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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――久しぶりの親父殿――
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親の心、子迷惑②

「親父殿、ほんとにこっちに来て大丈夫か?」


 人攫いは定期的に里を襲って適齢期の女性や少年少女を攫って行くやつらだ。

 根城はいまだ不明なので攫われたら救助できないため行方不明のまま。


 あたしが四歳の時にもあった。

 外から嫁にやってきた女性が森で攫われてしまい行方不明になったこと。

 夫であるモノノフが女性を探しに出たそうだが音信不通により生死不明である。


 里が武術によって強化しているのは人攫いの要因が大きい。

 今は亡き爺さんから頻度が低くなったが、それより前では度々強襲された挙句、若い女性や子供を何人も攫われたという。いずれもルーフジール家が村を留守にしている間の出来事であった。

 

 人攫いが現れたのは200年前。それから二、三年に一度の頻度でやってくるため、その時期が近づくと大人たちの監視がきつくなる。


 知ってることはこのくらいか。成人前なので詳しく教えてくれない。


「こちらも同じです。人攫いがやってきますよ」


 長殿があたしの思考に割り込む。もうツッコミするまい。


「ヴィバイドフ村とユバズナイツネシス村にやってくる人攫いは同じ民族です」


「そうなのか?」


「詳しいことは成人してから教えてあげましょう」


「それはいつも言われている」


「ではこの話題はここで終わりにします。ファスと話をしていると余計なことを言いそうで困りますね」


 にこりと笑う長殿の表情に背筋が凍る。あたしに対してではなく、人攫いに相当怒っているようだ。


『大体二週間ほどでそちらに到着する予定だ。寝床頼んだぞルー』


「勿論」


 親父殿ののほほんとした口調を聞いて怒りが鎮火したのか、長殿の雰囲気がほわっと変化した。見た目は怖いけど親父殿はたまに癒しの空間をつくるから、気持ちは分かる。


『ではその間にミロノにやってほしいことがある』


「………なんだ?」


 あ、凄く嫌な予感がする。

 親父殿の表情が見えないから余計に嫌な予感が倍増する。


『ルゥファス殿が前回の討伐で新しい毒が手に入ったと話してくれてのぉ。たしかスートラータエリアの中で手に入れたとかどうとか』


「ええ。スートラータエリアの中で仲間の骸を連れだした時に回収した毒ですね。それがどうしましたか?」


『確か、あの場所しかない毒があり、致死量半端ないと言っておったよな?』


「ええ発見されていない毒でした。どの動物で試しましたが1ミリグラムで心臓発作を起こし、死に至る神経毒です」


『それをミロノに投与してくれんか?』


 あたしと長殿は黙り込み、少し空白をあけて、同時に「はあ!?」と声を上げた。


 長殿は『なんだこいつキチガイか!?』という意味が含まれた声。

 あたしは『またかよくそ親父』という意味が含まれた声である。


「ルゥファス何を言ってるんですか!? 再度説明しましたよね!? 実験で生き残った生き物はいないと。人間でもやったんですよ! 取り扱いも慎重にしなければいけないのに!」


「人間でもやったのか!?」


 あたしが思いっきりツッコミをしたら、長殿は当然と言わんばかりに頷いた。


「実験体は死刑が決まった罪人です。死刑方法が刺殺から毒殺になっただけです。どうせ殺す相手ですから活用したまで」


「そんな気がしたけど淡々と話されると余計怖いわ!」


 長殿はツッコミを無視して水晶を睨みつける。


「十人は試しましたが殆ど即死に近かったです。生き残りゼロ。それでも投与しろと!? 流石に僕は反対します!」


『まぁまぁ』


「まぁまぁ、じゃない!」


 結構な数試しているな。

 もしや長殿はあたしの特異体質を知らないんじゃ?


