父上への不信感⑦(リヒト視点)
あれから二日経過した。
ミロノが居なくなって今日で十日目だ。
あいつが行きそうな場所を片っ端から訪れてみたが成果は出ず、メルヴィナの情報網にもヒットしなかった。
帰宅予定日が大幅に過ぎたため、母上が父上に発破をかけ始めた。だが、未だに父上の動く気配がしない。
ならば大事ではないと思うが、疑心は増すばかりだ。
問いかけても、大丈夫の一点張り。
何が大丈夫だというか一から十まで説明してほしい。
だが、父上にも変化が見られた。
日を追うごとに疲労した表情になっている。
常に書斎庫に籠り、この三日間は殆ど顔を合わせていない。
クルトすら危機感を覚えて、授業後に色々な場所へ行きミロノを探していた。
それに気づいたのは二日前の夜だが……。
探しているけど見つからないと、申し訳なさそうに話してくれた。
母上とクルトが心配し始めたこの状況、どう考えても異常事態だよな?
それでも尚、父上は「大丈夫」という姿勢を崩さない。
知っているから、どっしりと構えていられるのでは、と疑うのは当然だ。
この三日間は顔を合わせるたびに問い詰めたが全く手ごたえはない。だが何か隠している。飄々とした態度の中に焦りが含まれていると、俺が気づかないわけがない。
今日こそは口を割らすと意気込んで、俺は書斎庫のドアを強めに叩いた。
「父上入ります」
「リヒト………ドアを壊さないでくださいね」
引きつった笑みを浮かべた父上が本棚からこちらへ歩いてきた。
草臥れた顔をしているが、明るい表情に戻っている。仕事が一区切りしたのだろうか?
「お疲れのところ申し訳ありませんが、あいつの……」
「その件は大丈夫だと言ったはずですが?」
下らないと言わんばかりの冷ややかなセリフに苛立ち、俺は拳を握りしめた。
「なぜ大丈夫と思うのですか? 何の音沙汰もなく既に一週間以上過ぎているんですよ!?」
怒鳴ってしまった。
冷静に聞くつもりだったのにクソ。
「落ち着きなさい。本当に大丈夫ですから」
駄々っ子を宥めようとする視線がきて、イラっとする。
ミロノが消えているのに、どうして平然としているんだ? あいつなら何があっても一人で切り抜けられると思ってるのか?
魔王退治の切り札だろ!? ぞんざいに扱っていいはずがない!
はぁ。落ち着け。苛立っても相手のペースに飲まれるだけだ。
「大丈夫といえる理由を教えてください」
父上の眉がぴくりと動く。
「何かご存知なんでしょう? あいつがどこに居るのか、何をしているのかを知っているから、そんなにどっしり構えていられる。あいつに何を頼んだのですか?」
父上は鬱陶しそうに首を左右に振った。
鬱陶しく感じているなら早く話せばいいのものを……。
俺が信用できないのかもしれない。くそっ。
「リヒト、睨まないでください」
父上がそう言いながらため息を吐いた。
堂々巡りをしている俺の方がため息を吐きたいのだが?
「睨んでいません。何もわからないから聞いているんです。決して邪魔はしません、あいつの居場所を教えてください」
父上は手で口元を隠しながら俺を見る。そして「ふふ」と声を殺しながら笑った。
「リヒトが他人をそこまで心配するなんて、嬉しいですね」
誤魔化そうとしている。ふざけるな、そっちに合わせて妥協するのも限界がある。
「話をすり替えないでください。父上が信用できないから問い詰めているんです」
父上から笑みが消えた。困ったなぁと呟いて乱暴に頭を掻きながら俺を見る。その目に迷いがみえた。
心中を読むことができれば早いのに、歯がゆく感じる。
「んー………私は知りません。残念ながら、リヒトに教えられません」
ミロノの失踪と父上が関係している、という証拠がないから意見を変えないんだろうな。
『疑わしい』だけでは誤魔化せると踏んで、本当のことを話さないのだろう。
家に戻ってから姿が消えた日までに些細な変化や異常があったか思い返すが、何も思い浮かばない。最初の日こそ妙に近い距離だったが、次の日からは食事くらいしか殆ど顔を合わせていなかった。
唯一気になるといえば、ミロノがルゥファスさんと話した日だ。そこに父上も同席していたから。
あの時、俺は母上の用事で外出していたから詳細は分からない。
だがミロノの様子や話に変な感覚はしなかった。
だから父上が知らないと言い張るのも頷けるのだが……、動作や言葉の節々が嘘で塗られているような気持ち悪さがあった。絶対に関与していると、勘がヒシヒシと働く。
だから今日こそは、口を割るまでずっと問い詰めてやる。
あとでどう叱責を受けようが関係ない。
「父上、いい加減にしてください! 貴方の言い方はまるであいつの状態を知っているかのような………っ!」
(誰もいないのかな?)
「…………え?」
不意に……探していた感情が感じ取れた。
「これは、意識が!?」
父上が狼狽え始めた。
だがすぐに安堵するように表情を緩ませて、ある方向へ視線を向けた。
(しまった。声を出したが大丈夫だっただろうか?)
視線の先は…………研究室だ!
考える間も惜しく俺は駆け出した。
「待ちなさいリヒト!」
父上の制止が聞こえたが、振り切って走る。
五分もかからずに本棚の角を曲がり研究室を見ると、ドアが開いていた。
顔が通れるほどの隙間から、こちらを窺うように覗いているミロノが居た。
こんなところに!?
驚きすぎて息をするのを忘れてしまう。
灯台下暗し……そんな言葉が頭をよぎったが。
驚いたのはそれだけではない、あいつの姿にも衝撃を受けた。
全体的に青白くやつれて、いつもの覇気もない。
頬がこけているので何日も食事をとっていないと思った。
まるで闘病を終えたような……病み上がりの姿になっている。
俺は喉がカラカラになる。
これは、これはもしかして…………毒を摂取していたのでは?
自分から毒を……?
いいや違う。これは父上だ。
そこまで考えて、今までの行動に納得がいった。
ルゥファスさんから血の特性を聞いていたため好奇心を抑えきれず、なんらかの猛毒を試したに違いない。しかも俺達が家から離れている隙に行ったとすれば、最初から狙っていた可能性がある。
「大丈夫だ、話は聞いていない。気にせず続けてくれ」
ミロノのか細い声を聞いて、ショックが解けた。
いますぐ父上から遠ざけなければ……。あの様子を見る限り今まで寝ていたはずだ。意識を取り戻したと分かれば次に何をされるか分かったものではない。
「リヒト」
父上が近くまで迫っている。
俺は急いで研究室ドアの隙間に手を入れてミロノを奥に押し込むと、乱暴にドアを閉めた。




