父上への不信感⑤(リヒト視点)
室内に入るが父上の姿はない。
物音しない。
サトリで探ってみるが感情も思考も読み取れない。
まぁ家族全員がサトリとなると、幼少期から訓練させられるので自ずと防御することが出来る。
父上の思考なんて今でも殆ど読み取れない。
旅に出る前の俺なら読めないからいないと決めつけて去っていただろうが、今なら読めなくても部屋の中をしっかり探しておこうと考える。
わざと足音をさせて本棚へ近づくと左側の奥に何かが動いた気配がした。室内が静かなのが幸いしてほんの僅かの物音も耳に届いた。
探り方とあぶり出し方をミロノから聞いてて助かった。父上はここに居る。立ち入り禁止の研究室のドアがある近くにいるはずだ。
向かい合う本棚を、ツカツカと、わざと足音を立てて通る。下手に気配を消すと侵入者と間違えられるので存在はアピールしたほうがいい。
「父上。そこにいらっしゃるのでしょう? 一端、手を止めてください。話があります」
父上はすぐに奥の本棚から出てきた。驚いたように目を見開いていたがすぐに笑顔浮かべる。気づかれたのが相当意外だったらしい。
「おかえり」
俺は父上と距離をあけて立ち止まった。
「ただいま帰りました。そして確認させてください」
「なんだい? その様子だとミロノさんはいなかったのかな?」
態度には出していないはずなんだがな。まぁちょっと考えればわかる事か。
「あいつは本当にストロム山へ行ったのですか?」
父上の目がすっと細くなって一瞬の真顔、からすぐに表情を戻す。
「そう言ったのを聞きました」
不思議そうに首を傾げているが、芝居掛かっているように見えるのは気の所為だろうか……?
「人のいた痕跡がありません」
父上は腕を組んで悩むように眉をひそめて「おかしいなぁ」と呟く。そしてハッとひらめいたように目を見開いた。
「他の場所へ行ってのかもしれませんね。ルゥファスの娘だから似ているのかも。ルゥファスも色々走り回って大変でしたよ、いつもいなくなっていました」
ルゥファスさんは前例があるのだろう。
だが、聞きたいのは思い出ではない。
「あいつに他の情報を与えましたか?」
「おや、探すつもりですか? 珍しい。明日は雪が解けているかもしれません」
「いいえ、探しません」
父上に意地悪く笑われてイラついてしまい咄嗟に否定した。
少しとはいえあいつを信頼していると気づかれたくない。
気づかれれば色々利用されそうな気がする。まぁ修行にもなるし断る事も可能だから俺は別にいい。
だが俺だけではなくあいつも巻き込まれる気がする。
あいつだと際限なく利用されるだろう。情に訴えれば若しくは正当な理由があればホイホイと手を貸してしまう馬鹿だから、父上の格好の餌食だ。
とりあえず父上が嘘をついているのか調べてみるか。
「ですが、何をやっているのかは気になります」
「そうですか。君も他人を気にするのですね」
「俺が他人の行動に疑問を持つ事がおかしいですか?」
睨みつけたら、父上は呆れた様にため息を吐いた。
「知っていることがあるなら教えてください」
「どうも私を疑っていますね。ミロノさんには村から出たときのために周辺の地図を見せました。それ以外はなにもしていません」
念を押すとやっと口を開いた。
態度や雰囲気からして嘘をついているようにはみえない……が、妙な違和感は残る。
「分かりました」
俺は会釈をして書斎庫から出た。
成果は得られなかった。父上が嘘をついていたかすら分からないなんて俺もまだまだだ。
ミロノは一週間留守にすると言ったのなら、あと二日で戻ってくる。
焦らなくていい。そう思って自室に籠った。
あれから三日が経過した。
ミロノはまだ戻ってきていない。
これは流石に、トラブルが発生して対処できていないと判断するしかない。
癪だが探しに行こう。鬱憤晴らしたいときに居なかったイライラ分も上乗せして文句言ってやらないとな。
念のために、父上に探りを入れてみた。
動きが若干怪しい部分があったが決定打ではない。書斎庫に籠りっきりもするが、何か急用が入った時と同じなので特に気にすることもないか。
俺は自宅を出ると、一番気になっていたコイドケルド森へ向かった。ここは人攫いが出やすい場所であり妖獣も多発している。足を踏み入れて何かある確率が高い。俺も子供なので入ることは禁じられているが女よりはマシだ。
森の入り口に立つ。葉が落ちた木々は雪化粧で白く彩られていた。深い新雪が動物の足跡を浮き彫りにさせている。人の足跡はない。
どんな些細な感情も思考も発見できるように全力でサトリの能力を展開した。
早速、少し森に入った場所に人の気配があった。これは村の奴で二人だな。甘い思考を感じるので逢瀬の最中かもしれない。放っておく……いや、目撃しているかもしれない。接触してみるか。
雪を踏みしめて歩くこと七分後、木々の隙間から同世代の男女が抱き合っている姿が見えた。厚手のローブと耳当てが付いた帽子、マフラーを巻いているので誰か分かりにくいが、赤髪で体格の良いリチャードと灰色髪で胸が大きいブレンダだ。二人とも一つ年下で顔なじみだ。
こんな危険な場所でやる必要あるか? 雪を壁にして村の中でやればいいだけなのでは?
