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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第五章 ミロノ不在の十日間
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父上への不信感⑥(リヒト視点)

 足早に向かったが、到着したら学び舎は終了していた。

 三十人ほどの子供が家路に向かっているのが見えるが、その中に彼女はいない。


 学び舎は木造平屋の二階建てだ。ここに五歳から十四歳までの三十五人と五人の教師がいる。

 

 クラスは五歳から七歳、八歳から十歳、十歳から十二歳、十三歳から十四歳になるまで。季節ではなく年齢ごとに分けられているので、月の途中で誕生日がくれた次の月から上の学年となる。


 学習は母国語と精霊語、数学と紋、歴史学や地理、他のエリアにある町や村の知識、妖獣の知識、アニマドゥクス術の伝承だ。


 実技はアニマドゥクス、接近戦武器の扱い、防具の扱いなどがあり、年齢に合わせてアイテム使用や回復薬の扱いおよび精製。山菜の知識、料理などを叩きこまれる。


 十一歳からは実戦が取り組まれ、対人、対妖獣で戦闘を叩きこまれ、最終的には一人で倒せるようになる。


 メルヴィナは俺と同い年だ。

 実戦で外に出ているかもしれないと少し焦る。


 とりあえず学び舎を探して、居なければあいつの家に向かおう。リースは俺を差別しないので、攻撃を受けることはないからな。


 玄関に近くと、中から出てくる人影があった。

 目当ての人物だ。


「あら? リヒトくんとこんなところで顔を合わせるなんて」


 俺を見て目を点にしたメルヴィナだったが、すぐに表情を綻ばせた。


 こいつは濃い紅色の腰まで届く長髪に、切れ長の紅色の目をもつ。肌は透き通るように白く、彫刻のような整った顔立ちだ。150センチほどの小柄なため、少女がそのまま成長したような可憐な姿をしている。が、実際はとんでもなく好戦的で高飛車な性格だ。


 容姿に惚れて口説いたやつらが軒並み泣いていたのを思い出す。

 

 こいつのフルネームはメルヴィナ=リース。

 綺羅流れの副リーダーの娘で、将来有望されているアニマドゥクスだ。

 クルトが当主となった暁には、彼女が右腕となることが約束されている。


 俺との関係は普通だ。可もなく不可もなし。

 若干味方寄りだがすぐに年上ぶるので面倒な奴だ。


「学び舎なんて、絶対に近づかな……はっくしゅ!」


 そんなあいつも寒さにはめっぽう弱い。

 耳のついたファーの帽子を被り、防寒着をこれでもかと着込んでいるのにも関わらず、鼻を真っ赤にして鼻水を垂らしている。汚いから早く拭け。


「クルト様ならもう帰りましたよ」


「お前に用があった」


「うえー、リヒト君が私を探すなんて珍しいですね」


 メルヴィナはポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。音が少ないからズビビビっと間抜けな音がよく響く。


「はい、何の御用でしょうか?」


 聞く体勢ができたようなので、俺はポケットから手帳を取り出して似顔絵を見せた。


「こいつを探している。ミロノだ。お前は見なかったか?」


 メルヴィナは似顔絵を食い入るように見た後、俺に視線を向けた。


「ミロノ=ルーフジールですね。父からこの村に武神の御息女がいらっしゃる話を伺っていますわ。生憎、私は見かけておりません。彼女がどうかしましたか?」


「帰宅予定日に戻ってきてない。トラブルがあったと思って探している」


 メルヴィナが目を見開いて固まった。

 そのまま一分ほど経過する。


「え? 探して? リヒト君が探していると?」


 信じられない者をみたような眼差しが飛んできた。


「そうだ」


「ほ、本当に本当なんですか!? トラブルに対処するために探しているなんて本当に!?」


 一体なんなんだ、喧嘩売っているわけじゃないよな?


