父上への不信感⑥(リヒト視点)
足早に向かったが、到着したら学び舎は終了していた。
三十人ほどの子供が家路に向かっているのが見えるが、その中に彼女はいない。
学び舎は木造平屋の二階建てだ。ここに五歳から十四歳までの三十五人と五人の教師がいる。
クラスは五歳から七歳、八歳から十歳、十歳から十二歳、十三歳から十四歳になるまで。季節ではなく年齢ごとに分けられているので、月の途中で誕生日がくれた次の月から上の学年となる。
学習は母国語と精霊語、数学と紋、歴史学や地理、他のエリアにある町や村の知識、妖獣の知識、アニマドゥクス術の伝承だ。
実技はアニマドゥクス、接近戦武器の扱い、防具の扱いなどがあり、年齢に合わせてアイテム使用や回復薬の扱いおよび精製。山菜の知識、料理などを叩きこまれる。
十一歳からは実戦が取り組まれ、対人、対妖獣で戦闘を叩きこまれ、最終的には一人で倒せるようになる。
メルヴィナは俺と同い年だ。
実戦で外に出ているかもしれないと少し焦る。
とりあえず学び舎を探して、居なければあいつの家に向かおう。リースは俺を差別しないので、攻撃を受けることはないからな。
玄関に近くと、中から出てくる人影があった。
目当ての人物だ。
「あら? リヒトくんとこんなところで顔を合わせるなんて」
俺を見て目を点にしたメルヴィナだったが、すぐに表情を綻ばせた。
こいつは濃い紅色の腰まで届く長髪に、切れ長の紅色の目をもつ。肌は透き通るように白く、彫刻のような整った顔立ちだ。150センチほどの小柄なため、少女がそのまま成長したような可憐な姿をしている。が、実際はとんでもなく好戦的で高飛車な性格だ。
容姿に惚れて口説いたやつらが軒並み泣いていたのを思い出す。
こいつのフルネームはメルヴィナ=リース。
綺羅流れの副リーダーの娘で、将来有望されているアニマドゥクスだ。
クルトが当主となった暁には、彼女が右腕となることが約束されている。
俺との関係は普通だ。可もなく不可もなし。
若干味方寄りだがすぐに年上ぶるので面倒な奴だ。
「学び舎なんて、絶対に近づかな……はっくしゅ!」
そんなあいつも寒さにはめっぽう弱い。
耳のついたファーの帽子を被り、防寒着をこれでもかと着込んでいるのにも関わらず、鼻を真っ赤にして鼻水を垂らしている。汚いから早く拭け。
「クルト様ならもう帰りましたよ」
「お前に用があった」
「うえー、リヒト君が私を探すなんて珍しいですね」
メルヴィナはポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。音が少ないからズビビビっと間抜けな音がよく響く。
「はい、何の御用でしょうか?」
聞く体勢ができたようなので、俺はポケットから手帳を取り出して似顔絵を見せた。
「こいつを探している。ミロノだ。お前は見なかったか?」
メルヴィナは似顔絵を食い入るように見た後、俺に視線を向けた。
「ミロノ=ルーフジールですね。父からこの村に武神の御息女がいらっしゃる話を伺っていますわ。生憎、私は見かけておりません。彼女がどうかしましたか?」
「帰宅予定日に戻ってきてない。トラブルがあったと思って探している」
メルヴィナが目を見開いて固まった。
そのまま一分ほど経過する。
「え? 探して? リヒト君が探していると?」
信じられない者をみたような眼差しが飛んできた。
「そうだ」
「ほ、本当に本当なんですか!? トラブルに対処するために探しているなんて本当に!?」
一体なんなんだ、喧嘩売っているわけじゃないよな?
