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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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聞き耳を立てる①(リヒト視点)

 ミロノが出ていったので書斎室が静かになった。

 父上が手前のソファーに腰を下ろす音が聞こえる。

 

 俺はまだ麻痺が取れない。

 何故こんな失態をしたかといえば……研究室のドアを閉めたところまで話が遡る。




 ミロノを押し込めてすぐに父上が到着した。


「リヒト、まずは話を聞いてくれないか?」


「あなたと会話する意味がない」


 振り返って対峙する。父上は俺の様子を見て当惑したようだ。

 ある程度の距離を保って立ち止まった父上は、一歩ずつ慎重にこっちに近づいてくる。

 獲物を逃がさないよう慎重な足取りだ。すぐに俺が逃げる算段をしていることがわかったらしい。

 まぁ。考えなくても分かる事か。


「ミロノさんについて。研究室にいる理由を聞けば、納得するはずだ」


 父上は笑顔を崩さない。

 悪戯を叱るような優しい口調だが、説得を試みるような鋭さがある。


「俺は散々言いましたよね? あいつについて知っていることを話してほしいと。邪魔をしないから居場所を知っているなら教えてほしいと、言いましたよね?」


「ええ、聞きました」


「父上が実行犯だとは……流石に考えませんでした」


 手のひらを握りしめすぎて、ふるふると震える。


「ちゃんとミロノさんの許可を得ています。経緯を聞けば私たちの行動も理解できます」 


 経緯ってなんだよ!? 


 そう心の中でツッコミしたら、一気に頭に血がのぼった。

 ツカツカと大股で近寄ると父上の襟首を掴み上げる。

 おかしいな。父上の身長がそこまで高くない……。昔はとても高いと感じたのに。


「俺に何を話すというのですか? いつもの口八丁のように煙に巻くつもりですか?」


 父上は少し苦しそうな表情をしながら俺の両肩に手を添えた。


「それは……」


 ためらうように紡がれた言葉とは対照的に、その目は獲物を狙っているように鋭かった。

 嫌な予感がした瞬間。


<発動>


「!?」


 体中に電気が走った。

 全身が麻痺して力が抜ける。


「っ、ちち……」


 倒れる時に父上の手の平が見えた。紋が描かれている。麻痺を起こす術を仕込んでいたようだ。


 くっそ、冷静さに欠けてた! 

 もっと慎重に対応すればこんなことにはならなかった!


 成す術なく床に倒れた俺を、父上は静かに見下ろした。


「手荒な真似をして申し訳ない。だけどこうしないと逃げてしまうだろう? 弁解の時間くらいは必要だ」


 憂いを含んでいるが、騙されないぞ。

 相変わらず狡猾だ。俺の行動を先読みしての対処するなんて畜生。


「とはいえ、私では全然信用しないだろう。はー……リヒトからの信用ガタ落ちで辛い。もう全部ファスのせいだ」


 ぶつぶつ文句を言いながら横抱きで俺を抱え上げた。

 父上は賢者であると同時に熟練の剣士でもある。旅をしているときによくルゥファスさんと剣で遊んだと言っていた。その名残で毎日の訓練を欠かさない。あと母上が屈強な肉体を好むのでその維持だと聞いたことがある。

 つまり、人ひとり分の重さは軽々と持ち上げられる。


 っておい! 赤子を寝かしつけるみたいにゆらゆら揺らすな!

 滅茶苦茶イラっとする!

 子守歌まで歌いやがって完全に幼児扱いか、くそが!

 せめて俺の思考が読み取れないよう全力でシャットアウトだ!


「はいはい。すごくイラっとしているのが分かりますよ。落ち着きましょうね」


 絶対に舐めくさってる!