声をかける気力がなくなったので引き返そうと思ったときに、こいつらと目が合った。
しまった、立ち位置が悪かったか。木の影に隠れてればよかったな。
「うわぁ!」
「きゃぁ!」
バケモノを見たような悲鳴を上げてパッと離れると、二人は少し後ろに下がった。
出刃亀のようになってしまったが……まぁいいか。
「リ、リヒト!?」
リチャードは血の気の引いた顔になった。
「う、うそ! 帰ってきてたの!?」
ブレンダも顔色を青くしながらリチャードの後ろへ隠れようとする。
「げ、元気そうだな。い、いつ帰ったんだ?」
リチャードが右手を上げて挨拶するが、手が震えている。足もガクガクと震えて、歯がカチカチと鳴っている。ブレンダは怯えたように俺を見た後、リチャードの左腕にしがみついた。
いつもの光景だ。
だが邪魔したことは謝っておこう。
「邪魔して悪かった。お前たちに聞きたい事がある」
「はぇ!?」
「はあ!?」
飛び上がる勢いで叫んだ。
「なんだ?」
「ひぃ!」
「いや!」
こいつら、お互いの背中を前に押してその背中に隠れようとしている。
どっちもが隠れたいらしいな。何を怯えているのやら。
俺は呼びかけただけだが、これを誰かに見られたら虐めていると攻撃されそうだ。
さっさと質問を終わらせよう。
「人を探している。この森で見かけなかったか?」
リチャードとブレンダの動きがピタリと止まると、ゆっくりと顔を上げて俺をみる。そしてホッと安堵した表情になった。
リチャードが立ち止まって腰に手を当てた。やや引きつった顔をしているが体の震えは止まっている。
「そ、そっか。探しているのは誰だ? 聞くってことは村の奴じゃないよな?」
「ヴィバイドフ村の女。俺と同い年で………」
人の特徴を口頭で説明するは面倒だ。
俺はメモ帳を取り出して軽く似顔絵を描く。
額当ての模様と髪の長さ。服装。上半身もいれておくか。あいつ胸がでかいから男なら記憶に残るだろうよ。
まぁ、こんなもんかな。
人物画はあまり描かないが、特徴だけとらえればミロノに見えないこともない。
「こいつだ。名前はミロノ」
メモ用紙を見せると、二人は遠くから食い入るように見つめた。そして同時に「見てない」と答える。
俺は「そうか」と答えて、似顔絵を手帳に挟んでポケットに収めた。
「相変わらずスケッチ上手ね」
「絵画でも食っていけそう」
そんな呟きが聞こえたが無視をする。
ポケットに収めている間にリチャードとブレンダがこっちに近づいていた。リチャードの口元に赤い紅が沢山ついている。嫌なモノを見た。
「邪魔したな」
「あ! ちょっと聞いて良いか?」
呼び止めるなんて珍しいな。
俺が頷くと、リチャードが恐る恐るポケットを示す。
「そいつが、お前に何かやったのか?」
何故お前にそれを言わなければならない?
と口から出そうになった。
説明する義理もないので「別に」と答えて、踵を返そうとした……が俺は足を止める。
森について知っているだろうが、ミロノの件があるので万が一を考え、警告をしておこう。
「この森は人攫いの通り道だ。密会はオススメしない」
「な!?」
「ぅあ!?」
二人は顔を赤くしてわなわなと震え始めるが、違うと反論はしなかった。
時間を無駄にした。
情報を集めるなら、綺羅流れにいる情報通に聞くのが一番だ。何人か村に戻っているので訪ねてみてもいい。
だがこいつらは俺を敵視しているのでそう簡単に情報を渡さないだろう。
むしろ会わないかもしれない。村人の七割が俺を抹殺したいと考えているくらいだからな。追いかけたところで戦闘になりさらに無駄な時間を消費する。
そもそも俺は人との交流を断ってきた。
大人しい態度で接しようとしても挨拶もなく逃げられてしまう。
俺に話しかけてくる奴らは……年齢が近い奴らだ。面と向かって文句を言う度胸もある。
あいつらをまとめているのは二人、そのうちの一人が……。
「あいつなら」
メルヴィナは人脈が広い。何か知っているかもしれない。
今の時間なら学び舎だ、行こう。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は3/20です。
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