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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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何事もないはずの目覚め①

 どのくらい時間が経過したのか正直分からない。

 気づいたら体が動いたので、水を飲んだり、所用を済ませたりした。

 体は重かったが気合を入れれば動かせるのが幸いだったな。

 起きる時間は数分程度で、ベッドに戻るとすぐ意識を失う。

 これを何度も繰り返した。


 寝ている間はずっと夢を見ていた。

 虚ろな夢・幻覚の夢・悪夢・魔王と戦う夢。

 長殿と話をしたような気もするし、薬を投与されたような気もする。

 知らない男性の嘆きを聞いたような気もするし、話し相手になったような気もする。

 歪み滲む視界では確かな事は何一つ言えなくて……でも、目を覚ます度に心臓の鼓動を感じて安心したのは覚えている。


 早鐘で途切れそうな鼓動が、ゆっくりと、ゆっくりと落ち着きを取り戻し、そのたびに呼吸をするのが楽になってくる。

 

 呼吸が楽になり、心臓の脈動も落ち着き、体の熱も取れた頃、あたしはパチッと目を開けた。

 体中汗だくで、自分の体臭がちょっと匂うなと思ってぼんやりと天井を眺める。 

 綺麗だけどあっちとあっちに埃があるな……。

 あ、視界がクリアになっている。


 ベッドに寝ているのでゆっくりと上半身を起こす。かかっていた掛け布団が軽く感じる。

 全身の倦怠感でまたすぐにベッドに倒れそうになったが、喉の渇きと空腹がそれを許さなかった。


「腹減った……」


 声が枯れている。

 うーん、室内に誰もいない。長殿は席を外しているようだな。


 倒れる前に来ていた服のままだ。体が汗でべたついて気持ち悪いので、胸元にへばりつく服を剥がして空気を中にいれる。

 ほんとに介助しなかったんだな。

 ホッとするような、すこしくらい清潔にしてくれよとちょっと恨むような気持ちだ。

 まぁ必要以上に触られない方がいいので文句は言うまい。


 うん、腹減った。

 解毒できたから体が回復しようと栄養を求めているのだろう。

 減りすぎて倒れそうだ。何日食ってないんだか。


 なにか食料探しに行くかなぁ……。

 勝手に出てはいけないと言われたが、ドアから外の様子を伺うくらいは……大丈夫かもしれない。

 いやマジで腹減った。耐えられそうにない。

 よし、外の様子をこっそりみてみるか!


「……おっと」


 ふらつきはあるが立ち上がれる。

 よし、歩けるぞ。


 ゆっくり動いて体の様子を確認する。

 心臓の鼓動は通常に戻っている。呼吸も楽にできる。

 毒が中和されていると分かって、ほっと息を吐いた。


 よかった。生き残れた。


「ってか、さむ」


 スリッパも履かず素足でひたひたと歩くと、足の裏に石の冷たさが届いて急に体が冷えた。

 体力落ちてるなあ……。

 ゆっくりとドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。開けてみる、厚みがあるドアだな。

 ゆっくり押してそっと顔を覗かせ辺りを見回しながら「長殿」と小さく名を呼んだ。


 あ……やば、気配が二つある。

 呼びかけた後で気づくなんて間抜けなことをやってしまった。


 本棚が視界を遮り確認できないが、書斎庫の出入り口ドアにいるな。長殿だけだと思ったがもう一人いた。大分気配をうまく消している。


 しまった凡ミスぅ。

 声を出したが聞こえてしまったか?

 でもかすれた声で呼んだのでよほど耳が良くないと気づかないはずだ。

 腹減ったけど呼びかけるのはもう少し後にしよう。


 ドアを閉めようとした矢先、急に気配が動いた!?

 まさかあの小声で気づかれたのか!?

 それともサトリか……うん、後者だな。マズった。マジでやっちまった。

 こうなったら急いでドアを閉めて研究室のどこかに身をひそめて……ドアが重い!


