父上への不信感②(リヒト視点)
馬を返してから岐路につく。
周囲は真っ暗になったのでサラマンダーに頼んで火球を浮かばせた。これで足元が良く見える。
クルトは精根尽き果てるほど術を多用したためげっそりとしていた。
移動中に馬から落ちそうになっていたのでフォローしたが、帰りの体力ぐらい残せよと思わず愚痴ってしまいさらに委縮させてしまった。メンタル弱いやつだから堪えたかもしれない。
だがふらふらになりながらも自らの足で村を歩いている。
最後に見守った時は力を使い果たして動けなくなりおんぶして戻ったな。二年の間にこいつも随分成長したようだ。
「クルトなりに成長している、か」
そう考えると妙に感慨深くなる。
他人と関わらなくなった分、暇つぶしにこいつを構いまくったからな。
哺乳瓶でミルクを与え、おむつ替え、入浴や散歩、離乳食をあげたこともあった。喜ぶからと空に飛ばした時や水に沈めたときは母上に叱られたな。後ろを歩いてくる姿は愛らしいと思った。父上が不在の時は俺が父親代わりをやった。
こいつはどんな人間になるんだろうな。出来れば良好な関係を維持しておきたいところだ。
「本当ですか!?」
クルトがバッと顔をあげて俺を見上げた。呟いたつもりだったが聞こえてしまったか。否定する気は起きなかったので頷いた。
「ああ。倒れそうになりながらもしっかり自分の足で歩いている。ダメなところもあったがその分、良いところもある」
「有難うございます! 兄上に褒められると嬉しいです!」
クルトは俺の周りをくるくると回りながら嬉しそうに笑った。
犬のような動きなので正面に来た時にクルトの頭を掴んで止める。そのままぐりぐりと撫でてから離して、俺は速足で歩き始めた。ミロノと行動して歩く速度が格段に速くなったから一気に距離が開く。
「早い! 待ってください兄上!」
クルトが足を滑らせながら慌てて走ってきた。向かう先は同じなので自分のペースで歩けばいいのにな。
そう思いつつも振り返る。
「早くしろ」
「兄上の足が速くなってるんですってば!」
追いついたクルトがゴールと言わんばかりに俺の腕を掴んだ。そのまま見上げてニカッと笑う。
「帰りましょう」
「そうだな」
掴まれたまま歩く。いつもなら人目を気にして振りほどくが、明かりをつけなければならないほど暗いから見られることはないだろう。
「おかえりなさい!」
自宅に到着して玄関を開けると元気いっぱいの母上が出迎えた。
「二人とも寒かったでしょう。リビングで少し温まりなさい」
部屋に行こうとしたがリビングに通されて暖炉の前に連れていかれる。
テーブルの椅子に父上が座っていたので報告するため二人で姿勢を正したが、夕食の談話でいいのでまだ自由にするようにと言われた。
なんだ、急用ではなかったのか。
だが丁度良かった。
クルトの顔色が悪かったので先ほど額を触ったが、相当体が冷えていた。戦闘中に汗をたくさんかいていて服が湿ったんだろうな。体を温めてやらないと風邪を引く。
「母上、クルトを風呂に入れてきます」
「僕なら大丈夫です」
暖かい飲み物を持ってきた母上に声をかけると、クルトが慌てて俺のコートを引っ張った。
大丈夫なやつの顔色じゃないんだよ。
「クルトくん、体冷えちゃった? ごめんねすぐに沸かすわ」
「俺が湯を用意します」
「そう? じゃぁお願いね」
「え、え、でも」
クルトは父上と俺を交互に見ながら困惑を浮かべる。
こいつにしてみればまずは報告という考え方なんだろうな。悪くはないが父上を見てみろ。全く気にしてないぞ。夕食の後で良いんだから自由にして良いんだよ。
「いくぞ」
俺はクルトの腕を引っ張ってリビングを出ると、有無を言わせず脱衣所へ連れていった。
用意してないから寒いな。温風のスイッチを入れるが温まるまで少し時間がかかる。
「い、良いのでしょうか?」
「いいんだよ。すぐ湯を用意するから待ってろ」
浴室に入る。湯船はカラだ。水を入れるよりもお湯を入れた方が早いな。
<ウンディーネは水を出し、サラマンドラはそれを温めろ。風呂だ>
湯船に水が注がれると、そのまま沸騰した。
手を入れて水温を確認する。適温になっているのでクルトを呼びに行った。
「沸いたぞ。入れ」
「え!? もう?」
クルトがぽかんとしながら浴室を見て、俺の方へ振り返る。
「相変わらず凄いです。精霊に一から頼んでお湯を作ったんですね」
残った精霊の力を正確に読み取ったようだ。
「この程度ならお前も出来るようになる。暇があればやってみろ。じゃあな」
とっとと脱衣所を出ようとしたが、クルトが何か言いたそうな視線を向けてきた。
「なんだ?」
「あ、いえ………」
クルトは少し躊躇うように口をもごもごさせて、少し照れたように下を向いた。
「なんだか兄上が優しいと思いまして」
「はぁ?」
思いっきり眉間に皺を寄せて唸ると、クルトはピシっと姿勢を正した。
「すみません! でも兄上の物腰が柔らかいから、なんというか、甘えさせてもらっているというか、可愛がってもらえてるから嬉しくって」
何を言っているんだこいつは。
「俺は何も変わってないし、お前を可愛がっているつもりはない」
「そうですか?」
クルトが不思議そうに問いかけてきたので、「そうだ」と返事を返す。
「……そう、ですか……」
数秒考えた後、クルトはぺこっと頭を下げた。
「お湯、有難うございました」
「いいからとっとと入れ」
と毒づいてから、俺は脱衣所を出てリビングに向かった。
クルトにはああいったが、正直なところ、さっさと父上に報告をして自室に籠りたい。
………ん?
