持ちつ持たれつ⑤
ガーネットに連れられて奥のドアへ入る。
通路があり五つのドアがあった。そのうち一番手前のドアに入るよう促される。
中は全面ガラス張りで畳三畳ほどの広さだ。入ってきたドアにカーテンが引かれて目隠しをすると、服を脱ぐように言われた。指示に従って下着姿になる。
「じゃあ。測るわね」
ガーネットはメジャーでチェックしながら一つ一つ丁寧に記録している。
ただ彼女は終始喋りっぱなしで言葉が途切れない。
「ミロノちゃん腹筋割れてるのね、凄い!」
「まぁ……割れてるなぁ」
「ミロノちゃん二の腕岩みたい! 足も筋肉質! すごっ!」
「まぁ……そうだなぁ」
「ありゃりゃ、ミロノちゃん胸のサイズあってないわよ。下着きついでしょう」
「ああ……大きくなっていた」
正確に測ってもらったら、バストサイズBからDになっていた。筋肉が増えたのかと思ったら脂肪の方が増えていたらしい。ショック。
背丈も伸びていて165センチぐらいはあった。5センチくらい伸びてないか?
「胸以外にも脂肪があるなぁ」
あたしがぼやくと、ガーネットはメジャーをみながら鼻で笑った。
「激しい動きをしていても、もう少し大人になったら女性らしい体型になるわ」
「これよりも?」
少しだけ皮膚がつかめる二の腕を指し示すと、ガーネットが腹を抱えて笑った。
「そんなの脂肪があるうちに入らないってば。ミロノさんは胸とお尻以外、ほとんど筋肉だもの。どちらかといえばもう少し脂肪がほしいところね。そうしたらもっともっと魅力的になるわよ」
「脂肪よりも筋肉がいいです」
「いやいや脂肪も程よくある方がいいわよ。男性からすれば抱き心地の良さも女性の魅力の一つですって」
そうか、ベイジェフは柔らかい肌が好きなんだな。
思わぬところで彼の趣向を把握したところで、ガーベットが口に手を押さえて笑いをかみ殺している。何か思い出したようだが見なかったことにしよう。
「まぁいまは戦うのがメインなので別に必要ない」
「そうね! しっかり運動してプロポーション維持してね! でないとおばちゃんみたいになるわよー?」
ドーン! とガーネットは自らの豊満な腹部を押し出し見せつけた。
あたしはどうコメントして良いのか分からず苦笑いを浮かべるしかない。
「………気を付ける」
「ふふふ。若いうちは大丈夫。恐いのは四十代越えてからよ。覚えておいてね」
「はい」
この調子でずっと喋っている。
普通ならば喋る事に夢中で手が疎かになるのだが、彼女は作業を滞ることもなくテキパキとこなしている。喋らないと動けない体質なのかもしれない。
「はい採寸終わり! お疲れ様!」
最後の項目を記入したガーネットは、あたしに向かってにこりと笑った。
「ありがとう」
あたしはため息を吐いて服を着る。きっかり30分で終了した。
ガーネットは用紙に書き込みを行いながら、カーテンをあけてドアノブを回す。
「シルクチェイン一式は時間かかると思うから、その間は滞在しておいてね」
「分かっています、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして小部屋を出た。
工房へ続くドアを開けると、
「終わったか? おつかれさん」
ベイジェフがこちらを見た。彼は鉱石を並べている近くに立っており、目の前にある作業台にあたしの荷物を広げていた。
リヒトは最初と同じ椅子に座っている。
どうやらベイジェフが机を動かしてリヒトの近くに移動したようだ。
あたしの目がシルクチェインと折れそうな刀に注がれると、ベイジェフがニカッと笑った。
「悪いが先に見せてもらったぞ。どれも大分使い込んでいるな」
そう言ってから視線を落とすと皺が寄るほど難しい表情になった。
「しかし……なんだこの惨状。ベストは完全に壊れている。小手も、胴周りも足周りも、もいつ壊れてもおかしくない。全く……どんな戦闘したらこうなるんだ? 親父さんと戦ったとしてもまずこんな傷つかない。それに」
