない。


 俺は無言で椅子から立ち上がった。

 書斎室を出ようと踵を返したが、同じように立ち上がった父上にすぐ肩を掴まれる。


「まちなさい。話はまだ終わっていません」


「いえ、もういいです」


 俺は顔をそむけて手を振り払う仕草をするが、父上は放してくれない。

 握力強いからどう逃げようか……。


「その状態で行かせられません。怒りを消さないと力の暴走が……」


 掴まれている肩に強い力が加わると、父上が「あ!」と驚いたような声を上げた。


「リヒト……もしかして。蚊帳の外だったのでショック受けているのですか?」


「!?」


 グサッと、何か刺さった気がした。

 反射的に振り返ると当惑している父上がいる。

 読まれてしまったことも、その内容にも、ショックを受けてしまい、頭の中がぐるぐると回った。

 怒りの答えが『蚊帳の外だったから』とかふざけている内容だ――と、言いきれるはずなのに。


「そんな……ことは」


 反論しようとしたが、痛苦を覚え言葉が出ない。


 ミロノのことは……命に係わることなら知りたいと思うのは、そうしなければ万が一の対処ができないからだ。俺もあいつも完璧ではない。手が必要になる時がある。


 父上がいるのなら……この人が力になるのなら……俺に知らせる必要がない。

 そう考えるのは当然のことだ。頼れるやつに頼ったらいい。だから俺が何も知らなくても問題ない。

 今回のように俺の力が必要ではないと分かれば、関わらなくてもいいことならば、二人で決めて実行する方が良いだろうと、頭では理解している。


 それなのに、ショックを受けているだと?

 そんなはずはない。


「…………っ」


 そんなはずはないのに。

 気持ちを言葉に変えようとすると、得体の知れない感情が堰を切った様に溢れだしそうだった。


「………っ」


 否定も肯定も口にできないなんて、まるで言葉を失ったようだ。


 分からない。

 何に対して、誰に対して、憤りを覚えているのかはっきりとした答えが浮かばない。

 こんな感情は初めてだ。

 曖昧で形が見えない。こんなものが俺の中にあるなんて思わなかった。


「リヒト」


 父上が優しい声色で呼びかけて、俺の頭を撫でる。

 心が荒れているので、おそらく大まかな部分は読まれているはずだ。

 不躾な目で見ると、父上は小さく首を横に振った。


「私はミロノさんの友人でもなければ同志でもありません。旅の同行者でもありません。それは全て――」


 父上の言葉を遮るようにドアが開いた。



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