家の中が静かだ。
違和感を覚えて通路で立ち止まる。
「………?」
何かが足りないと見渡して、気づいた。
ミロノだ。あいつの感情が流れてこない。
いつもならどこに居ても喧しいほどの喜怒哀楽が襲ってくるというのに今は全く感じない。
まぁ紋を勉強したいと言っていたから書斎室にいるんだろう。あそこはサトリ対策がされているので入れば思考が外へ漏れないからな。
「おつかれーさま!」
リビングに入ると母殿が待っていましたとばかりに駆け寄ってきた。目を輝かせて満面な笑みを浮かべているから子犬みたいだとうっかり思ってしまう。
「ありがとうリヒト君。気を利かせてくれて助かったわ。クルト君が大喜びだったでしょ」
開口一番にそう褒め始めた。
そんなに大したことしていないので居心地が悪い。
「世話をするお兄ちゃんになったわね! 偉い偉い!」
「世話をしたつもりはありませんが?」
否定すると、母上がきょとんと瞬きをする。
「無自覚?」
「だから、世話をしたつもりはないと言っています」
「ええ? やっぱり無自覚なのね」
俺が苛立って眉間にしわを寄せると、母上が「だって」と口を尖らせる。
「怪我の手当以外は、甘えずに自分でやれって言ってたじゃない」
「ん?」
「さり気ないフォローがとても上手になってるわ」
「そういえば……」
以前はクルトが泥だらけでも凍えても疲れていても放置していた気がする。
でも今日はなんとなく気になって手を出したが、あれが母上から見れば世話をしたという認識なのか?
世話というよりも生存させるための行動だったが……。
「悪いことじゃないのよ!」
母上は慌ててフォローをし始める。
「相手のために行動できてるって感心しただけなの!」
「わかりました」
何も分からなかったがそう答えると、母上がホッとして息をついた。
「じゃぁ夕食持ってくるから。待っててね」
母上は小走りで台所へ引っ込んだ。すぐに料理を持ってくるので席に座る。
目の前にいる父上は静かに本を読んでいたが、俺が座ると同時に本を閉じて視線を向けてくる。穏やかな表情だが鋭い目をしている。情報を得ようと探っているので防御の守りを厚くしておくか。
「成果はどうでしたか?」
「多少退治する時間はかかりましたが問題ありません。クルトは大分腕があがりました。俺が手出しすることなく一人で退治出来ました」
ふと、テーブルに目を落とす。用意されている皿の数が四人分だ。
一人足りない。
「そうですか。お目付け役お疲れさまでした。では食事を楽しみなさい」
父上は本に視線を落とした。
「さぁ今日の料理は魚介類のバター炒めとパスタサラダよ。デザートはケーキを用意したわ! クルト君は後で用意するから先に食べてて」
母上はいつものようにはしゃぎながら俺の前に料理を並べる。
五つ用意された椅子、その一つに何も置かれてない。何故だろうと空席をじっと眺める。
一向に手を付けないので母上がこそりと耳打ちする。
「食べて大丈夫よ。ルーはもう食べ終わってて……私と晩酌するのを待ってるの」
「いえ……そうではなくて」
父上を気にしているわけではないので思わず口ごもる。
「だったら何か気になることがあるの?」
「その……」
違和感について母上に聞きたかったが、どう切り出していいのか分からない。
数秒無言になってしまうと。
「ミロノさんですか?」
父上が本を閉じて面白そうに俺を見た。
その視線が気に入らなくて咄嗟に「いいえ」と答える。
「そっか。お皿が四人分だから気になったのね。ミロノちゃんはストロム山に行ったって聞いたわ」
父上の言葉を拾って、母上がミロノについて話す。
「ストロム山?」
俺が問いかけると母上が付け加えた。
「鉱石を見に行ったそうよ」
だが人伝に聞いたような口調だ。
「母上はあいつから直接伝言を受けたのですか?」
念のため確認すると、母上が小さく首を横に振った。
「いいえ違うわ。私が昼に戻ってきた時はもう行った後だったみたい。ルーが教えてくれたのよ」
父上が言った?
ゆっくり視線を動かすと、父上は本を読みながら「うん、そうだよ」と普通に頷いた。
「気になる鉱石があるから見てみたいと。ついでに修行もしてくるから一週間は空けるみたいだね」
「父上に……ですか?」
訪ねると父上が顔を上げた。いつもと同じ柔らかい表情だ。
「出かける時に私しか家に居なかったからだよ」
「………そうですか」
俺は頷いて食事に取り掛かる。
鼻腔をくすぐる美味しい匂いで、美味しい味付けにも関わらず、なかなか飲みこめなかった。
読んでいただき有難うございました!
次回は2/27更新です
物語が好みでしたら応援よろしくお願いします。創作意欲の糧となります。




