親の心、子迷惑⑤
「では、明日、紋の書物を読ませていただく」
「ええ。家から出さないであればどこに持っていても構いません。勿論、僕が居る書斎庫で勉強されても大丈夫です」
あたしは「有難うございます」と深々とお辞儀をして立ち上がった。
書斎庫から出ると、ふぅ、と息をついて肩の力をぬく。
めっちゃ緊張した。
部屋に戻ろうとしたら廊下でネフェ殿と目がある。彼女はぱぁっと笑顔を浮かべてこっちに駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった! 夕飯の用意が出来たから呼びに来たの!」
「あ! 手伝うの忘れてた!」
しまった! 厄介になる間は積極的に家事手伝いをするつもりだったんだが。
ネフェ殿はにっこりと微笑みながら首を左右に振った。
「いいのよ。それよりもお父さんとの会話はどうだった?」
「とても楽しかった!」
つい顔面筋が緩んだ笑い方をすると、ネフェ殿がちょっと目を見開いた。
「あらやだ。そんな可愛い表情するのね」
ハッとしてあたしは表情を引き締める。
ネフェ殿は口元に手を当ててふふふと優雅に笑った。
「よそいきの顔がそれなのね。普段のミロノちゃんは凄く表情が豊かなのかしら?」
「外に出るときはキリっとしてなさいって母殿に注意されるので」
「そうよね。女の子だからあんまりふわふわした感じも困るわ。すぐに変なの寄ってくるもの」
「女はよくなめられると聞くので」
「うん、それでいいと思うわ。私もリーンと旅をしているとき結構なめられてしまったから。まぁフルぼっこぼこにしてきたので大丈夫だけど!」
ネフェ殿は得意げな顔をしてから力こぶを作った。
「それに夫とファスさんが加わったらそんなこともなくなったし。やっぱ男の人ってそこにいるだけで雑魚への牽制力が働くのよね。用心棒代わりにできて楽だったわー」
ちらっとネフェ殿が含み笑いをする。
「ミロノちゃんも遠慮なくリヒトくんをこき使ってやってね。あの子も悪い虫くらいは追い払ってくれるから」
何言ってんだ。ツェリならともかく、あたし目当てに悪い虫が寄ってくるわけないだろ。
「自分で追い払えるので問題ない」
「そーいうことにしておきましょう」
ネフェ殿があたしの頭をなでなでと触ってから、額当ての紐を手に取ってするっと撫でる。そのままじっと紐を見て、もう一度手に取ってするりと撫でた。
この紐、手触りいいから人気だな。
「夫を呼んでくるから、ミロノちゃんは先にリビングへ。席に座って待っていてね」
と言い残し、ネフェ殿は書斎庫へ向かった。
言われた通りそのままリビングへ向かう。ドアを開けると今宵も豪華な夕食がテーブルに並んでいる。
なんか太りそうだな。明日から運動しないといけないぞ。
テーブルの横でリヒトとクルトが隣り合わせで談話していた。
やっぱりよく似てるなぁこの二人。表情の動きもそっくりだ。
「おかえりなさい」
あたしがドアを閉めるとクルトが椅子から降りてぺこりと挨拶をした。すごい。
リヒトは視線を向けただけ。何もしゃべらずフイっと顔を逸らした。
態度が真反対。面白いな。
クルトに「ただいま」と声をかけると、「兄上の隣がミロノさんの席です」と説明してから席に座った。
リヒトの隣の席か……右三、左二の形になっているな。
あたしは遠回りをしてリヒトの隣の、更に隣に座った。一人分の間隔が空いているのでゆったり座れる。
「父上とどんな話をした?」
あたしが席に座るとリヒトが話しかけてきた。横を向くと、あいつは横を向いたままである。顔ごとこっち向けよイラっとするなぁ。
「どちらかといえば親父殿と話をした」
と切り出してから、親父殿と長殿の仲良し具合を説明する。
長殿の様子はリヒトとクルトにとっては意外だったのか、クルトがしきりに「本当ですか!?」と疑うように何度も聞き返してきた。