内心呆れて引き返したくなったが、用件は伝えなければならない。
「そうだ。情報が一切ないから、お前の人脈で目撃情報を集めてほしい」
メルヴィナは口元に手を添えて無言になった。
だが、目だけは驚きを露わにしていて、指で眼球を突いてやろうかという考えが過る。
メルヴィナは「なるほど」と頷くと、手の平を上に向けて腕を伸ばした。
「似顔絵ください」
「………ほらよ」
似顔絵を渡すと、メルヴィナはじっくりと眺めた。
「リヒト君、念のため確認していいですかね?」
「何を?」
「彼女を探す理由は、無事を確認したいってことですよね?」
「……」
言葉に詰まった。
そうか。探すという事は無事を確認するということか。
今更ながらそれに気づいて、俺らしくないと頭を抱えた。だが言葉をひっこめることはできない。それにこいつの人脈が必要なのも事実だ。
「ですよね?」
メルヴィナが促す。
釈然としないまま「……多分な」と頷くと、メルヴィナが急接近して俺の顔を覗き込んだ。
びっくりして数歩下がるが、その分、近づいて見上げてくる。紅色の目が俺の心情を探っているように感じた。
「近すぎるから離れろよ」
メルヴィナの額に手を当ててグイっと後ろに押すと、彼女は仰け反りながら耐えた。
「あいたたたた。気に入らないから探す、叩きのめしたいから探す、とかじゃないんですよね?」
「ん?」
目的が気になっていたのか。
まぁよく考えれば、探し出してほしいと頼んだ相手は殆ど罪人だった。
だが今回は違う。あいつを叩き潰したいわけではない。ただ、旅のルールを再認識させる必要があるから攻撃するだろうが。ちゃんと手加減はする。
「あいつを探したいだけだ」
「それなら安心しました」
メルヴィナは満足した様に微笑むと、似顔絵を手帳に挟み両手で大事そうに持った。
「危害を加えるのが目的なら事情を教えて逃がそうと思いましたが、杞憂でしたね」
「逃がす? はっ、無駄なことを。あいつは戦闘馬鹿で脳筋だから、逃げるどころか嬉々としてやってくる。俺が喧嘩吹っ掛けたら刀を片手に意気揚々とやってくるだろうな」
「……まぁ」
メルヴィナがぽかんと口をあけたまま、ジロジロと俺の顔を見始めた。
奇妙な生き物として見られている感じがして不愉快だ。
「なんだ?」
不快感を露わにすると、メルヴィナは「失礼」と口元を手で隠した。
笑いを堪えているように思える。気持ち悪い。
「言いたいことがあるならはっきりと言え」
メルヴィナに危害を加えるとクルトが怒るから何もしないが、そうでなかったら、そこに置かれている雪山にこいつを頭を突っ込みたいところだ。
「今日は多弁ですね。しかも私の目を見て話をしてくれることに大変驚いております」
「くだらない」
「とんでもない! 旅で良い経験をされたと強く感じます! 私も許しを得たら旅をしてみたいです」
「御託はいい。探すのか、探さないのか答えろ」
喋っている時間も惜しいから、さっさと決めてくれ。
だが探さないなら雪山に頭から突っ込んでやるから覚悟しろよ。
「この方に興味が湧きました。人探しは承りましたわ!」
メルヴィナの顔が輝いている……なぜそんなにやる気になっているんだ?
気持ち悪くてちょっと引くんだが。まぁ……探してくれるなら気持ち悪さも目を瞑るか。
「任せる」
ため息交じりに頼むと、
「!?」
メルヴィナが目を点にしたまま固まった。
「おい、どうした?」
肩を揺らすが微動だにしない、完全にフリーズしている。
何やってんだこいつ。マジで苛ついてきた!
「メルヴィナ。いい加減にしろ。不服があるなら受けなくていい」
険を露わにして問いかけると、メルヴィナはハッと我に返って、首を左右に激しく振った
「不服なんてありませんわ――っ!」
急にとんでもないほどの明るい笑顔を向けてきたので、今度は俺が驚きすぎて固まりそうだ。
「むしろ率先してやらせていただきますから! 私にお任せください! 探し出してミロノさんとお話したいですわっ! 是が非でも!」
鼻息が荒くなりマフラーから蒸気が出ている。
俺の発言で興奮できる材料があったのか?
くそ、行動が怪しすぎる。頼まない方が良かったか?
「では失礼しますね。んふふ。んふふ」
断るべきか迷っている間に、メルヴィナは軽く会釈をしてそそくさと去って行った。
もう取り消しはできない。
「……あいつ気持ち悪い」
メルヴィナの態度に気色悪さを覚えたものの、これで少しは手がかりが掴めるだろうと、俺は安堵のため息を吐いた。
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次回更新は3/27です。
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