持ちつ持たれつ⑥
採寸が終わると、朝ご飯に誘われてサンドイッチをご馳走になった。
ベイジェフはヴィバイドフ村にいる親父殿に発注するので、最低一か月は滞在することと念を押される。しばらく防具と刀なしで過ごすことになるなぁ。
短刀と暗器は装備しているのでちょっとだけ心情がマシなのだが、長い間武器を触らないことになるんだなぁとしょんぼりしてしまう。
とはいえ、やるべきことややらなければならないことは沢山ある。
まずは腹ごしらえとして散策だな!
ベイジェフとガーネットに別れを告げて工房を後にした。
ゆっくりと朝食をご馳走になったため、時刻は朝の八時。外を歩いている人があちこちにいた。
「では案内よろしく」
あたしはリヒトに向かって一声かける。
「適当について来い」
リヒトは振り返ることなく、一メートル距離を開けて雪深い道を進んでいった。
今歩いている所は多分、住宅が密集している所だ。村人が雪かきをしていたり、仕事に向かうためか荷物を持って歩いている。
「旅の方ですね。おはようございます」
「おはよう旅人さん。何もない村だがゆっくり過ごしなさい」
あたしとすれ違う年配や若い人は挨拶をしてお辞儀をする。これだけなら丁寧で柔らかい印象を覚えるのだが。
「……っ!」
「あれみて」
彼らはリヒトを視界に入れると明らかな嫌悪を向けていた。
あたしとの温度差に呆れてしまう。
「なぁ、あれって……え?」
リヒトの近くに寄ろうとすると、彼は早歩きになり距離を取った。
「なあ、ちょっと待てって」
もう一度近くに寄ろうとするとリヒトは肩越しに振り返って「それ以上近づくな」と敵に警告するような態度になった。
驚いて瞬きすると、リヒトは何事もなかったようにスッと先に進む。
「話しかけるのもダメなのか?」
答えは返ってこない。
近寄るなオーラが漂ってくるので、関心を寄せるなと言いたいらしい。
あいつなりの考えがあるのだろうと思ったが釈然としない。しかし追っても逃げるような気がするので距離を開けつつ後ろを歩くことにした。
リヒトは確かに村の案内をしてくれた。
観光名所、図書館とか役所、商店街や美味しい店は一度足を止めてから、指で小さく指し示し「名所」と告げて歩き出す。
もっと詳しく聞こうとしても、幽霊を相手にするかのようにあたしの存在を完全無視だ。
ずっとその調子だ。
面白味もなんもねぇっっ!
これだったら……傷だらけで移動は辛かったけど、ラケルス街の方が楽しかった。
歩いているときの距離は二メートルとか三メートルとか、いつものように開けているけども、でもいつもは、しっかりあたしを視界に入れて話していた。
だが今はどうだ!
一人で先に進むばかりだ。時々ついてきているか確認するのに後ろに視線を向けるだけで、あたしをちゃんと見ていない。
村人たちの視線ばかり気にしてちゃんと話してくれない!
こっちは気にしてないんだから普通通りにしてくれればいいのに!
あたしは空気かっつーのムカつく!
最初の頃はあーいう態度だったけど、あの頃は気にならなかったけど今はすっごく気になる!
嫌な気分だ!
むかむかしている間に太陽は真上に上り、気づけばルーフジール家の前に到着していた。
リヒトは敷地内で立ち止まりこちらを振り返った。
「以上だ」
淡々とした物言いも、今更視線が合うのも非常にムカついた。
「案内を感謝する」
あたしは淡々と礼を述べる。言葉数少なく態度も悪かったが案内してくれたのでリヒトは悪くない。あたしが勝手に苛立っているだけだ。
とはいえ、あまり近くにいると思わずぶちのめしたくなるから距離をとらなければ。苛立ちをどこかで発散してから戻ってこよう。
「少し出てくる」
くるっと踵を返して敷地内から出る。門を閉めようとしたら、リヒトが後ろからついてきていた。あたしは手を伸ばして制止させる。
「気遣い無用。大体の地理と違和感は覚えた。一人で動ける」
リヒトが不可思議そうに眉をひそめた。うっかり睨んでしまったかもしれない。
「……お前、怒っているのか?」
その通りだったが、理由なんてないので頷けなかった。
代わりに「何を根拠に?」と鼻で笑う。
「気分転換に散歩してくる。遅くても深夜には戻るつもりだが……いいや、やっぱ鍵を閉めていてくれ。施錠されていれば早朝に戻る」
「この辺は夜になると氷点下になる」
「高山で慣れている。この装備なら問題ない」
リヒトの眉間にしわが寄った。何をアホなことをと思われているに違いない。
「今日の食事はいらないとネフェ殿に伝えてもらいたい。面倒だったら明日あたしが説教を受ける」
「何か武器を持っているのか?」
防具を装備していないが、暗器と短刀と、小さな袋と二本の回復薬を持っているので問題ない。
「貴殿の心配は杞憂に過ぎない」
リヒトが驚いたように瞬きを繰り返す。数秒無言になったので、あたしは会話をブチ切った。
「では失礼する」
「……母上に伝えておく」
あたしは「よろしく」と返事をして駆け出した。
しばらく村を走っていたが、違和感を覚えた場所に到着した。
「きっとここだ」
木の穴へ突進すると吸い込まれて川に落ちたような感覚があった。
気づくと村の門の外に到着する。
瞬間移動というやつだ。初めて使ったが便利だな。
「さて、出かける事を伝えるか」
あたしは壁沿いにある小屋に足を運びドアをノックする。中から髭づらの小柄なおっさん……アザームが不審そうに顔を覗かせた。あたしをみると驚いた表情になって、しどろもどろに声をかけてきた。
「お、お嬢ちゃんどうしたんだ? 気配が全然なくて吃驚したが、その、何かあったのか? 機嫌悪そうだが……」
怒りの波動が漏れているよで、若干怯えてしまっている。
あたしは怒気を完全に消した。
「何もない。ただイラッとしたてただけ」
「そうなのか?」
「村の外に遊びに行くから一声かけておこうと思って」
アザームが大口を開けてあたしを指差しした。
「この真冬にその服装で!? しかも手ぶら!? 凍死するぞ!?」
「失礼な。防寒着だから常に動けば問題ない。今は暑いくらいだ」
「いやいやダメだろう」
そう言いながらアザームは周囲を見渡して眉間にしわを寄せる。
「リヒトは?」
「あたし一人だ。明日中には帰宅する旨を伝えに来た」
アザームは何か言いたそうな表情をさせたが「そうか」と頷くと、「気を付けて行ってきなさい」と微笑を浮かべた。
あたしを引き留めず、理由も聞くことはなかった。良い人だな。
「何かあったらここに来れば暖くらいは取れる。凍えそうなら避難しにおいで」
「覚えておく。行ってきます」
ぺこりとお辞儀をして駆け出すと、アザームは心配そうに見送ってくれた。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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