 だが、苛立っても何もできない。口も動かないからアニマドゥクスで攻撃することも出来ない。

 音を発しないと指示ができないのが欠点だな。心の中で呼びかけることができれば父上をぶっとばせるのに。


 ギリギリと悔しがっていると、父上は入り口の近くにあるソファーに俺をそっと寝かせた。

 ぐちゃっとなった服を軽く整えてから、優しい手つきで半開きの目を閉じさせて、最後に優しく頭を撫でた。


「お休み」


 おい、俺は死んでねぇし寝てもねぇよ。


「ミロノさんの状態を確認してきますので、もう少しここで待っていてくださいね。途中で逃げたら追いかけますから」


 父上の足音が遠ざかる。

 研究室に向かう事を止めることができない。


 罵倒したいし、可能なら殴りたいんだが、体も顔もピクリとも動かせない。

 そもそも殴り合いをしても父上が勝つからやっても意味ない。

 だが全力で殴りたい。

 ミロノが怒るたびに殴りたいって言った気持ちが分かる。こう、怒りを相手に伝える手段としては最適のような気がする。


 あっちは何をやっているのか。

 サトリ対策が設計されているので研究室の中は全く探れない。

 はぁ情けない。結局は反撃にもなっていなかった。

 本当に……麻痺が取れたら覚悟しろよ。


 俺は渦巻く怒りと憎しみの感情に飲まれながら、目を開けて天井を見つめた。





 ニ十分ほど経過しただろうか。


「うっわ」


 ミロノの声がして姿が視界に入った瞬間、俺はすぐに目を瞑った。

 起きていると分かると敗北をなじられるかもしれない。イラつくので寝たふりをしよう。


「マジで寝てる?」


 息遣いを感じるから、覗き込まれているようだ。

 ん、前髪を動かされた。起きているのがばれたのか?


 少しだけハラハラしていると、あいつの思考が流れてきた。

 起きていることはバレていない。単純に俺の体調を心配しているだけのようだ。

 なんだよ。あいつの方が体調悪いくせに……考えることがアホで拍子抜けする。


 父上は俺が麻痺しているだけなのに訂正しない。

 何が狙い何だと考えていたら、そのうち、ミロノの口から『毒の摂取はルゥファスさんの依頼』と『父上は反対した』という話がでてきた。


 やり取りも思考から読み取れた。嘘は一切ついていない。


 なるほど。

 ミロノの思考を読めば、俺が納得すると確信していたってことか。


 汚い……ほんっっっっとうに汚いやり方だ!


 でも悔しいことに、安心したのもまた事実。

 父上に対する憎しみは消えた。

 怒りはさらに膨らんだけどな!


「こいつがそんな思いやりを持つなんて信じられない。だが、長殿が言う事が正しければ、大惨事になっていた。やはり最初に話しておくべきだった」


 ミロノからは謝罪の気持ちが強く感じ取れた。

 なんだか強張っていた肩の力が取れていくような気分だ。

 だが俺に迷惑をかけたことは許せない。アニマドゥクスで殴ってやる。


「そんなに気にしないでください」


 父上は反省しろ! 全ての元凶だろうが!?


「予想以上に嬉しい結果だったので御の字です。リヒトに大切な人が出来たって確信しましたから」


「語弊がある言い方はしないでもらいたい」


 ミロノのツッコミに俺も同感だ。


「あたしはこいつを仲間と思っているだけだ」


 ……は? 仲間として俺を支えたい? 

 何言ってんだこいつ。俺は殆どお前を支えたことがないんだぞ。

 俺に関わったら不快になるだけで、損をするだけだ。

 それなのに、一点の曇りもない感情で『支える』なんて断言するんじゃねーよ。

 頭のねじがちゃんと入っているのか?

 この……くそ……嬉しいと思ってしまうのは何故なんだ。


「それを聞いて安心しました。息子を末永くよろしくお願いします」


「あくまでも仲間だからな? 仲間っていう意味だからな?」


 あまり父上に絡むな。からかわれるだけだ。


「さて、話は変わりますがミロノさん。今がリヒトに血を与えるチャンスですよ」


 話を変え過ぎだ。


「はあ!? このタイミングで!? それはきちんと事情を説明してからだ!」


 普通はそうだ。

 しかし……なんだ……なんなんだ? 


 ミロノの思考から父上に対しての絶対的な信頼がある。

 たかが数日で信頼?

 だから俺に知らせず父上と行動を共にしたのか?

 俺よりも信頼できる相手だから?


 急に胸がギリギリと痛くなってきて、怒りの衝動がやってくる。


 そもそも、あいつは俺を仲間だと言っていたが、それを俺ではなく父上に伝えているじゃないか。 

 

 伝える相手を間違えている。

 腹が立つ。聞くのではなかったと本気で思う。


 はぁ。どうしてこんなに不満を抱くんだ。わからない。

 分からないが、ミロノも怒りの対象だ。


「最初にそれを言ってくれ、こっぱずかしい事を言ってしまったじゃないか!」


 父上がやっとネタバラシをした。

 俺が起きて話を聞いていると知ったミロノの動揺っぷりが、おかしくて笑いそうになる。

 そしてほんの少しの気恥ずかしさも伝わってきたので、少しだけ気分が晴れた。


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