「待ちなさい!」


 足音が二つ。

 駆け足がこちらに向かってくる。


 書斎庫は広いとはいえ、走れば出入り口からここまで五分もかからない距離だ。

 もたもたしていたら本棚の向こうから人影がやってくる。リヒトだ。

 やっべー。マズイ奴に見つかった。

 ラフな室内着をきているから今まで家に居たのだろう。長殿と何かやりとりしていて、変な気配がしたので様子を見に来たんだな。


 リヒトはあたしを見るなり立ち止まり、狼狽した様に視線をぶらせている。

 すぐに怒鳴らないなんて驚いた。むしろ何かやらかしたから挽回するために色々考えているのかもしれない。あたしが聞いてはいけない内容だったのかもな。

 聞いてないんだが、言い訳しとくか。


「大丈夫だ、話は聞いてない。気にせず続けてくれ」


「っ!」


 リヒトの顔から血の気が引き、すぐに無表情となった。

 あ、これめっちゃ怒ってる。


 リヒトは速足で近づくと、ドアの隙間からあたしを突き飛ばした。


「………わっ!」


 あたしは後ろに倒れて尻餅をつく。


「いって!」


 ドアが乱暴な音を立ててしまった。

 尻餅の衝撃でぐわんぐわん鳴る頭と早鐘の心臓。貧血のような眩暈がしたのでそのまま座る。

 しばらくすると落ち着いたので、両手でお尻を触りながらゆっくり立ち上がった。


 なんなんだよ! いきなり押し出すとか鬼か!

 まったく、寝起きでひどい目に遭った。


「くっそ……」


 あたしが呻いていると、ドアがゆっくりと開いた。

 リヒトかと睨んだら長殿だった。


「大丈夫ですか?」


 長殿が心配そうに駆け寄るが、なんか襟元や上着がよろよろになっているぞ。まるで誰かに乱暴に掴まれたかのようだ。いつもキッチリ皺を伸ばされた服を着ているので斬新でもある。


「リヒトに何か言われましたか?」


「いや別に。押されただけ」


「体調の方は?」


「疲労感が強いだけだ」


 あたしは質問に答えてからすぐに謝った。


「勝手に顔を出してすまなかった。リヒトが怒っていたから、聞いてはならない内容だったんだろう? 何も聞いてないから安心してくれ」


 長殿が呆れたような表情になった。


「まぁ過ぎた事は仕方ありません。ドアを開けるほどのことがあったのでしょう?」


「どうしても腹が減りすぎて」


「なるほど。こちらこそすいません。とりあえず、立っているのは辛いでしょう、ベッドに座ってください」


 うん。何気につらい。

 あたしはさっきまで寝ていたベットに腰を下ろした。

 空腹による気持ち悪さに耐えようとして片手で顔を覆うと、リヒトの切羽詰まったような怒りの顔を思い出す。


「あいつ……いつもとはなんか違ってた。」


「ええ。この数日、私の周りをうろうろしていましたので、バレるのも時間の問題でしたが……」


 長殿が飲み水をコップに注いでからあたしに渡してきた。

 一口飲む。水が美味しくてあっという間に飲み干した。


「そんなに聞かれてはいけない話だったんだろうか。あとで謝らなければな」


 長殿がきょとんと目を丸くする。


「……ミロノさん、一体何を言っているのでしょうか?」


「あたしの気配でやってきたということは、内密な話を外に漏らさないようにするためだったんだろ?」


「本気でそう思ってますか?」


「それ以外に何があるんだ?」


 長殿は脱力して、呆れたように大きなため息を吐いた。

 心なしか、顔が引きつっている。


「ファスの子と思えないほどにニブイ」


「なにが?」


 長殿は「いえ、こっちの話」と小さく呟いて話を切ると、壁にくっついている棚に向かった。採血用の道具一式を取り出して、準備を始めた。


「先に採血させてください、毒物残留を調べます」


「分かった」


 サッと消毒を塗られて、左腕の肘にある動脈から採血して細い瓶に溜まる。あまり痛くないから楽だ。

 

 採血が終わると、長殿は棚兼作業台に戻り、複数の紋が描かれている円形の台……30センチくらいかな……の上に置くと術を起動させた。


 色々な光が細い瓶に当たると、紋から多くの文字が浮かぶ。古代語だな。4つの言葉を組み合わせて作られた言葉であたしは読めない。


 あれはロストテクノロジーなんだな。

 時たま発掘されているが解読困難なために使用できるモノが少ないとかどうとか。


 その文字を目で追いながら、長殿が驚きと感心が混じったような声をだす。


「完全に解毒されています。そして耐性もできていますね。なんというか……人間とは思えない」


「喧嘩売ってますか?」


 疲労が強いからうっかり口に出してしまった。

 怒られるかなと思ったが。


「いえいえ、褒めています」


 長殿は全く気にしていないようだ。


「それにしても、こんなに早く解析できるとは驚いた。普通なら成分を検出するのに最短三日、最長五日はかかると里の医者が言っていた」


 どうせこれも、暴悪族に技術とか言って途絶えた気がする すぐに結果が判明して便利なのに。


「無理でしょうね。紋として使っていますが、これは魔法陣と呼ばれるモノですから」


 やっぱり。

 いい技術はあのくらい年代が多いよな。

 その前は戦う技術が目立っているけど。


「暴悪族の術か」


 何気なく呟いたら長殿は眉をひそめた。

 あたしの気に入らなかったらしい。


「これはアニマドゥクスの古来の形で暴悪族とは関係ありません。ですが、ミロノさんのように世間一般で暴悪族の術というイメージがついている段階で、もうこの術は陽の目を見ることはないでしょう」