 内心呆れて引き返したくなったが、用件は伝えなければならない。


「そうだ。情報が一切ないから、お前の人脈で目撃情報を集めてほしい」


 メルヴィナは口元に手を添えて無言になった。

 だが、目だけは驚きを露わにしていて、指で眼球を突いてやろうかという考えが過る。


 メルヴィナは「なるほど」と頷くと、手の平を上に向けて腕を伸ばした。


「似顔絵ください」


「………ほらよ」


 似顔絵を渡すと、メルヴィナはじっくりと眺めた。


「リヒト君、念のため確認していいですかね?」


「何を?」


「彼女を探す理由は、無事を確認したいってことですよね?」


「……」


 言葉に詰まった。

 そうか。探すという事は無事を確認するということか。


 今更ながらそれに気づいて、俺らしくないと頭を抱えた。だが言葉をひっこめることはできない。それにこいつの人脈が必要なのも事実だ。


「ですよね?」


 メルヴィナが促す。


 釈然としないまま「……多分な」と頷くと、メルヴィナが急接近して俺の顔を覗き込んだ。


 びっくりして数歩下がるが、その分、近づいて見上げてくる。紅色の目が俺の心情を探っているように感じた。


「近すぎるから離れろよ」


 メルヴィナの額に手を当ててグイっと後ろに押すと、彼女は仰け反りながら耐えた。


「あいたたたた。気に入らないから探す、叩きのめしたいから探す、とかじゃないんですよね?」


「ん?」


 目的が気になっていたのか。

 まぁよく考えれば、探し出してほしいと頼んだ相手は殆ど罪人だった。


 だが今回は違う。あいつを叩き潰したいわけではない。ただ、旅のルールを再認識させる必要があるから攻撃するだろうが。ちゃんと手加減はする。


「あいつを探したいだけだ」


「それなら安心しました」


 メルヴィナは満足した様に微笑むと、似顔絵を手帳に挟み両手で大事そうに持った。


「危害を加えるのが目的なら事情を教えて逃がそうと思いましたが、杞憂でしたね」


「逃がす? はっ、無駄なことを。あいつは戦闘馬鹿で脳筋だから、逃げるどころか嬉々としてやってくる。俺が喧嘩吹っ掛けたら刀を片手に意気揚々とやってくるだろうな」


「……まぁ」


 メルヴィナがぽかんと口をあけたまま、ジロジロと俺の顔を見始めた。

 奇妙な生き物として見られている感じがして不愉快だ。


「なんだ?」


 不快感を露わにすると、メルヴィナは「失礼」と口元を手で隠した。

 笑いを堪えているように思える。気持ち悪い。


「言いたいことがあるならはっきりと言え」


 メルヴィナに危害を加えるとクルトが怒るから何もしないが、そうでなかったら、そこに置かれている雪山にこいつを頭を突っ込みたいところだ。


「今日は多弁ですね。しかも私の目を見て話をしてくれることに大変驚いております」


「くだらない」


「とんでもない! 旅で良い経験をされたと強く感じます! 私も許しを得たら旅をしてみたいです」


「御託はいい。探すのか、探さないのか答えろ」


 喋っている時間も惜しいから、さっさと決めてくれ。

 だが探さないなら雪山に頭から突っ込んでやるから覚悟しろよ。


「この方に興味が湧きました。人探しは承りましたわ!」


 メルヴィナの顔が輝いている……なぜそんなにやる気になっているんだ?

 気持ち悪くてちょっと引くんだが。まぁ……探してくれるなら気持ち悪さも目を瞑るか。


「任せる」


 ため息交じりに頼むと、


「!?」


 メルヴィナが目を点にしたまま固まった。


「おい、どうした?」


 肩を揺らすが微動だにしない、完全にフリーズしている。

 何やってんだこいつ。マジで苛ついてきた!


「メルヴィナ。いい加減にしろ。不服があるなら受けなくていい」


 険を露わにして問いかけると、メルヴィナはハッと我に返って、首を左右に激しく振った


「不服なんてありませんわ――っ!」


 急にとんでもないほどの明るい笑顔を向けてきたので、今度は俺が驚きすぎて固まりそうだ。


「むしろ率先してやらせていただきますから! 私にお任せください! 探し出してミロノさんとお話したいですわっ! 是が非でも!」


 鼻息が荒くなりマフラーから蒸気が出ている。

 俺の発言で興奮できる材料があったのか?

 くそ、行動が怪しすぎる。頼まない方が良かったか?


「では失礼しますね。んふふ。んふふ」


 断るべきか迷っている間に、メルヴィナは軽く会釈をしてそそくさと去って行った。

 もう取り消しはできない。


「……あいつ気持ち悪い」


 メルヴィナの態度に気色悪さを覚えたものの、これで少しは手がかりが掴めるだろうと、俺は安堵のため息を吐いた。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は3/27です。

物語が好みでしたら応援お願いします。創作意欲の糧となります。

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