ベイジェフが顔を上げる。険しい表情であたしを睨んでいた。
「この損傷具合を考えると……。ミロノ、正直に言ってくれ。今も尚、体に大きな傷を負っているのか?」
並大抵の相手ではないと察したようだ。
瀕死の重傷を負っていてもおかしくないと、やせ我慢しているのではと、あたしに疑いの眼差しが向けられた。
「完治したから大丈夫だ」
「しかし……」
「もし仮に、あたしが傷を負っていたらガーネットが気づくはずでは?」
「そう、だな……。あいつが気づかないわけない。しかしなぁ……」
ベイジェフが不服そうにブツブツ文句を言っている。
そこへ奥のドアを開けたガーネットが「呼んだー?」とベイジェフに聞きながら歩いてくる。
「ガーネット、ミロノの体どうだった?」
「特に大きい傷もなく健康そのものだったよ。ほらこれ、採寸用紙」
ガーネットがベイジェフの胸に押し付けた。
「そうか……健康だったか」
腑に落ちないという表情を浮かべてから、あたしに向き直る。
「だったらこれは何と戦ってできた傷だ?」
「それは……」
魔王と対決していたと言う……べきではないな。
「色々なモノと戦ったんだ」
蓄積で壊れたというニュアンスを含めつつ言葉を濁した。
ベイジェフの視線は変わらなかったが、深く追求することなく「そうか」と頷いてこの話を終わらせた。
「まぁ五体満足で命あるだけマシだ。ボロボロになって守ってくれた防具に感謝しろよ」
「分かってる」
めっちゃ感謝していると頷いた。
ベイジェフは採寸用紙をサッと目で通してから、困った様に頭をガリガリ掻いた。
「うううーーーん。サイズが……これは補強するより新しいの仕入れたほうが早そうだ」
「お取り寄せか」
「ヴィバイドフに発注をかける」
大分時間がかかりそうだな。まぁ仕方ないか。村の特産品だからそこらへんに売っているわけでもないし。諦めよう。
ベイジェフは用紙をみながら「うーん」と呻いた。
「っていうか、防具の制作日は1年半なんだが……このサイズ変化ときたら……。なぁミロノ、お前が旅に出たのはいつだ?」
「一年ほど前だ」
ベイジェフとガーネットは用紙とあたしを交互に見ながら、不可解そうに眉をあげた。
「……なんでそんなに急成長してんだ?」
急成長と言われてもピンとこない。
「成長期じゃないの?」
ベイジェフとガーネットは互いを見合わせた。
「成長期にしても一年でこんなに伸びるものか?」
「そこまでは……でも個人差だから例外はありますけども」
「シルクチェインの大きさから考えても1年前は150から160センチ。でも今は165センチ。1年で5センチは伸びている」
「凄いことですね。ルーフジールの血筋とかでは?」
「いやいやいやあっちも伸び方は普通だぞ」
困惑する二人を眺めながら、意味が分からないとあたしは首を捻る。
そんなに急成長が珍しいのかなと楽観的に考えていると
「もしかして……」
壁に座っていたリヒトが呟くと、ベイジェフとガーネットがバッと振り返った。
二人の視線を浴びてリヒトは嫌そうに眉を潜める。
「もしかして?」
あたしが促すとリヒトは話を続けた。
「おばさんの回復術……あれは体の傷すべてを修復する。もしかしたら幼少時に負った傷のなかに、成長を妨げていたものがあって。ソレが治ることによって急成長した。あくまでも推測だが」
そんなことってあるのか?
と口にする前に、ベイジェフとガーネットが「なるほどねぇ」と納得した様に頷いた。
「そういえば、こいつ幼いころから何度も背骨を折ってるな」
「だから肌に傷が殆どなかったのね。おかしいと思ったのよ。古傷もなかったし。モノノフにしては綺麗すぎる皮膚だなぁって」
そして二人は最後にあたしに向かって「よかったね」と言った。
正直、複雑な心境だった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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