「便利なのに勿体ない」


「便利でも忌み嫌われた名称が付けば使いたくなくなります」


「人間の心情としては、そうだろうな」


 あたしはため息交じりに頷いた。


「では次に」


 長殿は棚から厳重に封印している箱を取り出し、蓋をあけた。小指サイズの瓶を取り出し蓋を開ると、スポイトでとり、別に用意していた目盛りつきの容れ物に入れる。

 注射器で吸い取るとこちらにやってきて、あたしの腕を取って血管の位置を探った。


 嫌な予感しかしねーんだが。


「また毒打つのか?」


「耐性効果の実験をするので毒を打ちます」


 おま。休憩なしで再度同じ毒を投与するのか?

 こっちは腹減りなんだけど。

 これで死んだらどうしてくれる。


「解析結果正しければ大丈夫です。ミロノさんにとっては多分なる栄養剤ですよ」


「栄養剤……」


 またとんでもない表現を……。

 あ、刺したし毒入れたし。


「申し訳ないと思っていますが、リヒトが気づいてしまった以上、邪魔が入らないうちに実験したいのです」


 実験って言いやがった。

 あ、注射の針が抜かれる。


「貴女の中では栄養として取り込まれるようです。最悪、毒だけの食材を食べても不調もなく普通に生きていけます」


「毒だけで……まぁ強みではあるな」


 ポジティブにいこう。

 ……特に何もないな。始めに毒入れた時にはもう反応出たんだが。


 数分経ってもあたしに変化はなかったので、長殿が笑顔で追加した。

 やはり何の変化もない。

 また追加するのかよ、いい加減にしろ!


「よし、即効性がある毒ですが、これだけピンピンしてるなら無毒化確定です」


 長殿が安堵するが、反対にあたしは不機嫌だ。


 最後に血をめっちゃ抜かれた。

 あれ400ミリリットル超えてないか?

 空腹に貧血が加わったんだけど鬼か!?


 それに刺された腕。

 肘に五つか六つ、針に刺された跡が赤く残っている。痛々しい跡だと、哀願を帯びた視線を自身の腕に向けた。


「毒を皮膚に刺す量と回数、やけに多かったよな?」


 白い目で抗議すると、長殿がこちらを見た。

 うっわ、興奮して浮かれているのが丸分かりだ。目を合わせたくないぞ。


「これは素晴らしい。致死量を遥かに超える量でも問題ないとは!」


 だよな。

 圧倒的に致死量を越えてるって気づいたぞ。

 親父殿と同じくらい、容赦ないって自覚あるのかな!?


 辟易しながら見上げると、長殿は握りこぶしを作り喜びに打ち震えていた。


「目の当たりにすると興奮しますね。ファスがあれこれ投与する気持ちがわかります。ミロノさんは本当に希少価値の高く貴重な生きた解毒剤装置! 血中に拒絶反応の抗体を持ってない上に、どんな毒でも摂取すれば耐性が付き、第三者への血清になる。まさに万物の奇跡!」


「やめてくれ………聞いてると心臓が痛い」


 あたしが心底嫌そうな顔を作ると、長殿はにこっと笑って両手を肩まで挙げた。


「安心してください。ファスの依頼だから今回は手を出しましたけど、私かた何かするつもりは一切ありません」


「嘘くさ」


 いけね。本音でた。


「はい。自然界と幼獣の毒は大体摂取させているはずなので。日常生活で受けるであろう毒、および武器で使用されている毒の拾得はほぼ済んでいます」


 何度も死ぬかと思った毒漬け日々が走馬灯のように駆け巡る。

 くっそ。そうきたか。

 毒にも種類があるが……植物と動物、果ては妖獣の毒も経験済みってことか。

 十年以上の間にそんなに投与されてたなんて考えるだけで吐きそう。

 これ一生やるんだろうな!


「つまり新しい毒を発見したら遠慮なく投与すると……」


「その通りです。でも理由を述べてから投与してもいいかお聞きします。ファスのように、勝手にこっそりとはやりません。信じてください」


 にこにこ笑う長殿に薄ら寒さを覚えるも、どうにもならないのでゆっくりとため息を吐いた。


「わかった。信じる」


 そう思わないとやってられない。

 この親父殿二号め……。


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