持ちつ持たれつ③
鍛冶屋に到着した。真っ暗で、ドアをノックしても誰も出ない。
「裏に工房がある」
リヒトの案内で裏手に回って、少し離れたところに建てられている工房へ到着した。
店よりも二回り大きく木造で作られている。窓から灯が漏れており、煙突から白い煙が風に乗って漂っていた。予想通り、ベイジェフはもう働いている。
あたしは玄関ドアをノックした。ドアが開くと、むわっと熱気が室内から室外へ放出される。
「はいはいどちらさ……お? ミロノか、おはよう」
ぼさぼさ頭のベイジェフがぬぅっと顔をだした。
タンクトップとダボっとした長いズボンを穿いている。頭に鉢巻をまき、首にタオルを引っ掻けたその体は汗まみれだ。
汗臭い。あと全身が鉱石の粉まみれだ。どうやら武器に付属するため鉱石を砕いていたみたいだ。
「おはよう」
あたしは軽く会釈をしてから
「この寒さにその服装は場違いだな。季節感ゼロか?」
とからかうと、ベイジェフは苦笑いしながら頭をガリガリ掻いた。
「いやいや室内が熱いって知ってるだろ。寒いから早く入れ………おや?」
軍手を付けた手がドアを全開にしながら、ベイジェフが後ろに注目した。あたしから少し後方に居たリヒトの存在に気づいたようだ。
ベイジェフと目が合ったリヒトは小さく会釈を行う。
「おはようございます」
「おはようございます坊ちゃん」
ベイジェフは丁寧にお辞儀をしてから顔を上げた。少し困惑色が浮かんでいる。
「ミロノだけかと思えば、まさかリヒト坊ちゃんも一緒だとは。こりゃまた不思議な組み合わせだ」
彼はこの村に住み付いて数年になる。クルトを坊ちゃんと言っていたので、リヒトをそう呼んでいても不思議ではない。
「『坊ちゃん』はもう止めて頂けませんか?」
リヒトが不機嫌そうな声色で丁寧に拒絶すると、ベイジェフはうんうんと何度も頷いてから
「それもそうでしたな。では『リヒトさん』」
と言い直した。
互いに馴染みある雰囲気を出している。案外親しい間柄なのかもしれないな。
そんなことを考えつつ、あたしは遠慮なく工房の中へ入った。
まず目についたのが壁際に置かれている様々な鉱石だ。里で取れない物もある。
部屋の中央から奥側に炉があって鍛冶道具が乱雑に置かれている。どうやらベイジェフが作っているのは鉄の加工品らしく、炉の横にある鍋の中に銀色の液体がぐつぐつと煮えたぎっていた。
むわっ、とした熱気で厚着していた服が邪魔になってきた。リュックを床に置いて早々に上着を脱ぐ。
入り口近くの壁にハンガー掛けのフックがあるので、あそこにかけよう。
ハンガーを探してみるとフックの真下の籠にあった。一つ拝借して上着を吊るす。
えーと、荷物はどこに置けばいいかな。
あたしが適当に準備を行っているが、一向に玄関ドアが閉まらない。
そろそろ寒くなるだろう。なにやってんだ。
振り返ると二人はそのままの位置でなにかやり取りをしている。
「はっきり言います。丁寧な対応をやめてください」
どうやらリヒトはベイジェフの対応が気に入らないようである。不満があるので中に入らないようだ。
「それは無理な相談です。リヒトさんが丁寧な態度である以上、俺もそれに習わなきゃならない。賢者の嫡男となると尚更……」
「ぞんざいに扱って頂いて大丈夫です」
ベイジェフは縦社会を重んじるから無理だろ。そもそも何言ってんだあいつ。
「うーん、難しいですなぁ。俺はリヒトさんに尊敬の念を持ち、隙あらば上に持ちあげたい派ですから」
「やめていただきたい。それをやれば貴方の立場も悪くなります」
「その辺りは問題なしです。日用品販売と修理で、なくてはならない人材となりましたので。ほらほら褒めてもいいですよ」