「知っています」


「知ってるんかい」


 親父殿のおしゃべりめ。

 これだとあたしが知らないだけで他にも知ってる奴がいるな。


 チッと舌打ちをして長殿は水晶を指し示した。


「毒の摂取後に血清と耐性がつくという体質を聞いています。貴女に投与する毒の相談をいつも受けてます。こちらのアドバイス一切無視してくれますけどね!」


 おおおおまままままま……このクソ親父殿。

 もはやあたしのプライバシーなんて無いに等しいだろうなぁ。

 ちょっと泣きたくなったぞ。


『大丈夫じゃ。リヒト殿の相談もよく受けておる。儂の方がお前よりもリヒト殿の事をよく知っておるぞ。扱いも任せろ』


 リヒトが聞いたら憤慨しそうだな。


 長殿が眉間にしわを寄せながら手で額を触る。


「困った時は相談しようと決めてましたから。私も子育てに困る事多いんです」


『儂も四六時中困っておったわ。特に思春期迎えてからのぉ。どう教えようか迷ったもんじゃ』


「僕の場合は幼少期からでしたけどね」


『おうおう覚えておるぞ。ルゥファス殿はリヒトのことで心労のあまりよう泣いとったのう』


 ガァンとショックを受けたような表情になる長殿は、水晶を両手で持ち上げて上下に揺らした。

 大丈夫か壊れないかそれ。つるっと滑って割れたら笑っていいのだろうか。


「今それ言うんですか!?」


『だって子育ての強烈な記憶って言ったら真っ先にソレ』


 親父殿はこれでも悪気ないんだよな。だから邪悪。


「せめて子供がいないときにしてくれますか!? ここに貴女の娘がいるんですけど! 恥ずかしいこと全部ばらしてやりましょうか!」


 こいつら何を語っているのやら。

 しかし長殿の表情がこんなにくるくる変わるのは面白い。

 親父殿のご機嫌な顔が浮かんでくる。ううむ。殴りたくなる。


「ああもう! 仕切り直し!」


 長殿は水晶を丁寧に置くと、ムッとした表情になって椅子に座り直す。


「いいですかルゥファス。毒の投与に反対します。彼女の耐性がどこまで持つのか分かりません後遺症が残るか最悪死にます殺したいんですか正気の沙汰じゃないですね間違いなく頭の病気ですリーンさんを今すぐ呼んできてくださいカチ割るように言いますので」


 圧と毒舌が凄い。


『大丈夫大丈夫、分からなくてもやったことあるし生きてるじゃないか』


 水晶越しだと圧が伝わらないのか親父殿は飄々としている。

 長殿が舌打ちをして異界の物を見る様な目つきになった。


「このくそ野郎が。相駆らず俺の忠告全く聞かねぇしくそが」


 あ、リヒトの毒づきとよく似てる。

 まぁ同じ気持ちなので頷くばかりだ。このクソ親父はいつもこうだ。多分大丈夫だの運試しで色々仕込んできやがる。


『しかしミロノ、儂は思いつきで言っておるわけではないと気づいておるだろ?』


 あたしの心情みえてんのかくそが! 気づいてるさ畜生!


 握りこぶしをしながら、声のトーンを下げて返事する。


「スートラータエリアにいくなら耐性を付けておいた方がいいって意味だろ。そしてあたしの血液から予防薬を精製してリヒトに与えたほうが良いということも分かっている」


 長殿が同情するような視線をむけてくる。

 彼も親父殿の目論みに気づいている。ただ毒の効果があまりにも強くて耐性がつく前にあたしが死ぬ危険性が高いと想定したため、反対しているだけだ。

 なんだ、親父殿より優しいぞこの人。血も涙もないと誤解していたみたいだな。


「当然ですよ。無謀と賭けは違います。貴女に死なれたら本当に終わりです」


 くっ。心読むのをやめてくれればいいのに。


「大袈裟だ。終わるわけがないだろ?」


「色々な意味で終わります」


「色々な意味?」


 魔王がのさばって精霊が滅ぶ未来。そうすれば世界はがらりと変わってしまう。

 なるほど色々な意味で終わるな。


「まぁ………それもありますが、私が危惧しているのはもっと別の身近な問題です」


 長殿が苦笑を浮かべるが、憫笑に近いものになっている。

 なんというか。親父殿が申し訳ないこと頼んでいて申し訳ないな。


「すまない。親父殿に代わって謝る」


『そこ! 儂がまるで困ったちゃんじゃないか!』


「そうだよ!」

「その通りです!」


 あたしと長殿は同時に叫んだ。


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