リヒトはあたしの話を無言で聞いていたが、はぁ、とため息をついて肩の力を抜いた。
「そうか。特になにもなしか」
「どーいう意味だ?」
「兄上は父上が何か仕掛けしてきたと思ったのですか?」
あたしが聞き返すのと、クルトが問いかけるのが同時だった。
「父上の事だ。こいつのような目新しい玩具に何もしないわけがない」
リヒトはクルトの質問に答えると、クルトは訝し気に眉をひそめた。
「その意見には賛成しますが。でも流石に、兄上の連れの方に対してそんな失礼なことしないと思いますけど」
「既にやっている」
リヒトがキッパリと告げると、クルトが酸っぱいモノを食べたように目を細めた。
「そうですか。ミロノさんも洗礼を受けて」
クルトは可哀想な人を見る様な目をむける。視線が突き刺さるなぁ。
「洗礼って?」
「父上はあいさつ代わりに素行や性格を調べます。初めましての人は結構痛い目をみることが多いです、すみません。あと自然に悪戯を仕掛けます。父上がすでに何かしら失礼なことをしていたらすみません」
クルトが申し訳なさそうに頭を何度も下げる。そこには何かを諦めたような雰囲気が漂ってくる。
なんで子供が謝ってるんだろうな……。
「いや大丈夫だ。あたしの父親も似たり寄ったりだから。洗礼くらいどうってことない」
クルトが驚いたように目を見開いた。
「だとすると、あんたも親父殿から何かされたんじゃないか?」
問うと、リヒトは肩をすくめる。
「そうだな。俺もルゥファスさんから色々洗礼を受けた」
やっぱりと内心頭を抱えた。
家に居るとき、あいつの服がボロボロになっていたのは罠だけじゃなかったか。
親父殿のことだ。一戦くらいは相手するように言ったかもしれない。
戦闘狂の親で申し訳ないな。だが今更謝るのも変だからスルーしよう。
「それは……たいへんでしたね兄上」
クルトは少しばかりショックを受けているようだ。
「どちらかと言えば服がな。風圧でも切れたから驚いた。でもネフェーリンさんが痛んだ服を直して補強してくれて助かった」
なるほど。それで出発の時は服が綺麗になってたのか。
母殿の裁縫の技術は凄まじいから新品と思うくらい綺麗になるぞ。しっかし母殿もフォローするんだなビックリする。
「それは、良かったですね兄上」
「ああ」
会話が止まった。
各々無言で明後日の方を眺めている。
暇だから料理をじっと見よう。美味しそうだな。レシピ知りたいなぁ。
そんな中、クルトが落ち着きなく視線を動かして、あたしにアイコンタクトを計った。受け取るとぱぁっと笑顔になる。
「あのミロノさん! たぶん父上が飽きるまで付きまとうとおもいますが」
やべぇな長殿。
「何か嫌なことがあったら兄上に相談すると良いです!」
リヒトの眉間にしわが寄った。嫌そうである。
「勿論、僕でもいいですけど、兄上の方が父上のあしらい方が上手です! それに父上も兄上に一目置いてますから、兄上が口添えしてくれればなんとかなります」
兄上は凄い! と言わんばかりのキラキラした笑顔がやってくる。
頼るつもりはないので返す言葉に困るなぁ。
相談することはまずないが、クルトの輝く笑顔と自信をみたら無下にできない。
「……選択肢にいれておく」
うわ。リヒトが滅茶苦茶だるそうに目を瞑っている。かなり嫌そうだな。
安心しろよ絶対に頼らないから。
ガチャっとドアが開いた。
長殿とネフェ殿が談話しながら入ってくる。
「お待たせ! じゃぁ食事にしましょうか!」
ネフェ殿がお茶を注ぎ始めたのであたしもちょっとだけ手伝う。
夕食はやっぱり美味しかった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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