ヴィバイドフの男は他の地に根付くときは『なくてはならない存在』になり、裏で村や町の重役をこっそり操る……もとい支えるよう教え込まれてるからなぁ。ベイジェフはここへ来て何年になるんだろう。五年もあればお得意様もできて色々情報収集してるはずだ。
「なので、坊ちゃんが心配するようなことは起こりません。俺もそれなりに立場できましたから」
エッヘンと胸を張って自慢するベイジェフ。牡丹雪が髪に積もってきているので白髪のようだ。
「俺はそいつを送り届けただけだ」
埒が明かないと思ったのか、リヒトが踵を返した。
「いやいや坊ちゃん! 折角来たんだからこっちに上がってきてくださいよ!」
ベイジェフが慌てて外へ出て行って連れ戻そうとする。
あたしは玄関に寄りかかって、呆れたように二人を眺めた。
扉を開けっぱなしだから熱気が逃げまくりだ。部屋の気温が一気に下がる。これ以上は待てないな。
「そこの二人、開けっ放しは寒いから中に入れ。風邪を引きたいのか?」
「へいっくしゅん!」
言った途端にベイジェフがくしゃみをする。
「ほらみろ、絶対に明日高熱出すぞ」
ベイジェフが鼻をすすりながら振り返る。反対の手にはリヒトのマフラーがしっかり握られていた。あたしも時々やるが手綱みたいだな。
「だって坊ちゃんが帰るって」
「ベイ兄ちゃんがからかいすぎたんじゃねーの?」
「いや、俺は普通に会話しただけで、からかうつもりは一切ない!」
やましい気持ちは一切ないとベイジェフが宣言する。リヒトもあたしも呆れたような目を向けているが全く気付いてないようだ。
「ってことだ。あんたもこっち来い」
リヒトに手招きをすると彼は顔をそむけた。
まぁ予想通りすぎて怒りもわかない。
「用はない。一端戻る」
「村の案内してくれるんじゃなかったのか?」
「頃合いを見計らってまた来る」
「今日は採寸だけだからそんなに時間がかからない。………だろ?」
あたしがベイジェフに尋ねると、彼は頷いて工房の奥のドアを示した。
「そのくらいで済む。あいつも起きて準備しているし、30分もあれば計れるだろ」
「30分なら、往復時間考えると待った方がいいんじゃないか?」
リヒトが顔を上げてこちらを見た。提案を受け入れる態度だな。でも一応念押し。
「あと、適当に散歩して帰るから迎えにこなくていいぞ」
「……」
リヒトは目を伏せるとゆっくりとため息を吐いた。髪の毛やマフラーに雪が落ちているから震えているように見えてくる。
早くどっちにするか決めてくれ。流石に風が吹くと震えそうだ。
「どーすんだ。こっちはさっさとドア閉めたいんだ早くしろ」
「…………わかった」
苛立ちを込めて再度呼びかけたらやっと動く気になったようだ。
「入り口で仁王立ちするな、邪魔だ」
リヒトはゆっくりとこちらに歩いてくると、一人分のスペースはあると言うのに邪険に話しかけてくる。あたしはイラっとしながらも玄関から退いて工房に入った。ゆっくりとした足取りで工房の中に入ると、ベイジェフが足取り軽やかにやってきて、あたしの頭に手を置いた。
「ひょう~~。ミロノ、お前やっぱりすげぇわ」
よしよしと撫でながら、ベイジェフが小声で囁いてからウィンクする。
いらねぇなウィンク。
「ついでにドア閉めといてくれ」
言われた通り、あたしは玄関ドアを閉めた。その間にベイジェフがスタスタと中央に歩いていく。
「あいつに声をかけてくる。すぐに戻るから適当に休んでてくれ」
ベイジェフは軽快に言いながら足取り軽やかに奥のドアへ歩いて行った。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




